薬は麻薬の性質だと解ればそれでよい

「医療から命をまもる」より


これは日本人ばかりではないが、世界でもトップになった感がある医学信仰、クスリ信仰の国。

もっとも天皇陛下さえも抗ガン剤の投与がなされていると聞くとなんだかもう国民としては悲しくなってしまう。

そして当然のことながら副作用。

日本人のトップまでがもう絶対的現代医学信仰に陥ってしまっている現実をみると、こんな海岸の砂粒のひとつくらいの存在価値しかないこの日記書いていてもどうなるというもないのだが・・


それでもタイプうちをしていると指がとまらないやめられないカッパえびせん。







ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー

 気軽に病院へ行かない
 
 最近は、かぜをひいたというだけで病院を訪れる人が多くなっています。
 
 病院では、思わぬトラブルに遭遇することがあります。最近、問題になっていることの一つが院内感染です。ことばこそ最近、話題になったばかりですが、実際には昔からあったものです。病気を治してくれるはずの病院で、病気をうつされてしまうことを指します。


 考えてみれば当然のことかもしれません。病院は病気になった人たちが集まる場所ですから、ある意味でもっとも危険な場所です。病院へ行く以上は当然、覚悟しておかなければならないことではないでしょうか。インフルエンザ、麻疹(はしか)、流行性角結膜炎(はやりめ)など、病院でうつる可能性のある病気は、数えあげればきりがありません。



 とくに問題なのは、薬の効かない細菌(MRSAなど)によるものです。病院では、細菌感染をおこした患者さんに大量の抗生物質(細菌を殺す薬)を使います。したがって、当然のごとく薬に慣れてしまつた細菌が増殖し、病気や手術で体力の弱った患者さんに感染してしまうのです。



 病気が人から人へうつるチャンスはさまざまです。インフルエンザや新型肺炎SARSなどは、患者さんとすれちがっただけでも感染する可能性があります。
 病院で使用するさまざまな医療器具も気になります。
 
 
 
 
 すでに、ずっと以前に改善されたのは注射器の針です。戦前から戦後にかけてのしばらくのあいだ、注射針は消毒をせずに使いまわしがされていました。そのためさまざまな感染症が国民のあいだに広まってしまったのです。その後、注射針は熱湯消毒されるようになり、さらに「完全滅菌の使い捨て針」が普及しました。現在では、注射針から病気がうつるという心配はまったくなくなっています。

一方、医療事故がメディアに取りあげられるようになったこともあって、院内感染がおこるたびにルートの解明が行なわれるようになり、その結果、あきれた実態も浮き彫りになってきました。



 その一つは、検査や治療のために使われている金属製の器具です。驚いたことにこれがほとんど消毒もされないまま使いまわしされていたのです。

 血液を介して感染するエイズやC型肝炎などが話題になり、その実態が明らかになったのは、今から二〇年ほど前でした。以来、血液に直接触れる状態で使用される器具にっいては、万全の注意が払われるようになりました。しかし盲点は、それ以外の器具にあったのです。



 病気の感染は血液を介するものばかりではありません。微生物の種類によっては唾液、鼻汁、涙、尿、便、汗なども危険です。これらに触れる可能性のある器具はすべて患者さんごとに取りかえるべきものですが、それがいまだになされていなかったのです。これではうっかり病院に行けません。





 かぜなどは、薬を飲まなくとも自然に回復します。
 
 むしろかぜ薬として処方される成分にはきわめて危険なものが多く、服用しないほうが安全です。


かぜで治療を受ける必要があるのは、高熱が続き体力が弱ったとき、せきなどの症状で睡眠が何日もとれないとき、下痢やおう吐で食事がとれないときなどに限るべきです。

もっとも、単なるかぜでこのような重い症状が出ることはめったにないはずです。



 あまりにも気軽に病院へ行ってしまうという悪習慣は改めるべきでしょう。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー




風邪を治す薬は存在しないーーーという厳粛な事実があって、なお、風邪で病院に行くというのはどういう意味なのだろうか?

と考えてみても、さっぱり分からない。

治す薬があるならまだしもだ。

しかし、こういうだろう。

症状を少しでも緩和できるなら・・・

まあ、その程度なのだろうが、じつは風邪の原理が全然解っていない現代医学だから、当然のこと対症療法を施すのだ。

しかし、
その対症療法が危険だと解った日には・・・・

いや、いや、そんな賢い患者さんも居ないし、また、お医者さんだってそんな正直な事入ってたら「おまんまの食い上げ」になりかねない。

「まあ、お客さんの望むようにお薬を出して、注射を希望するならそれをしないとかえって藪医者にされてしまう」などという理屈もあるのだろう。


つまりどっちもどっちってところだろう。

無知な患者と知っているのか知っていないのか(知っていたとしたら却ってまずいのだが)の医師との共同合議だから、いざとなってから、やれ病院が悪いだの、お医者さんが悪いだのといってヒステリックになる患者も困ったものだろうなあ・・・・



とよそ事に思えるのはもうずっと薬のお世話になっていないからのお気楽者の立場だからだが、それにしても、無知とはいえ、まったくよく信じたものだ・・。。


とは言え、僕もずっと、ずっと医学信奉者だったし、薬信仰者だったから、人ごととも言えないのだ。なにせ、2代や3代どころじゃなく、おそらく2,3千年かはかかってできあがった薬信仰だからだろう。


こんな壮大なインチキを簡単に見破れる者がそうそういるわけない。こちとらも人様から教えられてようやく納得してきたというだけだから。





ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


 やめたほうがよい薬は飲まない
 
 では、すでに通院中で、長い年月にわたって薬の服用をつづけているという人はどうすればよいでしょうか。


 薬の効果を調べる研究の多くは五年ほどで終了しています。つまり、どの薬も五年以上、服用をつづけるとどうなるのかが調べられていません。専門家に聞いても正しい答えは返ってこないのです。


 したがってむずかしいかもしれませんが、最終的には自分で判断するしかありません。薬をやめたほうがよいかどうかの判断は、服用をつづけることの利益と不利益を天秤にかけて考えるということになります。


 明らかにやめたほうがよいのは、不整脈の薬です。服用しつづけることによる利益がまったくなく、かつ死亡率がむしろ高まってしまうことが証明されたからです。


 ただし不整脈の薬として処方されているもののなかには、精神安定剤や比較的作用がおだやかで副作用のないものもあります。それらが効いているかどうかはわかりませんが、あえてやめる必要もないことになります。

とくに、薬を飲んでいるという安心感が病気の発症を抑えているような場合もあります。本物の薬でありながらプラセボ効果があるというわけです。このような薬までやめる必要はないかもしれません。



 睡眠薬、鎮痛、解熱剤、胃腸薬を何年もつづけて服用している人も少なくありません。「中毒」というほど深刻でなくとも、習慣でやめられなくなってしまっているのです。タバコに似ています。タバコも薬も、基本的には健康を害する毒物であることを認識すべきです。


 とくに鎮痛、解熱剤などの長期服用は危険です。痛みがないにもかかわらず、
、つづけて服用するように指示されている
、服用がクセになってしまっているという人はただちにやめるべきでしょう。





 慢性疾患の薬は功罪を判断して
 
 
 従来から「慢性疾患」と呼ばれてきた病気がいくつかあります。代表は、高血圧症、糖尿病、それに高脂血症です。今では生活習慣病といったほうがわかりやすいかもしれません。この三つの病気のいずれかで、長い年月にわたって薬を飲みつづけているという人も多いものと思います。





 まず高血圧治療薬についてです。
 
 ひとことでいえば、功罪が相半ばしています。
 
 服用をつづけることの利益と不利益が半々くらいなのです。利益と不利益のどちらが大きいかは、人によってちがいます。

血圧が下がり、脳卒中を予防できている人がいる一方で、副作用のほうが勝ってしまい飲むだけ損になっている人もかならずいるはずなのです。


 自分がどちらなのかはだれにもわかりません。
 わかっているのは確率がほぼ五分五分だということだけです。
 
 薬をもらうために時間をかけて通院し、お金まで支払うのは損だと考える人はやめたほうがよいでしょう。やめることに不安があるという人は、っづけてよいのではないでしょうか。




 この点は糖尿病の薬でもほぼ同じです。
 
 糖尿病は、インスリンというホルモンが欠乏しておこる病気です。結果的に、血液中の糖分(血糖)が高くなり、そのために血管や神経に障害が生じます。失明、腎不全、神経障害、心筋梗塞、動脈硬化症などは糖尿病によってひきおこされる代表的な異常です。

 二つのタイプがあり、インスリン注射による治療が必要なものと、それ以外です。
前者のタイプでは、生命にかかわることからインスリンをやめることはできません。
一方、後者では、インスリンの分泌を刺激する薬や、腸からの糖分の吸収を遅らせる薬などが使われます。

これらの薬については、大規模調査の結果から高血圧の薬とほぼ同じ状況にあることがわかっています。

 つまりインスリン以外の糖尿病の薬は、利益と不利益がほぼ半々です。
 
 
 
 
 少し状況が異なるのは高脂血症です。
 
 とくに悪玉コレステロールが動脈硬化症と、それによっておこる心筋梗塞の重大な原因となっています。したがって高脂血症の治療には、コレステロール値を下げる薬が一般的に使われます。

 なかでも「スタチン系」と呼ばれる薬が心筋梗塞による死亡も、また総死亡も低下させることが、大規模調査で証明されました。また最新の調査によれば、この薬を一〇年以上、飲みつづけた人はがんになりにくいこともわかってきました。この薬だけは服用をつづけたほうがよいかもしれません。





 足腰の痛みは薬に頼らない
 
 五十肩、腰痛、膝の痛みなどで病院通いの明け暮れという人も多いものと思います。
 多くの場合、そこで処方されるのは鎮痛剤です。たしかに鎮痛剤はよく効きますし、薬なしではがまんできないという痛みも少なくありません。


 しかし鎮痛剤で治療を行なっても、一年後に回復しているかどうかの割合に変わりはなかったのです。

場合によっては、むしろ症状が悪化してしまうことがあるのも、すでに述べたとおりです。

そうであれば、むやみに鎮痛剤に頼るのも問題です。




 肩、腰、膝、指などにおこる関節痛の多くは、自然に回復していくものです。
 
 検査や治療が必要となるのは、「がんこな痛みや腫れがいつまでも続く」「関節痛以外の症状もある」「手足が動かない」などの場合に限ってよいように思われます。



 女性によくみられるのは指の痛みです。「リウマチ」ということばがあまりにも有名になり、自分で勝手にこの病名をつけている人も少なくありません。正式には「関節リウマチ」と呼ばれ、一種の膠原病です。それほど多いものではなく、単に指が痛むという程度ではリウマチでないと考えてよいでしょう。


 血液で簡単に診断できることから、鎮痛剤を飲む前に、まず検査を受けるべきです。リウマチでないことがわかれば、薬よりも、日常的な手指の運動が有効です。ほとんどが自然に回復していきます。




 女性に特有で比較的多いのはへベルデン結節と呼ばれるもので、指の先端の関節が腫れて痛むというものです。リウマチとは異なり、多少の痛みはあってもあまり悪化しないのが特徴です。女性ホルモンのアンバランスが原因といわれています。この場合も、よほどの痛みがないかぎりは、あわてて薬を飲まないほうがよいでしょう。


 関節が痛む場合の原則は、「腫れや発赤があれば安静」「治まったら (痛みがあっても)積極的に動かす」 ということです。人間のからだは、動いているときにいちばん調子が出るようにできているものです。からだはいたわりすぎないことです。


 このような判断で、むだな薬を減らしていくことができるのではないでしょうか。




ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー



さてお医者さんのおっしゃる通りにしていたら、「安心」と「安全」とはちょっと異なるという事が今までの著書の内容で解ったのだが、実際上、自分でそれを取捨選択できるかどうか?というと、多くの人はほとんど自信がないのだろう。


けっきょくはおそるおそるもらった薬を少しにしたりして、勝手に捨てたりして減らしたりする程度がおちだろう。


まあそれだけ半信半疑だというのはよく分かる。
果たして、この薬をやめたらどうなるのだろうか?

こんな不安はいつもつきまとうはずだから。

まあ、最後は人間誰でも死ぬんだから・・・はい。

なんて、覚った人はほとんどいないなあ、事実薬を要らないという僕も口では強気に言えても、いざ病気が悪化しもう助からない状態になってくるとそれはもう不安だらけになるのは確実かも知れない(苦爆)


それでもおそらくは飲まないだろうなあ。
それは、病気の原理を知っているからだ。
薬の恐ろしさを知っているからだ。

それを本当の科学だと信じられるからだ。

薬に科学性などないと知っているし、信じている。いや、信じているというのはどうも信仰くさくなるからやめておいても良い。

事実を事実として認識している

とでも言っておこうか。

この本の著者はれっきとした医学大学の上部の方に当たる。
そして、現代医学も薬も絶対否定などしていない。

そして、この内容のような事を言っても、おそらく利益はないだろう。いや、反対に医学関係者仲間からは疎んじられる立場になるだろう。

それでもあえて事実を事実として書こうとしている。
それは何故か?

一般の人たちに対して良心を持っているからだ。

では、多くの医学者やお医者さんたちはなぜそういう事実を教えてくれないのだ?

