病気と闘うな医者と闘え を読んで4

病気と闘うな医者と闘え

   医者の嘘(うそ)の見破り方

(医師)富家 孝  光文社カッパ・ブックス

よりの続きですけど。





う〜〜ん、ここまで書かれたら同業者としてはもう・・・

故意に書いているのか真実なのかは読者の判断に任せるとしても、

それにしても・・・

こんな裏話を知るとどう言っていいかとこちらも書くのに迷ってしまうのです。


いや、もともと現代医学などもともと信用していないから、信者さんとは違ってこういう裏話なども必要ないのですけど。


でも、ふつうの人は考え込んでしまうでしょうね。


言葉の裏に隠されているものは何なのか?


それはやはり医業とはやっぱりご商売なんだという事でした。

いや、別に商売じゃまずいって言っているんじゃなくて、その商売をえらく勘違いしちゃっている患者さんたちが勝手に医業を偉業としているところなんですよ。


医は仁術 などという金言は元々大昔の話だったのかも知れませんし、
現代は飯が食えない商売なんぞ誰がやるか!と開き直られるのがオチでしょうね。


いいえ、それでいいんですよ。
その事を承知で受診したり治療受けたりしているのなら、何も問題ないんですね。


しかし

えらい勘違いをしてしまった患者さんが

後で

自分で思うようにならなかった

と言って、

えらい怒って、訴訟を起こすんですから。


最初から、ハッキリ言えばいいんですけどね、お医者さんの方も。


医学というのはとても危険な面と裏腹なんですよ。だから功罪合わせて納得してから受けてくださいよ。

薬も主作用と同格に副作用が裏表になってるってことも知って承知の上で飲んでくださいね。

それなら、


もともと、承知の上で患者さんも責任があるのだからいろんな裁判沙汰が起こらないのでしょう。


けど、それを隠して商売上手の口でやられたんじゃ、それじゃあ、患者さんが後でカンカンに怒るのも無理ないのですけど。

それにしても、


お医者さん側だけを責めても無意味なのかも。

無知をいいことに自慢げにしてすべてあなた任せの医療を創ってきたのはイッパンタイシュウ側の方に重大責任があるのかも知れません。


だから、医者と闘うなどというよりも、患者よ無知と闘え とでも題名つけた方がよいのかも知れませんね。


じっさい、薬も飲まないとか病院にも行かないなどと言っていると叩いて来るのはイッパンタイシュウの方です。お医者さんの方があっさりしています。
どうぞご自由に。どうなっても知りませんよ。って。


特に親類筋とか知人筋など知り合いの度合いが強い方が強く強く、こちらを非難してきますから。
やっぱり、無知な患者と闘えって本を出したいくらいですよ。 マッタク!!









ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


 ポリープがありますが、心配ありません。

 ポリープというと、内心でドキッとするのが、現代人の正常な反応だろう。だから、当然、次に「悪性〜 良性〜」という言葉が出る。しかし、ポリープなど、人間をずっとやっていれば、体内のどこかしらにできるものなのである。

ところが、医者はポリープがあるという事実だけを告げ、なかなか「心配はいらない」とは口にしない。では、どんな場合に口にするかというと、およそ次のケースである。



 胃のポリープの場合は、ガン化しない過成性ポリープ。大腸ポリープなら、腺歴と呼ばれる良性腫琴胆のうポリープなら、胆のうポリープの約98%を占めるコレステロールの○ ポリープである。これらは、小さければ定期検査を受ける程度で、まず放っておいてかまわない。

しかし、医者によっては点数稼ぎで手術をすすめる場合がある。特に胆のうポリープの場合、精密検査もしないで手術をすすめる医者がいるので注意が必要だ。
そこで、胆のうポリープが見つかったら、必ず医者に「単なるポリープなのか、腫瘍の疑いがあるのか」を確かめるペきである。
そして、運悪く腫瘍の疑いがあるとされたら、超音波内視鏡検査か胆のう二重造影法による検査を受けたいと申し出るのがよい。一般的にポリープの除去手術を受けるべき目安をあげると、胃の場合、腺腫であり、出血しやすいもののとき、または大きさが1センチを超えるときである。2センチを超えるとガン化しやすいとされるからだ。また、大腸の場合は、5ミリ以上の腺腫である。


 いずれにせよ、ポリープという言葉でむやみに不安がらず、医者にキチッと質問すべきである。もう一度話を胆のうに戻すと、同じ外科医でも見解が大きく分かれるものだ。つまり、「切る」、「定期検診で経過をみる」、「切らない」 の3つにすぐ分かれてしまう。ともかく「切る」というのは治療でいえば最終処置であるから、できれば別の医者にも聞くべきだろう。いわゆるセカンドオピニオンが、この場合大切になる。








  簡単な手術です。入院の必要はありません。

 胆のうポリープの切除手術をすすめる医者は、きまってこう言う。最近、胆のうポリープの手術は、日帰りが多〈なってきた。しかし、まだまだ開腹による手術をすることが多い。

それは、腹腔鏡下の日帰り手術ではペイしないからである。なにも医学が進歩したからではない。開腹手術は点数からだけ見ると、腹腔鏡下の手術の点数より低い。

しかし、腹腔鏡下の手術では、機器のリース料と使い捨ての手術材料費や人件費を考えると、ペイしない。そこで、病院経営者は、手術代は安くとも入院費が稼げる開腹手術をやることになる。これが、現代の大病院の常識なのである。






  いまのところ異常はありません。でもこのままでは、将来、生活習慣病になりますよ。

 高血圧や糖尿病、腎臓病などを、まとめて「生活習慣病」と呼ぶようになってから、数年経つ。
それまでは、これらの病気は成人病と呼ばれていた。

しかし、糖尿病などは年々若年化したので、「成人病と呼ぶのはおかしい」という声が出て、厚生労働省が呼び方を変えるように指導したのである。




 が、これは医者にとって拍手喝采の快挙であった。
 
 病気でない人間を「生活習慣病の可能性がある」という言葉で、疑似患者に仕立てあげられるからだ。


 実際、それまで医者にとっておいしい患者というのは、慢性病の患者であった。
 
 慢性病、つまり生活習慣病の患者というのは、治療はエンドレスとなる。
 完治などさせる必要はなく、投薬や検査を続け、ずっと病院へ来てもらえばいいからだ。
 
 治療というより生活管理。これを医者が続けることで、患者は永遠のリピーターとなり、定期的に収入が得られるというわけだった。

それが、今度はまだ生活習慣病になっていない人間まで、リピーター化できるのである。これが快挙といわずして何と言うのか。

 したがって、医者がこんなことを言ったからといって、気にする必要はまったくないのである。






  できたら、定期的に、検査を受けられたらいかがですか?
  
 人間ドックや健康診断後に、医者にこう言われても、数値の異常さえなければ、心配性でどんな病気にもかかりたくないと固く決心している人を除いて、何もする必要はない。


 特に、人間ドックの1泊2日のもの、半日のものなどは、まったくのムダである。医者がなぜ人間ドックをすすめるかといえば、それが保険外診療だからである。健康保険組合の補助によっで安価で受けられる例もあるが、基本的には保険は適用されない。しかも、病気でない人を病院に引っばり入れることができるうえ、新たなリピーターもつくれるのだ。



 たとえば、こんな話がある。
 
 半日ドックに入ったある食品メーカーの営業マン氏は、ズバリ、「定期検診」をすすめられた。それで医者に質問すると、「現在のところ数値的に異常はない」という。「では、なんでするんですか」と言うと、その医者は「将来的に心配ではありませんか〜 あなたは、もう40代の半ばもすぎていますし」と答えたというのである。
その医者の言葉に、営業マン氏はピンときた。自己診断のところに「酒量」「たばこの本数」などを正確に書いたからである。医者はそれを見て、なんとか営業マン氏をリピーターに仕立てあげようとしたわけである。

 人はだれでも生活習慣病の可能性をもって生きている。しかし、だからといってだれでもが生活習慣病になるわけではない。生きるということで生じるリスクをすべて回避できることなど、あるはずがない。それを無理にしようとするから、医者のたわいない嘘に引っかかるのである。その代表的な嘘が次の言葉だろう。





  あなたは、ちょっと、糖尿の気がありますね。

 こんなことは、40代以降の人間ならだれにでも当てはまる。肝機能のデータが標準値を超えていればなおさら、超えていなくても飲酒の習慣さえあるなら、医者でなくても言えるのだ。

だから、私は医療というのは、一種の心理学と言っている。患者をマインド・コントロールさえすればいいのだ。


 ところで、生活習慣病のうち、医者が大歓迎するベスト3をあげると、高血圧に糖尿病に程度のいい十二指腸潰瘍になる。これらは、いったん診断を下せば、あとは永遠のリピーター。特に十二指腸潰瘍など、投薬を続け、何カ月に1回かは「カメラ (内視鏡) を飲んでみましょう」と検査をし、カルテには“Nothnig particular”(特に異常なし) などと書けばいいからである。




 これは新しい薬ですが、使ってみましょうか。

 最近は、こんなことを言う医者が増えているという。
 
 というのも、薬品メーカーの世界的競争が激化し、日本のメーカーも当然のようにその競争に巻き込まれているからである。しかし、だからといって医者自身が無自覚に 「治験薬」を患者にすすめるのはいただけない。


 つまり、「新しい薬」というのは「治験薬」 のこと。
 
 これは、新薬の製造承認を得るために、医者自身が協力しているのだ。
 
 新薬の臨床試験というのは、動物実験終了後に人間に対して行なわれる。
 
 臨床試験はフェーズ?からフェーズ?まであり、フェーズ?とフェーズ?で人間に対しての有効性と安全性が試され、フェーズ?で市販後臨床試験が行なわれる。

ただし、厚生労働省医薬局により、治験参加者に対しては口頭だけではなく文書での同意も求めるよう指導されている。だから、同意するかどうかは、患者の意思しだいである。

 動物実験で効果があったからといって人間に効果がある保証はないし、副作用の可能性だってある。



ところが、薬品メーカーから多大な研究費の援助をもらっている医者は、「これまでの薬より効果はあると思いますよ」と、平気で嘘をつく。

その巧みな論法と、先生にはお世話になっているからという気持ちから、患者はついつい同意することがある。

 ともかく、即答は避ける。あるいは、納得いくまで質問するべきである。







 ビタミン剤を出しておきましょう。

 ビタミン剤は、いわゆる普通の薬とは意味が違う。しかし、飲んでも安心という観点から、医者は積極的にすすめるようになった。が、実際のところ、点数稼ぎと医療費の増大に貢献しているだけで、その効果の程はわからない。


 良心的に考えて、次のような場合、医者はビタミン剤を出す。
 
 たとえば、何らかの手術後で栄養が十分にとれない場合、また、胃が弱っていて、明らかに栄養補給のためのビタミンが必要とされる場合。こんなときは、ビタミンBlやビタミンCなどが処方される。また、足のしびれや腰痛などで消炎鎮痛剤が処方されるとき、アリナミンF (ビタミンBl誘導体) が一緒に出されることもある。これは、一緒に服用すればより効果があるという場合である。同じく、何らかの病気の後遺症で体の一部にしびれが残っているときも、ビタミン剤は処方される。



 しかし、これ以外のケースでビタミン剤を出された場合は、医者の単なる点数稼ぎである。最近は、ただ漠然と出されることが多くなっているので注意すべきである。極端な例でいうと、3、4種類の薬を出されたが、調べてみたらすべてビタミン剤だったなんていう笑えない詰もあるのである。






  できれば、入院をしたほうがいいでしょう。

 ことわっておくが、医者が患者に嘘をつくのは、症状が軽いか、病気がたいしたことがないからである。

もし、命にかかわるような病気なら、医者もいい加減な嘘 (騙し言葉)はつけない。最近は、医療訴訟が増加しているから、医者も慎重になっているのだ。


 しかし、いまだに、「入院をしたほうがいいでしょう」
 と、なにがなんでも入院させたがる医者は多い。
 
 医者が入院をすすめるのは、病院内のベッドにひとつでも空きがあると、売り上げが落ちるからである。

だから、老人の場合、風邪が少々重ければ、「おばあちゃん、肺炎の気がありますね。3、4日入院をしたほうがいいね」と平気で言うのだ。こうなると、これは一種のテクニックである。患者のほうとしては、その程度で入院させられたらたまらない。



 私は、どんな病気でもよほどの重病でないかぎり、入院すべきではないと考えている。それは病気というものが、家族の愛をいちばん必要とするものであるからだ。日本の病院はその家族愛を拒絶するところである。面会時間があり、付き添う設備もなく、食事もまずい。
 そんなところに、医者側の都合だけで入院させられたら、もともと治る病気も治らないだろう。





 あと半年はもちます。いまのうちに退院をおすすめします。

 終末治療段階に入った患者の家族に対して、医者はきまってこう言う。
 
 しかし、これは医者の善意からの言葉ではない。本書で言うと、「もう保険点数を稼げる治療は全部やった。これ以上やっても儲からないから早く出ていってほしい」と言っているのである。




 たとえば、入院して即末期ガンでもう手術も不可能と診断されたとしよう。すると、その後、心電図、CT (コンピュータ断層撮影法)、MRI (磁気共鳴映像法) とあらゆる検査が行なわれ、抗ガン剤や点滴など考えられる治療もすべて行なわれて1カ月ぐらいが経過する。

ところが、患者はまだ体力がある。こうなると病院側は、死ぬまでベッドを占領されたらたまらないと退院をすすめるのだ。



 ここに、日本の保険制度の致命的欠陥がある。つまり、病院が健康保険で申請できる入院基本料、診療点数は入院1カ月間がもっとも高く、その後、2カ月、3カ月と経過すると徐々に落ちていくのである。

これでは、病院経営は成り立たないから、最短の1カ月で入院患者を回転させようということになる。




私の知り合いの大阪の病院経営者は、いつもこのことを考えていると公言し、さらに「それでも実際に儲かるのは売り上げの3%でっせ」と嘆く。病院というのは、これほど薄利の商売なのである。




 しかし、このことを一般の人はほとんど知らないから、特に家族に人手がなく、いつまでも病院に入れておきたいと考えている人は、「なんとか入院を続けさせてください」と言う。
すると医者も心得たもので、系列やチェーンの病院があればそこを紹介する。これが患者のタライまわしである。


 病院によって差はあるが、たとえば入院基本料は最初の1カ月が約l万2000円で、3カ月を経ると約500円の減収になる。これでは病院経営は成り立たない。ところが、患者側というのは保険制度のせいでこうした実際の費用をほとんど知らない。知ったとしても1カ月で6万3600円にわずかな自己負担金を加えた治療費(低所得世帯は3万5400円のみ)を払えばいいので、こうした悲劇が起こるのである。


 終末治療というのは、病院にとっては金の成る木である。また、患者側にとっても最高支払い額が決まっているから、医者に立ち入って質問もしない。

ただ「できるかぎりお願いします」とか、「最後までやってください」とか言うだけである。

しかし、これがすべて自己負担となったら、現在の日本の医療システムはたちまち崩壊するだろう。


終末治療というものは1週間で200万円ぐらいはすぐにかかるもので、:CU(集中治療室) に入ったら1日で数十万円はかかるのだ。


だから、病院はいったん退院させた患者でも、死期が迫れば再入院させ徹底的に稼ごうとする。特に、患者が死亡したケースというのは保険の審査は無審査に近いから、まずすべての治療費が3カ月目には入ってくる。

しかし、前出の大阪の病院経営者は言う。「儲けを3%と言いましたが、それも死亡患者が多かったときでっせ」



 もうおわかりと思うが、医者は患者に嘘をつき、そして騙さなければやっていけないのだ。

もし、すべてをぶっちゃけてしまえば、これまでの医者と患者の関係はどう見ても成立しなくなると、私は思う。







  今度は、ご家族と一緒に来ていただけますか?

 ここまで医者の嘘の言葉ばかり並べてきたが、これだけは事実と受け取ってかまわない。
 
 何が事実かといえば、それはあなたの病気が相当量いということである。
 
 
 ガン、進行糖尿病、心臓病で手術の必要のあるもの、腎不全などが考えられる。
 もちろん、これ以外の難病も同様である。この言葉を発するときの医者は、今後の治療方針や病状の進行について家族の同意を必要としているのである。

ガンの場合なら、その治療法や手術の有無について、家族の選択を求めているし、狭心症ならバイパス手術の同意、腎不全なら人工透析の必要性などを家族に対して話さねばならない。



 しかし、それでも私はあえて言うが、医者というのは家族の同意をとることで、自分の責任を回避できる商売なのである。

そもそも病気というのは患者本人がなったもので、医者の関知するところではない。また、その治療に関しても家族の同意があれば、それは医者が決めたことではないので、責任など取らなくてもすむ。

つまり、医者はそのビジネスの発生から終了にいたるまで、何ひとつ責任を取らなくていい商売なのである。



ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー



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インフルエンザの恐怖症こそ思うつぼにはまる? え〜??

世の中 おどかす ことによって 何かしらの利益を得る という


詐欺まがいの操作が行われているのは、どの分野でも共通しているようです。


が、


この手口を使って単にお金儲けだけにしぼっているのなら、まだまだ許せることもあります。(無いか)


 


しかし、


人の健康と生命に関する分野で行われているとしたら・・・


 


それが認識している確信犯でなくても、


無認識であっても


それは結果として


犯罪になりますよね。


 


善意の犯罪とでも呼びますか?


 


インフルエンザの恐怖を売り物にした


予防接種やら、タミフルなどの非科学性(あえて言います)が見え始めた


医学上の善意的詐欺的な操作情報には


もう


こりごりしました。 


 


難しい資料は直接本文を読まれることにして、


ここでは、素人一般大衆用に抜き書きさせて頂きました


 


 


 


おくすり千一夜 第二百三十一話 より


URL:http://www2.incl.ne.jp/~horikosi/No231.htm


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


 


 


  


(中略)


 浜先生は先にタミフル脳症(突然死、異常行動死)について報告されましたが、


その後、


マスメディアには、タミフルとの因果関係を否定する様々な意見が掲載され、


さらに患者の死因は「インフルエンザ脳症が原因」とする意見が根強く存在しています。



 



 先生は「インフルエンザ脳症」について、3つの問題点を指摘しておられます。

 第1は


(中略) 詳しい内容は本文へどうぞ。



 第3は、


「インフルエンザ脳症」という用語が、インフルエンザの恐怖を人々に植え付けるために意図的に使用されているのではないかという疑惑です。




 ここで論文の内容を要約しますと、


 


当初


「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床経過と解熱剤投与の関係に関する研究」が、


 


なぜか、


「インフルエンザ脳炎・脳症の発症および重症度に関する要因解明のためのケース・コントロール研究」


に改められ、


 


研究の名称から「解熱剤」の文字が消え、結果が3年以上たった現在でも公表されていないことです




 佐藤班の研究では「インフルエンザ脳症」の原因に、非ステロイド抗炎症剤系解熱剤が考えられたが統計的には有意でなく、確定的な結果は得られなかったとしています。


ところが、


 


(中略) 詳しい内容は本文へどうぞ。



 かぜ脳症はインフルエンザ脳症よりはるかに数多く、


脳症の危険性は、かぜとインフルエンザとの間に違いはありません。


 


 




現在流行しているインフルエンザは


普通の風邪よりもはるかに毒性が強いと思われていますが


それは間違いのようです。



インフルエンザ以外の風邪などでも脳症は起きますし、


むしろ、インフルエンザよりもインフルエンザ以外の風邪のほうが多いのです。




それは以下の解析から明らかになりました。


 


(中略) 詳しい内容は本文へどうぞ。


 


したがって


感染症後脳症になる原因はインフルエンザだけでなく


インフルエンザ以外の方が多いことは明らかです。


(中略) 詳しい内容は本文へどうぞ。


 


また、インフルエンザ脳症という用語が使われ始めたのは1997年以降です。




 感冒などウイルス感染症と後の脳症の大部分は


 


 


実は


 


 


薬剤のよるものなのです。


 


 


 



死亡するような重症例の大部分は非ステロイド抗炎症剤系解熱剤(NSAIDs)が原因薬物です。



死亡しないが重い障害を残す脳症の大部分は、


テオフィリン、抗ヒスタミン剤、去痰剤など、けいれん誘発剤が関係しています


(抗ヒスタミン剤と去痰剤は低血糖を介して痙攣を誘発すます)。


 



しかも、


 


大部分は服薬不要だった薬剤なのです。




したがって、


 


これらを使用しないようにすれば、大部分の脳症は防止できたはずです。


 




 最後に、


 


医療者は恐怖をあおるような用語「インフルエンザ脳症」は使うべきではありません。




また風邪でもインフルエンザでも解熱剤の服用は禁忌とすべきでしょう。


インフルエンザ脳症の主因がエヌセイドであることが、


やがて疫学的解析で証明されることでしょう。




URL:http://www2.incl.ne.jp/~horikosi/No231.htm



 -----------------------以上引用終わり--------------------------------


 


放っておいてはいけない


手遅れになってしまうと危ない


薬を飲まないと危険


風邪にかかってはいけない、インフルエンザにかかってはいけない


等々・・・・・


 


風邪とインフルエンザの恐怖を盛んに一般大衆用に教え込み、そして


危険である方の情報はできるだけ隠してしまうという


大本営発表方式を用いる


医学の情報操作は


 


本当にわれわれ一般大衆にためになっているのでしょうか?


という疑問を解いてくれるひとつの


非国民的情報ですね。


非国民かならずしも売国奴ならず、時として真実を語ることもあり得るのです。


が、


 


一般大衆はいつもいつも「お上」や「権威」や「多数」側の言いなりになりがち


 


そうして、敗戦後にみんなその責任を


そういう立場のせいにしてしまうという被害者側に寝返ってしまう


これじゃいつまで経っても・・・


ですから、


これ読んで、そうかなあと思うなら


 


他の人にこの問題を提示して意見交換をすることが


大切なのです。


 


 


 

薬迷信と医療の裏ネタばらしの密な関係

どうして日本人はこうもクスリが好きなんでしょうねえ〜〜〜

いや、世界中の人が好きなんだろうけど、ダントツを行っているのではと思うほどですよ。

クスリ=身体に良い

という信仰が永すぎたんでしょうね。

もうひとつはこれ一番重要点、「固まる時期」だったからクスリが有効だったという事。

これについては、どこかに書いていたと思うので省いて、
とにかく

この時期は


もうクスリの固まる力よりも


「自然の溶かす力の方が強くなりつつある」

という時期に入ったと考えた方が良いようですよ。


クスリが有効だったのは20世紀末まで、
21世紀はもう無効になりつつあるということです。

それにしても、薬剤信仰が永すぎた・・・・


薬信仰だというのは岡田茂吉がしっかり書いていました。

しかし、医師の側からこういう事を指摘できるひとは本当に少ないのです。

なぜなら、

そんなこと言ったら飯の食い上げですよね。

皆がお医者さんが病気を治してくれると思っている、考えているのでしょうね。

しかし、

実際は、薬が無かったら何をやりますか?

医師は直接何をするかというと、検査をして病名をつけますが、その後治療するのはなんですか?


薬です。 薬局へ行って指示された薬を買って飲む。

つまり実際に治療しているのは薬なんですよ。


けど、その薬は製薬会社が造る。その処方方は製薬会社のセールスマンが医師に教えているわけで、直接医師が薬を開発したわけでもなく、製薬企業の教える通り処方しているだけですよね。

そんな訳でもし薬が病気を治しているのならば、それは製薬会社の方が上なんではないかな? その「もし」というのは、本当は薬は病気を治すのではなく、病気の症状を「一時的に緩和する」だけのことで、言い換えれば病気という苦痛症状が身体の修復課程に伴って発生する信号みたいなものだから、その信号を遮断するだけのこと。

その信号やら身体の修復工作をじゃますれば、当然のごとく苦痛も減衰することになり、「治るものと錯覚した」だけのこと。

本当に自分を治しているのは自分自身だということ。

だから、あまり効果の無い薬(かえって毒性が弱いから害が少ない=安全)の方が自分の身体が勝手に病気を治していたということです。


しかし、使った薬の効果だと信じているので、やっぱり薬は有り難いとなるわけで、なるほど都合の良い錯覚を利用していただけのことじゃないの?って思うくらいですよ。


あと効く薬の方が問題ありなんですよ。


効く=毒性が強い

そうなると、強毒性の薬は特効薬とされているだけあって、病気症状をやわらげる事が顕著な効果でわかるのですが、実は自分の身体が行っている修復作業を停めているわけでして、修復作業を何がやっているかわかるでしょう。

生命力なんですよ。
自分の生命力が病気を起こし、病気を治している。

ただこれだけのことなんだけど、病気を起こすにはネタが必要でしょ。

そのネタが体内にある汚物、毒素、まあ、要らないものの総称を毒素と呼んでいるわけです。


だからある程度溜まった毒素を何かのきっかけにして、浄化活動が起こるわけ。それが苦痛を伴いますから決して楽じゃない、毒素があまりにも多いと衰弱して死んでしまうこともある。


それで、病気は悪い物だと錯覚して停めようといろいろ試みた結果、試行錯誤の続きでできたのが薬ですね。

それは全部毒なんですから、毒にもいろんな性質があってそれによって副作用が違うわけ。

そう、毒なんですから全部副作用なんですよ、毒の。

そのいくつかの副作用のうちのひとつを選んで、その性質を目的に使う場合それを「薬の主作用」としただけのことでしょ。


だからその主作用として選んだ副作用よりも他の副作用が著しく効果を上げた場合に
薬害」と呼ばれるものが認識される。

だからその薬は消えて行く。
けど、
他の副作用がまた別の病気の症状に効果を現すことが分かった場合に、別の病気の効能があるとして「主作用」として認定されることで復活する薬もあるわけ


副作用がA〜Gまである薬で、ある時はBが主作用、その他が副作用。
ある時は、Fが主作用とされて、Bも含むその他は副作用とされる。


単純なのです。

薬が効くというのは自分のもつ生命力を弱体化させる、死なない程度に弱らせる。

すると、浄化作用=体内毒素排泄作用が弱くなる→→苦痛症状が緩和、消える。


しかし、あくまで薬=毒ですから、ある程度は排泄されても残ってしまう、微量な添加物さえも残留すると言われているくらいだから、毒というのは全部はなかなか排泄できないのです。


そういう毒がつもりつもって、自分の人生のどこか「ちょうどよい時期」(こころとかに連動することもあるようです)で、突然排毒される。


ひとによって全部違いますから、万人居るなら万のかたちで浄化作用が起こるわけですが、またまた強い毒性の薬を使って一時停止させようとする。


しかし、浄化作用も強力に働いているとき、薬との反発が起こるので摩擦が長くなると衰弱するわけでしょ。
すると、抗ガン剤がよい例で、「病気は治った(ガンが消えた)けど、患者は死んだ」などというブラックジョークの様になってしまう。


少ない毒性だったら体内に溜まるのにも長期間かかりますけど、抗ガン剤とか特効薬とか言われるものは強毒性だから、一挙に生命力を攻撃してしまいますから結果が早いわけですよね。


弱毒性は少し安心ですが、これとても長く続けた分だけ蓄積されているものが多いでしょうから、かえって気づきにくい副作用効果ですよね。

畑や田んぼにまく農薬、除草剤が弱くなっているから安全だという神話と同じですよ。
長い間に蓄積され、それが濃縮されてしまえば同じ強毒ですからね。


それが直接自分の人生の間に来ない時は子供かお孫さんの身体をむしばんでしまうのだから、まあ、「孫かわいいや」のじいさん、ばあさんたち、気軽に田んぼや畑にクスリまいているけど、後世になって、いやもうその効果は出始めてきたかも知れませんから、可愛がっていたお孫さんから「このくそじじい!」などと、罵声をあびないように(苦笑)どうぞ。



おっとまたまた勝手に出任せに指が動いてしまったーーー長い前書きでした。





病気と闘うな医者と闘え

   医者の嘘(うそ)の見破り方

(医師)富家 孝  光文社カッパ・ブックスより



ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー



 私はこんな簡単な話を、日本人のほとんどが理解していないことを、いつも嘆いている。

医者からもらった薬を「よく効く」と平気で言い、ありがたく服用するのを情けないと思う。



よく「日本人は薬好き」というが、好きというよりほとんど信仰に近いのではないだろうか。

確かに信仰心というのは何にも勝るパワーをもつ。しかし、ときとして弊害も大きいのだ。







  それならば、お注射をしておきましょう。
  
  

 医者は、患者が薬だけでは満足しないことにつけ込もうとする。日本人は薬信仰が強いにもかかわらず、病院に行くと薬だけでは満足しない。

特に風邪の場合、薬だけなら薬局でも買えるから、病院ではそれ以上のものを望んでしまう。しかし、こうした期待をもつのは、そもそも間違いであり、その期待を医者に利用されることになる。


「そうね。それならば、お注射をしておきましょう」
 と言われ、「これでひと安心、早く治る」と勘違いすることになってしまうのだ。
 
 
 くり返すが、単なる風邪に注射など不要である。
 
 風邪と診断して、検査や注射をするのは、医者の保険点数稼ぎにすぎない。
 
 保険点数を稼がなくてもいい医者(もっともそんな医者はほぼ絶滅した) なら、「早く帰って寝てください」としか言わない。


なぜなら、これが医者にとっていちばん正しいマニュアルだからだ。


かつては、こういう正しい言葉が医者の口から、自信をもって発せられた。それは、医学界に?風邪にかかった患者に対しては十分な休養をすすめることが医師の務め″という原則があったからだ。


ところが、この原則は、保険治療という制度の普及とともに崩れ、現代ではまったく逆のマニュアルが医者を支配しているのである。



 つまり、?風邪できた患者をタダで帰すな?というマニュアルである。「薬漬け」「検査漬け」と批判される医療過護は、医者がこのマニュアルに忠実だからで、ここまで紹介してきた医者の言葉は、マニュアルを実行するための潤滑油である。

実際、このマニュアルを守らないと、勤務医は病院内で左遷されてしまう。
経営者あるいは院長や部長に呼ばれ、「どうしてキミは患者に注射を打たないんだ」と、厳しく叱責を受ける。
「たとえ風邪でも患者は注射を打ってもらいたくて病院に釆ているんだ」と、すべて患者のせいにして、この国の医療費はとてつもなく増大してしまったのである。




注射といわず薬も、単なる風邪に関しては効果は期待できない。世界の医療関係者の間でバイブルとして読まれている『ザ・メルクマニュアル』(The Merck Manual)の「呼吸器ウイルス性疾患・感冒」の項目を見ると、次のような記述がある。

「感冒において解熱剤と鎖痛剤が一般に使われるが、その恩恵は解熱を除くと疑わしい」









  しばらく、経過をみてみましょう。

「しばらく」とは、おそらく、3、4日ぐらいのことである。薬を出し、そのう、を経過を診るのは、ごく当たり前の医療行為だが、患者としてはこの言葉をそのまま受け取っていい場合と悪い場合がある。

 悪い場合というのは、医者が 「見立て」 がへタな場合である。
 
 「見立て」というのは診断のこと。この診断が下せるか下せないかが、医者としてもっとも大事なことである。

診断=見立てさえつけば、あとの医療はすべてマニュアル化されているからだ。しかし、診断というのは一朝一夕ではできない。大学の講義のなかでもタップリ時間をかけて教えられるが、いざ実際に現場に出てみると迷うことが多い。私もそうだっただけに、医者ならほぼすべての人間が「見立て」で迷うことを日々くり返しているといっていいと思う。


 そこで、「しばらく経過をみてみましょう」となる。
 
 
 つまり、単なる風邪か、あるいは腹痛かどうか判断できない。
 
 ひょっとしたら他の可能性も、と医者は頭の中でグルグルと悩んでいるのだ。
 
 だから、常識的には、診断はキャリアを積んだベテランの医師がやるほど信頼がおけるといっていい。診断と治療と分けた場合、治療にはマニュアルがあるから、若いキャリアのない医者でもできるからだ。



 診断学というのは、推理学と同じ。
 ものの系列の考え方である。体の中の地図を知っていれば、より正しい診断が可能となる。


たとえば、これを事件として、鹿児島県のある町で事件が起きたとすれば、その土地に詳しい者ほど事件の推理は可能となる。病気もこれと同じで、専門医ほど診断がしやすい。

 しかし、現実の医療現場はなかなかこうなっていない。しかも、医療保険制皮下では診断より点数が稼げる医療が優先するから、医者はどっちにしろ「経過をみてみましょう」と言うのである。


 最後に「見立て」のへタな医者の最悪のケースをあげると、診察中に「ちょっとお待ちください」と言って、奥の部屋に行ってしまう場合である。こんなときは何か急用がある場合は別として、たいていベテラン看護婦と相談していたりするのだ。「どうも自信がないが、あの注射は打っても大丈夫か」などと聞いているのである。









  胃の薬も一緒に、出して起きましょうか?

 最近は、単なる風邪であっても、風邪薬と一緒に胃の薬も出される場合が多くなった。気になるのは、このフレーズ中の「も」である。



 自然に考えると、「特に必要ではないが、あったほうがいい」ということになる。
 だからこその「も」なのである。
 
 これを医者側から説明すると、たとえば、のどの痛みを和らげる抗炎症剤を処方したときに胃が痛むケースがある。だから、「胃の薬も」となり、患者としては医者の親切として受け止める。


 しかし、これも単なる保険点数稼ぎである。
 
 本来胃腸が丈夫な人なら、胃の薬など必要であろうはずがない。だから、「私は胃に自信があるのでいりません」と、堂々と言えばいいのだ。




 もうひとつ、風邪なのに「抗生物質も出しておきましょうか」と言う医者も問題だ。
 
 前記したように、風邪はウイルスによる感染症であるから、抗生物質は効果がない。それなのに出そうとするのは、よく考えて二次感染 (たとえば肺炎) を防ぐためである。

しかし、そんなケースは希(まれ)であって、これも単なる保険点数稼ぎである。

だから、せめて「どんな効果があるんですか?」「体への影響はありますか?」と聞くべきである。

特に、子どもの場合は、むやみに抗生物質を与えるのはよくないことのほうが多い。

親の責任としても、子どもが風邪をひいたら、医者の言葉にはよくよく注意すべきだろう。






  肝臓以外の数値は異常ありません。肝臓は、経過観察が必要ですね。


風邪以外で病院を利用するケースで多いのが、人間ドックなどの健康診断であろう。そして、その場合問題にされるのが、数値である。


 この言葉では肝臓の数値に異常ありとされるが、それはおそらく、GOTとGPTである。この2つは、近年一般の人々にも広く知られるようになってきた。特に中年サラリーマンにとって、会社の定期健康診断でチェックされるので、一喜一憂している人も多いと思う。

詳しくは、第4章でふれるので、ここではどちらも肝細胞の炎症を診る項目と思ってもらえばいい。どちらも正常値といわれる数値があり、これを上まわると、医者はお決まりのように「経過観察が必要です」と言う。



 しかし、GOTとGPTは、毎日飲酒を続けていれば簡単に上がるものなので、観察などしても意味がない。

少々の期間お酒をひかえれば簡単に下がるのだから、医者は「少しお酒をひかえたほうがいいですね」とさ、一言いえばいいのだ。が、そんなことを言う医者はいない。

悪くすると、「専門医で定期的に受診され、チェックを続けられるといいでしょう」などと言い出す。それで、「先生、どこがいいでしょうか〜」なんて聞けば、もう医者の術中にはまったも同然である。



 私は、まず、読者に以下の基本的なことを是非、頭にたたき込んでほしいと思う。?人間の体は、日々新しくなっている。

30日から3年で細胞はそっくり入れかわる?という事実である。

 すなわち、赤血球は30日、骨は3年である。
 
 
 
 この事実さえ知っていれば、人間ドックや定期検診など、ほとんど意味がないということがわかると思う。

つまり、そこで得られた数値というのは、その時点だけのものなのである。


人間ドックの場合、ドックを受けた前後2〜3カ月だけ数値は有効と考えるのが、一般的だ。だから、1年に1回などのペースでは、何もわからないといっても過言ではない。実際、脳関係の重大病は、「異常なし」と言われた翌日に起こったケースもある。


 だから、本当に数値が異常なら、医者は「経過観察」などというあいまいな表現を使わないと思って間違いない。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


病気と闘うな医者と闘え を読んで3

病気と闘うな医者と闘え

   医者の嘘(うそ)の見破り方

(医師)富家 孝  光文社カッパ・ブックより



ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー

第1章  医者の言葉は嘘ばかり                             
   
   
   
   
治さないほうが儲かる商売

 21世紀、世の中はIT革命が進行中というこの時代に、病院に行くことは、相当な勇気がいることである。

あなたの病気が、ちょっとした風邪であっても、いったん病院に行き、医者の診療を受ければ、健康は保証されない。診察室であなたを待ちかまえている医者は、何を考えているかわからないからだ。


 あなたは、「病気を治してほしい」と病院へ行く。しかし、あなたを待つ医者は「患者の痛気を治そう」とは思っていないのだ。

こう書くと、「そんな馬鹿な。患者の病気を治さないのでは、医者の商売は成り立たないではないか」と、賢明な読者なら反論するだろう。


しかし、よく考えてみてほしい。病気を治すのと治さないのでは、どちらが儲かるか?

 もうおわかりと思うが、治すより治さないほうが圧倒的に儲かるのである。
 
 もし、これが自動車や電気製品の修理といったビジネスなら、直さなければビジネスとして成立しない。直して初めて修理代というお金が入ってくるからである。




 しかし、医療というビジネスは、治さなくとも治療費というお金は入ってくるのである。
 
 この点が医療というビジネスの特殊なところである。そして、この大不況下にあっては、もはや患者の病気を真剣に治そうという医者はほとんどいなくなってしまったのだ。
 私はこのことを最近つくづく実感している。
 
 
 というのも、私のところに相談に訪れる患者さんが、ほぼ何軒も病院をハシゴしているからだ。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


医は仁術というのはどこへ行ったんでしょうか?

赤ひげのような医師はほとんど皆無なんでしょうか?

とイッパンタイシュウ人としては考え込んでしまいますね。


しかし、この医療ビジネスだから治さない
儲かるから治さないという事に対してのひとことですが、「ほんとうは治そうと思って一生懸命やっているんだけど、治らない」場合も多いということです。

なぜなら「現代医学」そのものが間違ってしまったとしたら、それを一生懸命習って勉強を人一倍したお医者さんたちこそ、気の毒な立場という考えもあります。

つまり医学が正しいものなら、お医者さんもあまり苦労しなくても良かったんじゃないかということです。

だから、お医者さんは病気を治そうと思っている」
けど、
「医学が間違っていた」
ために
「思うように治らない」
という方に善意で解釈したいものです。

しかし、そんな事を知っていてやっているお医者さんはまったく「べつもの」
ですけど。



まあこの本はメインテーマが医者と闘え」ですから、視点が違うんですね。
ただ
結果としては
「まさにそういうふうになっている」から正解とも言えるんでしょうが。







ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


           悪医が名医を駆逐した


 私は、大学の講師や医療ジャーナリスト活動をしながらも、自由診療のクリニックを持っている。ここで私は、保険診療は行なわないが、患者さんへ健康管理アドバイスや入院、検査が必要な場合の適切な医療機関の紹介などをしている。
もちろん、以前は病院も経営していたが、才覚のなさから潰してしまい、以来ずっとこのやり方で医者として活動してきた。

そんな私だから、やはり、患者さん、つまり私のクライアントの変化にはすぐに気がつく。


で、最近の大変化というのが、医者を信用しない患者の急増なのだ。つまり、私のところに来る前、すでに何軒か病院をまわり、そのすべてを疑ってから来るのである。

その証拠に、「何か薬をもらいましたか〜」と聞くと、バッグからぞくぞくと薬が出てくるのだ。そして、その薬をほとんどといっていいくらい飲んでいないのである。

 しかも、患者によっては自分がもらった薬が何の薬か知らない人もいる。
 
 
 そこで、「なんで聞かなかったんですか〜」と言うと、「どうせたいした薬はくれないから」という答が返ってくる。

主治医を持っている人は別として、病気かなと思ったときだけ医者へ行く表の人々は、医者をこう見ているということがこの言葉でわかる。

つまり、医者の権威を認めたフリをしているだけで、内心では疑っているのである。だから、病院をハシゴするし、薬も飲まない。

 つくづく、医者と患者が不幸な関係の時代になったと思うわけである。
 
 
 
 で、こうなった原因はというと、やはり医者の側にすべての責任がある。もちろん信頗すべき医者は現代でも確かにいる。しかし、悪貨は良貨を駆逐するという言葉があるように、名医は悪医に駆逐されるものである。

そしてすでに、現代は名医が駆逐されてしまった後の時代と見なければ、患者は生きていけないと、私は考えているのだ。



医者は根本的に嘘つきだといえば、私の知り合いの有名大学病院のある教授は、かつてこういうことを経験した。

(中略)



 つまり、私が言いたいのは、医者というのは根本的に嘘つきということである。
 この例など、私から見ればまだマシなほうで、死亡させてこれだから、ごく日常的な病気に関しては、医者はほとんど嘘をついているといっていいだろう。


 肺梗塞の例を出したので、もう一例、今度は心筋梗塞の話をすると、私がよく聞くのは、町の内科医の見立て (診断) のいい加減さである。

私の旧友の父親は



(中略)






          嘘をついても嘘と認めない

 くり返すが、この時代、医者の言葉を信じてはいけない。
 
 病院の門をくぐるなら、あなたを診察する医者は、全員が嘘つきという前提でいないと、あなたの健康は守れない。このことをまず肝に銘じるべきだろう。

 また、医者の持つもうひとつの特技は、絶対にミスを認めないということである。
 つまり、嘘をついても嘘と認めない。
 医者というのは、そのように教育されているのだ。
 
 これは、どの大学の医局でも、必ず先輩から教えられる。
 「君たちは、ミスをしてもミスと認めてはいかん」と、先輩は新入医局月の前でハッキリと言う。「手術ではミスもある。しかし、ミスをしましたと言ってはいかんぞ」 と、たたき込まれるのである。



 おそらく、教育の現場で、こんな反道徳的なことを教える学問など、他にありえないだろう。
じつは、私も、かつてそのような教育を受けたのである。そこで、ここからは、この章のテーマである?医者の嘘?について、考えていこう。


医者が嘘つきなら、患者としては、それを見破る必要があるからだ。

彼らは、どんなときにどのように嘘をつくのか。

また、その嘘にはパターンがあるのかというような点を、医者がよく使う独特の言いまわしから検証してみよう。





    とりあえず、検査(注射)をしておきましょう。

この「とりあえず」という言葉は、医者にとって非常に便利な言葉である。

その理由は、「とりあえず」と付けることで、ほぼ何でもできてしまうからだ。

人間の一般的心理からいって、「とりあえず」と言われれば「念のために」という意味で受け止める。
より慎重を期すために、この医者は「とりあえずと言い、十分な医療行為をしようとしてくれるのだと、安心する。たとえば、十分な問診、聴診の後にこう言われれば、患者は医者が万全を期しているのだと信じるだろう。


 しかし、これは大いなる幻想だ。
 
 
 
 では、と、り、あ、え、ず、風邪の例で説明してみよう。


 たとえば、患者はのどが腫れ、熟も38度を超えて体がだるいと訴えているとすると、血液検査や白血球数の検査 (炎症の程度を知るため) を、医者はやろうとする。

そんなとき、「とりあえず検査をしておきましょう」という言葉が出るのだ。
あるいは、もう少し症状が重いなら、レントゲンを撮ることもある。これは、肺炎まで疑っている場合である。

 しかし、できた医者なら、問診と聴診で風邪の診断ならすぐ下せるものなのである。キャリアを積んだ医者ならなおさらで、ひとたび風邪と診断すれば、処置としては薬を出すだけで十分である。「あとは安静が第一。ぐっすり寝てください」と言えばいい。


 ところが、こんなことでは医者は商売にならない。風邪の患者をそのまま帰していたら、現代の医者過剰時代に病院の存続は覚つかない。

それで出るのが、「とりあえず」なのである。

血液検査にレントゲン撮影、超音波検査、尿検査、注射……と、患者を不安から解放するためにはありとあらゆる手段を使うこと。これが、現代のもっとも模範的な医者であり、ときとして近所でも評判の名医である。

 私は、ときどき、患者さんのこんな言葉にドキッとすることがある。「まああの若い先生はいい先生だね。いつ行ってもキチンと検査してくれるんだから」。


 もうおわかりと思うが、この若い医者はいい先生でもなんでもない。あえていえば、自分の診断に自信のもてない医者である。つまり、医者というのは、患者をだます以外にも検査を多用することがある。

それはきまって若い医者で、学界には「検査技術の進歩が医者の技術、能力を落としている」という声もあるくらいなのである。

ともあれ、私なら「とりあえず」がログセとなっている医者には、二度とかからない。

また、「とりあえず」が「念のため」という意味なら、患者はその処置を拒否するほうが賢明である。





       3、4日したら、またいらしてください。   
       

 これも医者の口からよく発せられる言葉だ。特に風邪の場合、「薬を出しておきますから」という言葉に続いて、こう言われることが多いと思う。

しかし、よくよく考、みみれば、この言葉の前に何かが欠けていることに気づくはずである。

そう、「治らなかったら」である。

つまり、好意的に解釈すれば、その医者は慎重なのであるが、逆説的に言えば?いい加減〃なのである。


もし、出された薬が、解熱剤、鎮痛剤(せき止めやのどの痛み止めなど)程度であれば、なおさらである。

医者というのは、患者は何も知らない人間であると考えている。

だから言いふくめれば何をやってもいいと考えている。

ともかく、あらゆる機会をとらえて治療行為をしなければ商売はあがったりなので、どんな言葉でも使う。

そこで、3、4日後を額面通り受けとって再診に行けば、また同じ言葉が返ってくるはずである。単なる風邪で何回も患者を引っばれることほど、医者にとって楽なことはない。



 さて、ここで、風邪という?万病のもと″といわれる病気について、もっと説明しなければならない。というのも、前記の「とりあえず」も、この「3、4日したら」も、風邪について正確な知識を持ち合わせていれば、医者の言葉に解されることはないからである。そこで、次のような言葉が、まず浮かんでくる。






       ご心配いりません。単なる風邪です。

 この言葉こそ、医者の医者としての真価を問われる言葉だろう。
 
 
 「つまり、これがハッキリ言える医者は、信用できる医者といっていいのだ。
 
 さらに、この言葉の後に、「安静にしていればすぐ治ります」と言えれば、ほぼ医者として太鼓判が押せるのだ。

風邪というのはそういう病気だからである。




 しかし、現代の医療システムは、こういう医者を存在できなくしてしまった。
 
 風邪を?万病のもと″ではなく、?万金のもと″ととらえる医者しか、存在できなくなっているのだ。




 そもそも風邪(感冒) というのは、ウイルスによる感染症である。一般的に風邪を引き起こすウイルスは200種類以上あるとされていて、インフルエンザもそのうちのひとつである。ただし、インフルエンザのウイルスは、風邪の原因となるウイルスのなかでもっとも強力で感染力が強いので、ここで説明する単なる風邪とは区別して話を進めよう。


 風邪の感染を引き起こすウイルスは、人間の体内でも感受性細胞という感染に弱い細胞が集まった部分で活躍する。すなわち、のどや鼻、胸腺などで、のどの痛み、鼻水、せきといった風邪の諸症状を引き起こす。だいたい、この程度の風邪を引き起こすウイルスは、ライノウイルスやコロナウイルスで、感染力は弱い。だから、十分休養をとって1週間もすれば治ってしまう。

というのは、人間の体内ではすぐに免疫細胞が活動を開始し、「抗体」をつくるからである。これが、一般的に言われる「自然治癒力」で、風邪はこの人間のもつ自然の力にまかせるのが最良の治療法なのである。ただし、免疫力の弱い乳幼児や老人、血液病患者だけは例外である。



 では、なぜ、医者はあんなにもたくさんの薬を出してくれるのかと、当然の疑問がわくだろう。また、はたして薬は効くのかという疑問も出るだろう。
 これらの疑問の答えは、簡単である。
 
 

 単なる風邪の場合、医者のしている行為は詐欺と変わらないのだ。
 前記したように、ただ儲けるだけの治療なのである。
 
 また、薬だが、風邪そのものを治せる薬は存在しない。
 ウィルスを殺せる薬はないのである。
 
 では、風邪薬というものはいったい何かといえば、それは、のどの痛み、鼻水、せきなどの症状を和らげようと開発された化学物質と思うしかない。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー



これだけ暴露されてはお気の毒なのはお医者さん側でしょうが、問題はそれによって害をうけるか受けないかの違いですよね。


施す側は害は受けるはずもないんで、ただ利益が上がるかどうかはありますから、結果として、その処置が誤っていたらら、当然それは「ウソ」と言われるのは仕方ないことです。


詐欺行為というのは、結果論として言っているわけです。

そこにもしも意図的なものがあったとしたら・・・(誰も個々の医師の内面意識など分かりませんから)・・・・それこそ犯罪行為と言われるのでしょうが。


医師にしても、よく分からないというのが真相なのではとあくまで善い方にとておきまして。

儲けるというのは全部悪いことでもないのですが、そこにはかなり目に見えないところにある厳しい基準の様なものがあるのかも知れません。


だれでも働いてお金を得る、つまり、儲ける、儲かるの世界に関わっています。

しかし、
こと医療についてはかなり厳しい見分け方をされる訳でしょうね。


あいての身体を悪くして儲かった・・・場合、これは意図的なものがなかったとしてもかなり厳しいでしょうね。

お金とか物の損失よりも厳しさがある、命と健康を失うんですから。

かといって、かまわないで放っておくと医師はこちらもかなり手厳しく追求されてしまう。
なかなか・・
やっていられない職業になってしまいました。


この本の内容の様に日常で行われている医療現場の会話ですが、医師も患者も両方ともこれが普通の感覚できたんでしょうね。

むしろ、医師と言うよりも患者がわ、特に高齢者などは、こういう医師の指示やらお話を望んでいるところがありますから、これをやらない医師は嫌われる傾向もあるようです。


そうなると、いままでの「患者教育」が功を奏したのかどうかは分かりませんが、まずは患者の意識の方も大切なんですね。


ちまたの老人の会話を聞いているとやっぱり大昔からの「お医者さんの評価」をやっていますよ。

「親切でお薬をいっぱい出してくれて話を聞いてくれるにこにこしたお医者さん」が正しい医師ですからね。


こういう話をいくら聞かせても信じないでしょうし、そんな意識改革はもう無理なんじゃないかなあ〜と思うくらい、まったく「信者さん」ですよ。


反して、今の若い人たちは?

これもどうなんでしょうかねえ〜〜〜〜


彼氏か彼女か芸能人ならおつむに止まるんでしょうけど、どうなんでしょうかねえ〜〜

それにヨン様大好きおばさんたち、このひとたちって、そんな事かんがもしないんじゃないかなあ〜〜?

では、さっぱり誰も駄目なんでしょうかね?


いやあ、こちらもさっぱりわかんないですよ〜〜〜

なんだか、ひとりごとをぶつぶつ書いている・・・・だけで。



まあ、ここんとこ読んだらひとりで黙ってないで誰かにひとりでも二人にでも教えてくらさい。


ただじっと読んでいたってどうにもならん!のだよ。


知ったら知らせる、知ったら知らせる 、知ったら知らせる・・・・

病気と闘うな医者と闘え を読んで2

先回のつづきです。


しかし、この本の内容はちょっとお医者さんには見せたくない様な・・
いや、これほど、裏の事情を暴露されてしまったんじゃ・・・お気の毒というか・・


でも、そんな事言ってられないですよね。
じっさい、何かの害を受ける場合は患者側なんですから。








病気と闘うな医者と闘え

   医者の嘘(うそ)の見破り方

(医師)富家 孝  光文社カッパ・ブックス


  まえがき
  
  
  
記事前略

・・・・・・・・・・・・・

 私がまず考えたのは、私がどうしても特別のケースだということである。つまり、一般の人にとっては、身内や親しくしている人に医者がいなければ、私のように気軽に他の医者からアドバイスを受けられない。また、受けたとしても、それではどの治療法がいいのか判断もできないだろうし、さらにいいと思った治療法を、医者にしてほしいと要求できるだろうか。

 医者というのは、その技術レベルの高低に関係なく、?自分が信じる治療法?というのを持っているだろうから、それにそぐわない治療法を要求しても、してくれない。
 だから?セカンドオピニオン″を聞いて終わりでなく、いい治療法があれば、それをしてくれる医者の元へ転院させたほうがいいに決まっている。ただ、あらかじめ転院先の了承を取り、うちで引き受けますと強く言ってもらわないと、元の病院は自らの治療法を正当化して、転院させないようにするものである。やはり、了承をとるにも、ツテがものを言うのだ。
 こう考えると、一般の人にとって、いい治療を受ける機会は、ほとんど閉ざされている。それほど現代の日本の医療は絶望的なのである。


 そんなわけで、この本は、私をひとつの?際立った立場?に立たせることになった。これまで、私は数多くの医療に関する本を出してきたが、そのどれもと違う試みでやらざるをえなくなったのだ。

 というのも、私のカッパ・ブックスでの前著『開業医の嘘大病院の罠』から1年余りが経ち、その間に私もこんな経験をしたのだから、読者の医療不信はもう極限にまで達したのではないかと思ったからだ。

 現在、朝、新聞を開くと、医療ミスの記事が載っていない日はないようになった。ついこの間、患者取り違え手術事件があったと思ったら、また違う病院で同じことが起こる。そして、またしばらくすると、また違う病院で、……というように、もうとめどもないところまで医療ミスはきている。

こうなると、医療ミスというのは、患者にとっては大問題であるが、医者にとっては、日常茶飯事の単なる事故でしかない。

こんな現実を前にして、私のような医者であり、医療ジャーナリストが、何を書けばいいというのか。問題摘出も、検証も、告発も、もう何度もやってきた。そして、そのような本は、私以外の多くの医者や識者もくり返し書いてきている。

 私はこの1年余り、かなり悩んだ。
 

 前著でも書いたが、私の立場は完全に患者側に立つということである。
 
 医者も悪いが、患者も悪い。実際の現実は、ほぼこのとおりなのだが、両方の立場では物は書けないので、あえてそうしてきた。

しかし、それでもなお、私自身が医者だから、ついつい本音が出て筆がゆるんでしまうことが多かった。大阪人の私の言葉でいえば、「どっちもどっちでんがなあ」 ということになる。



 しかし、私は、今度、思いきって、そうした気持ちを絶ち切ることにした。それが、この本をきわめて?際立った立場の本″にさせた理由である。



 つまり、今回初めて、私は医者を全否定する。
 
 
 常に医者は悪人、患者は善人、現代医療は完全な悪行ということにする。
 
 もちろん、これは現実ではない。
 
 いい医者もいれば、適切な医療もある。
 
 しかし、この現実をそのまま表現してしまうと、現代の医療不信の核心は描けないのだ。



 このような本を手に取り、読み進んでくれる読者は、きっと医者がつい口にする「イヤな患者」「面倒な患者」ではないはずだ。教養も高く、人生の意味とは何かということまで考えて生きている方だと思う。この世に、完全な善人も完全な悪人も、完全な善も完全な悪も、存在しないということを知っている人だと思う。だから、私のこの一方的な論理も許容してくれるだろう。




 私は、この本を、次のような立場で書く。

・医者は全員嘘つきである。
・診断、検査など、すべて嘘である。
・完全な治療法などどこにもない。
・現代の医療制度は、すべて間違っている。
・医者の言葉を信じてはいけない。
・病院は患者の病気を治すために存在しているのではない。



 !つまり、これまであなたが信じてきた医者と医療に関する考えを、すべて捨ててほしい。そして、医者と闘ってほしいのだ。病気とばかり闘うのではなく、医者と闘ってほしいのである。21世紀の医者とのつき合い方は、ここからしか出発できない。



ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


とあるように、かなり厳しい内容になっているので、この本は冷静に読んで公正な判断をされたらと思います。


お医者さんにとっては非常に嫌な気分にさせられるかも知れないでしょうが、そういう事情もあえて覚悟のうえで決意されて書かれたという事は前書きを読まれると分かるはずです。



他にも患者側に立って真実の発言をされている医師の方たちも少数ながら居られますが、ほとんどのお医者さんたちはこういう事をいっさい言ってくれません。

それが利益関係からくるのか(不利益になる)
ほんとうに知らないでいるのか(医学という情報しか教えられなかったから)

それとも

ある程度は知っているけど、現状に甘んじているのか?

どれが答えしても、我々イッパンタイシュウとしては患者側の立場として、そちらが知っていようがいまいが、意識していようが無意識でいようが、それよりも自分自身の安全を守るのは自分自身なのだという、貴重な情報になると思います。


マジックのネタくらいなら、そんなの知らない方が良いでしょう。
裏のネタを知らない方がおもしろくわくわくしますし、ネタを知ってしまったらマジックなどなんとつまらないことでしょう。


だけど、医療の裏というか、そこにもしもウソや間違いがあるとしたら、それはもう見破って対処しないと、自分の身の上にたいへんな事が起こります。

もちろん、かわいい子供やお孫さんにとっても同様ですね。


もちろん、ボクはお医者さんと闘うつもりはありませんね。
薬も要らないし、手術も大事故以外にはしないでしょうし、ほとんどおつきあいする機会が少ないからです。

それでも、現代人としてはあれこれの諸事情からどうしても受けなければならない検診などがありますから、そういう時の知恵になるでしょう。



つづく、

病気と闘うな医者と闘え を読んで

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ウソの見分けか方

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こんなキーワードが通用しそうなのが医療事情。

マジックな様な・・・そういえばマジカル  メディカル うん似ているような・・

手品の裏側を見せられると、案外単純だったというけど、その手品がうまく通用する背景というか土台はなにか?

もちろん、
観客の勝手な思いこみですか?


まず観客が勝手に思いこむような仕掛けを工夫するのが手品師というわけかも?


あとは簡単なトリックでもほ〜ら、ひっかかる・・という具合。

こんな事を連想させるこの本の内容ですね。これからご紹介の本ですけど。





もうこういう時期が来る事はとっくの昔から分かっていた様で、様々ところで本に出されたりしていましたねえ。


現代医学の迷妄というのか、誤謬ですね、それを明々白々という位に指摘していた人は何人もいたんでしょうが、やはりぴかいちは岡田茂吉でしょうか。
書かれて残っている論文のうち、昭和10年頃の医学関係論を読むとよく分かりますけど、その後何度かわかりやすく書き直されて残っていますし、ある小さな会で市販もされましたことがあります。しかし、なんといっても最後には宗教となった処の教祖としての立場という壁がどうもじゃまになっているようですから、ひろくイッパンタイシュウ向けにはどうしても医学関係者側の異端者(異端だから真実という意味)のできるだけ真実に迫る情報を取り入れているわけです。




 (●それと、宗教の方は20世紀までの方便だったようで。
  21世紀は人類が永い間宗教に縛られていた不自由をそろそろ捨てるという時代のようです。
 もちろん、あまたある宗教すべてでしょうから、例外は無いのでしょうね。
 さらにもちろん、現代医学もれっきとした宗教です。
  しかも・・・・迷信がいっぱい含まれている・・・という。)





この本の著者は現代医学絶対批判論などではなく、当然西洋医学を修めた医学者、医師としての立場で書いていますので、そこのところで、細かいところではボクとしても異論もありますが、それでも「たいしたもの」なのです。


いや、こちらが却ってた驚く様な事実を発表されているのを見ると、なるほど、こういう勇気のある人が医学の内側にいられるというのは心強くありがたいものだと感謝感激ですね。


この本を買った当時スキャンしてあったのでそれをいま一度ながめなおしてみたところ、これがけっこう今の時期に「ようやく」威力を発揮できるのではないかと思いましたね。


それほどイッパンタイシュウ人には本当の事を言ってもなかなか受け入れられない、いや、今の時期でさえ脳天気なイッパンタイシュウ人もたくさん居られるようなので、よくよく人間というのは反応時間が必要なんだなあと思っています。


それもこれも医療という分野なので世界中共通した強固な迷信が科学に化けてしまった為なのでしょうか、人は科学だというと弱いですからねえ。それと「お上」信仰というか、権威ある所からのものは無条件的に受け入れてしまう、ま、忠犬ハチ公レベル、いえ、これはとっても純粋な方々だからなんですねえ。


その点、こちとらへそ曲がりというか天の邪鬼というか、むしろ、世間の常識なんぞく○くらえ〜っていう程度の低い人種ですから、まあ最低にんげんなんでしょうね。

だから、曲がったことが大好きなのかも、いや、曲がっている方が正しい場合にですけど。


とにかく、この本を書いた著者はそうとう勇気を出して書いたんでしょうね。
おそらく、心の奥から突き動かされてしまった・・・のかも知れません。

医者仲間からは袋だたきに合いかねませんよ、こんなひどい事書いていたら。

「ひどいこと」と言っても、お医者さん側にとっての事ですね。
もちろん、患者さん側にとってはとても「素晴らしい」って事になるんでしょうが。

果たして、イッパンタイシュウ人にとって、7年も経ってようやく理解できるかどうかってどこでしょうね。いや、もう理解できるでしょう!


医療崩壊が起こるべくして起こったというのは、中国の暴動騒ぎじゃないけど、そろそろ限界にきたんでしょうね。いつまでも欺瞞やうそがまかり通っていてはいけないし、またそうはならない宇宙原則が厳として働いているからでしょ。



一時的に言論統制など通用しても、それをやればやるほど反発力が強くなるんですから、早い内に一度ぜんぶ手の内をばらして、それからどちらもうまく立ちゆくように協力することの方がどちら(医療側と患者側)にとっても好結果が出るはずですよ。


むやみやたらに医師や病院を告発したくないんですよ。
それは全部の源は「医学」なんですから。
それの全人類がだまされてしまった、いえ、わざわざだまされるように計らってきた、それも共同謀議ですから。

謀議というかシナリオというか、我ら神々がバカになってアホになって芝居うつには病気というのはとても素晴らしい背景だったんでしょうね。


だから、病気にかかるという事がいかに我らの体験するにとってすばらしい事だったか・・
これが分かれば、いまの時代にたまたま医療側の役になったという事は一時的には不利なんだけど、だって相当まずい立場になっている時代ですから、それでも今の医療を全面的に代え得る力と立場を与えられて居るんですから、この役目を活用して一挙に医療革命を起こしちゃえばいいんですよ。


こちらはまったくのどしろうとながら、知り得たことを活用するご協力は惜しみませんけど、
そういう今は陰に隠れているひとたちはたくさん居るはずですから、まだ出番はないかと待ちぼうけをくっているんですね。


きっかけができれば一度に表出してきますよ。
知勇菩薩、あ、知友菩薩、じゃない、地湧菩薩だっけ?


いろんな分野から出てくるでしょうね、きっと。



ただ今のところ、ある程度イッパンタイシュウにも医療側にもある程度復習のつもりで今までの医療の実態を見直してからということで・・・





まずは本のご紹介。」7年前の本ですが。


書名  病気と闘うな  医者と闘え
 著者   (医師) 富家 孝
 発行所  光文社  カッパ・ブックス
         ISBN4−334−00703−1
   CO295 \848E 定価(本体848円+税)
 2001年2月25日 初版


あとがきより


ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー




あとがき 
                       
                       
 患者が医者を信用できない時代というのは、悲しいものである。
 患者にとっても、医者にとっても何ら得るところはないからである。患者が医者を信用しなければ、医者も患者を信用しない。だから、両者の間にあるのは常に緊張関係だけである。患者はいつも医者に「騙されているのではないか」と疑い、医者は「そんなに信用しないなら、勝手にしろ」と、心の中で思っている。
 しかし、ではどうしたらいいのかといえば、私には結論が出せない。それでもひとつだけ言えというなら、この現実を受け入れるしかないということだろう。

 この本は、まさにそんな現実から出発した。「まえがき」にも述べたように、かなり実験的な本である。もうこうなっては、どっちもどっちでは現実に追いつけないと思ったからだ。つまり、100%医者側が悪く、患者は何も悪くないとしなければ、現実の力に打ち負かされてしまうのである。以前の私の本は、それでも「病院の選び方」とか「いい医者のチェックポイント」などという解決法を目指していた。しかし、本書においては、そんなことは一切考えなかった。
 いまさら、そんなことをしてどうなるのかと思ったからだ。

 たとえば、こんな悲惨な現実の中で、まだなんとか名医を見つけようという人がいる。なんとかいい医者にかかりたいと、必死で探している人もいる。しかし、それはよほど時間とお金が余っていなければできないことである。だから、一般の人々にとって名医への道は、はるかに遠い。近所のかかりつけの医者を見かぎって大病院へ行き、さらに有名な大学病院へ行く。そうして、セカンドオピニオンもインフォームド・コンセントも全部やって、すべて納得したうえで治療を受けるなどということが、どれだけの人にできるというのか。だから、そんなことばかりガイドしてある本は、間違いだと私は思ったのである。

 このことは、いくら「日本の名医」とか「名病院ガイド」という本が出ていても、そこにたとえば末期ガン患者が殺到しないことを見ても明らかだろう。
 とすれば、私にできることは、せめてこの現実を現実に合った解決法で解決するしかないということである。

 この世には、確かにいい医者も、いい病院もある。しかし、その数は圧倒的に少ない。その少ないものを探したり、行きつくための努力を読者に強いて何になるだろう。それなら、圧倒的に多いほうの現実を示し、その対処を考えるしかないのだ。つまり、医者はすべて嘘つきであり、現代の医療制度は嘘だらけとして、どこが嘘かを解説し、騙されない方法を書くしかないのである。つまり、医者とどう闘うかである。

 私がとったこの方法は、はたして正しかったのだろうか?
 読者のみなさんの役に立つことができただろうか?
 