それは

1,まったく知らないからだ。

2,だいたい知ってはいるが正直に事実を話したら、自分の今の立場を失い生活に困る

3,まったく知ってはいるが、自分からは言い出さない。
体勢がそうなってから自分もそうする。従って知らないふりをしている。

4,・・・


1以外は善意が感じられないし、たとえ1であっても、「こんな事実は真摯に情報を探れば解ること、それをしないのは怠慢。知らないから善意とは言えるが、行為を行う側としては「善意の悪行」ともなり得る。

医療と薬というのは危険行為に属するのものだからだ。
他の職業とは大いに異なっているのだから。


この本の著者はやんわりと穏やかに書いているが、今の医療の実態はじつに不利益な事をあえてしているとしか言えないのだ。



最後に著者は薬の危険性のひとつに離脱時の症状があると言われている。

このことは薬はどんな薬であっても一種の麻薬と同様な働きをしているからだろう


一時的快楽(苦痛を一時緩和)のつけが後になって何倍も返ってくるという麻薬の本性。

これはあらゆる薬に共通するのだろうが、特に「よく効く薬」と呼ばれているものの方がおこりやすいだろう。

最近売れ口になっている精神安定剤等の部類もそのようだ。
離脱の時に反作用が現れてしまうようだ。自殺や凶悪事件などもよく調べてみると精神的分野の薬を飲んでいる場合が多いらしい。





ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー



 やめてはいけない薬は慎重に
 
 
 注意しなければならないのは、急に中止すると反作用をおこしてしまう薬があるということです。副作用とは少し異なるもので、ダイエット後のリバウンドのようなものです。


 本書で紹介した薬でいえば、たとえばワーフアリンが問題です。脳卒中や心筋梗塞の再発予防によく使われている薬ですが、血液が固まらないようにする作用をもっていることから、急にやめると血栓、塞栓症 (血管が詰まる) や出血をおこしてしまうことがあります。

 歯医者さんで抜歯をしてもらう際、出血が止まらなくなったりしないようワーフアリンは休止するのが普通でした。しかし、一時的にやめるだけでもリバウンドがおこってしまうことがわかり、最近では、むしろ服用をつづけたまま抜歯をしたほうがよいとされるようになってきました。

 ワーフアリンを勝手にやめるのは危険です。
 
 
 
 ほかにも、中断によって危険なリバウンドをおこす薬がいくつかあります。一般的に問題となるのは手術を受けたあとに使われる薬です。重い病気で入院したあとに飲む薬も同じです。たとえば感染症の治療や予防のために使われる「抗生物質」、重症アレルギーなどの特効薬「ステロイド」などは、勝手に中断してはならない薬の代表です。糖尿病で使うインスリンもそうです。



 ただし、すべての薬が大規模調査で厳密な評価を受けているわけではなく、正確な情報はないのが実情です。本書は情報の正確さを信条としていますので、あいまいな事柄は述べないことにしたいと思います。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー




公正な調査をすればするほど解ってきたクスリの危険な面だが、こういう情報を厚生省も医学会もほとんど流さないし、もちろん、マスコミもそうだ。

知り得る気になれば今はインターネットで得られるし、その中から書籍を選んで読んで見ることで検証できるだろう。


今の時代、「お上からのお達し」はあまり信用できない事があまりにも多いのだ。
もちろん、信用するべきものも多いのだが、肝心要の医療の真実はほとんど流されない、流してもほんの少し、気が付かない程度の告知だけだ。

「自己責任の時代だ」と誰かが言ったが、まさにその通りかも知れない。


偏屈な見方で言うと、「ほんとの情報など多くはないのだよ。自分で探して見つけて取捨選択しないと駄目、そして結果は選んだアナタの責任だよ」と言っているのだ。


冷たいようだが今はそういう時代なのだろう。

なぜなら、意図的に嘘を流したり、意図的でなくとも嘘を流すこともあるからだ。

そして、それが多すぎるのだ。


他人の顔色をうかがってから真似しようなんていう態度で医療に身も心も任せきってしまう危険性をもっと認識しないと、


「アナタ タイヘンナコトニナリマスヨ!」


もっともこれは「偽情報を発する側のよく使う手口」だから気をつけるべきか(笑い)


あまり脅かしたり不安を増すような情報はどうも胡散臭いと思おうではないか!


それによって、誰が儲け、誰が損をするのか


よ〜〜く かんがえてみようか。
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受けて危険な検査、必要な検査

「医療から命をまもる」より



この本を紹介させていただきながら読者さんに気をつけて貰いたい一点。


筆者はこの中で


「・・・この意味で本書は、医学を全面的に否定しているわけではありません。・・」



の部分があります。現代医学のトップクラスに居られる大学教授ですから、もちろん、西洋医学を認めている立場です。


誤解の無いようにお願いします。


現代医学を認めている立場において、実際の世界の医学情報から真実の情報を選びとって紹介しているのです。それは単純に現代医学批判論者とは一線を画しています。



その事を念頭において読まれると、なお一層のこと、事実は事実としての情報の信憑性が高まると思います。


言い換えれば同じ土俵上で相撲をとっている現役の横綱が指摘している事実ということです。


 









ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー




 過剰な検査、危険な検査は受けない
 
 
 国民の多くは、学校保健法、労働安全衛生法などの法律によって健康診断を定期的に受けることが義務づけられています。

したがって児童、生徒、勤労者が自分の意思で健康診断を受けるか受けないかを決めることはできません。



 法律で健康診断を義務づけているのは、個人の利益もさることながら、社会全体の健康を守るためでもあります。したがって社会全体の利益のために、健康診断がどうあるべきかをまず考える必要があります。



 結核、C型肝炎、エイズのように、人から人へと伝染してしまう病気がありますから、好き勝手というわけにはいかないのです。

戦後、社会をあげて取り組んだおかげで、結核という病気が激減したのはご存知のとおりです。

一方、現代人を悩ませている生活習慣病などの病気の多くは、自分の検査値を知っておくことで、自分の努力で発病を防ぐことができます。定期的な健康診断を行なうのは、したがって個人の利益にもなり、また社会全体の利益につながることになります。


この意味で本書は、医学を全面的に否定しているわけではありません。




 児童、生徒、サラリーマンのいずれでもない人は、健康診断を受けるチャンスをみずから求める必要があります。町内会から、あるいはダイレクトメールで市町村が行なう健康診断のお知らせがあり、それらのチャンスを逃さないことです。


 だれにどのような検査が必要かは、拙著『ドック、検診でわかる病気わからない病気ー」自分でできる健康チェック』 (講談社+α新書) に最新情報としてまとめてありますので、参考にしていただければ幸いです。





一方、人間ドックはどうでしょうか。


 個人で費用を支払い、個人の意思で受けるのが人間ドックです。法律にもとづいた健康診断を受けるチャンスがない人には大切なものと思われます。

しかし定期的に健康診断を受けている人、あるいは病気で通院中の人が、さらに人間ドックまで受ける必要があるかどうかについては、いささか疑問があります。



 理由の一つは、人間ドックで行なわれている検査があまりに過剰だからです。
 
 単に過剰というだけではなく危険な検査もあります。
 
 たとえば、一泊以上の人間ドックでかならず行なわれる検査の一つに、「糖負荷試験」があります。これは糖尿病を見つけるための検査で、次のような手順で行なわれます。


 まず朝食の前に血液を一回とります。次に七五グラムのぶどう糖(水に溶かしてある) を飲んで、一時間後と二時間後にふたたび血液をとってもらいます。合計三回の採血で得られた血液で血糖値を測定するのです。

 炭水化物、砂糖などを食事として摂取すると、体内で分解され、最終的に血液中でぶどう糖にかわります。血糖値は、そのぶどう糖を測ったものです。




 ぶどう糖を直接飲むと短時間で血糖値が上昇しますが、健康な人ではただちに膵臓からインスリンが分泌され、分解、吸収がはじまるため、何も問題はおきません。ところが糖尿病の人では、インスリンが不足していることから血糖値がなかなか下がらないのです。


 三回の検査結果からその変化がわかり、糖尿病の判定ができるというわけです。


 問題は、検査のために飲む七五グラムのぶどう糖です。砂糖に換算すれば、コーヒー、紅茶に使う五グラム入りシュガーの一五本分にもなります。

これだけ大量の砂糖を飲むことが問題なのです。とくに日本人は、六人に一人が糖尿病体質といわれていますから、病気を誘発する可能性があります。



 インスリンは、生涯で分泌できる量にかぎりがあると考えられています。したがって過剰な糖分を摂ることで、その枯渇を早めてしまいます。

検査のために大量の糖分を飲むのは、やはり本末転倒でしょう。




 コーラのいっき飲みをして救急車で運ばれる若者が時どきいます。短時間に大量の糖分を摂ることにより血糖値が急上昇し、意識を失ってしまうのです。血糖値の上昇は、いろいろな意味で危険です。

 昔は「七五グラムぶどう糖負荷試験」が糖尿病を発見するための唯一の手段でしたから、それでもしかたありませんでした。
しかし大規模調査が行なわれるようになり、早朝空腹時に血糖値を一回検査するだけで糖尿病を診断できることがわかってきたのです。HbAlcという新しい検査も開発され、ぶどう糖を飲まなくとも、また日中の採血でも糖尿病の判定ができるようになりました。

 今となっては、危険なだけで必要性のまったくない検査となったのです。
 
 ほかにも有害な検査はいろいろありますが、詳細は省略します。
 
 
 いずれにしても、人間ドックには利益が少なく、不利益ばかりがめだちます。






 レントゲンは景小限に
 
 
 もう一つ気になるのは、やはりレントゲンです。人間ドックではとくに、がん検査が中心となっていることから、レントゲンの被曝も必然的に多くなってしまいます。

 人間ドックに限らず、病気の治療にはレントゲンがつきものです。
 
 
 歯の治療でもレントゲン検査はしばしば行なわれています。治療を適切に行なうために必要なことはわかりますが、

それにしても回数が多すぎるように思います。


虫歯が治っても、白血病になってしまっては何もなりません。

治療を行なうほうも受ける側も、このことをもっとよく認識し、本末転倒にならないようにしたいものです。




 ある整形外科医は、軽度の骨折では一回だけしかレントゲンを撮らないのだそうです。普通は治療をはじめる前と、治ったかどうかを判定するために最低、二回はレントゲン撮影を行ないます。ようすをみるために途中で何回か行なうこともあります。

ところがその医師がレントゲン写真を撮るのは、治療方針を決めるときだけなのだそうです。年齢や骨折の状態から、何カ月くらいで完治するかがわかるからということでした。



 まれには、折れた骨がいつまでも治らないこともあります。しかしそのような場合でも、治っているかどうかはギプスを外してみれば本人がいちばん、よくわかります。骨が折れたままでは、生活ができませんから。


 折れた骨がいつまでもつながらないとすれば、それは治療が適切でなかったためで、いつまでギプスをしていてもしかたありません。どちらにしろ治療のやり直しが必要なのです。レントゲンを撮りなおすとすれば、そのようなときに限るべきではないでしょうか。



 まれにしかおこらない事態を想定して、すべての患者に何回もレントゲン撮影を行なうというのは、やはりまちがっています。


 時にはレントゲン検査を断るという意思表示も必要ではないでしょうか
 
 (なかなか言いにくい現状があるのはたしかですが)。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


上記の様に一概に検診や治療を否定してないからこそ、指摘している内容に重みがあるのでしょう。





それに対して、僕の方は土俵から落ちてしまった様な立場ですから、ほとんど検診やら治療などは90パーセント(いや95パーセントくらいかも)は必要ないと考えています。


しかし、それではあまりにも極端に感じられるでしょうから、ふつうイッパンタイシュウ人としては、まずはこういう同じ土俵上からの警鐘を受け止めることだけでも賢くなれると思いますよ。


(ふん、えらそうに! と思うでしょうが)



治療しない方がよいという選択肢がなぜ無いのか

人は何もしないでも死ぬし、何をしても死ぬ


これは医療の世界では極端に善悪対比されます。


なにもしないことは悪だ。


全力でまじめにやれば、たとえそれが効果無し(時には悪効果に)なっても、それは善だ。


この対比が絶対の理になっていると、誤医療の束縛から解放されません。

癌治療の現状を覗けば現代医学の本質がよく見えてきます。

ちなみにアメリカではその束縛から少しづつ解放されはじめているようです。
癌死亡率が減少してきているそうですから。


日本の医療はまだまだ過去のアメリカの失敗そのままの道を邁進しつつあるような気がします。

せめて、冷静白紙になって

賢い選択が出来るように本書を買って読まれる事をおすすめします。


また、

近藤誠氏の「新、・抗がん剤の副作用がわかる本」は癌治療薬について、詳しくてしかもどこの病院でも大学病院でも隠している事実を書いていられます。

3人に一人は癌という時代。

次はあなたかとなりのひとかは判りませんが、大きな確立で体験する癌ですから、前もって読んでおくといざというとき役に立ちますよ。


「医療から命をまもる」より、ガン治療について。






ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー





 がん検診をやめる
 
 
 明らかに無益なのは、がん検診です。



 
 一九九八年、国からの補助金制度が廃止され、各市町村が主体となって、がん検診を行なうことになりました。

 検診の内容には市町村によって若干のちがいがありますが、基本的には国が定めた「第三次対がん一〇カ年総合戦略」という方針にそって行なわれています。

胃がん検診、肺がん検診、大腸がん検診、乳がん検診、子宮がん検診などは、どこでもかならず行なわれているものと思います。


 本書では、「肺がん」に関する話題が結果的に多くなってしまいました。肺がん検診は、昔から現在にいたるまで方法が万国共通であったこと、年々患者数が増加していることなどがあって、しばしば大規模調査の対象とされてきたからです。