 私はまだ自問自答している。しかし、こうしている間にも、医者と患者の関係は、ますます悪化しているような気がしてならない。どうか読者のみなさん、この21世紀により賢く生きてくださいと、願うばかりである。

 2001年2月
                              

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー






つづく

浄化の波をうまくサーフィン


うまく乗れるならサーフィン気分で好調

名サーバーは波に逆らわずに乗るだけ

けど、

へたなサーバーは波に逆らうから、あっという間に波にのまれてしまう。しかも、恐怖感でいっぱいだから周りの何かに手を伸ばしてつかもうとするのは当然。

ここで問題なのは手につかむのがワラくらいなら、まだまだ助かる可能性はある。それが軽いからだ。

しかし、そこに誰かが投げてくれたものを見境無く掴んだとしたら・・・

鉄のアレイなど投げ込まれたのを掴んだとしたらエライことになる。

それをシッカリ掴んだまま海の底に沈んで行くだろう。

「お〜〜〜い、その手を開いて掴んだものを離せ〜〜〜」

と呼びかけても、もう無我夢中だからどうしても離せないのだろう。

手さえ離せば自力で助かる人も多いのだろうに。


コレ書いていて、思い出した。

実はカナヅチなんで(笑い)

ある日、プールでポチャポチャと泳ぐまねしていた。

そして気がついた。
プールの底が意外と深かったのだ。


急に怖くなったのだ。あわてて泳ごうとしたがチャプチャプするだけでなかなか進まないのだ。

あ〜〜〜おぼれる〜  オレはプールで溺死してしまう〜〜

あわてればあわてるほど沈むものだからおもしろい、いやおもしろくない。

とっさの反応で、周りのものを掴もうとする。

すると、近くに泳いできたオッサンの海パンに手がさわったらしく、無我夢中で掴んでしまった。

オッサンのパンツを引っ張ってようやく息をついたというか、気を取り直したらしく、そこで立ち上がったらどうにか首が出る高さに気がついた。(愕然)

あっぷ〜とかつぶやいてオッサンには誤魔化していたが、その相手が女性だったら・・・・・・


こりゃ、ごまかしがきかんかった・・ぞ。

「それでも私はやっていません」などとい痴漢のえん罪映画の様にはいかんかったろうな・・・・・・・(爆)



バカなやつほど自分が可愛いものでございます。
いや、ほんとうのほんとうは自分を一番愛することが一番なのだそうですから、心身ともに自分を愛してこそ人様も愛せるのだそうですが・・

当人はどうも「愛」という事になかなか天の邪鬼なので、まだまだ自我の妄想にとりつかれている状況です。


心も体も愛すというのは、自分自身の事です。

心の方は他人様のお話がたくさんありますから、そちらに譲って。

身体の方がなかなかこれ精神世界の方々もある程度は言われている事ですが、それでもなかなかです。


単刀直入で言えば、薬の事です。
もちろん医薬品。

これに対しては、まだまだなのです。

まだまだ、というのは、

「薬はもちろん副作用があるのは知っているが、使用限度を守れば、適量に使えば、正しい使い方をすれば・・・必要なのだから、正しい恐がり方をしなさい」というふうに受け取っておられる方が多いと思います。


ちょっと前に引用したものに、「まむしに咬まれたら血清」という常識が覆されたという医学情報がありましたが、そのように「まむしに咬まれたらどうする?」とか「蜂に刺されたらどうする?」とか一部の処方は絶対必要だとかの論もありますから、今一度にぜんぶ薬を絶対否定する事もいけないのかもと思ってしまいます。


しかし、マムシの件は血清は役に立っていなかったという証拠が出たそうですし、ボクの経験では蜂に刺された人を日赤病院に連れて行ったときに言われました「蜂に刺された場合の解毒剤は無いのです」。

なんだ、意外といままでの思いこみだったんだなあと。

この様に絶対必要とされる薬についてもいちいち大規模調査して貰うにつれて意外と効いていなかったり、もちろん、薬は毒ですから害作用がハッキリ判ったりする事の方が多いかと思います。

我々は「本当は自分の力で治っていたんだ」と気がつくのではないでしょうか。

その「自分自身の治癒能力が及ばない時」が死ではないかと思えるような気がします。

いろんな薬もそうですが、無害と言われる巷にあふれるいろんな療法でさえも、

「自己の治癒力=自然良能力」

を超えるものは無いのではないか?

いや、それを超えてはならないのではないか?

とちょっと飛んだ話を思うのです。

つまり、この「自己良能力を助けるという働きの療法」はよいのですが、それ以上は「よけいなお世話」になり得るのかと。


魔法の様にどんな人でも治してしまう治病力が存在した場合、もしもその人が魂の方で「この病気によって何かを起こすために必要不可欠なもの」だという意識が有った場合、他から施す奇跡的な治療が果たしてよいのかどうかという。

その人が「生命をかけてでも何かを達成するため」に病気という形をとっていた場合(それは少ないのかも知れませんが)、です。


むやみやたらに病気を治すという行為が行われたとしたら、それは魂にとっては「よけいなお世話」となり得るのかもという事です。


よくボクが引き出す岡田茂吉論とともに「浄霊法」という手かざし療法ですが、これは昔は相当な奇跡的な効果がたくさんあったそうです。

もちろん今でも後継団体などたくさんありますが行われているはずです。
しかし、
その当時に較べて浄霊の効果というものはどうなっているか?はある程度想像できます。

昔のように連続的に日常的に重度の病気がどんどん治っている様な浄霊効果というものは無いのではないか?

もし同程度あるならば、何も宣伝も要らないし、勧誘も要らない、黙っていてもどんどん治った人が他人にその喜びを話すでしょうから、ネズミ算式に増えているでしょう。

黙っていろと言っても自分が重病を治して貰ったらクチをつぐんでいられないというのが人情です。


どうもそんな噂が世間に広く流れていないという事は、あの当時の浄霊の効果はどこも無いのではないか?と勝手な解釈ですが思います。


自分自身の事でも、今はお守り(浄霊法の力の源と言われたもの)はかけないし、信仰もしていません(ご神体というものも焼却)、またお位牌も焼却してしまいましたし、自分は死んでもお墓に入れてもらえなくても全然構わないという思いです。

むしろ、今は世間様よりも神仏離れしている状態ですが、それでもこの手かざしは何かちょっと具合が悪いときには自然と手を当てています。

それほど奇跡的な効果はなくとも、この手当て(浄霊と呼んでよいのか?)は自分にとってはありがたい方法です。

昔やっていたかた今も活用できるのか?
それとも
これは誰にでも無条件でできるのか?

これはいまのところ判りません。


そして、この浄霊で家内の重度のリウマチ症状での麻痺状態は治りません。しかし、一切医学的治療は行いませんでしたので、これが正解だったのかどうかは本人(の魂)にしか判らないでしょう。

残念ながら自分の表面意識と奥の意識とは時には正反対の事がありますから、自我でいくら考えてもわからないわけです。


奇跡的効果がすべて必要なのかどうかという事は自我意識では判別できないのですし、さらにどんな病気でも治るということが必要なのかも不明なのです。

同じ重病でもあっさり治るひとも居れば、なかなか治らないでいるとか、若くして死んでしまうとか。

その人にとってその病気が簡単に治ってしまって良いのかどうかは魂の世界でしか判らないとすると、必要があって病気を体験している人を「強制的に治す」という事が人と時によっては「よけいなお世話」になり得ることも考えてしまうのです。


ゆえにどんどん人の病気が治る、治せるという事が一概に善いことだとは言えない、むしろ、不必要な場合もあるわけですから、治る治らないというだけで何事も判断してはならないのでは。


どんな汚染物質の無害にしてくれる最高の浄水器。
たしかにありがたい存在です。

それをどこの家庭でも取り付けられたとしたら、それだけでもう善いのかというと、

肝心な事は水の汚染源です。
水の汚染しながら、いくら最高の浄水器を使っていても、そこには水源の清浄化をするという意識は有りません。

やっぱり対症療法です。

身体の改善は心の改善と繋がっているようなのです。

身体だけを対象にして考えてもいけない、だから、単純に奇跡的治療を施してはいけない、その身体になった水源は心が源だとしたら・・・

そこにたどり着くために、もちろん病気は身体は体内毒素の排泄という基本はありますが、病気になるきっかけとか病気になる意志(魂の意志)があるのではないでしょうか?


病気なる意志というのも変ですが、身体だけ考えても病気は自然良能力のなせるもの、つまり、病気を治すのも自然良能力なのだが、病気になるのも自然良能力の力とみると、そこにはなにかのきっかけというか、意志的な働きがあるのではないでしょうか。


病気になる意識、もちろん、表面上の意識には判りませんし、そんな事を望む人は居ないわけですから、その奥の潜在意識、さらにまたその奥の魂の意識なども相絡まっているのでしょう。


これは病気ばかりではなく、事故などもいわゆる災難といわれている普通一般マイナスと思われること一切に当てはまるのでしょう。


これらを浄化作用と呼んだ岡田茂吉(師と付けたいがあえて付けません)が病気治しに使った「浄霊法」は奇跡的な治病効果をあげていたという話はたくさん残っていますが、それが現在も同等にあるのかという疑問に対しての思いがそれなのです。


これは「浄霊法」に限っているわけでなく、いま世界にいろんな癒しの方法があり、なかには魔法的かと思われるような奇跡的治療法があるのを見かけます。
また、そういう癒しの人、ヒーラーも存在しているのですが、全部の人を治し得るかと言うとそうではないでしょう。

おそらく、奇跡的な効果をあげる人とまったく変化の無い人の差が大きいのではないかと思います。


それがこの理由なのではないでしょうか?

地球の原理では神様が奇跡的な治病をなされるという方法が正解であっても

宇宙的な原理では、奇跡的な治病力は時と場合による、故に誰も彼もむやみやたらに病気を強制的に治病してはならない

これはボク自身の妄想かも知れませんが、どうもこれに似たような話のヒントを時々得るからです。


水源の汚染を解消することに浄水器の普及はかえって役に立たない、水質汚染の解決意識を失ってしまう・・・

これと似ているような。


薬を飲んでも病気は治っているというけど、薬は病気症状の軽減に働くだけのことで病気を治しているのは自分自身の治癒力なのだ。

これはわかっているんだ。薬はその治癒力の助けをしているんだという考え方がありますが、それは勘違いなのでしょう。


治ると苦痛症状軽減とは似て非なるものとは岡田茂吉論で指摘されている様に、薬の効果とはあくまでその毒作用による一種の麻痺状態をつくるようなものです。


痛いという信号を遮断すれば確かに痛みは来ない、熱をはっせいするという生体反応を停止すれば熱による苦痛はなくなる。

しかし、それでも人は病気が治っているから、薬が病気を治したのだという。

それはその人自身が病気を治しているという大黒柱を無視しているからでしょう。

少々の薬毒にさえにも打ち勝つほどの治病の力を人が持っているとすれば、少々の薬の害にも打ち勝って治ってしまう。

そうすればたまたまそこで使っていた薬の効果であったとも言えるのでしょう。

ちょうど、結核の減少と医学の効果と言われている錯覚の様なものです。

結核の特効薬ストマイが使われる前に結核は自然に減少し始めていた。しかし、使う時期が近かったためにストマイが結核を減少させたという事は医師なら知っているはず。

いや、知らない方の医師が多いのかも知れませんが、これは世界でも同じ状況だったという証拠は出されているのですから、ただ勘違いしていた、させてたいたという事です。


何だかまた話が飛んでしまったみたいですが、とにかく今医療はものすごいスピードで変革が進んでいるみたいです。


アメリカの経済破綻はもう決定的のようですし、中国もなんか体制の崩壊の兆しというような世界の情勢も日本の情勢もアレヨアレヨとばかりに大きく変わっているのをみると、医療の世界もあっという間に変化するのではないかなどと思うきょうこのごろです。


自分の立場をみればどうにか息をしているかのようなチマイ世界なので、そんな大きな世界のことをどうのこうの言っている場合ではないのですが、かえって、外側からそういう世界を眺められるという立場なのでよくわかるのかも知れません。


お気に入りの藤原直哉先生のネットラジオをいつも聴いていますが、なるほどね〜と思いますね。

今年はそういう浄化の世界に突入したようですね。
もっともボクの世界では10年前に突入したんですけど。

まあ、当時はまさに天を仰いでため息をつくばかりという体たらくでしたねえ。


どんな人もいちおうその様な状況が多かれ少なかれ起こってくるでしょうから、まあできるだけ軽く受け流す訓練を今のうちにどうぞ〜〜


根本は「感情の揺れ」なんですけどね。
けっしてその状況なんでなく、その人のその時の想いと感情反応が決定的なんですよ。きっと。


浄化の時代ということで、
またネット引用です。


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー



世の中は、日を追う毎に変化しています。

宇宙から降りそそぐ、浄化のエネルギーが日ごとに増えて来ています。

母なる地球も、新しい時代に向けての準備にピッチをあげています。

人類が夢見てきたユートピア、豊かな心に満たされた世界が実現するのです。

その光り輝く新世紀の黎明期が今です。


-----------------------以上引用終わり--------------------------------


以下は本文へ


TITLE:2012年・5次元への移行 魂・本質・真理

URL:http://2012rise.blog4.fc2.com/blog-entry-37.html

マジックのネタばらしーータミフル編

ここでちょっとタミフル特集とです。


まあ騙しのテクニックと言いますけど、その裏をのぞくと意外とお粗末な裏事情だったんですね。


手品のネタじゃないけど、裏は案外単純だったんですね。


お金のためなら、命も惜しまず・・・・



でも、ひとさまの命だったら・・・・おそまつさまでした。






ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー




●タミフル販売元へ厚労省医薬局の元課長が天下り2007年03月20日
(2)

インフルエンザ治療薬「タミフル」投与と、投与後の突然死や異常死の因果関係について調査する厚生労働省研究班班長に資金提供していた輸入販売元の中外製薬(本社・東京、永山治社長)に厚生労働省で医薬品の審査管理などにたずさわった官僚が天下り、常務執行役員に就任していることが十九日までに、本紙の調査で分かりました。

天下っていたのは、丸々は、静岡県立静岡薬科大学卒業後、一九七三年旧厚生省に入省。薬務局経済課課長補佐、企画課課長補佐、医薬安全局安全対策課長、厚生労働省医薬局審査管理課長などを歴任。二〇〇三年八月に厚労省を退職。同年八月に医薬品規格書の充実と普及などを行う日本公定書協会常務理事に就任。その後、中外製薬に天下っています。




「タミフル」は、二〇〇〇年八月に申請され、同年十二月にスピード承認されました。

「タミフル」の副作用にかんする調査・研究をめぐっては、厚労省研究班・横田俊平班長(横浜市立大教授)に中外製薬から約一千万円の寄付金が支払われていたことが判明しています。



今回、中外製薬に医薬品行政に携わってきた厚労省官僚が天下っていたことが分かったことから、官・業・医の癒着の構造が問われます。


薬害問題を研究している東洋大学社会学部の片平洌彦(きよひこ)教授は「薬害エイズ事件の後に、私は国会に呼ばれて、薬害発生の温床になる天下りはやめるべきなどの提言をした。それがいまだに改められていないわけで、この際、癒着の関係について徹底的に真相究明する必要がある」と話しています。



薬害問題を国会で追及してきた日本共産党の小池晃参院議員は「タミフル問題に対する国の対応は、国民の生命と安全を守る立場で迅速な対応をとっているとは言えない。その背景にカネにまつわる疑惑や天下りの人脈による公正な判断をゆがめる力が働いているとしたら重大だ。こうした癒着の構造を直ちに断ち切るべきだ」と語っています。


中外製薬広報部の話 常務執行役員に安倍道治がいるのは間違いないが、過去の経歴などは、個人情報なのでコメントできない。弊社には厚生労働省OBが一人いるが、誰かは言えない。職歴、見識が当社に貢献する人材かを、役員採用の判断にしている。


TITLE:かりゆし: タミフル販売元へ厚労省医薬局の元課長が天下り -


URL:http://taruwosiru.seesaa.net/article/55916902.html









●厚労省タミフル研究班教授の講座に販売元800万寄付
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070313-00000101-yom-soci



3月13日3時6分配信
読売新聞

 インフルエンザ治療薬「タミフル」を服用した後に異常行動死が相次いでいる問題で、因果関係を調べている厚生労働省研究班主任研究者の教授が主宰する大学の講座(研究部門)が、タミフルの輸入販売元「中外製薬」(東京都中央区)から、4年間に約800万円の寄付金を受けていたことがわかった。

 厚労省ではこの教授から聞き取りを始めており、「さらに事実関係を確認した上で、適切に対応したい」としている。

 寄付を受けていたのは、横浜市立大教授がトップを務める同大の小児医療関係の講座。同大や中外製薬によると、2001〜04年に計850万円が使途を限定されない「奨学寄付金」として、同大を通じてこの講座あてに寄付され、事務経費を除いた約800万円が実際に講座に交付された。



URL:http://www.asyura2.com/07/senkyo31/msg/1164.html









●タミフル研究者に1千万円寄付 01−06年度まで、中外製薬【日経メディカル】
http://www.asyura2.com/0601/gm13/msg/332.html






 インフルエンザ治療薬「タミフル」服用と異常行動の関連性を調べている厚生労働省研究班の横浜市立大の横田俊平教授の講座あてに、輸入販売元の中外製薬から「奨学寄付金」名目で01年度から06年度までに計1000万円が支払われていたことが13日、分かった。

 横田教授は昨年、約2800人の患者を対象に「タミフル服用の有無によって異常行動の現れ方に差は見られない」との調査結果を発表。

(共同通信)



URL:http://www.asyura2.com/0601/gm13/msg/332.html







●タミフル使用の真実?



実は、問題の多いタミフルの使用が止まらなかったのは、

アメリカからの圧力だという説があります。

タミフルはスイス・ロシュ社が製造販売しているが、

開発したのは米ギリアド・サイエンシズ社で、多額の特許料を得ている。


CNNテレビが05年10月こう報じている。


「ラムズフェルド(前)国防長官はギリアド社の元会長で大株主。

インフルエンザ流行のタミフル争奪戦で同社の株価が上昇。

少なくとも100万ドル以上資産を増やしたことになる」

タミフルが日本で承認されたのが00年。

ラムズフェルド前国防長官がギリアド社の会長を務めていたのが97年から01年。

ぴたりと合う。 元外務官僚の原田武夫氏は・・・

「それでなくても米国は毎年日本に突きつけてくる
『年次改革要望書』で

医療市場の開放を迫り続けてきました。

米国の製薬業界と共和党は深く結びついているのです」

日本政府はタミフルに多額の税金を投入。

日本のタミフル使用量は全世界の7〜8割を占め・・・・・


URL:http://shizenkaragenki.hamazo.tv/e354810.html











●タミフルに隠された真実 第二の薬害エイズに発展か(立花隆の「メディア
ソシオ-ポリティクス」 )
http://www.asyura2.com/0601/health12/msg/605.html



投稿者 gataro 日時 2007 年 3 月 26 日 20:09:35: KbIx4LOvH6Ccw

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070324_tamiflu/index.html 


から転載。

2007年3月24日

タミフル服用による異常行動死問題で、厚生労働省の対応が急展開した。

タミフルによる異常行動死の問題は、2年前の05年11月から学会では報告されていた。その頃から、一部の医療関係者からその因果関係を強く疑う意見が公にされていたのに、厚労省はその因果関係をずっと否定しつづけてきた。

一貫して因果関係を否定し続けた厚労省

06年10月には、この問題を無視しきれなくなった厚労省が、研究班を作って、その因果関係を調べたところ、特別の因果関係は発見できなかったと発表した。その骨子は次の通りである。


URL:http://www.asyura2.com/0601/health12/msg/605.html







●被害者の会が告発する膨大な事例
このページと並んで、タミフル問題の社会的アピールで大きな役目を果たしてきたのが、「薬害タミフル脳症被害者の会」のページだ。

ここには、ゾッとするような事例が沢山載っている。


http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070324_tamiflu/index4.html







●なぜタミフルは異常に早い認可が下りたのか

これはタミフル脳症被害者の会が主張するように、明らかに薬害問題である。

厚労省は、早く予防的アクションを起こさないと、エイズ問題と血液製剤の問題のときのように、問題がもっと大きくなってから、その責任を大々的に問われることになるだろう。

おそらくなぜタミフルに異常に早い認可を与えたのか、認可するにあたって十分な審査をしたのかという根本問題にまでさかのぼっての責任が問われることになる。

なにしろ、医療ビジランスセンターのページを見ればすぐわかるように、この問題に関しては、2年も前から、繰り返し繰り返し、警告・要望が出されているのだ。

これまでの薬害問題で、厚生省が繰り返し使った逃げ口上、「知りませんでした」は全く通用しないのである。


URL:
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070324_tamiflu/index7.html





ーーーーーーーーー以上引用終わ
ーーーーーーーーーーーーーーー

追加です。



知ってか知らずか・・・こんな危険なタミフルを誰に飲ませようってんだろう? 

自分たちも飲むんだろうか?


当事者たちに聞いてみたい

「あなたたちもタミフル飲んでますか?」

「きょうも元気だあ タミフル飲んで。」

とは言えないんじゃないかなあ?


とにかく飲むのはイッパンタイシュウ人といつも決まっているようだから、この大量備蓄の分はあなたやお子様の分にまわるのだろう?

で、そんな大量の代金は?

もちろん、あなたがたの貴重な税金ですよ



しかし、いざ薬害が起こったらどうするって?


もちろん、あなた方が納めた税金からたっぷりとお支払いしますから、安心ですよ〜〜

おいおい、じょうだんでしょう?


いえいえ、いままでもこうしてきたじゃないですか。
なにをいまさら・・・


まあ、じょうだん半分に読むとおもしろいけど、なにかこう釈然としないなあ・・・・

はい、これがじょうだんですむ人はもともと薬になど頼らない人だけでしょうね。

これはタミフルばかりに限定した冗談話?じゃないですけど。



最後の冗談話です


ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー

新型インフルエンザでタミフル備蓄量2倍必要と指摘 与党チーム
2008.2.13 22:29
このニュースのトピックス:副作用

 新型インフルエンザ対策に関する与党プロジェクトチーム(PT、座長・川崎二郎元厚生労働相)の会合が13日、開かれ、インフルエンザ治療薬タミフルの備蓄を2倍にする必要性を今後、検討していくことが決まった。

 国は「いつ発生してもおかしくない」といわれる新型インフルエンザ対策としてタミフルなど抗ウイルス薬の備蓄を進めている。現在、タミフルを治療用で2500万人分、予防用としては300万人分備蓄している。

 PTでは、国立感染症研究所から意見聴取が行われ、新型インフルエンザ患者の重症化を防ぐためには、現在、国が想定している処方量(1日2錠、5日分)を2倍以上にする必要があり、備蓄増強を検討していくことになった。処方量を10日間分に設定すると備蓄は半減するため、PT内で今後の備蓄計画を議論する。

 また、新型インフルエンザに感染した恐れがある人の足止めを可能とする改正検疫法と感染症法が今国会で審議されているが、成田空港周辺の宿泊施設で収容可能な人数は最大約7000人だと、検疫所から報告があった。

 仮に中国で発生した場合、成田空港では1日に約9000人が入国することから、収容しきれなくなった場合の対策もPTで話し合われる。


TITLE:新型インフルエンザでタミフル備蓄量2倍必要と指摘 与党
http://sankei.jp.msn.com/life/body/080213/bdy0802132229003-n1.htm

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー






911が判ると世界中の嘘八百の見分け方を知る

世の中の嘘ーー

と言っても意識的嘘、つまり嘘をつこうと初めから画策した嘘とそれを嘘と判別できずに真実と誤って、次へ伝えたりする無意識的嘘などもあり、さらに真実と勘違いしてしまった勘違い嘘など、嘘にもたくさんあります。




え?ここも勘違い嘘じゃないかって? はは、それはひとつやふたつ、みっつ、よっつ・・あるでしょうね。

あとは自分で取捨選択ですから、まあ、間違っても自分の判断ならそれはそれで貴重な体験ですから。


でも、他人のいうまま鵜呑みにしていたんじゃねえ〜〜


 


これ前にインプットしておいたんですが、せっかくなのと、嘘の見破り方のテクニックじゃないけど、たいていの嘘もこれだけ大規模になるとチッチャイと思えるほどですね。


 


大きければ大きいほど嘘が真実になれる


911アメリカテロ事件などはよい見本かも知れませんね。


 


そして、世界一の大嘘現代医学、もとい、こう書くといかにも意図的に仕組んだように思われるでしょうから、訂正して、人類みんなが共同して大きな誤りをおかしてしまった医学とします。


みんなが共同して錯覚してきたのも時期なんですね。

それさえ判っていれば、だれそれの悪党がわざとやっているかの様に思わないで済みますし。


被害者件加害者というのが真相のようです。


けっきょくは911じゃないけど、「自作自演」の人類みな同じ穴の狢じゃない、同類ってことで。


 


内容は下記へ


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


TITLE:9.11の真実(飛行機が突っ込んでいもいないWTC第7ビルがなぜ崩壊?などの数々の疑惑とその反論も) 911同時多発テロにおける真実を追う



DATE:2008/02/12 11:30
URL:http://nvc.halsnet.com/jhattori/green-net/911terror/nyterror.htm

-----------------------以上引用終わり--------------------------------


 



 

無駄なお金を湯水の様に使える医療事情

無駄なお金を湯水の様に使える医療事情




医療崩壊というといかにも庶民が困るかの様な記事ばかり目立っていますが、本当にそうなんでしょうか?


救急医療とか産婦人科とか小児科とかいう分野でどうしても必要な医療は別として、これらも本当に必要かどうかも検討する必要がありますが、医療全般において本当に必要かどうかはほとんど研究もなかったようです。


その結果、「これは必要だ」「あれも不可欠だ」と医療を施す側から言われる通りの要求をそのまま信用して導入してきたのですから、今になって大変な事になっているわけです。


病院倒産とかいうのも本当は「お金がかかりすぎる」のが原因でしょう。それも「本当に必要な事にお金が使われていない」からこそ、自然的に自己崩壊を起こさざるを得ないのです。


今の世界の金融事情とまったく同じように、自己崩壊なのですから、これも自然原理の原則通りに起こっているだけのこと。


まったく自然なのですから、その点を知ろうともしないで、「医師が足りない」だの、「診療報酬が下がった」だのという理由付けをいくらしても、またその対策をいくらこうじても解決にはさっぱりほど遠いわけです。



無駄な診断やら無駄な薬、治療など調べれば調べるほど山の様な証拠が出てきているのにもかかわらず、相変わらず行っているという心理状態は「そこに儲けがあるから」という利益原理しかないのではと言われても反論もできないでしょう。



ボクの様な素人がこんな事いくら書いても誰も信用してくれないでしょうし、まあ説得力もないですから、また他人様の素晴らしい資料を引用させて戴きました。


しかし、
もうこんな回りくどく細々と書いていても時間の無駄なのかも知れません。もう単刀直入に無闇に広がってしまったお経800巻を一巻にまとめるしまう時期なんでしょうね。


一巻として
病気は天恵の浄化作用。
薬は毒。
薬は病気を造り出す
現代医学は増病医学だ。
対症療法は一時しのぎの未来病気予約療法だ。


まあこんな事一度に言ってもめん玉ひんむいて怒り出す人いるから穏やかに持って行こうとして、これでもそうとう世間のくうきにあわしているんですよ。



今回はコレストロールをネタに無駄なお金を湯水の様に使っているという医療事情をご紹介です。

内容は
必要のない薬を飲ませるために検査値の基準を自由自在に変えるというマジック(マジカルぜーション?)


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー

一部抜粋


薬を飲ませる対象者が1000万人減ってしまうと薬の売り上げに大きく影響してしまうことは誰の目にも明らかです。ここに薬屋さんと手を結ぶ、いわゆる御用学者という人達が必要になってくるのです。そこでマスコミの記者はこの人が御用学者なのかそうではないのかをいつでも吟味する責任があります。その責任を放棄してただ声高に意見を述べる人の意見をマスコミに登場させた結果が日本中をコレステロール恐怖症にしてしまったのです。


2004年2月号
マスコミだけではありません。医療関係者、とりわけ医師達の責任も重大です。多くの医師達がコレステロール恐怖症の患者さんを沢山作り上げてきたのです。医師自らがコレステロールの基準値を220までと信じ込んでいるからです。そしてその基準値を患者さんに伝えるから、伝えられた患者さんは220を1でも越えると恐怖になってしまうです。そして221から薬を飲ませるのです。コレステロール値を少しでも下げた方が長生きするものだと信じているのです。221から薬を飲まされた患者さんはたまったものではありません。コレステロールが250の患者さんに、薬を出さない医者を捜すのが難しいほど、日本中の医者もまたコレステロール恐怖症・コレステロール依存症に陥ってしまっているのです。そういう医者は殆どの場合わるぎで薬を出しているのではありません。250の値の人をそのまま放置しておくことは悪いことだと信じているのです。もちろんこれで儲かったと思う医師もいることはいるのです。しかし殆どの医師が良心的な医師なのです。しかし良心的だからといって、コレステロール値が230や240でコレステロールを下げる薬を出すことを容認してもいいものでしょうか。


 


 



続きは下記へ

TITLE:
DATE:2008/01/21 22:47
http://wing.zero.ad.jp/~zbk81589/koresute.html




-----------------------以上引用終わり--------------------------------



嘘も八百つけば真実になる手口を教えます

投稿


こんな医療は崩壊してしまえ!!

と思っちゃうほど、医療界の裏話はひどいですねえ〜〜〜

真実を話す医師はごくごく少数だと分かってはいましたが・・・
それにしても、このまま突き進んだら薬害列島ですよ、この国は。


幸いにして別の理由で医療崩壊し始めちゃった様ですから、金の切れ目が縁の切れ目的に自己崩壊をしているんでしょうね、今の医療現場はもう無駄も無駄、いや、無駄ならお金の湯水の様に使っている放蕩息子で終わりですけど、そうじゃないですよね、これは知らないでいるととんでもない事になるという医薬品ですから。


いつも言いますが、この責任をワルのトライアングルとかだけにするといつまでも同じですから、自分で気がつくべきなんですよ。

もうアナタマセの医療は通用しない時期になったんですから。


これは旋回の続き、

医師の人たちもこういう情報を知らないんですから、まあ、我ら素人と同様な立場なんですよ。もし、知っていたら自分の商売やってられないですからねえ。

いまお医者さんは一番つらい立場にいるというそういう時期なんですね。

昔ならまだ良かった、こういう事実もデータも無かったし世間一般もみんなが「医学が進歩している」という上昇気流に乗っていたからですね。


しかし、たまたまこの時代にお医者さんを選んでしまった方たちは古来からの医療のすべての責任を押しつけられるという、まあ大変な時に医者になってしまったという事でしょう。


だから、できるだけお医者さんだけを悪者に仕立て上げようとする風潮にしてはならない訳でして、これから、本当の医療に速やかに転身できるような体勢、制度などを作り上げないといけない訳ですよ。


真実はほんと少数の人たちが騙しの手口を使っているんでしょうけど、そんな嘘が引っかかるのは受ける方の側にも大きな原因がありそうですから、実際はほとんどの医師もお役人も製薬企業の社員もだまされる方の側なんでしょうね。

それを支えている大きな土台がイッパンタイシュウなのだというわけ。

イッパンタイシュウ人よそろそろ気がついたら?