また有効性をめぐって興味深い議論がくりかえされてきたことも、本書でくりかえし取りあげた理由となっています。




 しかし問題があるのは、肺がん検診だけではありません。ほぼすべてのがん検診に同じ問題があると考えてよいでしょう
   
   現在のところ、総死亡まで減少させることが証明されたがん検診一つもないのです。


166



がん検診を受ける際は、少なくとも何を期待するのか考えてからにすべきです。



もちろん、たとえば胃の検査を受けるのは、胃がんを早期発見してほしいからに決まっていますが、レントゲンの副作用で新たながんができてしまうかもしれないのです。

とすれば、いったい目的は何なのでしょうか。




多くの検診は、受けたことによって生じる利益と不利益が相半ばしています。

レントゲンを使う検診では、不利益のほうがむしろ大きいこともわかりました。



ただし自分がそれによって得をするのか、あるいは損をしてしまう側なのかはわかりません。

あくまで確率としてそうだということですから、あとは自分の判断です。


あとで手遅れのがんが見つかったときに、どう考えるかが判断の手がかりになるかもしれません。

「あのとき検診を受けておけばよかった」と後悔するのか、あるいは「検診を受けていたら、もっとひどい目に遭ったかもしれない」と考えるかで、判断もちがってきます。




何もしないという選択肢をもつ


がん検診を受けて異常が見つかれば、例外なく手術を受けることになります。


したがって、がん検診を受けても寿命がのびないということは、

手術を受けても効果が期待できないということです。




 手遅れのがん、と診断されたはずの人が天寿をまっとうするのもめずらしくありません。自然に治ってしまうがんも多いようです。



それにもかかわらず、放置してかまわないような軽微な癌を異常まで手術を受ける必要が、どうしてあるのでしょうか。

一方、もし自分が「手遅れのがん」と診断されたら、どうするでしょうか。


 手術も含め、抗がん剤、放射線などあらゆる治療をやってほしいと思うでしょうか。


そう考える人は多いものと思いますが、最近は「苦しい思いをしてベッドに縛りつけられて死ぬよりも、たとえ寿命が少しくらい短くなっても家で好きなことをして一生を終えたい」という人も多くなっています。



 しかし、どちらもまちがっています。
 
 
 がんの治療で延命効果が証明されたものはほとんどありません。
 
 
 多くは、結果的に寿命を締めてしまう可能性が高いということです

 
 
 
 
 そうだとすれば手術や抗がん剤などの治療を受けないことによって、むしろ長生きができることになります。



さまざまな状況証拠から、


少なくともがんの末期に行なわれる治療は


本人を苦しめるだけでなく、むしろ寿命を締めてしまっている可能性があるのです。




 「寿命が短くなってもいいから…‥…」
 
 ではなく、
 
 「長生きをするために」治療を受けない
 
 
 という選択肢があってもよいように思います。
 167


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー




患者よ好き勝手な事言うな!と言われたら?

ということで

 また「医療から命をまもる」よりいよいよ最終結論に入りましょ。




ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



第九章 自分の健康は自分で守る





健康を守る十力条

 ストレスの上塗りをしない
 
 病気の発生には多くの場合、ストレスが大きくかかわつています。そのストレスにもいろいろなタイプがあり、仕事によるものと家庭内に原因があるものとで、かなり性質もちがっているようです。163

 外国での研究によれば、家庭内で生じるストレスのトップテンは、
 一位 配偶者の死
 二位 離婚
 三位 別居
 四位 刑事事件に巻き込まれる
 五位 近親者の死
 六位 家族の病気、ケガ
 七位 結婚
 八位 リストラ
 九位 夫婦間のトラブルだそうです。
 
 日本でもほぼ同じではないでしょうか。
 
 
 どれも深刻なものばかりで、かつ避けて通るポイントの一つは、やはり自分や家族の健康問題です。とくに家族が病気になれば、だれでもあわててしまいます。治療に全力をつくしてほしいと願う気持ちも共通ではないでしょうか。



そんなとき、一ヵ所の病院で説明を聞いただけでは納得できず、ハシゴをしてまわる人も少なくありません。またイライラが高じて、病院の職員をなじったりしている人もよく見かけます。


 しかし、病院で行なわれている検査や治療の信頼性に、おおいなる疑問が出てきたのです。


 そうだとすれば、検査の結果や治療の選択にそれほど神経質にならなくともよいのではないでしょうか。


少なくとも、治療を行なっても行なわなくても、


結果はあまり変わりません。


検査や治療をめぐってイライラするのは、ストレスの上塗りをしているようなものです。結果的に損をするのは自分ですから、このあたりの考え方からまずあらためていきたいものです。



ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


病気の源は血液の濁りだと言う。そして濁りの原料は毒素だと。さらに毒素になるのは薬だと。


しかし、同じように毒素をもっていても即それが病気発症につながるとは限らないようだ。


風邪がその良い例だろう。


周りにいっぱい風邪にかかっていてもその年はなんでもなかったりするし、またある年は簡単にうつったりもする。


この様に体内に毒素があるから即病気なるという単純な方程式にはなっていないようだ。


それはひとの心に鍵があるのだろうか?


病気効用説


とすれば、人は精神的内部に偏りが大きくなったときにそれを解消するために病気を引き起こす。


そのときに、体内毒素も同時に排泄されるというのかも知れない。


心の方がきっかけになったり、または逆に身体の方が心の改善になったりと、どうも病気とは単純に決まり切った公式のようでなく、ひとそれぞれによって病気の起こり方は異なるのだろう。


で、最近言われるストレス病原説とうのは、ストレスが病気の引き金にもなるというものだろう。


そして、それが体内の細胞に密接不離の関係になっていて、


「ちょうど良い時」に病気発生する。


ちょうど良いというのも変だが、じつは病気を悪と診ているからだろう。


病気を善なるもの  として、思考したときから、病気の効用がハッキリと見えてくるような気がするのだが・・・


 


上記の転載文では


患者側の思いこみが強すぎるという事を指摘しているのだ。


つまり、


医学は絶対的進歩によっていまや、完全に診断したり治療できるほどになっているハズだという思いこみ。


まあこういう思いこみを作らせたのも現代医学の宗教性にあるからだろうが、信者(患者)さんとしては、どうしてもこういう思いこみをしっかりと背負い込んでしまっているから始末が悪い。


だから、「絶対にどこかの医療機関で最高の診断、最高の治療があるはずだ」と思いこむから、右往左往してしまうのだろう。


なんのことはない、



現代医療はそんなに進歩していなかったのだ。しかし、そんな事は目に見えない、耳に聞こえない。


いや、それを示しているデータを見せられても上の空だろう。


 


それに、一般のお医者さん達も同様なのだから、一緒になってずっと古い「自己都合の良い、古いデータ」だけを鵜呑みしているから、共同謀議じゃあないけど、共同芝居に似たようなもので、そこに向かって「じつは本当のことはこうだったんだよ」というデータなど入り込む余地もないだろう。


「では、そのままやってろ」とも言えないけど、やがては実体験が重なることで嫌でもその事実を知らされるのが運命なのかも知れない。


 


また、ひとそれぞれ、わざわざ病気を造ってそれで人生の貴重な体験を得るということもあり得るので、間違った医学、勘違い医療であってもそれはそれで大きな必要性があるのかも知れない。





少なくとも、治療を行なっても行なわなくても、


結果はあまり変わりません。



というたったこの一言に おおきな重みがあるのに、


やっぱりいつまでも気がつかない、いや、あえて無視している患者さんとお医者さん



まあ、どうぞお好きなように・・・・・(苦笑する以外無し)


 


 

変わろうとしない医療と患者達の世界

大規模調査、特に海外系は公正的だけど日本は意図的にどうやら医療利益側に有利なデータを作りだしている事がわかってきた。


どうみても無駄で無効で有害な検査、治療と判っていても、それが依然として続けられるのだろうか?


それは医療業界の利益のためであるーーーと言ってしまえばそれで結論は出てしまう。


だが、「全国の医師」たちが「その事を知っている」のにかかわらず、相変わらず一般の人にそういう有害無効な医療を続けているとしたら、それはもう「確信犯」となるだろう。


では、そういう事情も知らないでいる医師達だとしたらどうなるだろう?


医療界のトップの立場にある人達===厚生省幹部、製薬企業の幹部、医学界、大学のトップにある教授たち・・そういう偏った情報だけを選りすぐって流すようなメディア、新聞やテレビ等の企業の幹部たち・・・


つまり権力や金力、地位の高い者たちが情報の選別を行って、かつ下に流す情報を操作しているのだろうか?


従って普通の多くの医師達は「医療の真の情報」を「何も知らない」状況におかれているのでは?


という当然の疑問がわくのだが、それに対して「吾々は医師という玄人だ、医療に無知という事はあり得ない」と反論があるとすれば、当然「知っているのにそれをやっている確信犯」とされてしまう。


やはり、多くの医師たちも一般大衆のひとたちも同じような立場、つまりこういう事になるだろう。


医療のついては知らない事が多すぎるから、要らぬ検診や治療が行われている。


ゆえに医療過誤とか医療ミスと呼ばれている訴訟が起こるのは当然の結果である。ということだ。


本書の筆者は医学界の中での立場上もあり、やんわりとその原因を書いておられますが、これを厳しい目で見れば、とんでもない医療が日常行われており、それを改善するとか改革するとかいう動きがまったく見られないーーということになる。


そうなると、もう吾々イッパンタイシュウ人の身を守ってくれるのはお国でも厚生省でも医療機関でもマスメディアでもなく、そいういう所はむしろ、本当の事を隠してそれによって利益を得られる側の味方をしているということになるが、これを考えすぎだと言えるだろうか?


もしこの事があまりにも誇大妄想的であると思う人はそれはそれでよいだろう。自らの命と健康をそういうものに今までどおりお任せして行けばよい。


ただ、科学的根拠となる調査結果を信用するならば、自分の身を守るのは自分だと理解できるだろう。


 


 


医療から命をまもる」より


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


ここまでの考察から、大規模調査に反発する医師の主張は、どれも正当性のある


ものでないことがわかります。

やはり大規模調査の結果は謙虚に受けとめるべきでしょう。

そしてこれからの医療では、数字で正確に評価すべき部分と、人間の感情や尊厳を重んじる部分との調和を大切にしていくべきではないでしょうか。



井の中の蛙

医療が変わらない理由は、ほかにもいろいろありそうです。

現代社会では、とにかく情報が氾濫しています。医療も例外ではありません。絶え間なく大規模調査が行なわれ、日々その結果が報じられているため、
どの専門家も、自分が関係するごく狭い分野の情報を仕入れるので精一杯です。

ほかの分野で何がおこっているのか、おたがいに知りようがありません。




 たとえば、がんの治療を考えてみます。
 
 ひとくちにがんといっても、肺がん、胃がん、大腸がん、…………と数えていくと、その種類は無数にあります。肺がんに限ってみても複数のタイプがあり、性質もそれぞれ異なっています。

さらに治療法になると、抗がん剤、免疫療法、放射線治療、温熱療法、開腹手術、内視鏡手術、……とさまざまで、それぞれにまた無数の選択肢があります。

 当然のごとく、
どの分野でもいちじるしい細分化が進み、だれもが限られた情報しか知りえない状況に陥っているのです。



 
このような状況で大規模調査の結果を見せられても、
 
 「この検査はあまり意味がないようだ」
 「あの薬は副作用が強いらしい」
 「この手術法に問題があることはわかった」
 
 というところまでは理解できても、
 
 「でも検査や治療は、ほかにもたくさんあるから……」
 
 という軽い印象で終わってしまい、重大な問題とは感じません

 

 つまり専門家たちには、医療のあらゆる分野で


同じ問題がおこっているという


衝撃的な事実がみえていないのです。158






 世代の差
 
 
 理由はまだあります。
 
 
 医療も、ある意味で職人技の世界です。
 
 意外かもしれませんが、
職人の世界では、若い世代ほど保守的です。
 
 改革に対する抵抗勢力なのです。
 
 
 
 なぜかといえば、最新の技術を身につけ、ばりばりと活躍している最中だからです。

身につけたばかりの技をほかから否定されてうれしいわけがありませんし、ゆっくり比べてみよう、という余裕もないはずです





一方、現役を引退した医師が、ふとこんな感想をもらすことがあります。

 
「自分が行なってきた治療は意味がなかったかもしれない」
 
 長いあいだ、人間を診つづけてきた医師だけが感じる、何かがあるようです。
 
 
 この感想は、まさに大規模調査の結果が示していることと同じです。
 
 
 しかし、あくまで現役を引退した人の個人的な感想であって、それが世の中を変える力になることはけっしてありません。






 完全神話の呪縛
 
 一方、医療を受ける側にも変革を拒む何かがありそうです。
 
 
 
「がん検診は有害」と言われて、明日から受診をやめる人は、ほとんどいないでしょう。


 がんを放置しておいてよいわけがありませんし、からだのなかに悪いものがあれば早く取り除いてほしいと思う気持ちは、だれでも同じです。


「早期発見、早期治療が大切」というキャッチフレーズもすっかり定着していて、


いまさらまちがいだったと言われても、にわかに信じることはできません。




 そこにメディアの煽るような報道が、いっそう人びとを神経質にしているように思われます



たとえば、がんを見落として病院が訴えられたというニュースが多くなっています。
がんの検査をしておきながら、医師がデ−タをチェックするのを忘れ、そのあいだに手遅れになってしまったという詰もありました。

このような報道は、人びとをますます懐疑的にするに十分な効果があります。



 お金を払って検査を受け、その見返りが還元されなかったのですから、明らかに裏切り行為です。そこには、いかなる言い訳も許されません。




 しかし、
 
損か得かという結果論だけで考えれば、かならずしも損とは限らないのではないでしょうか。


放置しておかれたことで、有害な検査や治療を受けずにすんだかもしれないからです 

(もちろん、だからといって自分が被害者の立場になったとき、簡単に割りきれる問題でないことはたしかですが)。
 
 
 

 気になるのは、医療訴訟が多くなり、金銭面での損得が優先してしまうという風潮が生まれつつあることです。



 「いかなる病気も見落としてはならない」
 「見つかった病気はかならず治療する」
 「いかなるミスも許せない」
 「ミスは金銭でつぐなってもらいたい」
 
 といった感覚が人びとのあいだに広がっています。
 
 

人びとが、みずからつくった幻想に呪縛されてしまったのではないでしょうか。


 
これでは医療も変わりようがありません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 比べないことの意味
 
 NHKのテレビ番組「クローズアップ現代」で、公立高校における国旗掲揚、「君が代」斉唱の問題が取りあげられたことがあります  

(中略)


 このできごとで感じるのは、やはり比べることのむずかしさです。
 
 とくに、
対立する意見が火花をちらしているようなテーマでは、
 
 背景をよく理解しておかないと
 
 意図的な宣伝にだまされてしまいます。



  まちがった知識に振り回されることなく、医療は賢く利用したいものです。
  
  
  
  最終章では、そのためにどうすればよいのか、生活の智恵として具体的にまとめておきたいと思います。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


最後の方で一番大切なことを指摘されています。


イッパンタイシュウ人の方がガンコ過ぎることと


現代医学を盲信しているということです。


医療にかかれば安全ですべて治してくれる という思いこみから


治療しないと怒り、薬をくれないと批判する。


さらに治療すればしたで、こんどは当然副作用(安全な薬は存在しない)で訴訟を起こす。


もちろん、患者側だけの問題ではなく、そういう風に偏った情報だけを流し続けて来た医療側にも責任がありますが、けっきょくは今の医療崩壊を招いたのは患者と医療側との共同作業としか思えません。


ちょうど、先の戦争で日本人は隣に戦争反対などと唱える者がいたら、非国民扱いしたり村八分にしたのと同様、上の立場にある者だけに戦争責任を押しつけて、「自分たちは騙されていたから」とか言っても無理なところがあると思えます。


我ら一般大衆は純粋無垢な善人だと言っても、知り得る情報は昔とはちがいます。


みんなが怖いのです。


 


みんなと同じことをしていないと不安なんです。


おなじ事をしないと生きてゆけないくらいに思っているのかも知れません。


そして、最後に大きな落とし穴に「みんな一緒に落ちる」まで、誰も変わろうとしない、変わるときはみんなが変わった時だ、自分はそれを見てからにしよう・・・で、結局は我が身に災難が降りかかって強制的に変わらざるを得ないところまで行かないとならないのでしょう。


 


 

危険な検診と癌治療があるなんておどろきだ

本のこの題名 どう考えても医療は命に対して危険だぞ と言っている様な気がするけど。

 


 


「医療から命をまもる」より


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



 


 がんが縮小しても寿命はのびない
 
 
 抗がん剤が医薬品として認可される際の条件は、
 「二〇%以上の患者で、腫瘍 (がん) の面積が半分以下に縮小し、その状態が四週間以上続くこと」とされています。

 抗がん剤については、すでに多数の大規模調査が行なわれていて、ほとんどは二〇〇〇年ころまでに完了しました。


その方法は、がんの手術前または直後に抗がん剤を使うグループと使わないグループを設け、寿命を比べるというものでした。




 結論は

「腫瘍を縮小させるが、プラセボに比べて寿命をのばす効果はない」


というものばかりでした。




 つまりイレッサだけがだめな薬ではないのです。
というよりイレッサは、がん細胞だけに作用することを売り物に登場した薬でしたが、それさえもだめだったといったほうが適切かもしれません。


 
 期待された乳がんの特効薬
 



一方、総死亡をみると、


  (中略)


延命効果にちがいがなかったのです。


ところが、この情報が医師向けの専門誌に紹介される際、「総死亡に差がない」という重大な点が無視されてしまいました




 かんは予防できるか?

  (中略)


 五年後、予防効果の判定が行なわれました。
 
 
 結論は、


「タモキシフェンを予防目的で服用すると、総死亡が二倍以上になってしまう」


という、関係者の期待を大きく裏切るものでした。



 総死亡が増えた理由は、大腸がん、心筋梗塞、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)などの死亡が多かったためです。


  (中略)



 偏りがあった食道がんの調査
 (注 調査方法に隔たりがあった。つまり薬剤投与の方に有利に働くように仕組んであった)


 それにもかかわらず調査報告書は、「二つの抗がん剤は、手術後の食道がん患者に対する延命効果を認めた」ということばで締めくくられていました。





 論旨のすりかえ
 
 


 抗がん剤の効能は、腫瘍 (がん) が小さくなるかどうかだけで決められています。


治療を受ける側としては、腫瘍が小さくなるという説明を受ければ、それだけで納得してしまいます。


 



しかしじつは、


ほとんどの抗がん剤が、強い副作用で寿命まで縮めてしまうようなものだったのです。


これでは、何のための治療かわかりません。



 「抗がん剤の効果=腫瘍が小さくなること」という話が、実証のないまま、




「腫瘍が小さくなること=病気が治って長生きする」、という話にすりかわっていたのです。


 



その誤りに専門家も気がつかなかったということになります


 




これでは丸山ワクチンとなんら変わるところがありません。とくに抗がん剤に関しては、苦しまぎれ、あるいは過大な解釈が多く、いっそう注意が必要です。

それにもかかわらず、今も病院のなかでは大量の抗がん剤が使われつづけています






  病気は早期発見、早期治療が大切……と、だれもが思ってきました。


しかしほんとうにそうなのか、比べてみた人は今までいませんでした。


そして実際に比べてみたら、とんでもないことがわかってきたのです





 がんの診断は正確か  131
 
 
 外科医の主張
 
 
 
 がんを専門とする外科医たちが、口をそろえていうことがあります。「がんが治るようになったのは、集団検診が普及し、早期に手術できるようになったから」というものです。

しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。
  (中略)

 しかし、もしその診断がちがっていたら……。






 答えてくれない数々の疑問
 
 
 
   (中略)

 人間の経験にまちがいが多いことは、すでに数々の大規模調査でわかっています。したがって少なくとも、


・顕微鏡で悪性と判定された人を治療せずに放置すると、ほんとうに死んでしまうのか?
・顕微鏡で良性と判定された人は、ほんとうに大丈夫なのか?
・悪性と良性の境界はたしかなのか?
・がんでない人をがんと判定し、誤って手術していることはないのか?
・そのような人を手術して不利益はどうなのか?
・がんでない人を手術すれば、治ったようにみえる人も増えるのではないか?
・がんを放置して自然に治ることはないのか?

 などは科学的に証明する必要があります。


 
しかし、これらの疑問に直接、答えてくれるデータはまったくありません。

いったん、がんと診断されてしまうと、例外なく手術が行なわれてしまうため、放置して行く末まで見とどけた人がだれもいないのです。




 状況証拠が指し示すものは一方、顕微鏡によるがんの診断法がまちがっているかもしれない、ということを示す状況証拠がいろいろあります。


 


 


がん検診に関して行なわれた数々の大規模調査の結果は、


少なくとも早期発見と早期治療で命拾いをした人と同じくらいか、あるいはそれ以上の割合で、手術をしなかったほうがよかった人たちがいることを示しているように思われます。

 

  
がん検診が払う代償

 総死亡に差がなかったがん検診
 
 
 
肺がん検診では、「連続して受けつづけると寿命が短くなってしまう」というのが結論でした。


肺がんでは、早期に発見し、早期に治療することの意味はまったくなく、それどころか明らかに有害だったのです。



 乳がん検診はどうでしょうか
 
 
 スウェーデンには、五つの大規模調査をまとめて分析するという研究を行なった人たちがいます。  (中略)



乳がんによる死亡は減少しても、総死亡には差がありませんでした。


やはり別の病気が増えていたのです




   (中略)
 なお、乳がん検診に関する膨大な調査データのなかには、明らかに総死亡が増えることを示したものもあります。







 便潜血を用いた大腸がん検診についても、すでに多数の大規模調査が行なわれてきました。



しかし結論は、やはり


総死亡が減少しないというものでした


着目したいのは、レントゲンを使わない検診であっても、総死亡が減少していない点です。




   (中略)


 イギリスでは、この方法による集団検診が試みられ、効果が調べられました。
 
 小児神経芽腫検診の教訓  141
 
 
 神経芽歴という小児に特有の病気があります。神経細胞が、がん化するという特殊な病気で、アドレナリンのような異常物質が体内に増える特徴があります。


  (中略)

 
ところが二〇〇三年、この集団検診には効果が認められないという判断が厚生労働省によってなされ、突然、中止されることになりました。

   (中略)

ということは、

がんではない病気を早期発見するために、日本中がむだな努力をしてきたことになります


 さらにショックなことは、
 
 
集団検診で見つかった患者およそ二五〇〇人が抗がん剤などよる治療を受け、うち一六人が副作用などで死亡していたことです。





 メディアにも責任か
 
 神経芽腫の検診中止については当時、新聞に小さな記事として報じられただけでした。問題は、ただ単にがん検診の一つが中止になったことではありません。
尿を調べるだけで、本人にはまったく負担がないようにみえた方法でさえ、このようなことがおこってしまったのです。

がんの早期発治療について重大な問題提起がなされたと考えるべきできごとだったのではないでしょう

  (中略)。


メディアが以前としてがん検診を推奨しつづけているのは、おかしな話です。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー



今後も大規模調査が行われるにつれて無駄な検診、無効な医薬品投与の実体が明らかになるでしょうけど、何百回言っても言い足りない「有害な検診、有害な医薬品」を「さも必要であるかのように」宣伝したり記事にしたりしている関係者が存在するということです。



○○な国民には黙っていれば判らないだろう。それに判ってもその時はもう大儲けした後だし、訴訟は国(税金)が支払ってくれるから問題ない・・・のだろうか???

そうなると、○○丸出しの国民こそイイ面の皮。


いや、自己責任の時代ですからねえ〜と言われてお仕舞いか。


とにかく、医学界ではこういう正直な発言をするものは無視されたりいじめられたり閑職に追いやられたりするそうだし、一般の医師達はこういう情報も入らないだろうし、それどころか忙しすぎて医学界の真実などふれられないのではないだろうか?


こんなことを思っているのですが、果たしてどうなんでしょう?

こうなるとメディアも国も医学界もボス的存在が牛耳っていて、それに逆らえばおまんまの食い上げなので、ある程度は知っていても知らないふりしていよう・・・そのうち上から変わってくるだろうし・・




などという雰囲気が今の医療界にあるとしたら、医療崩壊はまたまた加速してゆくに違いない。


そして、また患者側にも重大な責任があるのだ。


なにもかも「人任せ、権威任せ」にして来たつけを今払わされているだけなのだ。


そして、自ら薬害にあって「そんな事知らなかった、知らされなかった・・」と嘆いても遅いのだ。


今の時代、図書館に行けばこういう真実を書いてある本は山とあるし、インターネットでは本にも書いてないものもある。


しかし、選ぶのは自分自身の才覚であるから、それこそ大山ほどある大本営発表側の情報だけを選んで異端説を十把一絡げに「ガセネタ」にしてしまうなら、おなじ事だ、そして自ら体験することしか解決の道がないだろう。


その時には遅い場合もある・・・しかし、人生遅いということはないから、それでもいいんだろうナ。キット・・


しかし・・・何十回も同じこと書いていてよくあきないなあ・・・・・・コノヒト


 

癌検診と癌治療の本当の科学的根拠は。示すほどに唇寒しかな

 科学的実証を示せと言われて出すのがエビデンスというなら、その代表的成果を見せて貰えばわかる。


現代医学の今一番注目の病気が癌だろう。


だれでも癌にナル可能性はある。いや、だれでもガン細胞を毎日作りだしているそうだ。


そして、ある日突然(いや気がつくときが突然なのだろうが)癌と診断される。または自分で発見するだろう。


しかし、今の医学は進歩したから癌は治る病気ですよ。


と言われ安心する人は多いのだろう。 


いや、そんな事はないのだ。


だれもそんな事を信じ切っていないのだろう。やっぱり癌と診断されたときはがっくりするに決まっているのだ。


そこで、本当に癌が簡単に治る病気かという前に、


癌検診がどうなのか?


癌治療がどうなのか?