ニッポン!アチャチャ じゃねえ〜〜^^;





おっと、また長くなりまして・・・


「今年はどうする?インフルエンザ」より

ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー



   都合の悪いデータは表に出てこない


浜 近藤さんがいったように、タミフルのエビデ
ンスもあやしいものです。それなのに日本では、
世界のタミフルの八割近くも使っている。


山田  タミフルは高価だけれど、日本は保険制度
があるおかげで揚水のように使えて、「インフル
エンザについては最高の治療が受けられる国だ」
と豪語している医者もいます。



浜 それ以前の、タミフル自体がどうなのかとい
う情報がなかなか表に出てきませんからね。慢性
の気管支ぜんそくをもつた子がインフルエンザで
熱を出したときにタミフルを使った場合と、プラ
シーボ (偽薬) を使った場合を比較したデータが
あります。タミフルを使うとはじめのうちは症状
がなくなりますが、途中でクロスして、最終的に
は飲みつづけたほうが後まで症状が残るんですよ。

このデータは新薬承認情報集には載っているので
すが、論文となって公表はされていませんし、日
本には 「効かない」というデータを紹介する 「権
威筋」 は誰もいない。


母里 そうゃってデータの都合のいいところだけ
使って発表したりする。一部だけ切りとれば、タ
ミフルは効くということになるけど、薬をゃめる
とリバンウンドしてくるでしょう。


浜 熱が下がるというのは、治ったわけではなく
て、タミフルが単に中枢を抑制しているだけの可
能性があります。タミフルの予防効果についても
あゃしい。タミフルはウイルスが外に出るのを阻
害します。だから、ウイルスは検出されなくなり
ますが、症状は出るんです。このへんにもトリッ
クがあります。



母里 子防という意味では効いていない。


浜 そう。熱を下げて、ウイルスを体内におさえ
こむ作用があるので、いつたんはよくなりますが、
かえって長引く吋能性があります。






   ヨーロッパとアメリカのちがい


近藤 さっき、アメリカ型になってきたという話
が出ましたが、ヨーロッパはちがいますね。


浜 かぜは医者にかかるような病気じゃないと、
医者のほうも思っていて、「家で治すように」と
指導するわけですよね。


近藤 自由経済主義的な医療でゃるか、統制医療
的なものであるかのちがいが出ているのだと思い
ます。イギリスゃオランダなどでは家庭医をもた
なきゃならない。家庭医のほうは、自分のところ
に登録されている人数によって収入が決まる。薬
ゃ検査とは関係ないんです。そうすると、患者が
きて忙しいといゃなわけですから、「かぜだった
ら家で寝ていなさい」ということになるんですよ。

 これが白由経済主義のアメリカになるとちがっ
て、薬を使えば使うほど、検査をすればするほど
収人が増える。そういう意味では日本も同じです。
だから、かぜに抗生物質は効かないとわかってい
るのに、抗生物質を出す。


  薬を出せば診察は三分ですむ
   出さない理由を説明したら三〇分



 医者のあいだでさかんにいわれてるのは、薬を
出せば診察は三分ですむけど、出さない理由を説
明したら三〇分かかってしまう。そうゃって説得
したあげくが一銭もとれない。三分診療で薬を出
せば薬代がとれる。じゃあ、どっちにするかとい
えば、答えは明らかでしょう。





浜 それにいまのアメリカでは、長期的なことは
置いておいて、目先の効果だけを考えるようにな
ってきた。とりあえず「効く」というエビデンス
があれば新薬やワクチンが承認されるシステムに
なってます。たとえば抗がん剤でも、延命効果を
見ないといけないといっていたのが、縮小効果だ
けを見て市場に出してしまうでしょう。規制はど
んどん緩和されている方向ですよね。そういう全
体の動きがあるから、たとえワクチンや薬に対し
て疑問を抱いても、学者は批判的なことをいった
り行動にしたりできない。ある意味では、日本よ
りずっと発言しにくい厳しい状況ですね。

 それこそアメリカはメディカリゼーションで、
医者や学者が企業と組んで、薬を使わせる体制が
できあがっています。その体制に乗り遅れると食
いっぱぐれる。役所にもそういう体制ができあが
っているので、批判的なことは非常にいいにくい。


山田 昔、イバン・イリッチという思想家と話を
したときに、イリッチが 「山田さんみたいなこと
をアメリカでいったら医師会から除名になりま
す」といっていました。日本はまだ、医師会の中
で批判的なことをいってもかろうじて除名にはな
らない。


近藤 われわれ四人は、日本だから生きのびてい
るというわけですね。





   身体を変えたワクチンと抗生物質
  

山田 アメリカは、あらゆる病気をワクチンで制
圧しようということで、とめどがなくなってます
よね。ポピュラーな病気でも軽かろうが重かろう
が、全部ワクチン作るっていう感じだよね。そう
いう医療について、疫学者だとか細菌学者とかか
ら、アメリカあたりでなぜ出てこないのかなあ。

 日本でもワクチンに依存した感染症対策を続け
ていいのかどうかということについて、学者がほ
とんど発言しない。藤田紘一郎さん (東京医科歯
科大学大学院教授、寄生虫学) なども、寄生虫は
いたほうがいいと面白い意見をいっている一方で、
インフルエンザワクチンは打ったほうがいいとも
いっている。寄生虫がいることと、ウイルスがい
ることは似たようなものだといってほしい。それ
らを撲滅するというのではなく、人間がどう共生
していくかという観点で考えなければならないは
ずなのに。


近藤 ワクチンについては、完全ではなくともあ
る程度の予防ができるんだったら使ってもいいじ
ゃないか、という考えですよね。そこで見落とさ
れているのが、免疫力の低下のような長期的な影
響の問題、それと副作用の問題。




    はしか、水ぼうそう、おたふく、
 ワクチンを打つようになってから大人の発症率が増えている



山田 自然の免疫を作っておかないと、ほんとに
人間の身体はひどいことになると、細菌学者にも
きちんといってもらいたい。皮膚科の医者が、
「アトピー性皮膚炎が増えているのは、免疫機能
がきちんとできあがらないからだと思う」と書い
ていました。といって、「ワクチンや抗生物質を
使わないように」というわけにもいかないと。そ
ういうのを読むと、「いうわけにいかない」 なん
ていってないで、はっきり「使うな」といってほ
しいと思う。ワクチンと抗生物質が目本人の身体
を変えてしまったというのは確実だと思う。けれ
ど、その変え方がはっきり見えないんだ。

 はしかにしても、水ぼうそうにしてもおたふく
にしても、ワクチンを打つようになってから大人
の発症率がものすごく増えている。ワクチンと、
大人の発症率の関係を厚労省ははっきりとすべき
だと思いますね。


母里 以前ははしかなんて、母親から母乳を通じ
て免疫をもらうから、生後一年でかかることはな
かったんですよ。それがいまは、生後六ヶ月の子
がかかっている。それは母親がワクチン世代だか
らでしょう。私たちは、一生のうちにいくつもの
ワクチンを打たなきやならない道を選んできちゃ
ったんですよ。


近藤 こういう道を選ばせてきたのは、役所と製
薬会社と一部の専門家です。彼らが、一般の医者
をふくめた大衆をそちらに誘導しているんですよ。


母里 それと、免疫をつけるためにはしかにかか
りたいと思っても、自然感染の機会がないでしょ
う。それで、免疫がない状態で将来はしかに感染
したらこわい。ならばワクチンを打つしかないと
いうふうになってしまうんですよ。だから、「ワ
クチンはいらない」といえなくなってきたという
問題もある。


近藤 だから、タミフルにしてもワクチンにして
も、副作用や後遺症がなければいいのになあと思
うわけですよ。


母里 害さえなければ、おまじないだと思って使
えばいいわけですしね。


近藤 だけど、実際は副作用や後遺症がある。ワ
クチンは卵を使っているから、卵アレルギーも作
っているんじゃないかと思うしね。それからお年
寄りについていえば、重要な臨床試験の報告があ
った。ワクチンによって超過死亡が数パ一セント
改善するんじゃないかといわれてるけど、オラン
ダで高齢者を対象にした試験で、実は、初期の段
階で亡くなっている。ワクチンを打って間もなく
亡くなった数は、ワクチンを打たない群よりも倍
くらい多い。そういうことはいっさい語られない
で、打つ側に都合のいい情報だけがひとり歩きを
している。



  「ゆっくり治そう」とはいえない社会に


山田 小児科だと、こどもの病気は早く直してあ
げたい、楽にしてあげたいというのがはずせない
んですよ。 「放っておいても治りますよ、ゆっく
り治しましょう」というのが通用しなくなってい
るというのが実感ですね。たとえば、「水ぼうそ
うはかゆいだけですよ」というと、「かゆいのは
かわいそうだ」という。水ぼうそうのかゆみなん
て一週間もすればおさまるんですけどね。

 それから「あとが残るんじゃないか」というわ
けですよ。BCGのあとがついても何もいわない
のにおかしな言い分だと思うのですが、それがな
かなか伝わらない。さらには、「保育園や幼椎園
でほかの子にうつしたら申し訳ない」という。個
人の問題じゃなくなっていて、リスクの高い人や、
熱が出ては困る人にうつしてはいけないという
「加害性」がもちだされてくるんです。

   母里 自然に治るから放っておけ、といっても通
   じない社会になってしまっていますね。予防接種
   を受けさせない親のところに、「ネグレクト」 (放
   置) じゃないかといってきた保健所もあったそう
   です。ネグレクト、つまり虐待ですよ。ワクチン
   に否定的な親までもが、そうやって巻きこまれて
   いくシステムになってしまっているんです。
   

 近藤 そういう社会に逆らって生きるというのは、
   すごくたいへんですよね。親たちがこの本を読ん
   で納得したとしても、じゃあ現実にどうすればい
   いのかというのは、大きな問題だなあ。


 山田 でも、そういう少数の頑張る人がいないと
   世の中の希望はなくなります.。


 母里.探せばほかにも同じような考えをもった人
   はいるはずです。


 山田 そう思っているけれどもいえない人が必ず
いる。誰かが手をあげることで、「実は私も」と
いうことになるわけ。だから、やっばり手をあげ
てみること。


浜 それから意外と、ワクチンやタミフルが「効
かない」とか 「危ない」という事実を知らない人
が多いんですよ。知ればちがってくるということ
をぼくは期待します。


山田 医者のなかにだって、地方でひとりでがん
ばってタミフルを使わないというような人もいま
すからね。なんとか支えあいたいね。


浜 「効かない」 「危ない」ということを知らな
いのは一般の人たちだけじゃなくて、医者もそう
でしょう。薬に関しては情報がないですよね。


近藤 探せばあるんだけど、ほとんどの医者は探
さない。


母里 医者がワクチンをすすめたりタミフルを処
方するのは、単純に金儲けのためという話じゃな
いということですよね。


 
近藤 ワクチンや薬で得をしている厚労省、製薬
会社、権威たちは、あまり効かないことをよく知
ってるわけ。だけども、それを実際に打ってる医
者たちは、信じてやっている人が大部分でしょう。

「信じている」というのは、疑う力がないわけで、
それはやっばり勉強していないということです。

ただし、勉強しようと思っても、そういうデータ
を見つけてくるのはたいへんな作業ではある。
浜 権威は書かないしね。


母里 エイズのときにも、自分のところの血友病
の患者さんからひとりもエイズを出さなかったと
いう医者と、権威がいうから大丈夫だと思って使
いつづけた医者とがいるわけです。医者にしても、
権威のいうとおりにしていれば安心ですから。



「予防」で失われるもの


浜 「予防はいいことだ」 という前提があって、
それに医者もマスメディアもふくめて乗っかって
いるのが現状でしょう。だから、本当に予防にな
っているのかどうかを吟味せずに、予防策があれ
ばそちらのほうに流れていってしまう。


近藤 「予防はいいことだ」という通念があるの
は、歴史的に一定の効果をあげたと思われている
からです。だけど、実際はどうか。天然痘や小児
麻痺などに関しては、たしかにワクチンで予防で
きたわけだけど、全部がそうなのか。感染症の多
くは予防医学が奏功したからではなくて、上水道
が整備されたり、人々の体力が向上したりした面
のほうが人きいわけでしょう。

 そう考えていくと、「予防」 を追求していくこ
とによって、失われるもののほうが人きいのでは
ないか。人間はいろいろな生物と共生していて、
それらとの相上作用よって免疫力をつけたりして
一人前になっていくわけですが、それができなく
なっていく。それと、予防のために副作用を起こ
すわけだしね。

 日本が世界でいちばんの長寿国になっているけ
ど、長生きしている人たちというのは、ワクチン
なんてやってこなかった人たちです。それは、ワ
クチンをやらなくても、環境や栄養状態がよけれ
ば長生きするという証明だと思うんです。そこの
ところにわざわざ手を加えることで、むしろ寿命
を短くしてるように見えるんです。


山田 予防法は時代や地域によってちがってきま
す。ある地域、ある時代では効果があっても、別
の地域や時代ではかえってマイナスになったりす
る。だから、しよっちゆう見直さなければならな
いんです。予防接種もある程度はまだ有効性をも
つ地域もあるでしょうし。


母里 たとえば、途上同では破傷風の予防接種を
妊婦にやりますよね。衛生状態がよくないので、
お産のときに破傷風になる危険があるからです。
だから、TPOなんですよ。


近藤 がんの予防についても似たようなことがい
えますね。中国ではかつて、栄養不足の地域で食
道がんの発生が多かった。そこで臨床試験したら、
ベータカロチンをあたえると多少は減るというこ
とがわかったのね。ところが、北欧で同じような
試験をやったら、今度は発がんが増えた。


山田 不足してる地域に加えてやるのはありだけ
ど、すでに十分な地域でやったら過剰になってし
まう。


浜 ベータカロチン、つまり、ビタミンAは発が
ん物質でもありますからね。


山田 それに 「予防」 はきりがない。とことんや
ろうと思ったらば、最終的には生まれてくること
が病気のもとなんだから、遺伝子のうちから予防
しょうというところまでいってしまう。実際アメ
リカでは、子宮がんになるのは子宮があるからだ
といって、子宮の摘出が多いといわれているでし
ょう。それは 「え!?」 って話なんだけど。


母里 肥満を予防するために腸を短くしたりもし
てますよね。


山田 予防というのは果てしがない。一パーセン
トの危険があるとしたら、その一パーセントのた
めに九九パーセントの人も予防してしまおうとい

う網の張り方をしているでしょう。どんな病気で
もハイリスクの人っていうのはいる。ハイリスク
についてはひとつの課題としてあるんだけど、そ
のハイリスクのために全部が一斉にやれという論
理に拡張されてしまうとそれは問題。


母里 九九パーセントの人に納得してもらうには、
恐怖をあおって、誰もが危険に遭遇するかのよう
に思わせるんです。だから、「自然に治る病気で
す」 といってはいけないのよ。


浜 こわい話ですね。


山田 抗生物質がないと細菌の病気は治らないと
思っている人、多いでしょう。ウイルスの病気は
自然治癒はあるけれど、細菌の病気に自然治癒は
ないと。

 だけど、実際はそうじやない。もし治療しなけ
れば細菌の病気が治らないとしたら、抗生物質が
なかったころ、私たちがこどものころはみんな死姥
んでることになるでしょう。だけど、そんなこと
はない。


近藤 結核も、自然治癒はないと思っているけど、
そんなことはない。


山田 それでぼくは、こどもが最初に熱を出す突
発性発疹のときに覚えてもらう。生まれてはじめ
て経験する熱のときに、放っておいても熱は自然
に下がるんだということを経験してもらうんです。

そこで薬を使っちやうと、薬を使わなければ病気
は治らないと思いこんでしまいますから。


母里 いまの状況を変えるには、そういう情報を
発信しつづけるしかないですね。


浜 それしかない。いまやワクチンや薬のメーカ
ーは、マスメディアを大々的に使って患者に直接、
医療用の薬を宜伝しようとしています。アメリカ
では医療用の薬の宣伝は合法化されていて、日本
ではまた法規制があるから少しはましですけど、

だけど、マスメディアを使って報道というかたち
で、宣伝をしてくる。それに対抗するような情報
を、われわれは発信していくしかないでしょう。


母里 「ひとりの人を長くだますことはできる。
たとえばうちの妻のように。大勢の人を短期間だ
ますことはできる。たとえば政治家のように。だ
けど、大勢の人を長くだますことはできない」
といった人がいます。それが希望ですね。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


仕組まれた!? インフルエンザワクチンとタミフルの謎とき

学は「風邪は万病の元」といかにも恐ろしい病気の様に言っているが、実はこれほど人間にとって基本的な浄化作用は無いわけですから、それを停めれば停めるほど毒素の蓄積が増すわけでして、結局、皮肉なことに「医学が風邪を万病の元にしてしまった」というのが正しいものの見方なのでしょう。


自然浄化作用なのだから、自然に逆らわずを基本としているなら、風邪は引くたびに体内毒素の排泄は順調に行われるわけでして、風邪を停めるなんていうことはいかに医学が反自然的な治療を施すことかおわかりかと思います。

いや、「お分かりにならない」からこそ、あいも変わらずに風邪、インフルエンザの予防だの怖いタミフルなどを使いたがる患者さんが多いのでしょうね。


これは医学側もそうですが、イッパンタイシュウ人が気づくまでは続くことでしょう。
製薬企業と厚生官僚と医学界の故意の計画でインフルエンザ予防接種とかタミフルの使用とか調べるとどんどん出てくるでしょうが、そういう関係者はごく少数なのですから、やはりマスコミ関係者が大きな責任を負わなければならないかも知れません。


それでも、マスコミとても医学権威側の情報をただ垂れ流すという構図もありですから、これはもう誰が悪いだの責任があるだの言っていても、らちがあかないのではないか、いや、そんな事言っているあいだに今日も明日も誰かが、ワクチン接種を受けたり危険な薬を使っている訳です。


それをどうやって阻止するかなんて事考えても考えもつかない様なのが現実です。
ゆえに、もう自分に自分の家族に何が起こっても、もうそれは自分が信じてやった結果なんだから、だれも恨んではならないという覚悟を持つべきなのでしょう。


いよいよ、「今年はどうする?インフルエンザ」も最終章を迎え、この日本では大変貴重な存在である、「真実を追究する医師たち」のご登場になります。

そして、この座談会の話はあなたが行くであろう病院やお医者さんたちが知らない事と、たとえ知っていても話してくれない様な内容ですから、よ〜〜く、耳をかっぽじってながめてください。

いや、目をこらして聴いてくらさい・・・か




いや〜〜〜  今日はすごくパソコンの調子が良いものだから余計な事をいっぱいカキコできました。






ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


  座談会


うつる病気を
「予防する」ということ



 政府、製薬会社、医者……、
この鉄のトライアングルにマスコミが加わり、
インフルエンザワクチンと薬をめぐる真実は見えにくい。

情報を見きわめるために、いま、大切なことは何か。
長年、医療や薬の問題にかかわり、孤高の闘いを続ける四氏が語った。



 近藤 誠+浜 六郎+母里啓子+山田 真



   仕組まれた「需要」
   

母里 今年はインフルエンザワクチンを二〇〇〇
万本以上作るといってますね。


近藤 ここのところワクチンの製造量が上がって
きているのは、これはもう仕組まれた話です。一
九九三年に学童の集団接種がとりやめになったこ
ろから、政府と製薬業界と医者の鉄のトライアン
グルは複活を考えていたんですよ。

 彼らはワクチンを復活させるため、まずインフ
ルエンザの恐怖をあおろうとした。たとえば、
「脳炎・脳症はインフルエンザによるものだ」 「ワ
クチンをやらないとこんなに危ないんだ」 と宣伝
するために作ったのが、厚労省の 「インフルエン
ザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班」 です。 そして
一方では、こどもがだめなら大人に打とうという
ことで、その態勢固めをしていくんです。

 ところが、この研究班の調査では、ィンフルエ
ンザ脳炎・脳症はほぼ日本だけに見られる現象で
あり、しかも、多くが解熱剤を飲むことで起こっ
ているということがわかってきた。ただ、それで
も、「インフルエンザはこわいぞ」という印象を
一般に植えつけることには成功しています。

 さらに、大人に打とうとして 「高齢者にインフ
ルエンザによる死者が多い」という情報をたくさ
ん流した。実はその硯象はいまに始まったことで
はないのに、学童の集団接種がとりやめになった
ころからさかんに流されてきています。

 そうやって一般の恐怖をあおりながら、同時に、
ほぼゼロになった生産体制の立て直しを進めてい
ます。当時の記録を読むと、生産は開始できるよ
うになるから、何年後には何万本、その次には何
万本というような予定が立てられていて、実際に
そのとおりに生産量が増えてきています。

 つまり、インフルエンザワクチンの生産量が増
えたのは、一般の人が求めたというよりは、専門
家、政府、製薬会社によって仕組まれたからです。
一般の人は、その敷かれたレ一ルに乗っているに
すぎません。





  政府と製薬業界と医者の鉄のトライアングル

浜 仕組まれたということに関しては、インフル
エンザにかぎりませんね。たとえば、高血圧の薬
なんて、二〇〇〇年のガイドラインが作られる前
は、五〇〇〇憶円ぐらいの市場規模だったのが、
二〇〇四年の実績では八〇〇〇億円になっていま
す.数年間でこんなに増えたのは、仕組まれてい
るからです。この規象は、英語でいうとメディカ
リゼーション(病気づくり)ですね。


母里 「供給が需要を喚起する」という構図ですね。


浜 近藤さんの話に出た厚労省の研究班について
いえば、少しはましな結果が出たなと最初は思っ
たんですが、結局は、「インフルエンザ脳症はこ
わい。だからワクチンを」という言伝に使われて
しまった。. ただでは転ばない。

 タミフルにしてもそうでしょう。解熱剤が使え
なくなって少し下火になってきたなと思っていた
ら、今度はタミフルが出てくる。これまで使って
いた薬がだめだということになれば、次にまた新
しいものを出してくるんです。だから本当に、う
まいこと仕組まれているんです。また、マスメデ
ィアがそれに乗ってしまうんですよね。


近藤 マスメディアの問題は大きいんだけど、報
道している人たちは悪意でやっているわけではな
いのね。その情報を流している役所や医者のほう
が問題でしょう。マスメディアは、「薬というも
のは効くんだ」という一般社会の通念を体現して
いるにすぎないと思う。

 インフルエンザワクチンにしても、タミフルに
しても、重大な副作用の報吾があるのにもかかわ
らず多くの人が疑問ももたずに受けるのは、科学
技術信仰があるからでしょう。マスメディアもそ
うです。医者のことは信用していなくても、注射
液は信用している。薬そのものについては疑わな
いんです。





   医者の心理

山田 科学技術に対する信仰というのも、きわめ

てアメリカ型のもの。医療体制やそこにかかわる
人たちがアメリカ型のシステムや考え方を基準に
してしまっている。そこを疑っている人は少ない
ものね。


 マスコミや研究者もそうだし、実地医家 (開業
医) も、その流れに逆らうことはできない。医者
としてできる最先端で最大限の治療をすることが
最善ということになっているもの。


 それをせずにいて、トラブルがあれば患者さん
に訴えられると考えてしまうし、実際そういうこ
とも起こるでしょう。とても防衛的な姿勢になる
よね。しかも、それを自分たちのためではなく、
患者さんたちのためにやっているといいながらタ
ミフルなんかを使わざるをえないのが現実。

 早く明確に病名がつくと患者さんからも歓迎さ
れる迅速診断のためのキットなんていうのも、そ
のひとつの例だよね。アメリカ型でいえば、目の
前にいる人の病気に対しては、医学の力で必ず何
かをしなければいけない。

 たとえば、所見から明らかにプール熱だとわか
っても、キットを使って検査をして診断がついて、
学会が作ったガイドラインにそったスタンダード
な治療を受けられる、というのはみんなが安心で
きるわけですね。


近藤 ガイドラインに従わないと、道から外れた
ことをしてるような気になる医者もいるでしょう
し。


母里 それにスタンダードな治療、最先端の治療
をしないと、古い医者、ダメな医者だといわれて
しまいますし。


近藤 だけど、実はそのガイドラインの基礎にな
っているデータが非常にあいまいであったりする。
タミフルにしたって、かりに治るとしても、速く
効いて一日短くなるだけでしょう。しかも、それ
だって本当にそうなのかどうか。データを作るプ
ロセスをよく吟味してみないとね。

 インフルエンサは放っておけば治るとみんなが
認めているときに、効果があいまいで、重篤な副
作用の報告もある薬を使うべきなのか。そういう
疑問は、しかし、ガイドラインからはまったく見
えてこない。


母里 カナダのガイドラインでは、「インフルエ
ンザは自然に治る病気です」と冒頭で書いてある
わけですよ。ところが、日本のガイドラインは、
そういうことをひと言も書かないで、「インフル
エンサはかぜじゃない」とか「こわい」などとあ
おっているだけでしょう。ひどいガイドラインで
すよ。誰のためのガイドラインなんでしょうか。


山田 私もガイドラインができたほうがいいと思
ってたんだけど、ひどいものですよ。だからいま、
中耳炎のガイドラインを耳鼻咽喉学会が作るとい
っているけど期待できませんね。アメリカのガイ


ドラインだと、少なくとも患者の症状によって抗
生物質を使うかどうかというところが議論の中心
になっています。抗生物質を使わないで待っても
自然治癒する率がものすごく高いというデータが
あるから。溶出性中耳炎は.三ヶ月間何もせず様子
をみて、悪化するようなら治療するというガイド
ラインになっている。だけど、日本ではそんなガ
イドライン出てこないでしょ。


浜 過去の処方習慣をそのまま認め、薬を使わせ
る方向に誘導するというのが、日本のガイドライ
ンの作り方ですから。


山田 で、都合いいエビデンス(根拠、証拠)
をもってくるというわけね。日本型のガイドライ
ンをチェックするところがない。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


時々テレビでもやっている戦時中の実録番組を見ていると、いまの医療界の現状を似ていますね。

都合の良いことばかりを流すことと、都合の悪い事はできるだけ隠しておくという。


まあ、ボクもしょっちゅうやっている事だけど、こちらはあまりにも大々的ですから、嘘が本当になっているんですよね。大嘘も大きいほど真実に見えるから、あら不思議という。



隠しちゃイヤン、こんなタイセツなモノを・・

投稿


ほんとにもう〜

どうしよ〜〜もな〜〜い!

って怒ってます。


こんな大切な調査報告をなぜ大々的に発表しないんだよ!!

厚生省の担当お役人はいったい?
医師会はいったい?
地方のお役所もどうなってんの?

なになに・・・?

こんなの発表したら、エライことになっちゃう!  って???

シィ〜〜  チミィ〜〜 口をつつしみなさい  シィ〜〜〜〜〜


へ?  ナニ  モウカラナクナル〜〜〜〜??

ってことは・・・・・??


コクミンはどうなってもいいから、とにかく儲かる事が第一ってことなの??

ソンナ、チミィ〜〜〜  モロニ言ってしまったら カナワンナア〜〜 ガハハハ〜


まあ、こんな会話はボクのカラのオツムの中にこだましていた空耳のものですが。

それにしても、ばれるまで使おうってのですかねえ〜〜

ボクはどうでも良いですけど。お子ちゃまもおまごも居ませんし、自分でもぜんぜん使う気ないですから。

でも、これって莫大な金額がかかるんでしょ。だれのお金かなあ????

桁が違いますからねえ。



  では、「今年はどうする?インフルエンザ」より


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



 小・中学校からインフルエンザワクチンが消えた、その理由を知っていますか?

   いまも生きる「前橋レポート」が語る真実
 

 この結果をくつがえすような調査報告は、世界中のどこからも発表されていません。


母里啓子(もり・ひろこ)

  予防接種を受けてもインフルエンザにかかる
流行はくり返された

  三〇年以上続いた集団接種

一九九四年は、予防接種の歴史のなかで忘れることのできない記念すべき年です。

 この年、予防接種法が大改正され、インフルエンザが予防接種法の対象からはずされました。ここにおいて、学校での集団接種はおこなわれなくなり、希望者だけが病院や医院で個別に受ける任意接種となったのです。

 学校での集団接種は、一九六二年から始まりました。

「インフルエンザの流行は免疫のないこどもから始まる。こどもが集団生活を送る学校でひとりでも感染すればあっという間に広まり、それが学校以外の地域にも広がって大流行をひき起こす。
それを防ぐには、こどもに予防接種をするべきだ」という「学童防波堤論」 のもと、こどもたちへのワクチン接種が始まったのです。


 以来、三〇年以上ものあいだ、学校での集団接種が続けられましたが、やがて疑問の声があがるようになります。


 ひとつには、インフルエンザワクチンの副作用によって亡くなったり、障害を背負うこどもが出てきたからです (一九七三年、副作用被害者の訴訟が始まる)


 そしてもうひとつには、予防接種を受けてもインフルエンザにかかる人が多く、また、学校で集団接種をしているにもかかわらず、インフルエン
ザの流行はくり返されたからです。


 疑問の声は、さまざまな人たちからあがりました。保健室の先生、教職員、こどもの保護者、さらには医師や研究者からも、「インフルエンザワ
クチンは効かないのではないか」という意見が出るようになったのです。



一九八〇年、名古屋市の養護教員による大規模な調査の結果が発表されました。

 名古屋市の児童・生徒一万四〇〇〇人を対象に、インフルエンザワクチンの効果を調べたところ、「接種してもしなくても、インフルエンザにかかる率は変わらない」ということでした。

一九八〇年には、アメリカのCDC(疫病予防センター) の調査団も来日しています。学校で集団接種をしているのは日本だけだったので、その効果を調べるためです。

そして、彼らの出した結論は、「学童への集団接種がインフルエンザ予防に有効だという証拠は見つからない」 でした。

「学童防波堤論」が否定されたのです。






 ウイルス学会会長がシンポジウムの目頭で言い放った言葉

 この調査結果を受けて、日本の研究者も動きはじめます。「ワクチンは効かないのではないか」と考えるウイルス学の専門家たちが、ウイルス学会の会長にシンポジウム開催を申し人れました。
それで開かれたのが 「インフルエンザに関するラウンドテーブル・ディスカッション」 です。一九八一年のことでした。


 このシンポジウムに私も参加したのですが、石田名香雄ウイルス学会会長 (当時) がシンポジウムの冒頭で言い放った次の言葉は、いまでもはっきりと覚えています。


 「この会場に来ているウイルス学者のなかで、インフルエンザのワクチンが効いていると思っているやつはひとりもいないだろう」


 流行するインフルエンザウイルスの株(タイプ)はその年によってちがい、また、株がわかった段階でワクチンを作りはじめても、接種するころにはウイルスは変異しています。ウイルスの専門家ならば、「効くはずはない」と考えて当然です。






  前橋医師会、「接種中止」の英断

 専門家のあいだでは 「ワクチンは効かない」 が

「学童防波堤論」を根底からくつがえす
画期的な研究報告「前橋データ」

なかば定説となっていたにもかかわらず、接種率
は下がりませんでした。

 学童に集団接種をしていたインフルエンザワク
チンは、ワクチンメーカーの売り上げの多くを占
めていました。接種率が下がれば売り上げも下が
ります。

 業界やワクチン推進派の医師たちは、それまで
の利益を守るため、「インフルエンザの型が当た
れば効く」 「当たらなくても接種しておけば、か
かったときに軽くてすむ」といった宣伝をくり返
し、接種率の維持につとめていたのです。

 しかし、一九八七年、「学童防波堤論」を根底
からくつがえす画期的な研究報告が発表されまし
た。

「前橋レポート」 「前橋データ」とも呼ばれる
報告書で、正式タイトルは 「ワクチン非接種地域
におけるインフルエンザ流行状況」 です。

 前橋市医師会を中心に構成された 「前橋市イン
フルエンザ研究班」(由上修三班長)によるもので、
当時、国立公衆衛生院の疫学部感染症室で仕事を
していた関係で、私もこの研究班の一員でした。

 「前橋レポート」 は、インフルエンザワクチン
の集団接種をしていない前橋市と、集団接種をし
ている周辺地域 (高崎市、安中市、桐生市、伊勢
崎市) におけるインフルエンザの流行状況を六年
(一九八〇/八一年〜一九八五/八六年) にわた
って比較した大規模な疫学調査です。

 「ワクチンの接種地域と非接種地域で、インフ
ルエンザの罹患率、超過死亡などに違いは認めら
れなかった」

 これが前橋レポートの結論でした。

 ところで、前橋市でなぜこのような調査ができ
たのでしょうか。学童に対して年二度のワクチン
接種をしていたこの時期に、前橋市ではなぜ集団
接種をおこなっていなかったのでしょうか。
8
   それは一九七九年、ワクチンの接種後、小学校
  五年生の子がけいれんを起こしたのがきっかけで
  した。これにより前橋市は、その年の二回目の接
  種を中止し、厚労省に対して、「このけいれんは
  インフルエンザワクチンの副反応ではないか」と
  申し入れましたが、「予防接種に起因するもので
  はない」との回答しか得られませんでした。しか
  し、前橋市は、市独自で救済措置をとったうえ、
  小中学校の集団接種を中止し、以後、一度もおこ
   ないませんでした。

  そして学校から集団接種が消えた

   「予防接種の中止」 という決断を下した前橋市
  医師会では、中止にしたことによる影響を調べる
  責任があると考えました。そこで前橋市医師会を
 中心に発足したのが、前橋レポートを発表した前
  橋市インフルエンザ研究班だったのです。

 前橋市の全市立小学校 (全生徒数二万五〇〇〇
〜二万六〇〇〇人) の出席状況を六年間にわたっ
て調べ、さらに、それらのうちから五つの小学校
を選び、六〇〇人の二年生から採血してインフル
エンザウイルスの抗体検査をおこないました。こ
の検査は毎年二回おこなわれ、二年生が小学校を
卒業するまで続けられました。こうして、前橋レ
ポートは、ワクチンがインフルエンザの予防にな
っていないということを明らかにしたのです。

 たとえば、インフルエンザが大流行した一九八
四年度 (八四〜八五年) を見てみても、学童の接
種率がほとんどゼロの前橋市と、接種率八五・六
パーセントの高崎市とで、学童の出席率にちがい
は認められなかったのです。
 その後、一九九二〜九四年には、インフルエン
ザワクチンの副作用被害者が起こした訴訟に次々
と判決が下り、国の過失責任が認められました。

 生徒数二万五〇〇〇〜二万六〇〇〇人の出席状況を
六年間にわたつて調べ……

「こうしておけばワクチンにとどめをさせたのに」と悔やまれること

 やがて、一九九四年、学校からワクチンが消えたのでした。

 前橋市は群馬県の県庁所在地であり、人口は当時二七万人。学校での集団接種がなくなったいま、このような大規模な疫学調査は、二度とできないのではないでしょうか。



  「個人には有益」なのか

 前橋レポートが発表されてから今日に至るまで、この結果をくつがえすような調査報告は、世界中のどこからも発表されていません。

つまり、前橋レポートは、現在にも適用する硯役の調査報告なのです。

 にもかかわらず、近年、ワクチンの製造量と接種率は増加しつづけています。そして驚いたことに、二〇〇四年度は作りすぎて余ったというのに、二〇〇五年度は前年を上まわる二一五〇万本の製造が決まっています。つまり、国は、こどもから高齢者まで二〇〇〇万人以上の人にワクチンを打とうというのです。

 いくら任意接種でも、ここまで大規模に打とうとするならば、ワクチンが有効であることを示す調査報告があってしかるべきです。しかし、それ
はないのですから、あまりにめちゃくちゃなワクチン行政といわざるをえません。


 前橋レポートが発表され、被害者の方々が勝訴し、一九九四年に予防接種法が改正され、学校での集団接種がなくなったとき、私たちはこれでインフルエンザワクチンは終わったと思っていました。ところが、ワクチンメーカーと厚労省、推進派の医師たちは、あきらめていなかったのです。

 そして、この前橋レポートにも、いまから思えば、「こうしておけばワクチンにとどめをさせたのに」と悔やまれることがいくつかあります。

 ひとつには、トヨタ財団という私的な団体の資金援助によって実施された調査だったので、一般の人たちにそれほど浸透しませんでした。英文に翻訳して、世界的に権威のある医学雑誌に掲載していたら、事態はちがった方向に動いていた可能性があります。

 ふたつめには、「学童の集団接種」 に焦点をあてた報告書であったため、ワクチン推進派の「集団防衛にはならないが、個人には有効」という主張を許す結実になってしまったことです。

 厚労省は前橋レポートを受けるかたちで報告書
を作成していますが、そこにも、予防接種の延命
あるいは復活をねらってか、「個人には効く」と
いう一文が添えられています。「学童防波堤論は
まちがいだったが、高齢者などのハイリスクグル
ープ、休めないサラリーマンや受験生に接種すれ
ば、個人的には有益である」という主張が硯在で
もまかりとおっているのは、そのためです。



 「効くと思わなければワクチンは効かない」という
推進派の医師

 インフルエンザワクチンは効きません。しかも
重篤な副作用を起こす危険があります。「効くと
思わなければワクチンは効かない」というような
ことを平気で口にするような推進派の医師が、ワ
クチン行政の中心にいます。その言葉をうのみに
して、ワクチンがどんどん製造されています。マ
スコミや国民もそれにおどらされ、有名タレント
がコマーシャルすれば、いっせいにワクチン接種
に動くというのがいまの日本の状況です。

 そういういまだからこそ、学校の集団接種をや
めさせた前橋レポートの存在と精神を広く伝える
必要があると思います。

 前橋レポートは、「カンガエルーネット」 のホ
ームページ ( ) で全文が公開されています。
ぜひ多くの人に読んでほしいと思います。

 ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー




医療記事とマスコミの失格、あいや、品格

増すゴミと言われないように・・


どうしてこうも多くの偽情報が多いんだろうか?

と書くと、「ここの記事の方が怪しいよ」と言われてしまうかも知れない。
それほど、世の中の人はもう迷信にはまっているんではないか?
と、思っていると、「それはそっちの方がよ!頭おかしいんじゃない?」とまたも逆にいなされてしまいそうだ。

それほど、もう多勢に無勢の形勢ながらも、時が過ぎるに連れてこちら側「異端説」側に有利になってくるような情報がたくさん増えてきたのは、これも「時は神なり」のごとしで、段々と自信と勇気も出てくるというあんばいだ。

それにしても、相手は巨大な信仰集団。そして鉄のトライアングルにプラス、マスコミ報道陣という具合にがっちりスクラムくんでいるので、イッパンタイシュウ人はどうしてもそちらの方の影響を受けてしまう。

いわば、戦中の大本営発表を日本の朝日、読売、毎日などの大新聞社がお先棒をかついで大宣伝している様な状態だから、なかなかア○なコクミン(あ、大失礼・・・じつはボクもその仲間だった、ついこのあいだまで)たちはもうすっかりはまってしまっている状態なのだ。


○○に飲ます薬は馬に喰わせるほどある・・・じゃないけど、今日も老人施設のお風呂で会話を聴いていたら、「6種類物薬を処方されている」と言っていた。

まあ、くれる方もくれる方だが、貰う方もなんだかな・・・・・

お医者さんは製薬企業からのセールスマンに言われた様な薬情報しか知らない、お患者さんの方は薬のことなどまったく分からない。

知らないものと分からないものの関係じゃないけど、けっきょくはみんなが本当の事を知りたがらないんだろう。

だから、本土決戦などと言って、竹槍で防ぐ気になっていたんだな、このコクミンは・・・。
だます方というより、だまされる方があまりにも情けないほどゼンナンゼンニョじゃあ。


というように、ついこの間まで日本の権威筋はイッパンコクミンにどういって誤魔化していたかを知れば、なんとなく、今の日本の医療事情も分かってきそうなものだけど、まあ無理か・・・


ピカドンが自分の身に起こって来ないと・・・・・・

と、いつもの様に愚痴だか、おせっ解説だかよく分かんないものを書いている・・・

と言うことは、いまパソコンが調子を取り戻しているってこと。

こんどは覗きに来ている人にとっては残念!!でした。





例によって、「今年はどうする?インフルエンザ」より

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 こどもは予防接種法外の任意接種
    かりに事故が起こっても「自己責任」

   医療記事を信頼してますか?

インフルエンザワクチンをめぐる出来事から


  不安をあおる一方の情報が私たちの暮らしに流れこみつづけているということ。

  まとめ/
『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』編集部1994年創刊。小児科医、環境問題の研究者、教員、消費者運動にかかわる12名が編集委員。子育て中の親をはじめ、保育、教育関係者を中心に支持を得る。




 私たちは医療情報の多くを、テレビや新聞の記事で得ている。

昼のバラエティ番組で「こんにゃくがいい、ココアが効く……」といえば、夕方のスーパーではその商品が完売する、などという話は罪がない笑い話かもしれない。テレビ離れがいわれるな
かでも、こうした情報を人々に印象づける力は大きい。
 さらに、テレビより新聞を信頼度の高い情報を提供するメディアととらえている人も多いのではないか。

その新聞でも、ここ数年、インフルエンザワクチンは、予防効果や安全性を疑われたことがほとんどない。

記事を迫ってみると一九九六〜九七年ごろまでは、インフルエンザワクチンの有効性、安全性を認める医師の声とともに、ワクチンへの疑問や批判をもった医師や研究者の声が掲載されていた。

 ところが、それ以降、新聞だけでなくほとんどのメディアで、インフルエンザを 「猛威」といい、「大流行する」といった記事をくり返し、「早めのワクチン接種が有効である」という予防接種をすすめる医師のコメントを出すのみである。

かろうじて、今年、二〇〇五年一月、『週刊文春』 がワクチン効果への疑問についてルポをしていた。


 また、厚労省からときおり薬やワクチンの副反応事故の報告や、使用する際の注意が出される。こうした情報こそ大きく報じてほしいものだが、メディアの扱いは小さい。


 こうしたメディアの影響がいかに大きなものか、毎年の記事を追いながらワクチンの生産量を追うと、着実にワクチン増産に工員献していることがわかる。記事の中には、意図的か取材不足か、明らかに過ったものから、.般読者の誤解を招くだろうと思われるものまで、ともに共通するのは、人々の不安をあおりつつ 「予防はワクチンで」をくり返していることである。



   専門家の見たインフルエンザ記事

 インフルエンザワクチンを長年調査研究してきた母里啓子さんは、そんなマスコミの記事の中でいちばん印象に残っているのは、いまから一六年前の一九八九年一月一九目付朝日新聞の夕刊の見出しだという (図17

 大見出しで目に飛びこんでくるのは 「インフルエンザ記録的猛威」 「最高時の5倍 児童・生徒の患者5万人」。

インパクトの強い見出しだ。

国内では一九八〇年代なかば、小・中学生への集団接種の効果に疑問の声が各地であがっていた。地域によっては、個別接種にきりかえたり選択制を導入するところもあり、全体として接種率が急激に下がりはじめた時期にあたる。


 この五年後の一九九四年には予防接種法が改正される、という背景もある。
やがて、集団接種はなくなり、ワクチンの生産量はさらに下がり、ワクチンメーカーの倒産という事態まで起こってくる。



 さて、この見出しや記事を読むと、接種率が下がったことでインフルエンザが記録的に流行した、と多くの人は理解するだろう。

しかし、この記事を母里さんは別の読み方をしていた。


「たしかに、その前の年の同じ時期に比べて、患者数は多く、五倍になっています。でも、それは単に、感染のピークが前年より早く来ただけだったんですよ (図2)


新聞報道がされたちょうどその日、私は横浜のサーベイランス委員会に出席していて、ほかの委員の人たちと 『今年はもう患者の増え方も落ちついてきているから、流行もおしまいですね』と話していたところでした。


ところが、新聞記者は、ピークを過ぎたのに、まだ同じペースで流行しつづけるとして、『記録的な猛威』と苦いてしまいました。


ニュースとしての効果を狙おうとしたんでしょうけれども、比較してはいけないデータを使っているから、こういうことが起きるんです」

 こうしたことは、母里さんのような一部の人にしかわからないことだ。母里さんは、「問題は新聞記者だけでなく、データを提供する厚労省情報の提供のしかたにある」ともいう。




正確に読みとるのは難しい新聞記事


 母堂さんの指摘は続く。

 「もうひとつここで注目しておいてほしいのは、この記事には 『ワクチン経れ影響』という見出しがついていることです。
『インフルエンザが流行しているのは、予防接種を打つ人がこれだけ減っているからだ』ということなんでしょう。

同じ年の二月の記事では、インフルエンザ流行株の 『タイプ予測ぴたりだったのに大流行』となっています。

流行を予防できるワクチン株ができたのに、それを打つ人が減ったから大流行になってしまったと。予防接種はこれほど大事なものなんだということになります」



 しかし、八八〜八九年のワクチンの供給量を見ると、生産量に比べてかなり少なくなっている。ワクチンが使われずに、余ってしまっているわけだ。母里さんは 「ワクチンの在庫がたくさんあるときに、『予防接種をするべきだ』 といっていることに注目しておく必要があります」という。


 さらに、同年四月には、「『インフルエンザ』 ワクチン的中」「配合ピタリ、患者は昨季の37パーセント」 の記事が掲載され、「いいワクチン株ができているのに、接種率が低いために流行につながった」といっていたのが、「いいワクチン株ができたために、接種率が低くても流行は抑えられた」となる。

そのときどきの新聞記事の記憶と印象でとらえていては、とても正確な情報を読みとれるものではない。





不安をあおる記事作り

 インフルエンザへの不安をあおる記事作りには、毎年ちがう
ネタが必要だ。いかに大きなメディアであっても 「インフルエンザの猛威」だけではさすがに記事を作ることはできない。
 そこで、毎年手を替え品を替えた記事が作られる。一九九九年には 「こどもの脳炎がこわい」が新聞の見出しに躍った。

 「要注意はインフルエンザにかかった子供の中に重い脳炎・脳症にかかる例があることだ」「こうした症状の予防には、現在のところは接種をしておくことだと思う」
 (『朝日新聞』九八年一二月六日)



 たしかに、インフルエンザウイルスが脳に侵入して脳炎・脳症を起こすことはある。それはこの年に始まったことではない。


まして、脳炎・脳症はインフルエンザウイルスだけがその原因とはいえない。
麻疹や風疹、単純ヘルペス、水痘などによるものも多いというデータもあり(図3)、また、脳炎・脳症を起こすメカニズムについても、まだよくわからない部分がある。


インフルエンザ脳炎・脳症がなぜか日本でだけ多発しているという点もあまり知られていない事実だ。


 そもそも、「その当時のデータを見ると、インフルエンザ流行の時期と、脳炎・脳症の患者の多い時期だってまったく一致していなかったんです。

一〇年間のグラフを見ると (図4)、ピークの時期がずれていました」と母里啓子さんはいう。

 たしかにグラフを見ると、九八年だけ一致しているように見えるが、これは一九九六年の暮れに 「新型ウイルスがやってくる」との報道が続き、いきおい医者による患者の届け出が多くなったとも考えられる。

「単純にインフルエンザによる脳炎・脳症が増えているとはいえない」という指摘もある。


 また、ワクチン出荷量のグラフを見ると(81ページ図1参照)、一〇年間で予防接種をする人が減って、出荷量がかなり少なくなっていた。しかし、それでもインフルエンザの患者数が爆発的に増えてはいない。脳炎・脳症の患者数も同様だ。


 逆に、ワクチンを大量に使っていたときに脳炎・脳症が少なかったというデータもない。


 翌年の一九九八年から九九年にかけては、「子供の脳炎・脳症」との報道に、「高齢者施設でインフルエンザ大流行」が加わる。


 その後は、「新型ウイルス・烏インフルエンザ」 「ワクチンと特効薬タミフル」などという記事も記憶に新しいところだろう。
 しかし、どの記事も残念ながら私たちに正確な情報を伝え、冷静に対処することを示すものではない。

情報過多ともいわれているのは、実は不安をあおる一方の情報が私たちの暮らしに流れこみつづけているということ。

その点を忘れてマスコミを信用するのはいまもっとも危ないことなのだ。

   

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー



今の時代、マスコミってのはどうも変だと気づく者と、もうまったく鵜呑みにしてしまう者との差がおおきく開いて来ている様な気がする。


「品格の無いマスコミ」としか言えないような報道があまりにも多いと思うのだが、彼ら記者はどうなっているんだろう?
それとも、そういう統制をしている上層部があるんだろうか?


真実を伝え無いようにする意図があるのかも知れないと勘ぐってしまうくらいだ。

特に医療記事などはもう大本営発表記事オンリーのていたらくにしか思えない。

病気、特にいまはWHO(ここも既に一部は製薬企業の意になっていると聞くが・・)を筆頭にして、世界的感染症の恐怖というシナリオを出して、脅しをかけ始めているように見える。

そこにはどういうカラクリがあるのだろうか?

それは実に簡単なことかも知れない。



インフルエンザ治療薬タミフルとかインフルエンザ予防接種など、その備蓄や消費が莫大な利益に換わるからだ。もちろん、製薬企業とその利権をめぐって一部の省庁のお役人や医学関係者たちに渡るだろうオマケがちらほら見えてくるようだ。


いつの時代もそうだった。 ようやく21世紀になってから、そういうものが皆の目に見えてくるようになったのは幸いだ。

社保庁、国交省に続いての利権関係が世間の目に晒されるのも近いだろうから、その時になってイッパンタイシュウ人はようやく、首をかしげはじめるだろう。

ちょっとおかしいぞ、こりゃあ・・・


ちょっとじゃないよ!! あんたがずいぶんおかしかったんだよ!(大爆)


ワクチンはだれのためにあるのか?=儲ける人のため?

インフルエンザワクチン 
            需要を決めるのは誰か?


ということで・・



(いま我がパソコンは入力に一〇〇倍くらいのかかるようになってしまいました。したがって、解説がかけないのです。残念!!  ここまで相当時間くってしまった・・)







ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー




    舞台裏の一部を見ることができるのが
       需要検討会です
(図1参照=省略)
( ※ インターネット検索キーワードは「インフルエンザワクチン需要検討結果について」)



   検医討会の構成員は、
  医師、ワククチン業界、製薬業界、厚労省の担当部署など……
  のです。









「需要を喚起する供給」というしくみ

 ここで 「インフルエンザワクチン需要検討会」について、もう少し詳しく説明したいと思います。
三〇万本まで落ちた製造量が、なぜ一〇年後には、二〇〇〇万本を超えるまで急増してきたのか。その舞台裏の一部を見ることができるのが需要検討会であるからです。

 需要検討会は今年で九回となります。私がこの存在を知って傍聴を始めたのが三年前ですが、製造量が三〇万本に落ちこんだのを受け、もりかえしをねらって発足したのが需要検討会であるのはまちがいないでしょう。


 検討会の構成員は、推進学者、医師会代表、ワクチンの業界団体である(社)細菌製剤協会、厚労省の担当部署などで、すべてインフルエンザワクチン接種推進派の人たちです。座長は、「予防接種行政の推進学者」といわれている神谷○氏(三重病院名誉院長)です。


 ホテルの豪華な会場を借りて二時間半で終わるこの会で、ワクチンの有効性や副作用について語られることはいっさいありません。需要予測にもとづいた製造量をいかにメーカーに配分するか、いかに需要を喚起して製造量をさばくか。私には、インフルエンザワクチン販売促進会議にしか見えませんでした。


 仕入れた分がさばけない場合には病院に在庫が残りますが、これについては返品するかわりにリベートを考えてほしいといったことが時間をかけて話し合われていました。



 厚労省へは、「リリースのタイミングを考えてほしい」 という要望も出されていました。「インフルエンザの流行」をあまり早い時期に発表してしまうとワクチンが不足しますし、逆に遅すぎると在庫が残ってしまうからです。

 三〇万本まで落ちこんだ製造量が二〇〇〇万本にまで急激に伸びた背景には、「需要を喚起して供給する」というしくみが歴然としてあると思います。


「インフルエンザワクチン需要検討会」 は、まさにその象徴ではないでしょうか。



 検討会の需要予測は、医療機関と世帯を対象に前年度の実績を調査し、それをもとに算出されます。

全体数もさることながら、注目すべきはその内訳です。

医療機関への調査をもとにした需要見込み本数では、高齢者(六五歳以上)が六五〇万〜六三五万本であるのに対して、幼児・児童 (一三歳末満) が七九〇万本にものぼっています。

 前述したように、二〇〇一年の予防接種法の改正によって、高齢者への接種が定められ、高齢者用のワクチンとして増産されてきたはずなのに、実態は増産された分がそっくりこどもに使われているのです。


 接種率が頭打ちの高齢者に対して、こどもの場合は年二回、毎年接種すれば、大きな市場となります。しかも、こどもは予防接種法外の任意接種ですから、かりに事故が起こっても 「自己責任」ということになってしまいます。本当にひどい話だと思います。

 インフルエンザにかぎらず、ワクチンは、厚労省、業界、医師という利権のトライアングルに消費者が巻きこまれてお金を払わされ、副作用のリスクにさらされているという構図です。


私たちの健康とはいっさい関係のないところでワクチンは製造され、使用されているということを多くのみなさんに知っていただきたいと思います。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー




ほとんどの医師が知らないしほとんど分かっていないマスコミではね

薬が病気を造る

という原理からいえば、当然風邪を引いても薬を飲まないという原則が当てはまるのですが、そうは言っても長い間人類にすりこまれた「薬が病気を治す」という思いこみが
あまりにも強くインプットされたため、そう簡単には解けないのですね。


何十年も前から「薬毒病原論」は出されていたのですが、とてもそのような事が理解できなかったのですから、数十年もかかってようやくこの日本国で少しづつですが本職のお医者さんからこういう本当の話が聞けるようになりました。


とにかく、風邪と呼ぼうとインフルエンザと呼ぼうと、そんな名称などどうでもよいのです。
「自然の浄化作用」だから「止めてはいけない」というより、「停める必要はない」いや、むしろ「かかるときは大いにかかった方が良い」のです。


自然に起こる浄化作用として受け止めると、積極的健康法とも言えるのですが、なんといっても長い間の「勘違いによるもの」ですから、風邪、インフルエンザに対する恐怖感というのが医学が進歩するにつれて強くなってきてのは、実におかしなことなんですね。


その変なことを変なことと思わない変な医学を信じている変な人たちに気がついてもらう為にいろんな回りくどい話を書いている変な奴なんですよ。


話を広げれ八〇八巻、縮めるとたったの一巻。

簡単な話を複雑にしたのは医学の功績でしょうかねえ??











「今年は動ずる?インフルエンザ」より





ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー




 ここ数年、「高齢者はワクチンを受けるべき」という誤った思い



  ワクチン産業の舞台裏製造量三〇万本が
         二〇〇〇万本に伸びた、そのワケ



 ワクチンは、 厚労省、業界、医師という利権のトライアングルに
 消費者が巻きこまれてお金を払わされ、 副作用のリスクにさらされているという構図です。


---------------コラム一部抜粋記事-------------

 ほかにも副作用と確定されていませんが、一回目服用後の睡眠時に死亡するという例が複数報告されています。表3にあるように、重大な副作用の頻度は、さらに多くの人が服用してわかってくるでしょう。

 薬品メーカーは効果だけを宣伝しますが、毎年重篤な副作用で苦しみ亡くなる人までいるのです。
この事実をきちんと伝えるマスコミはありません。

厚労省は調査をし、多くの人たちに報告し、伝わるようにするべきですが、ほとんどの人が何も知らない、知らされていないのが実態です。

 薬やワクチンを使うか迷ったときは、慎重に情報を集めることをおすすめします。テレビや新聞の記事やそうしたマスコミに登場する専門家の言葉だけを信じるのは危険です。

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 なぜさらに製造量を増やそうとするのでしょうか

 去年は余ったのに、さらに増産とは?
 
 二〇〇五年六月、厚労省の 「第九回インフルエンザワクチン検討会」は、二〇〇五年度のワクチン需要見込みを発表しました。その数は一、〇五七万〜二一五四万本です。

 ワクチンメーカーはこの需要見込みにもとづいて、ワクチンを製造します。インフルエンザワクチンを製造する国内メーカー四社の最大製造量が一二五○方本ですから、めいっぱい製造することになります。


 前年の二〇〇四年度は、二、〇七四万本製造し、四三一万本が未使用でした。ふつうに考えれば、その分だけ減らしてもよさそうなものですが、なぜさらに製造量を増やそうとするのでしょうか



 そもそも「インフルエンザワクチンは効かない」ことはわかっています。だからこそ、一九九四年に予防接種法が改正され、インフルエンザは予防接種法の対象疾病からはずされたのです。製造量も、一九八五年度に一七一五万本たったのが、その後は減りつづけ、予防接種法改正の年には三〇万本にまで落ちこんでいます。

 この背景には、ワクチン接種によって亡くなったり、障害を背負わされた被害者たちの闘いがありました。

 被害者や、インフルエンザワクチンの無効性を訴えてきた私たちは、この時点でインフルエンザワクチンは終わったと思っていました。


 ところが、厚労省やワクチン推進派の医師、ワクチン業界は、もりかえしをねらって水面下で動いていたのです。


 このとき、推進派がよくいっていたのが、「集団接種は有効ではないが、ハイリスクの人を対象にした個別接種は有効である」ということです。


 これは完全に話をすり替えているのですが、インフルエンザワクチンは、この 「個別には接種は有効」という話で生き残りました。


 さらにその後、烏インフルエンザやSARS(新型肺炎=重症急性呼吸器症候群) が社会問題になりました。


 すると、それに便乗するかのように、「新型インフルエンザはこわい」 「SARSと区別するためにワクチンを」 といった宣伝もされるようになり、インフルエンザワクチンの製造量はもりかえしてきます。



 そして、二〇〇一年、予防接種法が改正されました。この改正で、六五歳以上の高齢者のインフルエンザが「第二類疾病」(個人の予防に重点をおき、あわせて集団の予防を図る。努力義務はなし)に指定され、予防接種法の対象となってしまった。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー




風邪につける薬は無いけどアホにつける薬はいくつもある?

本当は風邪を治す薬は世界中どこを探しても無い

という事を知りつつも、風邪薬を飲むという行為はどこからきているの?


まず、風邪の症状がつらいから

治さないでも、症状をやわらげてくれるから

副作用が出ない程度、つまり適量なら安全だから

飲んだクスリは効いた後はからだの外へ出てしまうから後々にも影響はないから



と〜〜〜〜でもナイ!!

特にクスリは使った後、全部が身体の外へ出てしまうなんてことはアマイ考えでしょう。

農薬や食品添加物など考えてご覧なさいね。

あれは微量でも蓄積されてしまうから危ないといって騒ぐんでしょ?

毒物というのはその性質上、それぞれに違いはあってもその「残存蓄積」の性質があるから怖いんですよl

水俣病もそうでしょ、そんな例はどこにでも転がっているんですから。

で「お薬」なんちゃって、「お」をつけりゃあいいってモンじゃないでしょう。

鬼の様なかかあに「お」付けたって、その性質が変わりますかあ?

クスリはもともと毒そのものなんだという事をすっかり忘れているから、薬害訴訟なんて起こるんですよ。

使う前からハッキリ言っておけば良いんです。

お医者さんもお患者さんも、クスリを使うにはこのクスリは元もと毒なんですよ、と知っていれば、なんの事ナイ、具合悪くなれば「ああ〜毒の性質が出てきたか・・」と納得できるでしょ。

だから、そんな事も知らせないでお患者さんにお薬あたえるから、あとで「こんなはずじゃなかった」なんて言って裁判に訴えられるんですよ。

クスリの効能、つまり主作用なんて言っているけど、実はその毒物がもついくつかの性質(これを副作用という)のうち、この「副作用」を利用して使おうということで、その副作用が主作用になるだけなんです。

どれもこれも毒の作用なんですよ。主作用なんていっているけど、それがいつ副作用に変わるかも分からない、使ってからようやく身体に出てくるわけでしょ。

そうして、その主作用がさっぱり害作用にかわってしまって、もう使い道がないとなると、そのクスリは消えて行くんです。

体外は知らないうちに消えて行くんでしょうが、時には相当強い副作用(主作用とも言うか)によって多くの人が亡くなったり、障害を起こすと目立つので皆が知ってしまうだけの違いでほとんどは「無効」になったというよりも、「害作用」=副作用がハッキリしてしまったので消えざるを得ないというわけでしょ。


そうして、それまではさんざん使われてきたんですから、儲けはもう充分とったという訳ですから何ともないんですね。

そして、似たようなちょっとかたちを変えた新薬に切り替えて行くのですが、クスリを良く効くようにするには「薬とは毒性物のもつ性質を利用するもの」だとすると、これはもう効くには毒性を強めるしかないわけでしょ。


だから、今の薬はもう新薬、新薬と続いてきた結果、そうとうな毒の性質がパワーアップしたんではないでしょうか?

すると、もうある程度以上は新薬というのは出来なくなるんですね。

なぜかというと、これ以上毒性を強めると「病気は治ったけれど、患者は死んだ」という程度にまで毒性が強くなっちゃうでしょ。

だから、使うと短期間に主作用(副作用=害作用)←みな同じことなんですけど、この薬の本性が直ぐ出てきてしまう。

こうしてもう今おそらく「新薬の開発は頭打ちになってきた」のではないでしゅうか?
これ以上はもう無理なんじゃないかと思うんですよ。

特に抗生物質なんてのはその代表作でしょうねえ。あれは耐性菌がどんどん強くなってしまって、もう薬の方は進歩できない限界なんですよ。
それ以上は人を殺す以外無いんですね。 頭痛を治すには首をしめろってわけですよ。


あと、抗がん剤ですけど、これなんてのもすべて強毒性を持っていますから、主作用なのか副作用なのか分からないほどの強い毒性を示すわけですね。
ガンで死んでいるのか?抗がん剤で死んでいるのか?

おそらく、公正な機関で大規模調査をすればイッパツで真相が分かるでしょうね。

しかし、そんな事をするわけナイでしょ。なんたって「儲けが無くなる」ことに荷担するわけないんでしょうから。そういう今の医療界はコラボレーションといっても悪巧みの方の共生社会になっているんでしょうね。


強くは言いませんけど、そういう上層部に権力をもって「知っていながらもやっている」という人たちは、自分の未来を自ら壊しているんでしょうかねえ・・・・地獄に堕ちるとは言いませんけど、なんたって地獄なんて無いんですから。

まあ、自分で自分を苦しめる事は間違いないんでしょうけど。
原因を作れば自分に結果が出てくるというので、まあ、そういう人たちもお役目があるんでしょうね。

たとえそんな人たちが居たとしてもコチトラはそんなのに構っていられません。

なあに、毒を飲まなければそれで済みますからね。
君子危うきに近寄らずで、君子なんてそんなたいそうなヤツじゃないんですけど、やっぱり言いたいですよね。
君子、薬に近寄らず  だな。


で、どうも指が勝手に動いているんで変な前書きがどうにも意味不明になってしまいましたが、元へもどって、風邪薬はタダの風邪薬ではないって事をよく知らないとね。


よく知っていて飲むならいっこうに構いませんけど。どうせあなたのからだなんですから、どうぞお勝手に(笑い)


【今年はどうする?インフルエンザ】より




ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

その「かぜ薬」は安全か?


  解熱剤・抗インフルエンザ刑、市販薬のココが危ない



  浜 六郎
内科医。長年にわたり、医薬品の安全で適正な使用のための研究と情報活動にとりくむ。
NPO医薬ビジランスセンター(略称NPOJIP)代表。『正しい医療と薬の情報』誌副編集長。
著書に『薬害はなぜなくならないか』(日本評論社)、「薬と毒の見分け方』(講談社)ほか。
http://www.npojip.org 




   「体温の低下とともに同時に走りはじめ、窓から飛び降りようとした。
母親が気づき抱きとめた」という例が厚労省に「幻覚」の例として報告されています。

……これなどはまさしく、
タミフルによる害反応といえるでしょう。




  解熱剤を使うのは最悪

 インフルエンザなどウイルス感染の際に、こどもさんが熱を
出すと、ともかく心配でしょう。心配するのはあたり前です。

でも、それでうろたえてはいけません。うろたえて、早く熱を
下げようと、解熱剤を使うのは最悪です。

解熱剤にはウイルス
や細菌をやっつける効きめはありません。むしろ逆です。


 インフルエンザにかぎらずふつうのかぜや水ぼうそうで熱が
出るときには、その熱は、体がウイルスと闘っている証拠なの
です。


実際、熱だけでもウイルスや細菌はやっつけられます。
発熱は、ウイルスや細菌など外敵の攻撃から、体を守る大切な
体のしくみ(防御機能)のひとつです。


 こどもの発熱はほとんどがウイルス感染によるかぜのためで
す。ウイルス感染のかぜのときの発熱は一〜二日、長くても五
日くらいでおさまりますから、解熱剤を使う必要はないことが
ほとんどです。



だから、基本的には熱を下げないほうが、早く治るのです。

ウイルスや細菌がやっつけられて熱を出す必要がなくなれば、特別熱を下げなくても自然に熱は下がってきます。


少しのあいだ、上がっているのは我慢して様子をみて、「下がるまで待とう」という気持ちでかまえていればよいのです。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

インフルエンザ(風邪)がわかるとすべてがわかる医学の縮図とは?