という現代医療では本当のとこはいったいどうなってるんだ? という事を知らなければ、癌が治るとか治らないなどという所にはまだ行ってはいけないような気がする。


医療界と厚生省もそうだが、メディアも一緒になって真実隠しを行っているのではないだろうか?という疑問。たとえば有効な方向に結論づけるためにエビデンスを創作しているのではないか?という疑問が次々にわいてくるのだ。


莫大な医療費がそこに使われる背景には「医療は儲かる」という構図がみえている。


しかし、現実には大病院の大幅赤字とか医師の待遇悪化とか看護婦不足とかが報道されているから、いったいあの莫大な医療費はどこにどう消えて言ってしまっているのだろうか?


国民医療費31兆円といっても、その他代替療法や健康器具や食品サプリメント等々、それら一切合切含めたらどれだけの金額になるのだろう。


しかもそういう医療費は特に生産するものではない。使っても使っても何も生み出さない消費だけの世界のようである。


やらなくてもよい、やらない方が良いーー検診と医療があるとすればそれがどれとどれなのか?


それをしないだけでじつは膨大な医療費は何十分の一、いや何百分の一にも減るのではないのか?


医師不足と盛んに言っているが本当に必要な治療だけにすれば今よりもずっと少数でも余裕を持ってできるのではないだろうか?


無駄、無効、有害などこのキーワードで今の医療を総再点検、再検証しなければならない時に入ってしまったのだろう。


そして、巷のどしろうとの異見がやっと世間に通用するような気がするのだが、これはちょっと言い過ぎだ!!った。


そしてもっと言い過ぎるほど言い過ぎるけど


「現代医療の根本が間違っているから医療を施すほど病気になる確立が高くなる」

今の医療崩壊は現代医学の限界へ来ているという結果に過ぎない

国や医学界から発表されるエビデンスというものがいかに科学的証拠に欠けているものだったかを思い知らされるのですが、そんな世界的新事実が出ても、メディアは相変わらず似非データ的エビデンスや、勘違いまたは操作的な証拠を持ち出して正当化しようとしているのですから、これはもう、国も医学者もほとんど信用できない、本当に国民のいのちと健康をまもる気など無いのではないかと思うほどです。


「医療から命をまもる」の本の続きです。


 


 


この本の内容はただ眺めていただけじゃ、その気になっただけで終わってしまうでしょう。


では、どうして実感できるかというと、自分自身、もしくは最愛の家族などで体感すれば納得できるでしょう。


それには当然犠牲的精神が必要ですから、間違っても国の税金から保証して貰うなどという甘い考えは・・


このままではおそらく、医療訴訟で国の税金が膨大なものになってしまい、医療保険崩壊どころか国の崩壊を招くでしょうから、そこまで行ってから気づくのが良いか、それとも君子危うきに近寄らずで未然に済ますか、そこが今ひとりひとりに求められている審判です。


 


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 



 インフルエンザ特効薬にあやかって
 
  (中略)

 



 新たな感染をおこさない
 
 医薬品でトラブルがおこれば、許認可権をもつ国が常に責任を問われます。
 問われたほうも、おこってしまったことには対処のしようがありません。問題のあった製剤を使っていた病院名を公表することくらいで精一杯だったのでしょう。  (中略)

 病院名の公表には、「該当者に検査を受けるように喚起するため」という大義名分がありました。

しかし、ここまでの話からすると、C型肝炎には確実な治療法がありません。

それにもかかわらず検査を勧めてどうしょうというのでしょうか。
単に不安を煽っているだけ、という気もします。


   (中略)
   
おこってしまったことで大騒ぎするのではなく、これから新たな感染が起こってはならないよう、社会をあげて取り組んでいくべきなのではないでしょうか。







   血液のがん、白血病  72
   
   
   
   
 近代化とともに急増
 
 
 白血病は、血液のがんとも呼ばれています。がん細胞と化した白血球が血液中に充満した状態で、発熱が続く、からだが異常にだるい、内臓が腫れる、出血が止まらないなどの症状が出てきます。

 がん全体の三%ほどを占めていますから、けっしてまれな病気ではありません。原因は不明ですが、過去四〇年間で二倍に増えたという事実があります。


  (中略)


 白血病にもいくつかの種類があります。もっとも多いのは急性骨髄性白血病、次いで急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病の順です。

 種類によって死亡率も大きく異なっているため、ひとまとめに論じてもしかたがありません。そこで、調査がもっともよく行なわれている慢性骨髄性白血病に着目して、実態をみていきたいと思います。




 寿命はのびたか
 
 
 慢性骨髄性白血病は、年齢とともに発生率が高まり、六五歳以上では四〇歳以下の五倍も多くなっています。したがって加齢によっておこる病気といってよいかもしれません。ほかの病気とは逆に、高齢で発病するほど死亡率が高くなります。

 発病は比較的、緩やかですが、平均五年ほどをへて急に症状が悪化するのが特徴です。この時期に入ってしまうと、ほとんど打つべき手がありません。したがって慢性の時期をいかに長く持続させるかが寿命を決めるポイントとなります。
 従来の治療は、ヒドロキシウレア、ブスルフアン、アラCなどの、いわゆる抗がん剤が中心でした。


しかし、これらの薬で総死亡が減少することを示したデータは、今のところまったく存在しません。




有効との結論を出している研究論文も少なくないのですが、血液中のがん細胞が減少したことを示しただけ、というものがほとんどです。

がん細胞が減少するのはよいことですが、しかしこれだけでは副作用がどうなったかがわかりません。

  (中略)


 昔と比べても
 
  (中略)
 現代は、検査の技術が進歩し、安く、早く実施できるようになりました。また健康に関心をもつ人が増え、人間ドックなどの受診率も増えました。その結果、検査件数が飛躍的に増えています。

 そんな背景が、わずかな異常まで見つかるチャンスを増やしていますが、なかには治療の必要がないような軽微の異常、あるいは性質の異なる病気が含まれている可能性もあります。


最初から良性の病気だったのであれば、治療が奏効したかのようにみえるのはあたりまえではないでしょうか。 76



   (中略)

 「昔に比べればよくなっているから……」 という発想は、もともとまちがっています。

  数々の大規模調査の結果については、かならずしもすべての専門家が素直に受け入れているわけでありません。常識が突然変わって立場上困る人、商売に支障がでる人、やっかみで反論している人などが少なくないからです。

そこで本章では、大規模調査の結果に対する反撃の数々を紹介したいと思います。







   がん検診の罪

   肺がん検診を受けたら短命に
   
   
   今から一五年ほどまえ、フランスの研究チームがある大規模な調査を行ないました。肺がん検診がほんとうに有効なのか、約六〇〇〇人ほどのボランティア(チェコスロバキアの人たち)をつのって調べたのです。


   (中略)

 その結果わかったのは、とんでもない事実でした。
 
 
 
 肺がんの発生率も、また総死亡も、検診を受けたグループのほうで圧倒的に大きくなっていたのです。


ほんとうだとすれば、肺がん検診を定期的に受けると寿命が短くなってしまう、ということになります。





 調査は偏りのないクル−プ間で
 
 
   (中略) 
つまり医学があまりにも細分化され、研究者が広い視野で物事を見ることができなくなってきたという現実です。


そのため、意図的ではないにしろ、結果的に嘘をついたのと同じ状況になっていることがあります。

総死亡に言及せず、薬やワクチンの効能だけを患者に説明するというのも、そうではないでしょうか。




  (中略)


 大規模調査の重み
 
 
 さて、フランスの調査団が行なった肺がん検診に話を戻します。
 
   (中略)


調査の結果が偶然だったかどうかも検証しておきたいと思います。幸い、ほぼ同じこら、ほぼ同じやり方で、別の二つの研究チームが肺がん検診の調査を行なっていました。それぞれ別々の国で、独自に行なったものです。どちらも、対象ボランティアが数千名と、大規模なものでした。合計三つのチームが、まったく独自に同じ目的の調査を大規模に行なっていたことになります。




 医療が寿命を縮めた
 
 
 
 三つの調査の結論は、すべて同じでした
 
 統計理論はどうあれ、三つのチ−ムが同じ結論に到達したのですから、単に偶然でかたづけるわけにはいきません。
しかも大規模だったのです。


 では、肺がん検診を定期的に受けたグループで寿命が短くなった理由は、いったい何だったのでしょうか。




 調査チ−ムは、いくつかの理由をあげています。
 
 一つは、年に二回ずつ受けたレントゲンの害ではないかというのです。
 
 レントゲンは放射線の一種で、強い発がん性があります。放射線は自然界にもあって、われわれのからだは絶えずそれにさらされています。胸部レントゲン撮影で受ける放射線は、単純に計算すると、その自然界から一年間に受ける量の一〇分のてらいです。この数字が根拠になって、胸部レントゲン撮影は人畜無害と、これまで説明されてきました。


 しかし、放射線は短時間に集中して浴びるほど健康被害が大きくなるものです。自然界から受ける放射線は、年間を通して少しずつでしかありませんが、レントゲン撮影では瞬時にして一カ月分以上の線量をあびてしまいます。


 つまり医療のためのレントゲンが原因となって、新たな肺がんが発生してしまった可能性はおおいにあるのです。






 もう一つは手術の害です。
 
 
 肺がんに限らず、どんながんでも見つかれば、例外なく手術を受けることになります。つまり肺がんの発見数は、同時に手術を受けた人数でもあったわけです。


 性別、年齢など考えられるあらゆる条件が等しくなるように分けた二つのグループです。その一方で、より多くの手術が行なわれ、総死亡も多くなっていたのです。手術がからだの抵抗力を弱らせ、寿命を締めてしまった可能性は否定できません。


 ただし、手術がいらないと言っているわけではありません。肺がんを早期に見つけ、手術を受けることによって、命拾いをした人も少なくないにちがいありません。ただ、それをはるかに上まわる人たちが、手術によって逆に寿命を締めてしまった、ということになるのではないでしょうか。





 検査が仇に
 
 理由はまだあります。
 
 検査にありがちな些細なトラブルの積み重ねです。  (中略)


、精密検査では正確を期すためと称して、多数のレントゲン写真を撮ることになります。


  (中略)


がん組織にメスを入れるのですから、出血がとまらなくなったり、傷口から細菌感染をおこしたりということも当然、おこりえます。

 メスを入れるという行為によって、がん細胞がからだ中に散らばってしまい、がん転移を促進してしまうという可能性も否定できません。






 国家の威信をかけて
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 あるテレビ局から取材を受けたときの話です。
 
 健康診断やがん検診の問題点を考えるという番組企画でした。さっそく、「がん検診には問題がある」という話をしたところ、しばらくして担当者から連絡が入り、ほかに何人かの専門家に取材をしたが、だれもこの意見に賛成しなかったというのです。

 結局、私の話はボツになったのですが、半ば予想していたことでもありました。

なぜなら日本では、欧米での調査結果を否定するための研究が精力的に行なわれ、その成果が学会、役所、検診機関などに広く浸透していたからです。



 まず日本では、フランスの調査団が行なった研究に対する根強い批判が以前からありました。一五年以上も前の話であったことから、「当時の医療は古くて参考にならない」というのです。

たしかに医学の進歩は日進月歩で、そうかもしれません。レントゲン写真を判読する技術も古いでしょうし、細胞を顕微鏡で調べるという検査も今より精度が悪かったかもしれません。何より、手術法や抗がん剤が古かったはずです。



 そこで厚生労働省は、肺がん検診の有効性を証明しようと、大規模な調査を各地でスタートさせました。

これまで肺がん検診を奨励してきた立場の人たちにとっては、いわば威信をかけた国家プロジェクトです。
成果は続々でも最初の成果は二〇〇一年に発表されました。いくつかの都道府県には、がん患者のデータをコンビユ−タに登録するという制度があります。



  (中略)


 その結果わかったのは、肺がんで死亡した人たちで、前年に検診を受けている割合が明らかに低いということでした。


簡単にいえば、検診を受けない人は手遅れの肺がんになりやすいということです。そして詳細な計算から、「毎年、肺がん検診を受けると死亡率が四八%減る」と結論したのです。



 このプロジェクトは四つの県において同時進行で行なわれました。公表されたデータでは、そのうちの三つで、結果が同じになっていました。平均すると、死亡率の減少は四〜六割ほどになるようです。残りの一つでは、グループ間の差が見つかりませんでした。


 三つのプロジェクトで同じ結果になったというのは、フランスの調査結果について述べた際にもあった話です。




 釈然としない結論
 
 
 結論だけを聞かされると、「なるほど」 と思ってしまいます
 調査のやり方が複雑で、よくわからないという人も多いかもしれません。正しいような気もしますし反面、何か釈然としないところもあるのではないでしょうか。


 フランスの調査では、毎年、連続して肺がん検診を受けると、さまざまな副作用で死亡率が高くなってしまうという結論でした。これと対比させながら考えると、整理がつきやすいかもしれません。


 日本で行なわれた調査については、いくつかの疑問点が思い浮かびます。
 
 
  (中略)
……等などです。


 気になるのは、肺がん検診を受けつづけることの不利益が考えられていないことです。


 


フランスの調査チームが出した結論は


「がん検診を連続して受けると不利益のほうが大きくなる」


というものでしたから、これでは反論になっていません。

総死亡を調べなかったというのは、
検診のマイナス面にいっさい目をつぶったことと同じです。



 二つのグループが公平に分けられていないのも大問題です。
 
 
 肺がんで死亡した人たちを、たまたま年齢、性別、喫煙歴、居住地が近い人たちと比べただけなのです。現在、健康な人びとというのは、死んでしまった人を除いた、いわば生き残りです。かつての仲間には、若くして肺がんで死んでしまった人が大勢いたかもしれません。


もしそうだとすれば、いくらレントゲンを浴びても、またいくら手術を受けても平気な人たちだけが残ったことになります。


 グループの分け方が公平でなかったのであれば、結論はまったくのナンセンスです。


がん検診をあまり受けないという人たちは、最初から健康に関心がなく、生活習慣も不健康だったかもしれません。肺がん検診を受けなかったから死亡したのではなく、、もともと肺がんになりやすかったのではないでしょうか。



 この調査結果が公表された翌日、新聞の一面には、「肺がん検診は有効、死亡危険度4から6割減る!」という見出しが躍っていました。








 自己暗示も効果なし
 
 ある学会から講演を依頼され、肺がん検診には問題があるという話をしたことがあります。そのとき会場にいた一人の専門家から、「肺がん検診を受けていないグループは、プラセボを使っていないので偏っているのではないか?」という意見が出ました。


 たしかにプラセボは使われていません。鍼治療の有効性を証明したと主張していた調査のように、それを行なわなかったグループと比べただけでは、自己暗示による効果ではないかという疑念に答えることができません。

がん検診に自己暗示の効果があるとすれば、どんなものでしょうか。

  (中略)


しかし肺がん検診の大規模調査の場合はその道で、効果がないという結果だったのです。


自己暗示の影響をプラスしてもなお効果がなかったのですから、よほどだめな方法だったことになります。

一方、検診を受けなかったグループに何かプラスになるような偏りがなかったかも、検証しておく必要があります。


  (中略)
 ここで、少し頭を冷やして考えてみてください。
 
 肺がん検診を受けないことで、そんなにすばらしい効果が期待できるなら、この大規模調査の結果、つまり、がん検診は有害とする結論は、いずれにしろ正解だったのではないでしょうか。

専門家ですら正しい理解をしていないのですから、なかなか前途多難です。



  (中略)




 つまり、このように「結果を見てから比べる」というやり方では、どうにもらちがあかないのです。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


どうやら比較試験そのものにやり方が実に偏っているため、結果をどうにでも操作できるということが判ります。



これを故意にやっているとしたらそれはもちろん「犯罪」ですから、おそらく善いと思ってやっている調査方法なのでしょう。

つまり無意識で(苦笑)やっているから「善意の悪」というものです。

誰それの罪や罰というのを止めて、「みんなでまったく間違っていたんだから、いまこの時点から改めましょ」と言行一致で解決です。


しかし、あいかわらずこのまま虚構のデータを並べたてて何も知らない(素人もしない知ろうともしない)国民に無効な薬や検査を勧めているとしたら、これからはもう犯罪ですよ。

無効ならまだいいんです。

それで食べている人がたくさん居るのだから徐々に解消してゆくという道がありますから。

しかし、無害でなく有害な薬や検査だと判った以上は「飯が食えない」などと言ってはいられません。


他人の犠牲で食べていると判った以上は即刻国民にはもちろん、何も知らない医師たちにも指導するべきです。

しかし、

何も変わらないでいる・・・・とすると、

あとはただ・・・


もう少し大量の薬害が起こるのを待つしかないということになりますけど・・・・・???







 


 

そこまでバラスかあ!!エビダンスで形無しか現代医療

本格的調査




いよいよ本格的エビダンスが始まってきたようです。

また「医療から命をまもる」より転載します。


どうやら大規模に調べれば調べるほど

今までの大本営発表にかげりが出始めてきたようですね。

それは当たり前と言えば当たり前。


ダイホンエイハッピョウ
敵機五〇機撃墜ナル!
敵駆逐艦五隻撃沈!

ワガテイコクグン ハ ホンジツ モ ダイショウリ ヲ オサメ・・


ラジオ放送からこんな戦勝情報ばかり聴かせられていたんじゃ。


その陰で我が味方の飛行機一〇〇機撃墜される
わが帝国海軍十隻撃沈される

なんて事を隠されていたんじゃ、国民はみな錯覚してしまいますよね。

もっとも意図的に流していたんじゃなかったでしょうけど、この医学情報は。

よくとって、「善意で流された大本営発表的偏り情報」とでも言っておきます。

もしも意図的に流していたとするとこれはえらい悪業を背負い込んでしまいますからね。
流す方も知らなかったのでしょうね。

ただし、世界的な医薬企業の場合は意図して流すこともありそうです。

これをよく描いている映画

「ナイロビの蜂」DVDで某ツタやさんから借りて来ました。

大企業と国の特別な部署の役人とグルになって、悪行を積んでいるんですから発展途上国などはほんとにうまい餌にされているんですね。

それも国際援助とか国際支援とかいう美名を使って、しかも医薬品をさもタダで贈るかの様にして国の資金でやっているんですから。

この映画は国際医薬産業とそれから利益を得ている政府の一部首脳部たちという構図ですが、おそらくそれに近い事としてあり得る話なんでしょうね。


おっと前置きが長くなりました。





ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー





 偶然見つかって命拾い?
 
 バリウムを飲んで胃のレントゲン写真を撮るという検査法が広く普及しています。

がんなどの病変があると、その周辺にバリウムが微妙に付着するため、あざやかなコントラスト像が描き出されます。これは二重造影法と呼ばれ、日本人が考えだした巧みな技です。


 当時、ある逸話が有名になりました。この技術を完成させた先生が、自分のからだで実際に試してみたところ偶然、胃がんが見つかって命拾いをしたというのです。以来、似たような話が方々で聞かれるようになりました。

  (中略)


 病気が見つかれば次は治療ですが、病院で手術を勧められて、なかなかイヤとは言えません。しかしその結果、合併症に遭遇したり、あるいは手術が失敗してしまうこともあって、命を落としてしまう人も少なくありません。


 偶然、見つかった病気まで、ほんとうに手術をしなければならないのでしょうか。
まったく何の症状もなかった人が、病気が見っかってしまったばかり、に命を落とすというのは、どうにも納得できない話です。



 なぜ{にせ薬}が必要なのか

 人の命より大切なものがあると思っている人は、まさかいないでしょうが、医療の専門家でも、このことがつい脳裏から消えてしまうようです。人の死が、ギャンブルで負けたときの言い訳と同じに語られてしまっているわけです。


 最近、諸外国で大規模な医学調査を行なう際、人の死を偶然でかたづけてしまうのではなく、医療行為の結果として厳正、かつ謙虚に分析すべし、との考え方がとられるようになってきました。



 たとえば高血圧の薬の効果と副作用を調べるには普通、次のような段取りをします。

 まず調査に協力してくれる人たちを二つのグループに分けます。
 その一方には、テストしたい薬を服用してもらいますが、
  問題はもう一つのグループです。
  
何もしないでようすをみるというのも一つの手ですが、それではいろいろ問題も出てきます。体調は気持ちのもちようでずいぶん変わりますから、何か薬を飲んでいるという気分だけで血圧が下がってしまうこともあります。

逆に、調査に協力しているにもかかわらず、何もしないでいると、それだけで血圧が上がってしまうかもしれません。

 そこで、もう一つのグル−プには、すでに説明したプラセボを飲んでもらうのが常套手段になっています。外見や味をそっくりにつくった、にせ薬です。


 ポイントは、本人にも、また担当医師にも、だれが本物の薬を飲み、どちらがプラセボかわからないようにしておくことです。
わかってしまってはプラセボになりません。


大がかりな調査になると、第三者がコンピュータを使って割り振りを行なうため、知っているのは機械だけという状況で調査が進行していきます。
 調査期間は、五年くらいのものが多いようです。

 調査が終わると、血圧がどれくらい下がったか、あるいは脳卒中になった人が何人いたか、などがチェックされます。

これらのデ−タを、本物の薬を服用したグループとプラセボのグループとで比べれば、薬の効果と副作用がはっきりします。


 科学的な調査では、「比べる」 ことが基本です。
 死亡例をどうみるか
 
 問題は死亡例の扱いです。
 

 少なくとも血圧の治療薬を服用した以上は、脳卒中による死亡が減少していなければ意味がありません。コレステロールを下げる薬の場合であれば、心筋梗塞による死亡が減ってほしいのです。


 つまり、それぞれの薬にもっともかかわりの深い病気の死亡率がどれくらい減少したかをまず調べる必要があります。

本物を服用したほうのグループで、その病気での死亡率が減少しているようでなければ、薬としては失格です。



一方、薬の副作用で死亡した人の数も調べておく必要があります。

しかし調査期間が長くなってくると、副作用だけでなく、病気、自殺、交通事故、災害などさまざまな原因で死亡する人が出てきます。なかには原因不明のものもあり、個々の例が副作用によるものかどうか、なかなか判断できません。


 そこで原因を問わず、あらゆる死亡例を合計した人数を求め、二つのグループで比較するという考え方が出てきました。
 これを総死亡といいます。


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 意外な死因が
 
 たとえ一つひとつのできごとは偶然のようにみえても、もし二つのグル−プ間で総死亡が大きくちがっていたら、薬がなんらかの影響を与えている可能性があると考えてよいのではないでしょうか。

実際、これまで行なわれた数々の調査から、意外な死亡原因が薬に関係しているらしいことがわかってきました。



 たとえば、がんです。
 
  医薬品に発がん作用のあることは、昔からわかっていました。どんな薬も、いわゆる化学物質ですから、発がんにかかわる可能性はおおいにあります。

ただし医薬品の場合、もし強い発がん性があれば、発売前の試験で見つかっているはずです。

したがって、かりに発がん性があったとしても、その影響は長い年月をへて少しずつ、限られた人に現われる程度のものであるはずです。



 自殺も、多く調査で指摘されつつある死亡原因の一つです。

 どんな薬も、脳に作用してなんらかの影響を与えます。
 
 そんな影響の一つが、「うつ」 です。長い年月にわたって薬を服用しつづけたグループのほうで、自殺する人の割合が少しだけ高くなるという傾向は、薬の種類を問わず認められます。

うつ病というほど重症でなくとも、なんとなく気が滅入ってしまう状態が、薬の副作用として現われるのです。症状は軽くとも、大勢のなかには自殺にまでいたってしまう人がいるのでしょう。


 薬を飲んでいる人に交通事故が多いというデ−タもあります。うつな気分で道を歩いていて、車にひかれてしまうのかもしれません。


 大切なことは、これらの事実がすべて調査の結果としてわかったものであって、事前にはだれも予測できなかったという点です。

だからこそ、総死亡をきちんと調べておく必要があったのです。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー




ここで大切なことが「総死亡」という言葉でした。

部分部分では成功したとしても、
部分では効果あったとしても、

全体から見るとマイナスだった

というのでは意味がありません。

まさしく軒先を貸して母屋を取られた という事です。

目先の効果よりも、ひととして全体の健康度や生命を見つめ直すこと。

それが結果として出るというのが「総死亡」なのではないでしょうか?


「病気は治ったけど患者は死んじゃった」・・ でも効果ありと言えるの?


そんな度素人の素朴な疑問に答えがハッキリと出てきたのです。


まあ、医学関係者にとっては予想に反したショックでもあるでしょうが、


もっとショックなのは過去に治療だと思って飲んで打っていた医薬品の事ですから、もっとドエライ結果でしょう。


でも、件kも鵜のためなら死んでもイイ という人はどうでもイイか・・?



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー




第三章 寿命が縮む話


  医療行為のプラス面とマイナス面を「総死亡」まで調べて比べるという発想は、従来ありませんでした。

実際に調べてわかったのは、命を救うために行なっていたはずの検査や治療が、逆に寿命を縮めてしまっていたという事実です。






 
命にかかわる不整脈

 ほとんどは無害だが
 幸い、きちんと総死亡まで比べてみたという大規模調査がいろいろ出てきました。さっそく、そんなデータのいくつかを紹介したいと思います。59



 最初は不整脈の治療についてです。

心臓の筋肉は、みずからが発する電気信号によって規則正しいリズムで収縮をくりかえしています。ところが何かの原因で心臓が異常に興奮し、リズムが乱れてしまうことがあります。それが不整脈です。

 不整脈のすべてが命にかかわるわけではありません。健康診断などで偶然、見つかるものもたくさんあり、ほとんどが無害です。代表的な不整脈について、まず概略を理解しておきたいと思います。


 多いのは上室性期外収縮、心室性期外収縮、それに心房細動の三つです。
 上室性期外収縮は、生まれつきの体質によって雪」るもので、自覚症状があまりありません。心室性期外収縮では、「一瞬、心臓が止まったように感じる」「胸がモコモコと動く気がする」などの症状が一般的です。心房細動では「胸がドキドキする」「息苦しい」などの症状が出ることもありますが、本人が気づかないでいることもめずらしくありません。

 通常、これらの不整脈が命にかかわることはありません。
 ほとんどの人が生涯のうちに大なり小なり経験するはずですが、一般に年齢とともに多くなってくると考えてよいと思います。心臓病、バセドゥ病、ストレスなどがきっかけとなっていることもあり、そのような場合は、まず原因を取りのぞく必要がありーます。60





 
ポックリ病といわれた突然死
 
 ときには重症な不整脈が原因で、健康な人が突然、死んでしまうこともあります。
 そのようすからポックリ病などといわれてきましたが、今では突然死と呼び方も変わっています。

 アメリカでの統計によれば、一年間で二五万人もの突然死があるそうです。原因はさまざまで、比較的多いのは、心筋梗塞にかかったあとにおこるタイプのものです。また、遺伝子の異常で発生するものもあることがわかってきました。