風邪は浄化作用。太古から人間のからだにそなわっている自然良能力による体内のやさしいお掃除です。

だから、熱が出ても冷やさない、下げてはいけない、咳も痰もとめてはならない、鼻水も止めてはならない、寒くならないように寝ているだけで自然に収束するようにできているこのありがた〜〜い浄化作用なのに。


人間があまりにも賢くなりすぎて、いや、賢くなったという思いこみでしかなかったのでしょう。その証拠にこんなに現代医学が進歩したと言っているのにかかわらず、いまだに風邪(インフルエンザも同質なもの)の原因も分からないので、治す薬も無いのです。

いや、治す薬など必要ないのです。
だって、
人体に必要な浄化作用なのですから。

体内の毒素や要らぬものを排泄してくれるのですから、風邪を引くほど体内はきれいになって血液はきれいになるという自然の驚異的な恩恵なのが風邪の原理です。

しかし、しかし、

すっかり科学的だと思いこんでしまった医学の対症療法が進歩すればするほど風邪に対して攻撃するものですから、それに身体の方もだんだんと毒素や要らぬもの(薬という毒)まで増やしてしまったため、だんだんと風邪の症状も重くなってゆくのが当然の結果でしょう。

年々風邪の症状が重くなる大きな原因は毎年風邪(インフルエンザも同様)を引くたびによけいな対症療法を施してしまったからでしょう。

もうひとつは、他の病気でも使う薬(毒)や予防接種などの毒素が溜まっている、つまり毒素の貯金をしているような医療が続いてきたこと。

後はおなじみの環境毒素(農、食や公害)です。



キーとなるこの地球上の自然浄化の波が年々高まっているということ。
つまり、
あぶり出しの現象が起こっているという訳です。


鍋の底にこびりついていた長年の汚れさえも、いまや大自然の力によってはがされてしまうし、その汚れが表面に浮かんできて、そして外に排出する。
こうして鍋は底の底まできれいになって復活する。


いいことずくめの体内の鍋底そうじですが、ただ一点の欠点があります。


それが浄化作用に苦痛が伴うということです。


その苦痛だけ取ってもらえばよいというのが医学の考え方。

しかし、
苦痛を取ることと病気が治ることは異なっている

ということに気が付かなかったのが大失敗の始まりでしょうね。


現代医学の対症療法の原点はそこにあるのでしょう。
病気は治った。
しかし、
人は死んだ。

極端になるとそういう現象がでてしまう。

だから、

薬は症状を止める(一時的だが)と同時に人が死なない程度に毒を弱める。
それには、
一度に飲んではいけない。すこしづつ飲むことで毒の作用を抑えること。

これを応用したのが
古今東西、時の権力者が用いた「毒殺」の方法でしょう。

一度にのませたら死んでしまうから相手側に気が付かれるので、すこしづつふくませる。すると相手の身体に毒は蓄積するという性質があるので、だんだんと弱らせ、ついには死に至る。


毒殺と病気の服薬が違うのはただ「善悪」と「目的」の違いでしょうか?

かたや相手を死に至らせる悪の目的

片や相手を元気にしようとする善の目的。



なるほど、だから薬は適量を適時に飲むことが必要だという原則があったのか
と感心して終わってはタダのひと。


むむむ〜〜〜とちょっと考えてみるとちょっとカッコイイひと。

そこにどういう違いがあるのだろうか?
あごにでも手を当ててみることもカッコイイひとの仕草であろう。


むむ、そうかあ〜〜

ここで気が付いた人は満点パパ(ふるいか)

薬=毒ならば

その根本的性質と作用に「人の善悪感情や目的意識」など関係ない

という事に気が付くだろう・・・・か?


それが分かったらもう、風邪であろうがインフルエンザであろうがエイズだろうがサーズだろうがガンだろうがなんだろうがすべてに当てはまるということ。


医学は風邪は万病の元だと言っているのだから、それなら、万病の元の原因、原理さえも分からない医学は万病を知らないという証にならないのだろうか?

とちゅうで。、ある調に変わってしまったが気にしないで・・


それならば徹底的に風邪(インフルエンザ)についての真相究明こそ、万病を理解するための第一歩であり、大土台の基礎工事ではないでしょうか?
(とここで急にです調にかわる・・けど気にしないで。。)



薬が病気を治すという人類が永年信じてきた信仰が
この「風邪、インフルエンザ」という浄化作用の大基本を知ることによって、いっさいがっさいの病気の真の姿が見えてくるのではあ〜りませんか!!





で、
以下も「今年はどうする?インフルエンザ」よりです。



ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


その「かぜ薬」は安全か?


  解熱剤・抗インフルエンザ刑、市販薬のココが危ない



  浜 六郎
(はま・ろくろう)
内科医。長年にわたり、医薬品の安全で適正な使用のため
の研究と情報活動にとりくむ。
NPO医薬ビジランスセンター(略称NPOJIP)代表。『正しい
医療と薬の情報』誌副編集長。
著書に『薬害はなぜなくならないか』(日本評論社)、「薬と毒
の見分け方』(講談社)ほか。
http://www.npojip.org 




   「体温の低下とともに同時に走りはじめ、窓から飛び降りようとした。
母親が気づき抱きとめた」という例が厚労省に「幻覚」の例として報告されています。

……これなどはまさしく、
タミフルによる害反応といえるでしょう。




  解熱剤を使うのは最悪

 インフルエンザなどウイルス感染の際に、こどもさんが熱を
出すと、ともかく心配でしょう。心配するのはあたり前です。

でも、それでうろたえてはいけません。うろたえて、早く熱を
下げようと、解熱剤を使うのは最悪です。

解熱剤にはウイルス
や細菌をやっつける効きめはありません。むしろ逆です。


 インフルエンザにかぎらずふつうのかぜや水ぼうそうで熱が
出るときには、その熱は、体がウイルスと闘っている証拠なの
です。


実際、熱だけでもウイルスや細菌はやっつけられます。
発熱は、ウイルスや細菌など外敵の攻撃から、体を守る大切な
体のしくみ(防御機能)のひとつです。


 こどもの発熱はほとんどがウイルス感染によるかぜのためで
す。ウイルス感染のかぜのときの発熱は一〜二日、長くても五
日くらいでおさまりますから、解熱剤を使う必要はないことが
ほとんどです。



だから、基本的には熱を下げないほうが、早く
治るのです。ウイルスや細菌がやっつけられて熱を出す必要が
なくなれば、特別熱を下げなくても自然に熱は下がってきます。


少しのあいだ、上がっているのは我慢して様子をみて、「下が
るまで待とう」という気持ちでかまえていればよいのです。






*ウイルスと闘っている証拠
 まだウイルスや細菌が体の
 中に残っているのに熱を下げ
 ると、体温が下がった体の
 中は、ウイルスや細菌にとっ
 ても楽な環境になってしま
うことになる。
 冷たい飲み物を飲んだりす
 ると、一時的には気持ちが
 よいが、ウイルスや細菌の働
 きが活発になってしまうので
 注意したい。

*熱を出す必要
 頭だけを冷やすのはかまわ
 ないが、解熱剤以外の方法
 でも熱を下げてはいけない。
 アルコール綿で拭く、水風呂
 に入れる、冷たいタオルで体
 を拭くなどはもってのほか。
 体温程度の微温湯のタオル
 で体を拭くなどの方法でも
 体を冷やすことになりよく
 ない。寒気やふるえが起き
 ることがある。欧米でもも
 はや評価されなくなった







比較的安全なアセトアミノフェンだが



 とはいえ、寒気はもうない。体が温かくなってきた。けれど
も頭が痛くて寝られそうにない、などの場合にはアセトアミノ
フェンを少量飲むのはかまわないでしょう。


 熱を卜げるとして
も、一度程度下げるだけにしましょう。これだけでも体はずい
ぶんと楽になるものです。


 解熱剤で比較的安全なものは、アセトアミノフェンだけです。
ひところよりはずいぶんと減ったとはいえ、病院でこどもによ
く出されていたボルタレンやインダシン、ボンタールなどの解
熱剤は、非ステロイド抗炎症剤といって害が大きい解熱剤です。
 熱が高くなると、体はしんどいですが、ウイルスはもっとし
んどいのです。インフルエンザウイルスをはじめ、かぜや多く
のウイルスや細菌は高熱に弱いのです。体は、まずは熱を出し
てこうした外敵をやっつけようとします。




 実際に、ウイルスを接種して解熱剤を使わなかったウサギと、
解熱剤で熱を下げたウサギで比較すると解熱剤を使わなければ
ほとんど死ななかったのに、解熱剤を使ったウサギがたくさん
死にました。


 欧米の話ですが、水ぼうそうにアセトアミノフェンを日本の
常用量の二倍程度使った子と、使わなかった子で比較した実験
があります。

使ったはうがはじめは症状は楽になりましたが、
最終的に治るのは、使わないほうが一日早かったのです。

いちばん安全なアセトアミノフェンといえども、大量に使って完全
に熱を下げてしまうと、かぜの治りが悪くなることは、この実
験から十分予想できることです。





非ステロイド抗炎症解熱剤は使わないこと


 もちろん、非ステロイド杭炎症解熱剤は特別強力です。確実
に熱が卜がります。一時的な解熱だけを考えれば、たしかに効
きめはあります。しかし、一時的な効きめが強い薬は、たいて
い、害もそれだけ強いのです。


 非ステロイド抗炎症剤系の解熱剤が安全な薬でないことは、
以前からいわれていました。小児科では、ショックや低体温な
どの重症の副作用がよく報告されていました。イブプロフェン
で無菌性髄膜炎が生じる副作用は、欧米でも有名でした。
 また、非ステロイド抗炎症剤は、インフルエンザ脳症の原因
と疑われる以前から、(*)ライ症候群など脳症との関係は疑われて
いました。



 早くからこの非ステロイド抗炎症剤の危険性を指摘していた
医師のひとりに、神奈川県リハビリテーション病院小児科 (当
時) の熊谷公明さんがいます。


 熊谷さんは、一九九五年当時から、「小児期に比較的多く使
用されている薬剤としては、アスピリン以外にも、アセトアミ
ノフェン、メフェナム酸 (ボンタール)、スルピリン、インド
メタシン (インダシン)、ジクロフェナクナトリウム (ボルタ
レン)などがあるが、すべて安全な解熱剤というわけではない。
注意して使用すれば比較的安全な薬剤としてはアセトアミノフ
ェン」「座剤の形式で、急の解熱効果を期待した処方は避けた
ほうがよい。とくに新生児・乳児・病弱児には解熱剤、特に坐
剤の使用は急な下降と、低体温や、まれにショックを起こすの
で(*)慎重な使用が望ましい」と述べています。



 ところが、そうした指摘がありながら、厚労省は対策に結び
つけていませんでした。九九年に公表したデータと同じような
ものは、それまでにも数件はあったのです。


 大人用の市販薬の鎮痛解熱剤として(※)イブプロフェンやアスピ
リンがまだ使われています。それに医療機関では注射や坐剤で
強力な非ステロイド抗炎症剤がいまだに大人用に処方されてい
ます。

使用が規制されたアスピリンやメフェナム酸、ジクロブ
ェナク以外の非ステロイド抗炎症剤の坐剤や解熱剤注射(メテ
ロン)などを使われて消化管出血や脳症など多臓器不全を起こ
して死亡した二一歳の男性がいます。








役にたたない抗インフルエンザ剤

 「インフルェンザは脳症になり、こわい」とのイメージが日
本中に蔓延しています。


 そしてインフルエンザAに対して、アマンタジン、インフル
エンザAとBに対して、リレンザ(ザナミビル/吸入)やタミ
フル(オセルタミビル/内服)が許可されています。タミフル
は内服剤であることから、日本では圧倒的にタミフルが使用さ
れています。世界のタミフル使用の八〇パーセント近くも、日
本で使っているのです。

 いまや、「インフルエンザの診断を迅速診断法で診断し」、
「インフルエンザならタミフルを処方する」というのが、日本
の標準的な診療方法のようです。しかし、これでよいのでしょ
うか。迅速診断法とタミフルがなければ、インフルエンザの治
療ができないのでしょうか。




 タミフルは、(※)ランダム化比較試験で、症状が早くおさまるの
が平均で一日早まるという結果が出ていますが、それもウイル
スのタイプによっては効きません。英国では大人でもふだん健
康な人には推奨されていません。ふだん健康な小児に対する効
果は外国のデータしかありません。日本では小児を対象とした
ランダム化比較試験は実施されていないのです。



 日本の研究では、三歳までのこどもの場合、三人にひとりで
服用中にタミフルが効かないウイルスに変化しています。欧(※)米
の慢性ぜんそくをもっている子を対象としたランダム化比較試
験では、インフルエンザの治りが遅くなる子が続出し無効とな
りました。無効になった理由は、耐性の結果である可能性がお
おいにありうると考えられます。



 結局、「タミフルが多少効く子にはタミフルは必要がなく、
本来効いてほしい子には効かない」 つまり、「(※)タミフルは小児
には使い道はない」 のです。







*ライ症候群など脳症との関係
 厚労省では、ライ症候群の原因がアスピリンだとアメリ
 カで指摘された八五年ごろから、研究班を作って薬剤
 との関係を調査していたが、私たち(NPO医薬ビジラン
 スセンター)が検討したところ、九〇年代はじめごろに
 はすでに非ステロイド抗炎症剤との関係をつかんでいた
 こともわかった。
  
  九五年ごろの、ライ症候群に関する熊谷論文(本文参
 照)にも書かれていた。
 
 
 
*慎重な使用が望ましいアセトアミノフェン以外の、ア
 スピリンはもちろん、メフェナム酸(ボンタール)やスルピリン
 (注射剤の多くがこれ)、インドメタシン(インタシン)、ジ
 クロブェナクナトリウム(ボルタレン)なども危険であると、
 明瞭に指摘している。



*イブプロフェン
 イブプロフェン(市販薬の「イブ」の成分はイブプロフェン)
 は、非ステロイド抗炎症剤の中では比較的安全なほうだ
 が、それでも抗炎症作用が強い非ステロイド抗炎症剤
 といえる。
 市販の解熱剤、かぜ薬の中の解熱剤、とくに小児用は、
 現在では、ほとんどがアセトアミノフェンになってきている
 が、大人用ではちがうものがある。市販薬を買う場合
 や医師から処方された薬は必ず成分を確かめよう。


*ランダム化比較試験
 ある物質が薬として使えるかどうかを調べるためには、
 臨床試験の対象者を、新薬候補を使用する人と使用し
 ない人にできるかぎり公平に撮りわけ、効果と書とを
 比較しなければならない。
 そのために必要な手続きが「ランダム化」。公平な「くじ
 引き」で決めることから「ランダム化比較試験」という。


*欧米の慢性ぜんそくをもっている子
 欧米での臨床試験では、慢性ぜんそくをもっている子に
 は、タミフルはむしろ無効だった。熱などの症状が出は
 じめた最初は効いているように見えるが、途中から治り
 が遅くなる子が続出。その結果、インフルエンザにかかっ
 ている期間の平均は、有意の差ではないが、タミフルを服
 用したほうが長かった。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


本の筆者はもちろん現代医学を学びそれを実践の場で生かしてきた現役の医師ですから、ある程度は医学知識の範囲内で判断されていると思います。


ゆえに熱を下げるという事に全面的に反対している訳でもないし、薬をいっさい使わないという主張でもないのです。


しかし、それでもこの内容は今までの医学の常識を覆すためには貴重な資料となるでしょう。


僕の方はいくら高熱でも冷やさないし、もちろん、一滴の薬も使わないで25年間やってきました。
なかにはそうとう悪いのは風邪のときに熱を冷やさないので脳がいかれたとかいうヒイドイ奴もいますが、けっしてそういう事ではありません。

ええええ〜〜、どう〜せ うまれつきですよ〜〜


インフルエンザの真実を語ると損をする?

お馬鹿さん患者が多すぎるのか?
それとも、まちがった情報を与える側が巧みなのか?

需要と供給の関係でもあるまいに、どうも医学情報と言うけど、エビダンスの真偽がありそうです。

特に偽情報があまりにも多い医学界の研究発表などを海外では「ビッグファーマ」や「暴走するクスリ」などで明らかにされています。

この日本では、近藤誠氏、阿保徹氏などが有名ですが、まだまだ陰に隠れている真実の追究者はかなり多いと思います。

同じ土俵上(現代医学に直に携わっている専門家)の横綱クラスの人たちは孤軍奮闘気味にがんばっていますが、彼らは現医療体制の中ではおそらく周囲からのいろんな負の応援?が仕掛けられるのではないでしょうか?


いまのところ、真実を話して儲かるというような利益はないのですから、彼らは医師としての「良心」を柱にして、損得というよりも尊徳の精神で妨害されてもへこたれないのでしょうね。



ここにも現役のプロが本当に真剣に患者さん側に立ってのエビデンス(科学的証拠)を元にインフルエンザの真実を述べられています。


エビデンス(医療における科学的根拠)にも、医療体制側と患者側とは逆の場合があるようですから、患者側としてはその判断に情報提供側がそれによってどのような損得があるのかを考える事もよい判断力を得られるのではないでしょうか?


つまり医師側としては「損になる」情報を発するときはよく耳を澄ませておいた方がよいでしょう。

「いままで使ってきた薬や検査などをしない方がよい結果になるという情報」を現役の医師が流している時、その医師は一文の得にもならない、しかも、医療仲間からは負の応援を受けるというリスクが重なるのですから、それ相応の覚悟をしての発言になります。

時には孤立無援の立場に置かれたり、医療界の権威側から批判されるわけです。

どこの世界も「真実を語る」というのは「異端者」として扱われるリスクを負うわけでしょうか。



事実を事実として語る=真実とすれば、その真実はどうして全国の医療関係者に伝わらないで、いつまでも誤った事を続けるのでしょうか?

真実を伝えない医療封建世界ができあがってしまって、組織的にもう腐敗しきっているのでしょうか?
それとも、
全国のお医者さんたちはそれを知らないで居るのでしょうか?
それとも
知っていても、なおやり続けるのでしょうか?

子供でも簡単に答えが出てきそうないまの日本の医療界ですね。






ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


インフルエンザワクチンと
薬への誤解


脳炎・脳症、重症化の真実


山本英彦
大阪赤卜字病院小児科。大阪で医療問題研究会に参加し、少しでも根拠に基づく安
全な医療をと心がけている。




ワクチンの接種率がとがっても
超過死亡は減らなかった。




インフルエンザ関連脳症を起こす解熱剤


 「インフルエンザがこわい」と宣伝されるときに、必ずひき
あいに出されるもののひとつに 「インフルエンザ脳炎・脳症」
があります。



 インフルエンザにかかっている最中 (とくに九一日以内)、
突然けいれんを起こしたり、意識を失ったりする急性脳症で、
最悪の場合は死に至り、命が助かった場合でも重い後遺症を残
すことがあります。


また、小児では患者のほとんどが六歳以下
です。


インフルエンザという名がついているので、インフルエ
ンザが脳症をひき起こしているかのような印象がありますが、
インフルエンザウイルスが直接脳に入って脳症をひき起こして
いるのではありません。

「インフルエンザ関連脳症」 のほうが正確です。




 厚労省は一九九八年から「インフルエンザ脳炎・脳症研究班」
を組織し、調査を進めてきました (表1)。


その結果、実は以
前から指摘されていたことですが、インフルエンザ関連脳症の
死亡率は、ジクロフエナクナトリウム (商品名はボンタールや
ボルタレンなど) などの非ステロイド系抗炎症剤 (解熱剤。
NSAIDS(エヌセイズ)が使われたときに高くなるということがわかり
ました。



 これを受け、厚労省は二〇〇〇年に、、シクロフエナクナトリ
ウムの使用を事実上禁止しました。

また同年、小児科学会も
「NSAIDS(非ステロイド系抗炎症剤) についての公開質問
状」 や学会総会での論議を受けて「インフルエンザ治療に際し
ては非ステロイド系消炎剤の使用は慎重にすべきである」とい
う見解を発表しました。

 こうした一連の動きにより、NSAIDSの使用が減り、そ
れにともないインフルエンザ関連脳症の死亡率も減りました。
その結果を見ても、脳症とNSAIDSとに強い関係があるこ
とは明らかです。


 小児科では使用されていないものの、現在でも大人を対象と
した内科や耳鼻科などでは、NSAIDSが使用されています。
大人への危険性も十分予想され、禁止すべきだと思いますが、





いまのところ厚労省が禁忌としているのはこどもだけなので、
このようなことが起こるわけです。


 小児科で現在使われている解熱剤は、アセトアミノフエンが
全盛です。ジクロフエナクナトリウムは禁忌となっていますし、
そのほかのNSAIDSも危ない。また、アスピリンも 「ライ
症候群」 (脳症の一種) との関係が強く疑われているので、小
児科で使われている解熱剤はアセトアミノフエンだけといって
もいいでしょう。



 NSAIDSが脳炎・脳症をひき起こすのは、サイトカイン
という物質を誘導するからと考えられていますが、アセトアミ
ノフエンはそれほど誘導しないということがわかっています。
そのため、比較的安全ではないかということでアセトアミノフ
エンが使用されているのですが、本来ならば解熱剤が必要ない
ことは、多くの医者が知っていることではないでしょうか。


にもかかわらず解熱剤を出すのは、「熱が高いと苦しそうでこど
もがかわいそうだ」といわれれば出さざるをえないからです。




 また、多くの親は 「熱が高いと脳症になる」と思いこんでい
ます。

医者の側は高熱だけでは脳症にならないと知っています
が、万が一脳症になったときに、「解熱剤をくれなかったから
だ」といわれたら困る。


これに対して、熱を下げて脳症になっ
ても何もいわれません。一般の人の脳症や解熱剤に対する理解
は、このレベルにとどまっているのが現状なのです。





 解熱剤の危険性やインフルエンザとの関係は、二〇〇〇年前
後まではマスメディアもとりあげ、話題になりましたが、最近
ではあまりいわれなくなりました。

それはおそらく、訴訟に発
展する可能性もあるため、厚労省や権威が黙ってしまったから
だと思います。




 禁忌とする其の範囲を広げなくてもいいのかどうか、大人へ
の安全性の確立はどうなのか。解熱剤については、調べなけれ
ばならないことが、多く残されていると思います。




高齢者の超過死亡を減らせなかったワクチン


 脳炎・脳症については、「インフルエンザワクチンの接種に
よって防げる」というのがデマであることもはっきりしてきま
した。


 厚労省のインフルエンザ脳炎・脳症研究班の報告 (二〇〇三
年三月) によると、脳症を発症した一〇五例のうち、ワクチン
を接種していなかったケースが九人例 (うち一六例が死亡)、
接種したケースが一七例(うち四例が死亡)ありました(表2)。


これを死亡率で見ると、ワクチンを接種していたケースは二
三・五パーセントと、接種していなかったケースの一六・三パ
ーセントを上まわっています。

逆に、脳症による後遺症がない人の割合は、ワクチンを接種
していなかったケースのほうが高い。

ワクチンが脳症に悪作用を及ぼしている可能性もあります。


 また、ワクチンを二回接種後に脳症を発症した六例を調べた
ところ、三例は十分な抗体上昇があったことがわかりました
(二〇〇四年三月報告)。



つまり、ワクチン接種によってインフ
ルエンザの抗体が十分に上昇しても、インフルエンザの発症や
脳症の発症を防げないということです。(図1、2参照)


 こうした結果を受けて、厚労省の研究班は、「インフルエン
ザにかかった人の脳症は阻止できないが、ワクチンによってイ
ンフルエンザを予防できれば、脳炎・脳症を防ぐことができる」
といい方を変えています。

しかし、これにも疫学的な裏づけはまったくありません



 むしろ最近では、インフルエンザワクチンには「効果がない」
という研究報告がいろいろと発表されています。


その中でもっともインパクトのあったのが
「高齢者の超過死亡を減らせない」という報告です。


 「超過死亡」 はインフルエンザのこわさを表現するときにし
ばしば用いられる言葉です。死者数は季節によって変動します。
その過去の波を統計的に出して、その自然の波よりも多い部分
を超過死亡といいます。

たとえば、インフルエンザが流行した
年の冬にお年寄りが例年よりも多く亡くなった場合は、インフ
ルエンザによる超過死亡であると推測します。




 高齢者はインフルエンザにかかりやすく、また、かかったら
重症化するので死亡の危険もあるというのが、一般的な認識と
してあるのではないでしょうか。


実際、一九九〇年代なかばに
は、「ワクチンを接種することで超過死亡を減らせる」 という
研究報告がアメリカで発表され、高齢者の接種率が上がりまし
た。日本も同じ考えのもと、予防接種法を改正し、高齢者への
接種を積極的にすすめてきたという経緯があります。



 硯在、高齢者の接種率は四〇〜五○パーセントです。アメリ
カではワクチンで超過死亡を減らせるという研究報告がされた
直後から接種率はどんどんとLがっていきますが、六五パ一セ
ントくらいで頭打ちになっています。最近、アメリカNIHの
スウェンソンらは、「ワクチンの接種率が上がっても超過死亡
は減らなかった」と発表しました(二〇〇五年発表、図3参照)。


 「高齢者にインフルエンザワクチンが有効」と主張する人た
ちは、ワクチン接種によって三〇〜四○パーセントの高齢者で
の流行を阻止でき、超過死亡も八〇パーセント阻止できるとし
ています。しかし、以前からその根拠は希薄だと思っていまし
たが、この報告によっても、彼らの主張がかなり疑わしいこと
がはっきりしたといえるでしょう。日本で高齢者へのワクチン
導入に際し、当該委員会は超過死亡阻止の疫学調査ほぜひやる
と宣言していましたが、いまだにありません。





効果あるワクチンを作るのは不可能に近い


 インフルエンザワクチンは、超過死亡や脳症を減らせません
し、(*)前橋レポートによって 

「ワクチン接種をしてもしなくても同じ」

 という結論が出ています。





 それではなぜ、ワクチンは効かないのか。

 まず、予測が難しいということがあります。ワクチンの中に
はA香港型、Aソ連型、B型がふくまれています。ならば、ど
れかに的中するのではないかと誤解する人も多いのですが、今
年の流行株 (ウイルスのタイプ) といった場合には、A香港型
の、さらにその中の種類を指しているのです。それをぴたりと
予測するのは簡単ではありません。



 さらに、かりに流行株が的中したとしても、ワクチンの効果
はあまり期待できません。なぜかというと、インフルエンザウ
イルスには継続的に変異しっづける性質があるからです。


した
がって、流行が始まった時期と一ケ月が経過した後では、ウイ
ルスの抗原が微妙に変化してワクチンは効かなくなっています。


 インフルエンザウイルスの一年は人類の一〇〇万年に匹敵す
るといわれています。進化の過程で、人類がサルやチンパンジ
ーと分かれるまでにかかった年月が五〇〇万年ですから、イン
フルエンザウイルスの変異のスピードがいかにすごいかがわか
るでしょう。



そのスピードにあわせてワクチンを製造すること
など不可能です。インフルエンザを完全に予防するワクチンの
間発は、将来的にもきわめて困難なことだと思います。


 ワクチンには、病原性を残した生ワクチン (ポリオなど)と、
病原性を殺して抗原のみを入れた不活化ワクチンがあります。
インフルエンザワクチンは後者で、外国では生ワクチンをとり
入れているところもありますが、日本では良く不活化ワクチン
が使われています。


 生ワクチンのほうが予防の効果は高いという説もありますが、
インフルエンザウイルスが変異することを考えると、はたして
効果があるのかどうかは疑問です。また、生ワクチンは、ワク
チン自体が変異する可能性もあり、人体への安全性につい
ても疑問が残ります。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー





このように真実はほとんど国民には伝えられていません。

しかも、医師の多くもこのような事を知らないで安易に薬を出している。

とすると、国も医学界もわれわれ国民に真実を伝える意志もないのでは?
まったくやる気のない相手に怒ってみたり注意を則したりしても無駄なのでは?


となると、我々イッパンタイシュウ人のとる道はひとつ。

もう「アホな患者さん」というレッテルをはがすためにも
もっとそれなりに努力して賢くならないといけないのでしょう。

何が何でもお医者さんなら治せるという信仰がはびこってしまい、
お医者さんとしても、こんなアホな患者さんに合わせないとすぐ
訴訟に持ち込まれるという恐怖感をもっていると、あえて黙っているのかもしれません。


特に今のお年寄りの異常なまでの医学信仰心は薬や医師を神様扱い
しているから、飲まないでもすむ薬を「ありがたや〜ありがたや〜」
と手を合わせて喜んでいる様子を見ると、


lこりゃだめだなあ・・・ため息ばかりでるきょうこのごろでした。

こちらの較べれば国交省の遊興費など屁のかっぱに思える

厚生省という、かくも反省の無い省庁はどこかから始まったんでしょうかねえ??

731部隊の大幹部は全部生き残りをかけて省庁や医学大学や製薬企業に転出した聞きましたが、どうやらこの時以来の「精神」は残っているのだろうかと考え込んでしまいます。

と言っても厚生省のお役人さんの極一部なんでしょうね。そういう権力を持たされいる立場のひとはいろんな誘惑にさらされるでしょうから。



社保庁がどうのこうの、国土交通省がどうのこうの・・・
いまや百花繚乱の時代を迎えていますが、まあ、この分野なら湯水のように使っていたお金の問題で済みます。

使ったものはお金ですからね。どうせ物のひとつですよ。はははは・・・(無理している)

しかあ〜しい〜〜〜

使ったものがクスリやワクチンだったとしたら!!

使ったものはどこへ消えてしまったの?

むろん、わたしやあなた、そして、かわいい子供や孫の身体のなかですよ!

こんどは

ははははは^^^^^・  じゃ済まんですぞ。


社会保険庁の天下りやら国土交通省の天下りなんぞはまだまだアマッチョロイ。


たかだか、お金ですから。湯水のように使った交遊費くらいでカリカリしてたんじゃ、もうこれから先に続出してくる厚生関係のつまり医療業界の魔の三角、いや四角関係の癒着を知ったら、もう唖然としてしまうでしょうね。

いやいや四角に巨大メディア=マスコミやら教育機関まで加わってるでしょうから、これはもう兄弟でも強大ですぞ。

さらにさらに・・・・


気がついてみたら、なんと!! 自分まで加わっていたとはもうこりゃあ、目の玉がひっくり返ってしまって何が何だかよう分からん!!

そう、戦争が終わってみたら神国と言われていた大日本帝国がすっかり疲弊してしまって、いまやアメリカ様のいうとおり・・のぽち国家とは。

ぽちはぽちでも、おうべいか!の欧米化べったりのポチだから、飴でも毒でもみかさいのない

ニッポン!アチャチャ〜〜


おっと。またも下らん前書きになってしまいました。大反省・・


ところで、インフルエンザの恐怖というお題目で天下のNHKをはじめマスコミがおおいに宣伝活動をしているけど、なぜだかようやく分かりましたね。
(ほんとは初めからわかってるんだけどね。)


そして、ワクチン接種のすすめやらタミフルの大量備蓄がなぜ行われるかについても、もう明々白々のようですよ。
上記の四だか五だか六角関係協定だか知らないけど、もう国民にこっそりと談合していたんですねえ。

そこには国民の健康とか生命とか、そんのカンケイネエの世界だったんですねえ・・

一般のお医者さんはそんな事知らないんですよ。まったく素人と同じなんですねえ。
だから大抵のお医者さんを非難してはナラナイ。 なんと言っても無知なんですから。

これ皮肉に聞こえるでしょうが、もし「ソンナコトハナイ」などとがんばっちゃエライことになりますからね。


つまり「「知っていたけどやっていた」という事になりかねませんからです、「知らなかった(無知でしょ)」で済ませばそこには「善意の過ち」で終わりますから。


まあ、一般の医師たちに毒づいてもしょうがないのは分かりましたから、「本当は知っている」連中が医療行政を牛耳っているとしたら、これは飛んでもない事ですからね。

もう、アホな国民には黙っていれば済みますからねえ〜〜〜はははは じゃ済みませんよ!!

そろそろ国民は怒り始めているところですから。

始まったら、アナタタイヘンナコトニナリマスヨ!! たけしじゃないですけど。


あっ またまたよけいなお話を・・・・・・





「今年はどうする?インフルエンザ」より

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

-------------------------------------------


 なぜさらに製造量を
増やそうとするのでしょうか


 去年は余ったのに、さらに増産とは?
 