 心臓は心房と心室からなっていて、とくに後者が大切です。健康な状態では一秒に一回くらいの割合で収縮していますが、重症な不整脈になると、その頻度が極端に早くなり、ポンプとしての機能を失ってしまうのです。この状態を心室細動といいます。

 最近、自動体外式除細動器(AED)なるものがメディアで話題になりました。電気ショックを与えることで心室細動を停止させ、リズムを正常に戻すことができるという装置です。二〇〇四年に法改正があり、一般市民でも使えるようになったことから話題になったものです。アメリカでは以前からこの装置が活躍していて、救急車で運ばれる人の救命率が格段に高くなることも証明されています。
 つまり死にいたるような重症な不整脈もけっしてまれではなく、日常的に遭遇する可能性があるということです。61




 
中止に追いこまれた調査

 とくにこわいのは、心筋梗塞のあとに生じる不整脈です。心筋梗塞は心臓に血液を送る血管にコレステロールがつまっておこる病気ですが、重症の不整脈がおこると、うまくいっても三〇%くらい、最悪の場合には二%ほどしか助かりません。

 
アメリカでは、その重症不整脈を予防するための薬を比較するという大規模調査が行なわれました。

検討したのは、エンカイニド、フレカイニド、モリシジンという三種類です。多くの薬がありながらこの三つが選ばれたのは、効果のないものや副作用が強いものなどを除外していった結果、残ったからだそうです。


 重症不整脈の薬に求められる効能は、ずばり救命です。つまり総死亡を下げるようなものでなければ意味がありません。それだけに調査結果に対しても、いっそうきびしい評価が求められます。


 結果を先に述べれば、予想に反して、

どの薬を使っても、総死亡がむしろ高くなってしまったのだそうです。

調査を継続すること自体が危険と判定され、中止となってしまいました。


 


どの薬も重症不整脈の治療薬として期待の存在だっただけに、関係者のショックも大きかったようです。


 この調査の手順は、おおよそ次のようなものでした。
 対象としたのは心筋梗塞の発作をおこしたあとの患者さん、約二三〇〇人です。不整脈が平均して一時間に六回以上あり、かつあまり重症でないことが条件でした。

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 最初に、三つの薬のいずれかを使用し、不整脈を抑える効果があるかどうかが確かめられました。体質によって薬が効かないこともあるからです。その結果をもとに、効果のあった人たちだけが最終的な調査対象となりました。

 これらの患者を二つのグループに分け、一方に本物の薬を、他方にはプラセボをそれぞれ使用することにしたのです。一〇カ月後の総死亡は、
、本物の薬を使用したグループで七、七%
、プラセボのグループで三%でした。



 
重症な不整脈を予防するために行なってきた治療行為が、じつは逆に、

寿命を締めてしまっていた

ことになります。




 奇妙な副作用
 
 
 奇妙なことに、治療薬が死亡率を上げてしまった原因の一つは、副作用として重症不整脈がおこったためでした。

不整脈を治療するための薬が、逆に致命的な不整脈をおこしてしまったのです。



 すでに述べたように、不整脈は電気信号の異常によって発生します。不整脈の治療薬は、その信号を調整するようにつくられたものです。その微妙なさじ加減がうまくいかず、逆に不整脈を悪化させてしまったというのは、いかにもありそうな話です。63



 
じつは類似の現象が、ほかの薬にも認められています。
 
 たとえば抗がん剤です。


抗がん剤は、がん化した細胞を破壊するようにつくられた薬ですが、健康な細胞に与えるダメージも大きく、結果的にがんを発生させてしまうことがあります


 


抗がん剤の代表的な副作用は発がんなのです。


 重症不整脈を予防する薬の調査は一九八〇年代の後半に行なわれたものでした。しかも検討した薬がわずか三種類です。それだけで、あるゆる不整脈治療が無効であるかのごとき印象を世間に与えてしまっては、専門家の立場がありません。


 というわけで、その後も、さまざまな不整脈治療薬についての大規模調査が行なわれてきました。

しかし、どの調査も、結果は似たようなものでした。

重症不整脈に有効とされてきた薬のほとんどが、無効か有害だったのです。


 あちらたてれば、こちらたたずで、人間のからだはなかなか理屈どおりにいきません。64

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


この検証記事は決して素人が導き出したものでなく、れっきとした医学専門機関の調査からのものです。


 おまちがいなく。


どしろうとの管理人の調査ではアリマセン

遺伝子治療は幼稚幼稚歩きの駆け出しだった

遺伝子治療



医学情報をさも素晴らしく有りがたいもの」一辺倒で報道されたとしたら、誰もが医学はすごい!とおもってしまいますよね。


そんな中で「最近の遺伝子治療はそれはもう素晴らし治療法が出来上がったわけで、二一世紀はもうこれが主流だ!」と思いこんでしまうのですね。


これもどうもまだまだの所をうろうろしているようで、いや、むしろ害作用が暴露されているではありませんか。


その件でも


「医療から命をまもる」を参照してみました。






ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


功名心に走った遺伝子治療




 
 ところで、現代医学で花形といえば遺伝子治療です。日本でも、先天異常のある子どもに遺伝子治療が施され、メディアで美談のように伝えられました。すでに米国では無数の遺伝子治療が行なわれ、学術雑誌止も多数の論文が掲載されています。


しかし、よく読んでみると、単にやってみたというだけで、患者さんがその後どうなったのかが書いてありません。


この点を疑問に思った米国のある専門家が実態調査を行ない、仔細に分析したところ、


すべての遺伝子治療は失敗で、患者さんの多くが死亡していることがわかったのだそうです。





遺伝子に異常があると、たとえば大切な酵素の一つがうまく体内でつくられず、若くして死亡してしまうことがあります。





そこで、その酵素をつくる遺伝子を人工的に合成し、患者さんの体内にうめこんではどうかというアイデアが生まれました。





ただし、遺伝子を体内にうめこむのは簡単でありません。一つの方法は、人畜無害なウイルスを選び、そこに人工の遺伝子をまずうめこむというものです。ウイルスには本来、人間に感染し細胞内に入り込んでいくというはげしい性質がありますから、あとはおまかせというわけです。



 ところが実際にやってみると、無害であったはずのウイルスが体内で突然暴れだしたり、人工の遺伝子が思わぬところに入り込んでがんを発生させたりと、重大な副作用が次つぎに発生してしまったのです。



まだ人類は、遺伝子やウイルスを自在に操る技術をもっていませんから、制御不能におちいってしまったというわけです。

 これくらいのことは、専門家でなくとも最初から想像がつきそうなものです。


功名心に走った科学者の勇み足だったとしか言いようがありません。


少なくーとも、遺伝子治療を行なったグループと行なわないグループとで効果を比較したという調査は皆無です。




 問題なのは、メディアどころか、専門家までがはなやかなニュースだけに



目を奪われ、遺伝子治療の危険性を認識していないことです。


P52

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 




はなやかなニュースばかり流していると飛んでもない目に遭いそうですね。


とにかくメディアは昔から「大本営発表の勝ち戦」を流すのは得意でしたから。


今もそう変わっていない体質なのかと思えば納得です。


いったい新聞記者たちはどういう姿勢で記事を書いているのだろうか?などと訝ってみても所詮は会社員であって、その会社の方針にそって売り上げをのばすためには一種のテクニックを使うわけでしょうね。



どだいはあまりメディアの情報は当てにならない事があるのだと自覚していれば良いのですが、どうもイッパンタイシュウ人としてはテレビや新聞などで流された情報をそのまま鵜呑みにしがちです。


そうして悪影響を受けるのは自分自身なんですから、失敗は成功の元なり等と言っても、何度もそれを繰り返している自分を思うとため息がでますね。



特に医学情報には気をつけないといけませんなあ。


そうとう脚色して書いている記事が多いのですから、それを鵜呑みしていては


 



アナタ タイヘンナコトニナリマスヨ!


 


タケシの番組でもこんな題名のものあったようだけど、あちらの方はあり得ないことでも


そんな脅し文句で錯覚と思いこみを創り出すというテクニックじゃないのかなと眉につばつけてます。(笑い)


題名だけで可笑しくなって見てませんけどね。


 



放っておくとアナタ タイヘンナコトニナリマスヨ!と脅すと



えらいもうかりまっせ〜 


 


それにしても医療のプロさえもその誇大広告を信じちゃあお仕舞いです。


ますます我らイッパンタイシュウ人としての自覚が大切になってきたようです。


誇りを持ったイッパンタイシュウ人って? 


ドウイウヒト??


 


 

エビのおどりぐいで、下呂を吐く最新の医療事情

どうもエビダンスを思うと腰をくねらせて踊っている歩らダンサーを思うきょうこのごろ。

健康のためなら死んでもイイ〜

というキャッチフレーズに共感する方達は

同様に、

検診のためなら病気なってもイイ〜〜
とか、

治療のためなら死んでもイイ〜〜

とさけぶのでしょうか?


 エビダンス(エビデンスとも言うそうだけど)によって、今までの常識がどんどん覆されはじめているようだ。

治す行為が悪くした
治す好意が結果として悪意でやったと同じ効果を現していた・・


などと、じつに我らイッパンタイシュウ人はエビのダンスのごとく踊らされていたんだとは。


 


治療ばかりでなく、検診さえもあぶないものがあるとは驚きです。


(いつもの様に管理人はくちさき女ですので、内心は動揺していません笑 またくちさき女とは本性の事であって表面はじじ顔の口はそう大きくなく・・・・どうでもいいか)


 


「医療から命をまもる」より


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 メディアに煽られて


 
 
 最近、「乳がん検診」ということばがしばしばメディアに登場するようになりました。ある新聞が、乳がんを見落とされたという女性の話を大々的に取り上げ、一大キャンペーンをはったことが一つのきっかけです。国がいわば煽られたかたちで、それまでの検診制度を見なおし、新しいガイドラインをつくったのです。

 これまでの乳がん検診は、医師が見て (視診)、触れる (触診) だけのものが少なくありませんでした。それも専門外の医師が担当することが多く、見落としの要因になっていたというのです。新しいガイドラインでは、四〇歳以上の女性は二年に一回、乳房のレントゲン検査をしっかり受けなければならない、ということになりました。


 しかし外国で行なわれた調査によれば、


レントゲンを用いた乳がん検診を長年にわたって受けつづけると、むしろ寿命が短くなることを示したものもあります


つまり、乳がんを発見するための行為で、逆に命を落としてしまった人がいるのです。乳がんを発見するためなら何でもする、ということで、ほんとうによいのでしょうか。



 
何年か前、外国でさまざまな「がん検診」の効果を調べるための調査が、たてつづけに行なわれました。

ところが、どの調査結果をみても、がん検診の効果を否定するものばかりだったのです


当時、それを知った日本の専門家たちは、いちおうに口をそろえて「人の命は地球より重い。がん検診で一人の命でも救えれば、それで十分」とコメントしたのでした。

人の命は地球より重いというセリフは、一九七七年におこったハイジャック事件で、犯人からの人質解要求を日本政府が受け入れた際、時の総理大臣が口にしたことばです。以来、日本はテロに屈した国家として国際社会から非難を浴びることになってしまいました。もし、このときの判断がその後のテロ行為を助長したとすれば、少数の人の命を救うための判断が、結果的に多くの命を奪ってしまったことになります。

「がん検診にも同じ問題が潜んでいる」という重大な問題提起がなされたのです。しかし、それにもかかわらず日本の専門家たちは、このような意見しか述べることができませんでした。





 
専門家の落とし穴

医学の世界では、「根拠」を意味するエビデンスということばが流行っています。


医療にはそれなりの根拠がなければならないというあたりまえのことが、今さらのごとく語られているのです。

たとえば高血圧の治療薬には、血圧を下げ、病気を予防する効果があってほしいものです。


しかし血圧が高くておこる病気の代表は脳卒中ですが、薬で血圧は下がっても、この病気をおさえる効果もあるとはかぎりません。




 高血圧治療薬の販売許可を得るには、血圧がたしかに下がり、かつ皮膚の湿疹や胃腸障害などの副作用がなければよいことになっています。血圧の薬は何年も服用をつづけるのが普通ですが、


それでほんとうに脳卒中の予防ができるのか、あるいは予期せぬ副作用はないのかなどは、じつはわからないまま使われてきました。



 このような疑問を、時間をかけて大規模に調べた結果がエビデンスです。


血圧の薬でいえば、血圧とともに脳卒中の発生も低下することが証明できれば、エビデンスが認められたことになります。


 こんな調子で、無数の調査が現在進行形で行なわれています。



糖尿病の薬では、血糖が下がり余病の発生を予防できれば成功です。


抗がん剤は、腫瘍を小さくするのが目標です。


インフルェンザ、ワクチンでは、予防効果が少しでも認められれば、それがエビデンスです。


……という話を聞いて、ほとんどの医師は、深く考えることもなく納得してしまいました。


たしかに、医療として大きな前進であったことにまちがいはありませんが、しかし一方で、たとえば血圧の薬を服用しつづけると、脳卒中は減っても心筋梗塞になる人が増えてしまうという重大な事実があります。


 理由は、高血圧治療薬の多くが、コレステロール値を上げてしまうという副作用をもっているからです。そのためトータルで考えると、血圧の薬を服用しても、寿命が変わらないか、あるいはむしろ短命になってしまいます。