 二〇〇五年六月、厚労省の 「第九回インフルエ
ンザワクチン検討会」は、二〇〇五年度のワクチ
ン需要見込みを発表しました。その数は一、〇五七
万〜二一五四万本です。

 ワクチンメーカーはこの需要見込みにもとづい
て、ワクチンを製造します。インフルエンザワク
チンを製造する国内メーカー四社の最大製造量が
一二五○方本ですから、めいっぱい製造すること
になります。
 前年の二〇〇四年度は、二、〇七四万本製造し、
四三一万本が未使用でした。ふつうに考えれば、
その分だけ減らしてもよさそうなものですが、な
ぜさらに製造量を増やそうとするのでしょうか



 そもそも「インフルエンザワクチンは効かない」
ことはわかっています。だからこそ、一九九四年
に予防接種法が改正され、インフルエンザは予防
接種法の対象疾病からはずされたのです。製造量
も、一九八五年度に一七一五万本たったのが、そ
の後は減りつづけ、予防接種法改正の年には三〇
万本にまで落ちこんでいます。

 この背景には、ワクチン接種によって亡くなっ
たり、障害を背負わされた被害者たちの闘いがあ
りました。


 被害者や、インフルエンザワクチンの無効性を
訴えてきた私たちは、この時点でインフルエンザ
ワクチンは終わったと思っていました。
 ところが、厚労省やワクチン推進派の医師、ワ
クチン業界は、もりかえしをねらって水面下で動
いていたのです。


 このとき、推進派がよくいっていたのが、「集
団接種は有効ではないが、ハイリスクの人を対象
にした個別接種は有効である」ということです。
 これは完全に話をすり替えているのですが、イ
ンフルエンザワクチンは、この 「個別には接種は
有効」という話で生き残りました。

 さらにその後、烏インフルエンザやSARS
(新型肺炎=重症急性呼吸器症候群) が社会問題
になりました。


 すると、それに便乗するかのように、「新型イ
ンフルエンザはこわい」 「SARSと区別するた
めにワクチンを」 といった宣伝もされるようにな
り、インフルエンザワクチンの製造量はもりかえ
してきます。


 そして、二〇〇一年、予防接種法が改正されま
した。この改正で、六五歳以上の高齢者のインフ
ルエンザが「第二類疾病」(個人の予防に重点をお
き、あわせて集団の予防を図る。努力義務はなし)
に指定され、予防接種法の対象となってしまった。



    舞台裏の一部を見ることができるのが
    需要検討会です
(図1参照)省略 
インターネット検索キーワード:

「インフルエンザワクチン需要検討結果について」


   検医討会の構成員は、
  医師、ワククチン業界、製薬業界、厚労省の担当部署など……
  のです。

-----------------------------------------------------




 ワクチンは、
 厚労省、業界、医師という利権のトライアングルに
 消費者が巻きこまれてお金を払わされ、
 副作用のリスクにさらされているという構図です。






検医討会の構成員は、
  医師、ワククチン業界、製薬業界、厚労省の担当部署など……
  のです。

「需要を喚起する供給」というしくみ

 ここで 「インフルエンザワクチン需要検討会」
について、もう少し詳しく説明したいと思います。


三〇万本まで落ちた製造量が、なぜ一〇年後には、
二〇〇〇万本を超えるまで急増してきたのか。そ
の舞台裏の一部を見ることができるのが需要検討
会であるからです。

 需要検討会は今年で九回となります。私がこの
存在を知って傍聴を始めたのが三年前ですが、製
造量が三〇万本に落ちこんだのを受け、もりかえ
しをねらって発足したのが需要検討会であるのは
まちがいないでしょう。

 検討会の構成員は、推進学者、医師会代表、ワ
クチンの業界団体である(社)細菌製剤協会、厚労
省の担当部署などで、すべてインフルエンザワク
チン接種推進派の人たちです。座長は、「予防接
種行政の推進学者」といわれている神谷○氏(三
重病院名誉院長)です。


 ホテルの豪華な会場を借りて二時間半で終わる
この会で、ワクチンの有効性や副作用について語
られることはいっさいありません。需要予測にも
とづいた製造量をいかにメーカーに配分するか、
いかに需要を喚起して製造量をさばくか。私には、
インフルエンザワクチン販売促進会議にしか見え
ませんでした。

 仕入れた分がさばけない場合には病院に在庫が
残りますが、これについては返品するかわりにリ
ベートを考えてほしいといったことが時間をかけ
て話し合われていました。
 厚労省へは、「リリースのタイミングを考えて
ほしい」 という要望も出されていました。「イン
フルエンザの流行」をあまり早い時期に発表して
しまうとワクチンが不足しますし、逆に遅すぎる
と在庫が残ってしまうからです。
 三〇万本まで落ちこんだ製造量が二〇〇〇万本
にまで急激に伸びた背景には、「需要を喚起して
供給する」というしくみが歴然としてあると思い
ます。「インフルエンザワクチン需要検討会」 は、
まさにその象徴ではないでしょうか。

利権のトライアングルに巻きこまれないで

 検討会の需要予測は、医療機関と世帯を対象に
前年度の実績を調査し、それをもとに算出されま
す。全体数もさることながら、注目すべきはその
内訳です。医療機関への調査をもとにした需要見
込み本数では、高齢者(六五歳以上)が六五〇万〜
六三五万本であるのに対して、幼児・児童 (一三
歳末満) が七九〇万本にものぼっています。
 前述したように、二〇〇一年の予防接種法の改
止によって、高齢者への接種が定められ、高齢者
用のワクチンとして増産されてきたはずなのに、
実態は増産された分がそっくりこどもに使われて
いるのです。

 接種率が頭打ちの高齢者に対して、こどもの場
合は年二回、毎年接種すれば、大きな市場となり
ます。しかも、こどもは予防接種法外の任意接種
ですから、かりに事故が起こっても 「自己責任」
ということになってしまいます。本当にひどい話
だと思います。


 インフルエンザにかぎらず、ワクチンは、厚労
省、業界、医師という利権のトライアングルに消
費者が巻きこまれてお金を払わされ、副作用のリ
スクにさらされているという構図です。私たちの
健康とはいっさい関係のないところでワクチンは
製造され、使用されているということを多く
のみなさんに知っていただきたいと思います。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー



風邪もインフルエンザもチャンポン丼

このまえ、また風邪を引きました。

弱いなあ〜〜と言われますか?



たしかに風邪も引かない元気な子という世間常識から言えば、風邪をひく奴は身体が弱いとか、身体管理がおろそかになっているとか、まあ大体「風邪は身体に悪いものとされている医学常識」から来ているんでしょう。



でも、そんな世間常識とか医学常識などを通り一遍の常識論などで書いていたんではへそ曲がりの天の邪鬼という立場としては、ソンナノカンケイナイ!ですね。

風邪にもかかれない弱い奴と反論しておこうかな?
いや、風邪の素晴らしさはなんと言っても他の病気では敵わない特別な自然の恵みとでも言っておきましょう。

こんなに簡単に体内の要らぬものをお掃除(排泄、拝毒)してくれる自然浄化作用なんですから、風邪ほど有りがたい浄化作用はないわけです。
簡単、それも安くて安全、他の病気(浄化作用)だとすると、けっこうしんどかったり、また長期間だったり不安だったりで、この風邪に勝る健康法はないといえましょう。

しかし、

相変わらず、浄化作用の基本が分からない現代医学は風邪は万病の元などと称して、さかんに対症療法やらワクチンやら・・・この繰り返しが、いよいよ本当に風邪を万病の元に仕立て上げようとしているのではないでしょうか?

やらなければ良いものをやったためにいろいろな不都合が発生するというのは他の分野でもありがちなことです。が、医療に関してはこの答えが、皆自分のからだに帰ってくるから問題は大きいのです。

風邪について現代医学はえらい勘違いをしてしまったのです。
もっとも、現代医学と言ってもその時代時代でそう呼ばれるのでしょうから、昔からの医学ということです。過去からの積み重ねの最高になっていると思って言う現代医学ですが、ボタンの掛け違いをしていたらどうなります?

最後までボタンの掛け違いを続けるでしょう。(僕もよくやります。そして最後の方でアチャチャ〜!)


どうでしょうか?  最後に来てようやくボタンの穴が合わないことに気がつくのでしょうが、その最後の穴の寸前に来ているのが現代医学の実態なのでしょうね。

その現れとして医療崩壊という現象が起こっているのでしょうが、まだまだ「制度が悪い」とか「患者が以上反応している」とか、「マスコミが異常に煽るから」とか、「政府の政策で米国の医療に近づける仕掛けをしている」とか、どれもこれも一面から見たものでしょう。



医療を高見のところから見ると分かるんでしょうが、世の有識者と言われる方達はオツムが良すぎて、細分化した分析でみてしまうんですね。だから分かんない。かえって幼児的なオツムの方が急所をついているところがありそうです。

僕が幼稚であると自慢するわけじゃないですけど(笑い)


え〜〜〜と、風邪のことについてでした。また横道に入ってしまって・・・・・・・・・

インフルエンザだろうが、風邪だろうが、名前なんてどうってことないんですね。
ちゃんと風邪の症状には違いないんですよ。

それをまた小難しいことを言って、分類しようとする・・・・
それも、やれ菌だの、いやウイルスだの・・といって、しかもウイルスが関与しているだの、していない風邪だのと言ったり、細かく分類するのは得意中の得意の現代科学的手法を尊ぶ医学ですからね。
無理もない、それでいろんな病気の種類を創り上げてきた功績もありますから(皮肉)


われわれは風邪とはなんだ?とかインフルエンザとはなんだ?とか聞かれても、よく分からんでしょうね。

では、町のお医者さんや大学の教授先生たちにはよく分かっているのか?と思っているとどうやら、それも中途半端の論の様ですよ。

僕に言わせれば、チョウカンタン。

風邪は、
もちろんそれがインフルエンザと呼ばれようと、ウイルスがあろうとなかろうと、
風邪は自然の恩恵である自己浄化作用のひとつのかたちである。
しかも、たの浄化作用よりもずば抜けて簡単かつ安全で効率のよい浄化のかたちである。

とでも言っておきましょ。


だから自然の恩恵に逆らわない治癒のかたちを守っておれば、すみやかに収束してしまう浄化作用なのですから、あえて治療法など要らないのです。

条件は余計なことをしないだけで、つらいなら寝ているだけです。
ちゃんと身体の方が最後まで済ませてくれますから。


それを悪化作用とばかりに勘違いしてしまった古来からの常識が「余計なこと」を身体に仕掛けてしまって、やれ冷やすだの、咳を止めるだの、鼻水を止めるだの、喉の痛みを止めるだの・・・
いろんな邪魔をしてきた結果、だんだんと浄化する度に余計なことをした分だけ、次の浄化作用で苦しむことになる・・・

しまいには過去の事例を恐怖感いっぱいの目で見るから、今後は世界的インフルエンザで大発生した場合、死亡者が続出するだろう・・なんて、怖い予測を立てて、それを金科玉条か大義名分にしてしまい、危険な予防接種を推し進めたりあぶない治療薬など備蓄したりして、莫大な金額の医療費を使ってどこの誰かが「儲ける」という構図になっているんでしょうね?

もっとも担当者といってもごく少数の人間だけでしょう、真実を知っているのは。
あとはほとんどのお医者さんにしろ、お患者さんにしろ、知らないんでしょうね。

上から流されてきた情報を鵜呑みにするしかないわけですよ。そんな余裕も気もないのかも知れませんけど、それでも、一部の賢いお医者さんは真実に気がつき始めているようです。

そんな方達は自分たちの立場が悪くなるのが分かっていても、やはり医師としての精神を持っているのでしょうね。誰のための医学か、誰のための医療?
よ〜く考えてみなくとも、わかりきった話です。l

患者に本当の事を話す、本当の医療を施すこと、患者に害を与えない、益を与えること。
そういう精神に則って、専門家の知識を使って分かりやすく説明してくれている本のひとつを紹介します。


ふ〜〜ながかった・・前置きが・・
(・・・この前書きさえなかったらもっと読むんだけどなあ・・・・と言う人もいるらしい。だが、ここは僕ブログだ。そんな人は来なくてよろしい!! 爆)



「今年はどうする?インフルエンザ」より
(この題名でググって=検索して見てください)
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー





かぜを起こすウイルスは、六〇種類以上
そのひとつがインフルエンザウイルス




インフルエンザはかぜじゃない?


應家 「インフルエンザはかぜじゃない」とよく
いいますが、インフルエンザとかぜは、分けて考
えなければならないものなのでしょうか。

母里 分けて考える必要はありません。一〇年く
らい前、インフルエンザワクチンの接種率ががく
んと下がったときに、政府が作ったコマーシャル
の中で使われていたのが「インフルエンザはかぜ
じゃない」 というコピーでした。



 その昔一伝がされたとき、私は横浜市の保健所の
所長でしたが、「インフルエンザはかぜじゃ」 に
直して衛生局の中に貼っておいたんですよ。

應家 インフルエンザは、かぜなんですね。

母里 かぜの一種です。そもそも、かぜの原因や
症状はさまざまなので、医学的に定義するのは難
しいんです。しいていえば、上気道炎が一般に
「かぜ」といわれているものだと思います。

 呼吸器系の炎症は、上気道炎、気管支炎、肺炎
と進むほど重症になります。のどから上の炎症で
ある上気道炎の症状は、鼻づまり・鼻水、のどの
痛み、咳などです。気管支炎からさらに進むと、
肺に炎症が起こって肺炎になります。けれども、
ふつうは上気道の炎症だけですみますから、かぜ
は上気道炎の別名と考えていただければいい.と思
います。


 かぜを起こすウイルスは、六〇種類以上もあっ
て、そのひとつがインフルエンザウイルスです。


インフルエンザウイルスによってひき起こされる
かぜがインフルエンザです。


應家 インフルエンザはかぜの一種だから、特別
にこわがらなくてもいいということですね。


母里 そうです。かぜを 「感冒」といっていた時
代には、インフルエンザを「流行性感冒」と呼ん
でいました。その後インフルエンザウイルスが発
見されたので、インフルエンザという名前になっ
たのです。いっせいに流行するのでそう呼ばれる
だけで、夏かぜも流行すれば「流行性感冒」です。




病院に行かなくても治る?

應家 そうすると、「インフルエンザはかぜじゃ
ないからこわい。だから、痛院に行かなくてはな
らない」 と考えるのはまちがいですね。


母里 カナダで使われている感染症のパンフレッ
トを見ると、インフルエンザの項に 「インフルエ
ンザは自然に治る病気です」と書いてありますよ。
わぎわざ病院へ行って、インフルエンザという診
断を受ける必要もないでしょう。



流行の予測が難しく、ワクチンが当たらない


應家 病院に行くと、ほかのタイプのインフルエ
ンザにうつってしまうこともあると聞きますが。

母里 横浜市の衛生研究所にいたころ、こんな経験をしています
流行している時期に病院へ行くのは、
愚の骨頂なんです。ある医院で採取してもらった一九
人のインフルエンザ患者の検体を調べたら、その
うちの三人がそれぞれちがう型のウイルスに感染
していました。同じ医院で同じ日、しかも下前中
に来院した患者ですよ。

 この例を見てもわかるように、インフルエンザ
が流行している時期に病院へ行くのは、愚の骨頂
なんです。別の型のインフルエンザにうつりにい
くようなもの。インフルエンザにかかったら、家
の中で寝ているのがいちばんです。




熱が急に高くなればインフルエンザ?



應家 うちでは、インフルエンザかな、と思って
も、私もこどもも病院には行きません。だから、
かぜとインフルエンザの区別もつかない状態なの
ですが、二一月から翌年の二月ごろまでに症状が
出て、熱がガンと高くなればインフルエンザ、と





に、「最近インフルエンザにかかったのはいつ?」
と聞いてごらんなさい。「何年か前に」 「数年ぶり
に去年かかった」 「この二〇年、一度もかかった
ことがない」 なんていう答えがけっこう返ってく
るのではないですか? だけど、日本では毎年の
ように冬になるとインフルエンザがはやっている
のですから、ウイルスに遭遇していないわけがな
いでしょ。にもかかわらず、「かかった」という
自覚がないのは、感染しても症状が出ないケース
が少なくないということだと思いますよ。


應家 インフルエンザは、なぜ毎年はやるのでし
ょう。


母里 昔は毎年ではありませんでした。人間や動
物が世界中を自由に行き来できるようになって、
地球が狭くなったからでしょう。それに、インフ
ルエンザのウイルスは変異しますから、それまで
にできた抗体では防げずに、毎年流行するんです。



インフルエンザの種類はどのくらいある?

應家 流行するインフルエンザは、A型とB型が
ほとんどですね。


母里 そう。C型もあるけど、流行しませんから
ね。だけど、インフルエンザの型はそんな単純で
はなくて、A型の中にもいくつかの種類がありま
す。だから、流行の予測が難しく、ワクチンが当
たらない、ということになります。


應家 HlとかNlとかいわれているものですね。


母里 インフルエンザウィルスの表面にはスパイ
クと呼ばれるたんばく質の突起がいくつも出てい
ます。スパイクには二種類あって、ひとつがHA
(ヘムアグルチニン) で、もうひとつがNA (ノ
イラミニダーゼ) です。

 HAには一四、NAには九のタイプがあって、
ウイルスによってこれらのスパイクの組み合わせ
がちがっているんです。
 たとえば、A香港型はHAが3型でNAが2型、
Aソ連型はHAもNAも1型。それで香港型を
「H3N2」、ソ連型を「HINl」と表記します。


鹿家 烏インフルエンザなど、人間以外の動物だ
と、またちがってくるんでしょうか。

母里 そうです。いまのところ、人間のHにはl、
2、3、5しかありませんが、鳥には1から14ま
ですべてあるようです。

應家 B型にはそのような種類はないのですか。

母里 いまのところ見つかっていませんが、ウイ
ルスはB型でも変異しますから。

ウイルスが変異するって、どういうこと?

應家 ワクチンが効かないのは、ウイルスが変異
するからといいますが、どういう変異なのですか。

母里 変異には小変異と大変異があって、Hスパ
イクとNスパイクが小さな変化をくり返していく
のが小変異。人から人へとうつっていく過程で小
さな変化がどんどん起こっていきます。
 ですから、その変化にあわせてワクチンを作る
ことは、とうてい不可能ということになります。

應家 インフルエンザワクチンの中には、あわせ
て三種類の型がふくまれていますね。ウイルスの
ことをよく知らない人が聞けば、三種類のうちの
どれかに当たれば効くかのように錯覚するかもし
れません。

母里 日本のインフルエンザワクチンは、ウィル
スのHAの部分を取りだして作られていますが、
A型のHlとH3、それにBが入っています。
 ここ数十年、日本ではこれ以外のタイプの流行
はなかったからですが、HlやH3のウィルスも、
小変異をくり返しますからね。

應家 だから効かない。




ウイルスのことをよく知らない人が聞けば、、どれかに当たれば効くかのように錯覚する


鳥インフルエンザで騒動……
だけど、栄養状態や衛生状態が昔とはちがっている


母里 しかも、激しく流行するのは、大変異を起
こしたときだから、なおさら効かない。

應家 島インフルエンザのウイルスが人間に感染
して変異するような場合ですか。

母里 鳥などの動物のインフルエンザウイルスと
人間のウイルスがかけ合わさって、それまでとは
まったくちがうHとNの組み合わせが生まれたら、
それが人変異。そうすると、誰も抗体をもってい
ないから、大流行する。

應家 烏インフルエンザで騒動になるのは、その
ためですね。

母里 だけど、そんな大変異は歴史の中で何度も
あったはずです。それが自然なのだということ。
「スペインかぜ」 (一九一八年) や 「アジアかぜ」
(一九五七年) がその例だけど、現在、私たちが
暮らす日本では、栄養状態や衛生状態が昔とはち
がっているでしょう。だから、それをもって 「イ
ンフルエンザはこわい」としないでほしい。

自然に治るのなら、タミフルは不要?

應家 インフルエンザの特効薬といわれているタ
ミフルは、どんなウイルスでも撃退するのですか。
母里 撃退するというより、ウイルスの増殖をお
さえる薬です。ウイルスは細菌のような自己増殖
はできないので、人間や動物の細胞内に入りこん
で増殖します。細胞の中で増殖しきると破裂して、
また別の細胞へと入りこむんです。だから、早い
時期に増殖をとめれば、ウイルスが体内で広がら
ずにすむというわけ。

應家 症状が出てから四八時間以内に飲まないと
効かない、といわれるのはそのためですね。

母里 そう。インフルエンザは潜伏期間が一〜二
日で、放っておいても四日か五日で症状は消えま
す。それを二日目に飲むわけです。飲めばすとん

どのタイプが流行するのかがわからないうちに
ワクチンを打ちにいくことになる



と熱が下がるからすごく効いたように思えるけど、
あと二日もすれば自然に治るんだから。副作用の
危険をおかしてまで飲む必要はないでしょう。

應家 私が運営する 「カンガエルーネット」
(http・・)
 では、今年は 「タミフ
ル」 のキーワードでアクセスしてきた人が異常に
多かったんです。二〇〇五年二月上旬では一日あ
たり四〇〇人、中旬で六〇〇人、下旬になると一
二〇〇人。二月だけで二〇〇〇人近い人がタミフ
ルのことを知りたくてアクセスしてきました。
 タミフルを飲んで亡くなった方の遺族が参加し
てくださったスレッドがあって、そこにはたくさ
んの書きこみがありました。

母里 世界のタミフル製造量の七割を日本が使っ
たというくらいですからね。

應家 今年は飲んだ人がそうとう多かったと思い
ます。厚労省の 「インフルエンザワクチン需要検
討会」 でも、インフルエンザワクチンで予防する
のは一二月までで、かかってしまったらダミフル
で、という話が出ていました。

母里一一月くらいから流行するから、九月くら
いから打ちましょう、と。

應家 流行しはじめてからあわてて打ちにいって
も‥‥‥

母里 もう遅い。予防接種で十分な抗体ができる
には二週間から三週間はかかるといわれています
からね。だから前もって打っておきましょうとい
うのだけど、流行するかしないか、流行するとし
たらどのタイプが流行するのかがわからないうち
にワクチンを打ちにいくことになる。何が流行す
るかわからないから三種類をまぜてあります、と
いうわけですが、さっきいったように、HlやH
3にもいろいろあって変異します。流行株が入っ
ている可能性はかなり低い。

應家 にもかかわらず、ワクチンを打ってしまう
というのは、やっぱり脳症が心配だからという人
が多いですね。

母里 厚労省や医者に、インフルエンザにかかる
と脳炎・脳症になるとおどされていますからね。

應家 脳炎・脳症の主な原因は、解熱剤らしいと
いわれてますよね。

母里 そのあたりの理解がまだ広まっていないの
でしょう。

人もニワトリも弱っていく?

母里 今度の茨城の鳥インフルエンザ騒ぎ (二〇
〇五年六月、茨城県水海道市の養鶏場で高原性鳥
インフルエンザH5N2型に感染しているニワト
リが発見され、その後県内の複数の養鶏場での感
染も見つかった問題。何万羽というニワトリが殺
処分された) は、ひどいものですね。日本中探せ
ば、ほかにも感染して生き残ったニワトリがいる
はずです。それを全部殺すつもりなのかといいた
い。

應家 たとえ感染していたとしても、生き残った
ニワトリを殺す意味はあるのでしょうか。

母里 もちろん、殺す必要はありません。
應家 インフルエンザに勝った強い鶏ですよね。
抗体をもったニワトリを殺したら、むしろ日本の
ニワトリは、インフルエンザに弱くなってしまう
のではないでしょうか。

母里 そのとおりです。死んだニワトリだけ処分
すればよかったんです。結局、人間の敵は何でも
撲滅しようとする。ワクチン開発がまさにそのい
い例です。自然感染できる機会を失って、人間は
どんどん弱くなっていく。

應家 インフルエンザにかぎらず、病気という病
気をすべてこわがっている親は多いようです。水
ほかにも感染して生き残ったニワトリがいる
それを全部殺すつもりなのか

二〇〇〇万本かける二〇〇〇円は四〇〇億円
医者は儲かっていいかもしれないけど

   ほうそうさえもこわがっている親もいますし。


  母里 いま必要なのは、「病気にはいっさいかか
  らないほうがいいの?」という問いかけでしょう。
  「病気にかからないで一生過ごせると思いますか」
  と。病気にかからないことが大事なのではなくて、
  病気にかかっても乗り越えて元気で生きることが
  大事なのに、世の中はいま、逆の方向へいってし
   まっています。

  應家 ワクチンなしではもう生きていけなくなっ
   たということでしょうか。

  母里 残念ながら、そうなりそうです。

  應家 だから、私が「予防接種はしない」という
  と、「えっー」と驚かれてしまう。

  母里 昔は医者のほうも、「放っておいても治る
  けど、いちおう薬は出しておきましょう」という
  人が多かった。

 ところが、こどもの数がどんどん
  少なくなってきたから、万が一のことがあると大

問題になる。だから、医者のほうも防衛手段とし
て、こわいことを並びたてておどして、薬も渡し、
「私はいうべきことはいったし、やるべきことは
やりましたよ」というところに逃げるようになっ
た。

医者が「ほうっておいても治る」とはいえな
い世の中になってきたんです。


 医療がビジネスになってきたということでしょ
う。その変化を象徴しているのが、インフルエン
ザ問題だと思いますよ。

應家 ワクチンを打つと三〇〇〇円〜六〇〇〇円で
す。原価は七〇〇円くらいですから、二〇〇〇円
の儲けになる計算です。

母里一一〇〇〇万本かける二〇〇〇円は四〇〇億円
ですからね。医者は儲かっていいかもしれないけ
ど、これだけのお金をほんとうに必要なことに便
ったら、いろいろなことができるのに、もっ
たいない話です





 ワクチンなしでは
 もう生きていけなくなった…

以下略

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー



ピッチャー交代のお声がかかる寸前の現代医学投手、暴投が目立ちすぎたか?

なんで医療崩壊が始まっているのか?



これを国の政策のせいだとか単純に考えてはいけないようです。


そもそも今のいままで進歩発達してきたと「勘違い」してきた国民、いや全世界の人民たちがようやく気がつき始めてきたというところでしょうか。


とは言ってもごく一部の人たちでしかないのですが、「さとりとはなんぞや」のごとく、医療においての悟りとは、「よく知ること」なんでしょう。


「よく知らない」ととても間違った行為を続けることになります。


しかもその過ちはずっと尾を引いてしまうというのが医療の特異性なんでしょうか。


 


もうそろそろ我々全人類が共謀して創り上げた虚構の医学を見直すよいきっかけになるとして、日本はやはり世界の先駆的役割があったようです。


医療崩壊はじつにけっこうな事として後生にも伝えられるでしょう。


そして、我ら日本人が世界に先駆けて薬の人体実験を引き受けていたという犠牲的精神もりっぱなものでした。


これはちょっと皮肉をこめていますが、とにもかくも「知ること」の大切さは一切の迷信を吹き飛ばしてくれる覚り妙薬でしょう。


自分で書くより他人様が実にうまく書いておいてくれます。

きっと裏で打ち合わせしているんでしょうか?


(裏ーー潜在意識の海)


 


 


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


 


 生命を維持するための防御反応等


いわゆる生理反応すら病気の原因にしてしまう、


 



学会等の体質はいい加減うんざりしてしまいますが


 


、製薬企業の合併、合理化の流れは止められず、


世の中がそれほど多くの製薬企業を必要としていない証しのように思えてなりません。


 


同様に病院の倒産も相次いでいますが


こちらも止められない状況を考えると、


 




今の医療にこれ以上のものを期待しても無理だし


必要としていないのかも知れないと考えてしまいます。


 



 確かに



年間10兆円近くも薬剤を消費しているにもかかわらず、



根絶された病気は何一つ無く、


それどころか



高脂血症、高血圧、糖尿病、


それらを包括したメタボリックシンドロームと病気は増え、


費用対効果がこれほど悪い業界は他に無いでしょう。





 


 


境界人や予備軍と称して治療対象を広げ、


挙句の果てに



AD/HDと落ち着きの無い子供すら病気に仕立て上げ、


薬物療法の餌食となる現状では、


おいそれと病院に行く気になりません。


 


医療業界全体が改めて病気の根絶、予防のために何をなすべきか、


 


 


発想を変える時期に来ていのではないかと思われます。


 


 





TITLE:
DATE:2008/01/10 20:28
URL:http://www2.incl.ne.jp/~horikosi/No256.htm


-----------------------以上引用終わり--------------------------------


 

病気より怖い治療薬!?


ずっと前から言っている、その病気よりも病気治療に使う薬の方が怖いんじゃない?




という事です。


もう何度もなんども書きますが、あらゆる薬は病気を治すと思わせて、じつは身体に害を与えているという事実。


その事実が医学情報には隠され続けてきたということです。


そして効きもしない薬が安易に使われ、効かないだけならそれでもプラシーボ効果で病気が勝手に治るのでよいのでしょう。


(治るのは自分の自然良能力であって、医学の方ではプラシーボ効果を55パーセントの法則などと称しているそうで、いかに人体の治癒力は人の思いこみで強くなるかという証明でしょうか。だから、効かない薬でも相当高価にしてあると、「効きやすくなる」のです。


売り上げをもの凄く稼いでから消えていった薬は過去にもたくさんあります。消えた理由は「効果がない」ことが証明されてしまったからです。


こういうものはまだ害が(無用なものに莫大なお金をつぎ込んだくらいで)少なくてすみます。


しかし、問題は


効く薬です。


悪く効く薬


病気を治すどころか悪くする、最悪は死に誘うという危険な薬です。


こういう薬は公正な機関で大規模調査すればどんどん出てくるでしょう。


しかし、厚生省も医学界もマスコミもそういう情報はほとんど隠しています。もちろん製薬企業は間違ってもバレルまで出さないでしょう。


いい面の皮の一般大衆、おめでたい人種。薬で殺されても「せいいっぱい治療してくださってありがとうございました・・・・」


 


病気より怖い治療薬


今年からこの言葉を思い出すような事件がたくさん起こる気がします。


 


ほんとうは昔からずっとあったのに、


原因→→(長時間)→→結果    でした


最近は


原因→→(短時間)→→結果   となってくるでしょう。


 


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー


おくすり千一夜 第二百五十三話


新型肺炎に有効な治療法がなかったとは!

 また鳥インフルエンザがわが国のあちこちで発生してるようです(2007年1月24日・現在)。


鳥インフルエンザは人間には感染しにくいという説があります。本当ならよいのですが一方こんな報道もありました。



 2006年9月13日。


2003年に世界で猛威をふるった新型肺炎(SARS)には、


標準的で有効な治療法がなかったとする評価結果を、


米国の疾病対策センター(CDC)の研究者が12日、


米医学誌に発表しました。


 


  むしろ害になった治療法もあったとして


「次に新しい感染症が大発生した際は、治療法確立に向けて組織的なデータ収集が必要だ」としています。


 英語と中国語の医学論文のうち、データがそろっていて詳細な検証ができる54の論文について検討されました。


 その結果、抗ウイルス薬リバビリンを投与した30人と、抗炎症ステロイドを投与した29人にはいずれも効果が認められず、それぞれ4人は症状が悪化するなど有害だった恐れがあったそうです。


以下略



DATE:2008/01/15 13:08
URL:http://www2.incl.ne.jp/~horikosi/No253.htm


以上ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 



 

しっかりまもろう大切な命を!え〜〜医療からだって〜〜

「医療から命をまもる」
って、言い換えれば

医療が危険なものだから 命をまもるってことじゃないか!?



こんな事かいてほんとに正直な著者である。
しかし、医学界では煙たがられる存在だろうな、きっと。

たしかここの大学には阿保教授も居られたんじゃないかな?
新潟には骨のある医学者、それの本物でなければ意味ないが、居るんだなむかしから。

大正天皇の侍医だったという慶応の大医学者、入沢達吉博士
このひと、辞世の句に
「効かぬとは思えども われ飲む 義理なれば ・・」とかなんとか残したそうだけど、


なるほど、

効かない薬だわかっているけれど、いっぱい患者さんに与えてきた手前もあり、最後には私も飲まなければ医者としての義理、立場があるな・・・


(効かないくらいなら、それは安心なのだ。だいいちプラシーボ効果で注力アップに貢献する事もあるくらいだ。しかし、それに毒性があるとなると別問題なのだ。効かないのではなく、効くから怖いのだ。

どう効くかって?
それは麻薬を思い出せばよいだけだ。)




そう、昔も今も自分の欲得など捨てた人は本当の事を話していったんだ。だからこそ後世にまでその名が残るというものだ。

過ちを残している人もたくさんいるけど、子々孫々名誉を残すには本当の事を言うことだ。特に医学ではその影響は他人の子々孫々の健康にまで関わるからだ。


その点、パスツールも遺言でようやく本当の事を漏らしたけど、遅かったようだ。
伝えられたのは彼が息を引き取る間際の言葉でなく、間違っていた現役中の功績だったからだ。

それが今の今も後を引いているのが医学の基本にもなっているから重大問題なのだ。
だから、医学に関係するものは実に重大な責任があるのだ。


間違っているものが引き継がれるとだんだんそれが増幅するという形に恐ろしさがある。


そして、それが破綻する時はふくれにふくれるまで続くのだろう。
その風船が爆発するまで。もちろん、自爆だ。


その風船は外から突っついてもなかなか割れないのだ。かなり丈夫な素材でできているようだ(苦笑)



いつか自爆するのは分かっているから、できるだけ近づかないに越したことはない。

でも、世の中そういうものばかりじゃない、危ないものに興味を引かれる人も多いのだ。それも体験のうちかも知れない。君子ばかりじゃおもしろくも何ともないか。

あえて危険を承知で行くならそれもよいだろう、ただし、自己責任で。
後で泣いて訴えたって、それに支払うのは皆さんの税金だよ。(泣)
相手間違わないで!!







ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー



 かぜなどは、薬を飲まなくとも自然に回復します。
 
 むしろかぜ薬として処方される成分にはきわめて危険なものが多く、服用しないほうが安全です。


かぜで治療を受ける必要があるのは、高熱が続き体力が弱ったとき、せきなどの症状で睡眠が何日もとれないとき、下痢やおう吐で食事がとれないときなどに限るべきです。

もっとも、単なるかぜでこのような重い症状が出ることはめったにないはずです。



 あまりにも気軽に病院へ行ってしまうという悪習慣は改めるべきでしょう。






 やめたほうがよい薬は飲まない
 
 では、すでに通院中で、長い年月にわたって薬の服用をつづけているという人はどうすればよいでしょうか。


 薬の効果を調べる研究の多くは五年ほどで終了しています。つまり、どの薬も五年以上、服用をつづけるとどうなるのかが調べられていません。専門家に聞いても正しい答えは返ってこないのです。


 したがってむずかしいかもしれませんが、最終的には自分で判断するしかありません。薬をやめたほうがよいかどうかの判断は、服用をつづけることの利益と不利益を天秤にかけて考えるということになります。


 明らかにやめたほうがよいのは、不整脈の薬です。服用しつづけることによる利益がまったくなく、かつ死亡率がむしろ高まってしまうことが証明されたからです。



 ただし不整脈の薬として処方されているもののなかには、精神安定剤や比較的作用がおだやかで副作用のないものもあります。それらが効いているかどうかはわかりませんが、あえてやめる必要もないことになります。

とくに、薬を飲んでいるという安心感が病気の発症を抑えているような場合もあります。本物の薬でありながらプラセボ効果があるというわけです。このような薬までやめる必要はないかもしれません。



 睡眠薬、鎮痛、解熱剤、胃腸薬を何年もつづけて服用している人も少なくありません。「中毒」というほど深刻でなくとも、習慣でやめられなくなってしまっているのです。タバコに似ています。タバコも薬も、基本的には健康を害する毒物であることを認識すべきです。


 とくに鎮痛、解熱剤などの長期服用は危険です。痛みがないにもかかわらず、
、つづけて服用するように指示されている
、服用がクセになってしまっているという人はただちにやめるべきでしょう。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


なんで毒でもありながら人は病気が治るの?

これには
ひとつ、プラシーボ効果、「これは体に非常に良い」という「思いこみ」がじつに効果的なんだろう。

しかし、もうひとつ
それは「浄化の時間が遅かった時期」ということもあるのだろう。

つまりこの世界は原因と結果の法則が厳然としてあるのだけど、結果がでるまで時間がかかるという事かも知れない。

ゆえに少々の毒であっても、人体の自然治癒力が勝っているので悪作用さえも抑えて治癒してしまうこと。

実際人間は非常に強い体を持っているのだろう。

牛や馬や豚が少々の毒でたおれてしまうほど反応が早いのに、人間は少々の毒では参らないようだ。非常に丈夫にできているということだ。

しかし、近年になってどうやら子供たちにそういう丈夫さがなくなってきたのかも知れない。

少々の毒で反応する身体になってきているのだろう。

一般にアレルギー体質として出てきているのがそれだろう。今までの人間の積み重ねの一番代表になるのが子供だからだ、つまり、あまりにも丈夫だった人間も世代が進むにしたがって蓄積の情報がDNAに書き込まれているのだろう。


今の大人が丈夫だからといっても、それが子供の代にまで通用するかどうか?自分が丈夫な身体をもらって(選んでとも言う)生まれてきたひとは少々の毒素くらいでは参らないのだ。だから弱毒の薬を飲み続けても反応がなかなか起こらないうちに治ってしまうひとや、長年強い影響が出ないひともいるんだろう。


そう思って子供たちにもそれが通用するかどうか?
それは自分の家族親戚の子供たちをよく観察していることで分かると思う。

なんでもかんでも薬、薬と大人は安易に考えているが、果たして子供や孫たちに安心してそれが通用するのだろうか?

本来、子供ほど薬を嫌うはずだ。それは動物本能的に身を守るという反応だからだろう。
しかし、それを無理矢理飲ませたり、錠剤に甘い工作をしたりして飲ませているおとな。


将来、そんな両親や祖父母に子供たちが「わたしたちの身体を本当に考えていたの?」と言われる時がくるかも知れない。

そのときは本当の事が分かる時代なんだろうけど。





ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


 慢性疾患の薬は功罪を判断して
 
 
 従来から「慢性疾患」と呼ばれてきた病気がいくつかあります。代表は、高血圧症、糖尿病、それに高脂血症です。今では生活習慣病といったほうがわかりやすいかもしれません。この三つの病気のいずれかで、長い年月にわたって薬を飲みつづけているという人も多いものと思います。





 まず高血圧治療薬についてです。
 
 ひとことでいえば、功罪が相半ばしています。
 
 服用をつづけることの利益と不利益が半々くらいなのです。利益と不利益のどちらが大きいかは、人によってちがいます。

血圧が下がり、脳卒中を予防できている人がいる一方で、副作用のほうが勝ってしまい飲むだけ損になっている人もかならずいるはずなのです。


 自分がどちらなのかはだれにもわかりません。
 わかっているのは確率がほぼ五分五分だということだけです。
 
 薬をもらうために時間をかけて通院し、お金まで支払うのは損だと考える人はやめたほうがよいでしょう。やめることに不安があるという人は、づけてよいのではないでしょうか。




 この点は糖尿病の薬でもほぼ同じです。
 
 糖尿病は、インスリンというホルモンが欠乏しておこる病気です。結果的に、血液中の糖分(血糖)が高くなり、そのために血管や神経に障害が生じます。失明、腎不全、神経障害、心筋梗塞、動脈硬化症などは糖尿病によってひきおこされる代表的な異常です。

 二つのタイプがあり、インスリン注射による治療が必要なものと、それ以外です。
前者のタイプでは、生命にかかわることからインスリンをやめることはできません。
一方、後者では、インスリンの分泌を刺激する薬や、腸からの糖分の吸収を遅らせる薬などが使われます。

これらの薬については、大規模調査の結果から高血圧の薬とほぼ同じ状況にあることがわかっています。

 つまりインスリン以外の糖尿病の薬は、利益と不利益がほぼ半々です。
 
 
 
 
 少し状況が異なるのは高脂血症です。
 
 とくに悪玉コレステロールが動脈硬化症と、それによっておこる心筋梗塞の重大な原因となっています。したがって高脂血症の治療には、コレステロール値を下げる薬が一般的に使われます。

 なかでも「スタチン系」と呼ばれる薬が心筋梗塞による死亡も、また総死亡も低下させることが、大規模調査で証明されました。また最新の調査によれば、この薬を一〇年以上、飲みつづけた人はがんになりにくいこともわかってきました。この薬だけは服用をつづけたほうがよいかもしれません。





 足腰の痛みは薬に頼らない
 
 五十肩、腰痛、膝の痛みなどで病院通いの明け暮れという人も多いものと思います。
 多くの場合、そこで処方されるのは鎮痛剤です。たしかに鎮痛剤はよく効きますし、薬なしではがまんできないという痛みも少なくありません。


 しかし鎮痛剤で治療を行なっても、一年後に回復しているかどうかの割合に変わりはなかったのです。

場合によっては、むしろ症状が悪化してしまうことがあるのも、すでに述べたとおりです。

そうであれば、むやみに鎮痛剤に頼るのも問題です。




 肩、腰、膝、指などにおこる関節痛の多くは、自然に回復していくものです。
 
 検査や治療が必要となるのは、「がんこな痛みや腫れがいつまでも続く」「関節痛以外の症状もある」「手足が動かない」などの場合に限ってよいように思われます。



 女性によくみられるのは指の痛みです。「リウマチ」ということばがあまりにも有名になり、自分で勝手にこの病名をつけている人も少なくありません。正式には「関節リウマチ」と呼ばれ、一種の膠原病です。それほど多いものではなく、単に指が痛むという程度ではリウマチでないと考えてよいでしょう。


 血液で簡単に診断できることから、鎮痛剤を飲む前に、まず検査を受けるべきです。リウマチでないことがわかれば、薬よりも、日常的な手指の運動が有効です。ほとんどが自然に回復していきます。




 女性に特有で比較的多いのはへベルデン結節と呼ばれるもので、指の先端の関節が腫れて痛むというものです。リウマチとは異なり、多少の痛みはあってもあまり悪化しないのが特徴です。女性ホルモンのアンバランスが原因といわれています。この場合も、よほどの痛みがないかぎりは、あわてて薬を飲まないほうがよいでしょう。


 関節が痛む場合の原則は、「腫れや発赤があれば安静」「治まったら (痛みがあっても)積極的に動かす」 ということです。人間のからだは、動いているときにいちばん調子が出るようにできているものです。からだはいたわりすぎないことです。


 このような判断で、むだな薬を減らしていくことができるのではないでしょうか。



ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー



世界で一番無駄な薬を使っているのがわが日本国だそうだ。
それもそうだ。
世界で一番多い信者さんだからだろう。

よく言われるけど、「どうしてあんな信仰にはまり込んでしまったんだろうね?」
「よくもあんな迷信にひっかかるものだ・・・」などと、決してご自分の信仰の事は想いもめぐらないのだ。

「でもあなたも立派な信仰者だよ」
「じょうだんじゃない、あんな非科学的な宗教にどうして私が。」
「いやいや、そんな怪しいように見えないから始末がわるいのさ。自分で信仰しているなんて気が付かないんだからね。」


現代医学は宗教であるーーーーとメンデルスゾーン医学博士は書いている。

ではその肝心要になる柱とはなんだ。

それが薬剤信仰である。

医学から薬剤を取り去ったらほとんど何も残らないだろう。

それほど薬に依存してる医療なのだから。

そしてすべての薬は大なり小なり麻薬性があると思えばよく分かる。

その証拠が薬かららの離脱なのだ。


麻薬を急に止めるとどうなるか?

それと似ている薬の止め方なのだ。

それはここに書かれている薬ばかりではない、向精神薬については

「暴走するクスリ」 や 「ビッグファーマ、製薬会社の陰謀」とかの本に詳しく書かれている。

そして、それらを患者はもちろん、ほとんどの医師たちも知らないできたのだ。

だから、いまこの日本では恐ろしいことが日常行われている。

それは危険な処方による病気製造という、とても考えられない、しかもそれは善意の元で行われているからなおのこと悲劇なのだ。

この本がすべてではないが、この情報をきっかけにしていかに薬が無駄に危険に大量に使われているかを自覚しないと、日本人は特に大変な未来を迎えてしまうだろう。


それは外の環境破壊に対して、

内の環境破壊 だからだ。


以下の引用文でよく分かると思うが、よく効く薬ほど麻薬性が強いのだろう。
簡単に止められない構図が示されており、これは精神安定剤や抗うつ剤などにも当然あるのだから、いろんな凶悪事件が起こる背景には必ずそういう薬が関与していると思うのだ。



ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー



 やめてはいけない薬は慎重に
 
 
 注意しなければならないのは、急に中止すると反作用をおこしてしまう薬があるということです。副作用とは少し異なるもので、ダイエット後のリバウンドのようなものです。


 本書で紹介した薬でいえば、たとえばワーフアリンが問題です。脳卒中や心筋梗塞の再発予防によく使われている薬ですが、血液が固まらないようにする作用をもっていることから、急にやめると血栓、塞栓症 (血管が詰まる) や出血をおこしてしまうことがあります。

 歯医者さんで抜歯をしてもらう際、出血が止まらなくなったりしないようワーフアリンは休止するのが普通でした。しかし、一時的にやめるだけでもリバウンドがおこってしまうことがわかり、最近では、むしろ服用をつづけたまま抜歯をしたほうがよいとされるようになってきました。

 ワーフアリンを勝手にやめるのは危険です。
 
 
 
 ほかにも、中断によって危険なリバウンドをおこす薬がいくつかあります。
 
 一般的に問題となるのは手術を受けたあとに使われる薬です。重い病気で入院したあとに飲む薬も同じです。
たとえば感染症の治療や予防のために使われる「抗生物質」、重症アレルギーなどの特効薬「ステロイド」などは、勝手に中断してはならない薬の代表です。糖尿病で使うインスリンもそうです。



 ただし、
 すべての薬が大規模調査で厳密な評価を受けているわけではなく、正確な情報はないのが実情です。


本書は情報の正確さを信条としていますので、あいまいな事柄は述べないことにしたいと思います。

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー




以上のように、まだまだ大規模調査の行われていない薬の方が多く、現実には「怪しい」「危険な」薬がたくさん使われているであろうと思います。

しかし、そんな調査を待っていても何年かかるか何十年かかるか分かりません。
それまでは使い続けるしかないのが医療の現場でしょう。
さらに、
危険だとか無効だとかいう調査が出たとしても、現場において使用禁止されるまでは相当時間をおかれてからになっているのが現実です。

それは本書を読めばよく分かります。また、例の海外出版の二つの書籍を読めば、だれも患者の事など考えていない事がよくわかります。
なにが大事なのかというと、「利益」なのですから。
まちがっても「患者第一主義」などという幻想は抱けなくなりました。


特にお医者さん個人を攻撃しても無意味かも知れません。ただ、こういう本の内容をしっかりと頭に入れて「医師と患者は対等」なのだという基本を忘れていると、いつか自分の身の上に直接降りかかるのが医療です。

いまはもう誰も当てにできない、特に「お上からのお達し」がいかに一般のひとに対して無能かという事を思い知らされます。

これは年金とか道路財源とか、お金に関する事を遙かに超える大きな問題なのですから。


そこに払う代償はわたしやあなたの命と健康だからです。


(う〜〜ん、ひさしぶりに指がうごいていい結末がかけた、ひゃくてん!
ん?  
さ、さんじゅってん〜〜 それはないだろう〜〜)





いつもいつも(数人か・・)
当舞呂愚を愛読していただきましてありがとうございます。
自分に話しかけているつもりとこれを覗きに来ていると思われる少々ののぞき魔の皆さんに感謝するしだいであります。


また「医療から命をまもる」の著者岡田先生に大感謝です。
長い間引用させていただきありがとうございました。



本書は非常にわかりやすく医療の科学的根拠、エビダンス(まだ言っている!)を通して、公正な目でみる安心な医療、危険な医療というテーマで書かれていると思いますし、それ以上に自分自身の冷静な判断力を養うための智慧を養うという事を力説されています。


あと、くわしくは本屋さんにご注文してじっくり読んでください。


ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー
医療から命をまもる

岡田正彦(おかだ、まさひこ)

1972年に新潟大学医学部卒業。現在,同大学院教授,医学部副学部長。専門は予防医療。2。02年に臨床病理学研究振興基金「小酒井望貨」を受賞。米国学術誌 副編集長,学会誌『生体医工学』編集長などを歴任。社会問題全般について科学データを駆使した論評活動も行なっており,著書に,『治療は大成功,でも患者さんは早死にした』(講談社+α新書,2001年),『暴走する遺伝子』(平凡社新書,2002年),『長寿のための医療非常識』(光文社カッパブックス,2。。4年)などがある。



2005年12月15日 第一版第一刷発行

著 者〉岡田正彦

発行所】株式会社日本評論社

ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


うっかりいっちゃった〜〜


「大丈夫ですよ」「安心ですよ」「そんな強いものじゃないですから」とか、言われてしまうので、それにお医者さんに勧められたら断れないのが患者の気持ちだ。

お医者さんの立場は患者さんに対して絶対有利な立場にあるから、それを断ったらもう不機嫌、いや、言うこと聴けないのなら、わがまま言われるならよその病院に行ってください」と言われるから。

しかたなく、言われるとおり受けているレントゲン撮影。


じつはこれが医療費の稼げる一種の儀式だと僕は思っている。
じっさい、そんなにしょっちゅう撮らなければならないものなのだろうか。

否、そりゃあ撮った方がわかりやすいかも知れないが、そんなの撮らなくとも分かるのは分かるはずだ。

もっともそんな診断自体が無用なものだという証拠が大規模調査で近年たくさん出てきているのだ。

やらなければいけないというものでもないレントゲン撮影はいっぱいあるはずだ。

しかし、だれもそれに異論をはさまない、いや、異論を打ち消している。それはおそらく意図的なのだろう。

なぜなら、それは儲かるからだろう。
そして、現代医学教の代表的な儀式だからだろう。




以上は医学度素人の僕の異見に過ぎない。
では、
医学の玄人で、しかもこの日本でも実に公正かつ冷静に医療を見つめている現役の教授である岡田先生はどう見ているのだろうか?



「医療から命をまもる」より


ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー




レントゲンは景小限に
 
 
 もう一つ気になるのは、やはりレントゲンです。人間ドックではとくに、がん検査が中心となっていることから、レントゲンの被曝も必然的に多くなってしまいます。

 人間ドックに限らず、病気の治療にはレントゲンがつきものです。
 
 
 歯の治療でもレントゲン検査はしばしば行なわれています。治療を適切に行なうために必要なことはわかりますが、

それにしても回数が多すぎるように思います。


虫歯が治っても、白血病になってしまっては何もなりません。

治療を行なうほうも受ける側も、このことをもっとよく認識し、本末転倒にならないようにしたいものです。




 ある整形外科医は、軽度の骨折では一回だけしかレントゲンを撮らないのだそうです。普通は治療をはじめる前と、治ったかどうかを判定するために最低、二回はレントゲン撮影を行ないます。ようすをみるために途中で何回か行なうこともあります。

ところがその医師がレントゲン写真を撮るのは、治療方針を決めるときだけなのだそうです。年齢や骨折の状態から、何カ月くらいで完治するかがわかるからということでした。



 まれには、折れた骨がいつまでも治らないこともあります。しかしそのような場合でも、治っているかどうかはギプスを外してみれば本人がいちばん、よくわかります。骨が折れたままでは、生活ができませんから。


 折れた骨がいつまでもつながらないとすれば、それは治療が適切でなかったためで、いつまでギプスをしていてもしかたありません。どちらにしろ治療のやり直しが必要なのです。レントゲンを撮りなおすとすれば、そのようなときに限るべきではないでしょうか。



 まれにしかおこらない事態を想定して、すべての患者に何回もレントゲン撮影を行なうというのは、やはりまちがっています。


 時にはレントゲン検査を断るという意思表示も必要ではないでしょうか
 
 (なかなか言いにくい現状があるのはたしかですが)。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー






何度もレントゲンをやるというのは、それが「医療費になる(単純に言えば儲かる)」からだろうが、そんな不謹慎な事を誰も口には出さないだろう。
「これをやらないと正確な診断ができない」とか「功罪を計って功の方が勝るからだ」とか、いろいろな理由付けがされてしまっているから、一般人がそれに反論したって無駄というものかも知れない。


だから、反論は無駄だから「私はレントゲンをしません」とハッキリと言うだけでよい。どだい、レントゲンがああだこうだなどと理論などまくし立てたって、当たっているだけに不快に思われるだけだ。

ただ直接理由なんか言わないで「私はレントゲンはお断りします。」


あと、何をどういわれようと知ったこっちゃない!!

って、できる人は少ないだろうけど(笑)

このように断れないのが現実なのである。
断ったらどうなるかはご自分で経験してみると良いだろう。
それも、数回やってみることでよく分かるはずだ。



本当はやらないに越したことはないレントゲンなのだ。

一回にレントゲンの放射量は弱いから・・・と言われているが、瞬間的に照射されると考えると一種のビーム線のような強さがあるのではと考えてしまう。

軽い力で長い時間押されてもダメージはないけど、一瞬の打突はダメージを受ける。
しかし、全体のエネルギー量としては長時間軽い押しの方がずっと多い。
一瞬の打突はエネルギー量としては微細なものだが、身体に与える影響力は大なのだ。


それは日常の経験でわかるだろう。
車でたとえてもわかるはずだ。それだけ全体量だけでレントゲンの影響力を比較しても意味がないのではないか?

一瞬のレントゲンの放射線量が微少であってもそれは時には相当なダメージを与えてしまうのではないのか?

まあ、安心なら原発を東京湾に作れと言うのと同様。
「先生も一緒にどうぞ」とか言って並んでしゃめーるってのはどうだろうか??





次は
危ない目に遭いたくないなら、病院に行くなっつうの。

じゃない、
病院には気をつけて行ってらっしゃい

と言い直し。



ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


 気軽に病院へ行かない
 
 最近は、かぜをひいたというだけで病院を訪れる人が多くなっています。
 病院では、思わぬトラブルに遭遇することがあります。最近、問題になっていることの一つが院内感染です。ことばこそ最近、話題になったばかりですが、実際には昔からあったものです。病気を治してくれるはずの病院で、病気をうつされてしまうことを指します。


 考えてみれば当然のことかもしれません。病院は病気になった人たちが集まる場所ですから、ある意味でもっとも危険な場所です。病院へ行く以上は当然、覚悟しておかなければならないことではないでしょうか。インフルエンザ、麻疹(はしか)、流行性角結膜炎(はやりめ)など、病院でうつる可能性のある病気は、数えあげればきりがありません。



 とくに問題なのは、薬の効かない細菌(MRSAなど)によるものです。病院では、細菌感染をおこした患者さんに大量の抗生物質(細菌を殺す薬)を使います。したがって、当然のごとく薬に慣れてしまつた細菌が増殖し、病気や手術で体力の弱った患者さんに感染してしまうのです。



 病気が人から人へうつるチャンスはさまざまです。インフルエンザや新型肺炎SARSなどは、患者さんとすれちがっただけでも感染する可能性があります。
 病院で使用するさまざまな医療器具も気になります。
 
 
 
 
 すでに、ずっと以前に改善されたのは注射器の針です。戦前から戦後にかけてのしばらくのあいだ、注射針は消毒をせずに使いまわしがされていました。そのためさまざまな感染症が国民のあいだに広まってしまったのです。その後、注射針は熱湯消毒されるようになり、さらに「完全滅菌の使い捨て針」が普及しました。現在では、注射針から病気がうつるという心配はまったくなくなっています。

一方、医療事故がメディアに取りあげられるようになったこともあって、院内感染がおこるたびにルートの解明が行なわれるようになり、その結果、あきれた実態も浮き彫りになってきました。



 その一つは、検査や治療のために使われている金属製の器具です。驚いたことにこれがほとんど消毒もされないまま使いまわしされていたのです。

 血液を介して感染するエイズやC型肝炎などが話題になり、その実態が明らかになったのは、今から二〇年ほど前でした。以来、血液に直接触れる状態で使用される器具にっいては、万全の注意が払われるようになりました。しかし盲点は、それ以外の器具にあったのです。



 病気の感染は血液を介するものばかりではありません。微生物の種類によっては唾液、鼻汁、涙、尿、便、汗なども危険です。これらに触れる可能性のある器具はすべて患者さんごとに取りかえるべきものですが、それがいまだになされていなかったのです。これではうっかり病院に行けません。

ーーーーーーーーー以上引用終わーーーーーーーーーーーーーーー

ネズミの集団か?医療の集団検診

後で気が付いたけど、この引用記事は前にも掲載したものだったようだ。


でもまあ、いいか。何度でも必要な事はくり返さなければ和下欄賃(笑い)


 


これまで見てきたように世界的大規模調査でガン検診が無益だったと解ったというのに、なぜ相変わらずガン検診が続けら得れているのだろう?


答えは?


無知  



知っているけど止めない


 


無知なら許されるか?どうかはおいといて、100万にひとつ無知だとしたら、担当役人や医療界のトップの立場の人は無能だということになるから、それだけで信用できない人たちが日本の医療界を指導していることになる。


 


知っているけど止めないという場合、


これはどこかの誰かが「大きな利益を得る」からだろう???


もちろん、患者ではない。


国か?


国は国民の税金を元にしているから、無益な検診に使うお金は国民のものであるから、大いに損をしている。


では誰だ?


それ(無益なガン検診)を推薦したり、指導できる立場の(一部の)人たちなのだろうか?????


 


ここはあえて???にしておこう。


そんな事も考えられないイッパンタイシュウ人だったら、これはもうドウショモナイ!!


 


 


ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


 


 がん検診をやめる


 
 
 明らかに無益なのは、がん検診です。
 
 一九九八年、国からの補助金制度が廃止され、各市町村が主体となって、がん検診を行なうことになりました。

 検診の内容には市町村によって若干のちがいがありますが、基本的には国が定めた「第三次対がん一〇カ年総合戦略」という方針にそって行なわれています。

胃がん検診、肺がん検診、大腸がん検診、乳がん検診、子宮がん検診などは、どこでもかならず行なわれているものと思います。


 本書では、「肺がん」に関する話題が結果的に多くなってしまいました。肺がん検診は、昔から現在にいたるまで方法が万国共通であったこと、年々患者数が増加していることなどがあって、しばしば大規模調査の対象とされてきたからです。

また有効性をめぐって興味深い議論がくりかえされてきたことも、本書でくりかえし取りあげた理由となっています。




 しかし問題があるのは、肺がん検診だけではありません。ほぼすべてのがん検診に同じ問題があると考えてよいでしょう。
   
   現在のところ、総死亡まで減少させることが証明されたがん検診一つもないのです。


166

がん検診を受ける際は、少なくとも何を期待するのか考えてからにすべきです。



もちろん、たとえば胃の検査を受けるのは、胃がんを早期発見してほしいからに決まっていますが、レントゲンの副作用で新たながんができてしまうかもしれないのです。

とすれば、いったい目的は何なのでしょうか。




多くの検診は、受けたことによって生じる利益と不利益が相半ばしています。

レントゲンを使う検診では、不利益のほうがむしろ大きいこともわかりました。



ただし自分がそれによって得をするのか、あるいは損をしてしまう側なのかはわかりません。

あくまで確率としてそうだということですから、あとは自分の判断です。


あとで手遅れのがんが見つかったときに、どう考えるかが判断の手がかりになるかもしれません。

「あのとき検診を受けておけばよかった」と後悔するのか、あるいは「検診を受けていたら、もっとひどい目に遭ったかもしれない」と考えるかで、判断もちがってきます。





何もしないという選択肢をもつ


がん検診を受けて異常が見つかれば、例外なく手術を受けることになります。


したがって、がん検診を受けても寿命がのびないということは、

手術を受けても効果が期待できないということです。




 手遅れのがん、と診断されたはずの人が天寿をまっとうするのもめずらしくありません。自然に治ってしまうがんも多いようです。



それにもかかわらず、放置してかまわないような軽微な異常まで手術を受ける必要が、どうしてあるのでしょうか。

一方、もし自分が「手遅れのがん」と診断されたら、どうするでしょうか。




 手術も含め、抗がん剤、放射線などあらゆる治療をやってほしいと思うでしょうか


そう考える人は多いものと思いますが、最近は「苦しい思いをしてベッドに縛りつけられて死ぬよりも、たとえ寿命が少しくらい短くなっても家で好きなことをして一生を終えたい」という人も多くなっています。



 しかし、どちらもまちがっています。
 
 
 がんの治療で延命効果が証明されたものはほとんどありません。
 
 
 多くは、結果的に寿命を締めてしまう可能性が高いということです。
 
 
 



 
 そうだとすれば


手術や抗がん剤などの治療を受けないことによって、


 


むしろ長生きができることになります。


 





さまざまな状況証拠から、少なくともがんの末期に行なわれる治療は本人を苦しめるだけでなく、むしろ寿命を締めてしまっている可能性があるのです。



 「寿命が短くなってもいいから…‥…」
 
 ではなく、
 
 「長生きをするために」治療を受けない
 
 
 という選択肢があってもよいように思います。
 167







 過剰な検査、危険な検査は受けない
 
 
 国民の多くは、学校保健法、労働安全衛生法などの法律によって健康診断を定期的に受けることが義務づけられています。

したがって児童、生徒、勤労者が自分の意思で健康診断を受けるか受けないかを決めることはできません。



 法律で健康診断を義務づけているのは、個人の利益もさることながら、社会全体の健康を守るためでもあります。したがって社会全体の利益のために、健康診断がどうあるべきかをまず考える必要があります。



 結核、C型肝炎、エイズのように、人から人へと伝染してしまう病気がありますから、好き勝手というわけにはいかないのです。

戦後、社会をあげて取り組んだおかげで、結核という病気が激減したのはご存知のとおりです。

一方、現代人を悩ませている生活習慣病などの病気の多くは、自分の検査値を知っておくことで、自分の努力で発病を防ぐことができます。定期的な健康診断を行なうのは、したがって個人の利益にもなり、また社会全体の利益につながることになります。


この意味で本書は、医学を全面的に否定しているわけではありません。




 児童、生徒、サラリーマンのいずれでもない人は、健康診断を受けるチャンスをみずから求める必要があります。町内会から、あるいはダイレクトメールで市町村が行なう健康診断のお知らせがあり、それらのチャンスを逃さないことです。


 だれにどのような検査が必要かは、拙著『ドック、検診でわかる病気わからない病気ー」自分でできる健康チェック』 (講談社+α新書) に最新情報としてまとめてありますので、参考にしていただければ幸いです。





一方、人間ドックはどうでしょうか。


 個人で費用を支払い、個人の意思で受けるのが人間ドックです。法律にもとづいた健康診断を受けるチャンスがない人には大切なものと思われます。

しかし定期的に健康診断を受けている人、あるいは病気で通院中の人が、さらに人間ドックまで受ける必要があるかどうかについては、いささか疑問があります。



 理由の一つは、人間ドックで行なわれている検査があまりに過剰だからです。
 
 単に過剰というだけではなく危険な検査もあります。
 
 たとえば、一泊以上の人間ドックでかならず行なわれる検査の一つに、「糖負荷試験」があります。これは糖尿病を見つけるための検査で、次のような手順で行なわれます。


 まず朝食の前に血液を一回とります。次に七五グラムのぶどう糖(水に溶かしてある) を飲んで、一時間後と二時間後にふたたび血液をとってもらいます。合計三回の採血で得られた血液で血糖値を測定するのです。

 炭水化物、砂糖などを食事として摂取すると、体内で分解され、最終的に血液中でぶどう糖にかわります。血糖値は、そのぶどう糖を測ったものです。




 ぶどう糖を直接飲むと短時間で血糖値が上昇しますが、健康な人ではただちに膵臓からインスリンが分泌され、分解、吸収がはじまるため、何も問題はおきません。ところが糖尿病の人では、インスリンが不足していることから血糖値がなかなか下がらないのです。


 三回の検査結果からその変化がわかり、糖尿病の判定ができるというわけです。


 問題は、検査のために飲む七五グラムのぶどう糖です。砂糖に換算すれば、コーヒー、紅茶に使う五グラム入りシュガーの一五本分にもなります。

これだけ大量の砂糖を飲むことが問題なのです。とくに日本人は、六人に一人が糖尿病体質といわれていますから、病気を誘発する可能性があります。



 インスリンは、生涯で分泌できる量にかぎりがあると考えられています。したがって過剰な糖分を摂ることで、その枯渇を早めてしまいます。

検査のために大量の糖分を飲むのは、やはり本末転倒でしょう。




 コーラのいっき飲みをして救急車で運ばれる若者が時どきいます。短時間に大量の糖分を摂ることにより血糖値が急上昇し、意識を失ってしまうのです。血糖値の上昇は、いろいろな意味で危険です。

 昔は「七五グラムぶどう糖負荷試験」が糖尿病を発見するための唯一の手段でしたから、それでもしかたありませんでした。
しかし大規模調査が行なわれるようになり、早朝空腹時に血糖値を一回検査するだけで糖尿病を診断できることがわかってきたのです。HbAlcという新しい検査も開発され、ぶどう糖を飲まなくとも、また日中の採血でも糖尿病の判定ができるようになりました。

 今となっては、危険なだけで必要性のまったくない検査となったのです。
 
 ほかにも有害な検査はいろいろありますが、詳細は省略します。
 
 
 いずれにしても、人間ドックには利益が少なく、不利益ばかりがめだちます。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


 


国民医療費34兆円だとか?


そして、それに加えて個人的に医療費や健康に使うお金が相当あるだろうから、健保だけにとどまらず、いまや日本人は莫大なお金を「健康」のために消費している。


国の借金も1000兆に近いという人もいるし、もうこの国は要らぬところにお金を使っている余裕などないのだが・・・


それでも政府や地方の行政が相変わらず無駄と分かっている検診や「しない方が良い」危険な治療を援助したり推薦している・・・・


こりゃあ、いったいどうなってんだ?


この国はみんなでバカスカお金を使い切って沈没したがっているんだろうか?


まるでネズミが集団で海に向かって自殺行進をしているかのごとくだ。


健康のためには死んでも良い


 


は実際にこの日本でおこっているんだろう。


が、だれもそんな事には気が付かない。


 


 




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