 しかし日本には、この事実を患者に説明している医師が一人としていません。
 なぜなら現代医学があまりに細分化されてしまい、高血圧の専門家にとっては血圧を下げることだけが関心事であって、それ以外のことに興味がないからです。



たとえ薬のせいで心筋梗塞が増え、患者が死亡したとしても、「偶然」でかたづけてしまっているのです。あるいは、皮膚の湿疹くらいにしか感じていないかもしれません。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


 


なるほど、死亡さえも副作用のひつつくらいに数える大学者も居られるんですから、そんな大きな目でみたら飛んでもない事実を認めざるを得ないことになりますしね。


とにかく、もう薬の真事実を知ろうとしたら、利益関係にある人の情報やら証拠はまったく当てにならないと判りました。


だからどこそこの有名大学の享受、いや教授だとか国のお偉いお役人様だとか、その道の権威だとか言われても、内容によってはまったく不都合な真実を発表している可能性がありますからね。


僕がこういう本を紹介したり引用したりするわけは、出来るだけ、現役もしくは医学に関係しているひとの発言を使った方がイッパンタイシュウ人には受けが良いからです。


それに、医学に携わる人はずっと情報量も豊富ですし、体験から書いている人もいます。
ただ、それをどういう側の振り分けているか。


つまりあくまで今までの体勢に準じた「大本営」よりを選んで発信しているか、それとも貴乃花親方じゃないですけど、虚心坦懐になって患者側の真の利益を考え発信しているかを見分けるしかないですね。


後者の方はごく少ないですが、やはり真実は時が過ぎるほど重みが増してくるわけで、嘘の情報は時とともに軽くなって消え去るんです。


といってもここの記事も軽くなって消え去って行くのも多いんですから無責任ですみません。
(とう日記は自分のために書いているんだけど、他人様に語りかけているという矛盾あり)


薬は所詮は毒物ですから、人体にとって異物を入れることになり、この毒が身体に良いわけ有りませんね。


こんな単純なことなんですが、いかんせん、薬は「良く効く」んですね。


良く効く=身体を健康にする と錯覚したのがそもそもごたんいや、ボタンのかけ違え。


一っときでも苦痛が解消すれば、そりゃあだれでもありがたいですよ。長い苦痛は嫌ですからね。


しかし、そこんとこが大きな落とし穴だったってわけで、軒先かして母屋を取られるってことだったわけですね。


まあ、千年、二千年、いや三千年か・・・もっとか?ずっと薬とは病を癒す効果が実に素晴らしかったんですね。


いっときといっても、それが一生効いた場合もあるわけですし、何十年たってから害がでたってそれはそれで助かっていたっていう実績になりますから。


 


しかし、・・・はいそれまでよ!! ってのが、今の時期ということでしょうか。


今までは長い間良く効いた けど これからは 短い間しか効かない って事になったとしたら・・


 


どうなるかという想像をしてみましょう。


それがいまさかんに検証されているというエビダンスなんでしょうね。


つまり、一時的効果はあるにはあるけど、命は縮まったというのがエビダンス。


その一時的効果はたしかに有るというのもエビダンスの一つなんでしょうが、それよりももっともっとたくさんのエビもってきて踊らせなきゃ判らんというのがこの著者の深い洞察ですね。


 


浅いエビダンスでは甘エビになってしまうんだけど、深いエビダンスだったら、それはそれは苦い味だったという事もあり得るわけです。


(どうもエビがダンスを踊るという観念が取れないのだ 苦笑)


 

ちょっとまった!その薬。エビダンスを見せよ!

エビデンス



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
エビデンスとは、簡単にあらわすと「科学的根拠」のことです。

エビデンスの最も大きな特徴としては、権威や個人の経験によらないということだけではなく、

生化学的、または生理学的な研究によって得られた知識や説明も重視しないで、

無作為的な大規模実験の結果を、「根拠」として最重視する点にあります


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

とありました。


そうか「科学的根拠」か・・・・・

その「科学的根拠」ってのは?

決まってるだろ! 「エビデンス」のことだよ。

あ、そうか! なるほどなるほどね〜〜


と分かったような解らないような。

で、


医療から命をまもる


はその科学的根拠やらを既製の概念化からいったん博痴になって読み返してみたら・・・というのが素たんすになっているようです。

と要らぬお拙解説はこの辺で、本文に入ります。

詳しく正しくは絶対本を買って読んでください。




ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



第二章 人の命より大切なもの

   せっかくの検査や治療も、よく比べてみたらじつは効果がまったくないか、むしろ寿命を締めてしまうものであることを示す証拠が続々と出てきました

どうしてそんなことがわかったのか、また、なぜそのようなことがおきてしまうのか、分析してみたいと思います。




 医療が早めた死
 
 
 手術は大成功、でも……
 
 昔から医療の世界には、「手術は大成功、でも患者さんは死んじゃった」 というフレーズをだれかが言ったとか、言わなかったとか、伝説めいた話が伝わっています。

このことばも、今では知る人ぞ知る存在となり、メディアでもときどき使われたりしているようです。むずかしい手術を終えた外科医が、イメージどおりに執刀でき、満足してもらしたひとことだったのでしょう。


 むずかしい手術になればなるほど、合併症なるものがつきまといます。うまくつないだはずの血管が詰まってしまったり、傷口からバイ菌が入って化膿したり、あるいは体力が回復せずに肺炎になったりすることを合併症といいます。あまりにむずかしい手術を受け、体力のついていかない患者さんが、合併症で死亡することがあるのです。


 腕利きの外科医にとって、まさに手術そのものは大成功であって、患者が死亡したかどうかは別問題だと言いたかったわけです。もっとも、多くの人はこの話を聞いて単なるジョークと思うでしょうから、あまり罪はないかもしれません。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー




手術とは技術ですから、その部分的成功がからだ全体(ひとの生命の延長とか健康)に直結しているとは限らないわけ。

だから、手術の成功=健康とも言い切れないし、「ガンが縮小した=健康になったとも言えないわけ。

部分の成功と全体の成功とは正反対の事もあり得るので、ここんとこしっかりと抑えておかないと、お医者さんの言葉や医療情報の記事に偉い勘違いしてしまうことが多いのだ。

ま、どしろうとさんだから引っかかるのは当たり前というほど、言葉というのは巧みに個人さんの脳を操るのは巧みだから、意外と簡単なんだ。

「病名がわかってほっとした」と患者さんがよく口にするようだけど、これなんても言葉のマジックに自ら引っかかっている例だろう。


とにかく、イッパンタイシュウ人として言葉のマジックにいつも引っかかるわけだけど、大体は自分で自分にマジックをかけているんだろうな。


そう、自分でかってに「思いこんでしまう」というやつだ。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



 高名な医学者の発言に唖然
 
 
 ある学会で、米国の高名な医学者が講演を行ない、こんなことを言っていました。

 注目の新薬について最新データを示しながら、「従来の薬では、湿疹が五件、胃腸障害が一〇件、死亡が五件あり、副作用の合計は二〇件でした。ところが新薬のほうは、湿疹が二件、胃腸障害が五件、死亡が一〇件と、副作用を一五件におさえることができたのです。優秀さは折り紙つきといえます」と述べたのです。

一瞬、耳を疑いましたが、その先生が指し示すスライドにも、たしかにそう書いてありました。この高名な先生にとって、人間の死は皮膚の湿疹と同列のできごとだったようです。



 薬の副作用で多いのは、やはり皮膚の湿疹や胃腸障害で、これらの症状が少ないほど安全ですぐれた薬と評価されるのが、この世界の常です。とすれば、判断は適切だったことになります。

では、新薬によって死亡件数が二倍に増えてしまった事実を、この先生はどう考えたのでしょうか。
 心のうちまではわかりませんが、想像はつきます。
 
 
 薬の副作用を調べるには、ある期間、大勢の人に服用をつづけてもらい、そのあいだにおこったできごとを克明に記録するという処理を行ないます。

普通、数カ月から半年くらいです。その間、なかには持病が悪化したり、関係のない病気が偶然におこって亡くなる人がいるかもしれません。もしかしたらリストラに遭っての自殺や、交通事故などもあるかもしれません。

 実際、対象者が多くなると、そのような事例が出てくるのは避けられません。つまり死亡したのは偶然であり、テスト中の薬とは無関係であることから、副作用のうちに入らないと考えたのではないでしょうか。

 ただし集計する際、湿疹などの症状と死亡をいっしよにカウントしていましたので、いちおうは気にしつつ、人の死をそれほど重要なことと考えなかったふしもあります


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー





つい、気がつかないで読み飛ばしてしまうという奴だろう。

新薬の実験結果、従来の薬では副作用二〇件が新薬では一五件に減ったんだからな。


やっぱり新薬だなあ〜と、つい勘違いしてしまうとこだった。

著者の解説がなかったら、そのまま頭の中での印象は副作用が五件も減ったという事だけが残ってしまう。


だけど、この副作用のひとつに「死亡」が含まれていたとは。

死亡五件が新薬では一〇件になっていた。

「権威ある医学者の発表だから・・」と、すっと頭の中に居座ってしまう危うい言葉のマジック。

「こんど良い薬が出ましたから使ってみますか?」
(新薬の人体実験を薦めている言葉)


「新しいおくすりがでました。とてもよく効くと言われていますが使ってみますか?」
(もちろん新薬を勧めているのと、良く効くと言われているというのは医薬品会社の売り込み文句からだろう。良く効きますよとは言わないはずだ。それに、よく効く=身体に良いとは決まっていない、むしろ悪い場合もある。まだ絶対安全だとは証明できていないから実験するんであって、それを動物では終了したので、こんどは人間の身体で実験するという意味。人体実験と言っては怖がられるから、治験とかいうそうだ。)


「暴走するクスリ」「ビッグファーマ」を熟読すれば、いかに医薬品が上記のような言葉巧みに「安全で良い薬であるかの様に勝手に{思いこみ}をさせているかが暴露されている。

土台になる実験そのものが科学的根拠がないような、データ試験を使っているのと、取りようではどちらにもなる程の小さい証拠を誇大にして「有効」にしてしまうトリックのような薬品を認可させてしまう。

認可する方もする方で、製薬会社と利益でつながっている役人がやっているとしたらどうにでもなるのだ。

また、騙される方も騙される方である。
「薬でなければ病気は治らない」という思いこみから「新しい薬の方が良い薬だ」という発想にまで思いこみが思いこみを助長しているんだろうが、もうこうなったら「つける薬はない」(もっともそんな薬など未来永劫ないはずだけど)のだ。


そこで、いままで「みんな」が信じてきた薬のエビダンスを検証してみたら、ひどいことになっていたのだ。


【 薬の副作用を調べるには、ある期間、大勢の人に服用をつづけてもらい、そのあいだにおこったできごとを克明に記録するという処理を行ないます。

普通、数カ月から半年くらいです。。。。】

あるが、これくらいでは本当の副作用は判るはずもなく、なんとなくうやむやにされてしまい「よほどの重篤の副作用患者でも出ないかぎり」ずっと長い間使われ続けてゆくのだ。


中にはこっそりといつの間にか消え去ってしまう薬もたくさんあるのだけど、その正確な理由を誰も知らない、いや知らせないようになっているのだろう。

その証拠に周りの誰も知っている人を見つけることは出来ないはずだ。





ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



 ワクチン論争の問題点は
 
 
 毎年、年末から三月ころにかけてが、インフルエンザのシーズンです。とくに最近は、恐ろしい新型肺炎が流行したこともあって、ワクチンを受けるべきか受けざるべきかで、迷う人も多くなってきたようです。



 かつて日本では、児童、生徒にインフルエンザ、ワクチンの集団接種をしていました。しかし、その効果に疑問が出され、希望者は医療機関に出向いて接種を受けるという方式に変わったのです。効果については、今でも議論がときどき再燃することがあります。専門家のあいだでも意見の食いちがいがあって、その論争がメディアにときどき報道されたりします。

 インフルエンザ、ワクチンの効果を証明するのはたいへんむずかしく、あまり明確な証拠がないのは事実です。


 しかし、ワクチン論争の真の問題点はそんなことでなく、じつはもっと別のところにあったのです。




 インフルエンザのワクチンは、鶏卵でウイルスを増殖させてつくることから、接種によって卵アレルギーをおこす可能性があります。実際、命にかかわる重症なアレルギー反応や、まれに死にいたるケースもあることが大問題なのです。

病気を予防するために、死んでしまってはなにもなりません。



 二〇〇三年における日本の統計によれば、一年間で、一九二人に重症なアレルギー反応が認められ、うち八人が死亡しています。この年は約三〇〇〇万人の人が接種を受けたと推定されていることから、一五万人に一人の割合でおこった計算になります。





 死の真相

一方、インフルエンザそのものが原因で死亡する人の数は、正確な統計がなく、よくわかっていません。少なくとも、健康な成人がインフルエンザで死亡することは、ほとんどないと考えてよいと思います。幼小児や高齢者では、まれに死にいたるケースがあり、ニュースになったりします。

 とくに幼小児では、インフルエンザ脳症になることが死亡率を高めると考えられてきました。

ところが最近の調査で、ほとんどの死亡例がインフルエンザのせいではなく、

治療のために用いた薬剤によるものらしいことがわかりました。



昔から、幼小児の病気として恐れられていたもののに、「えきり」なるものがあります。重い感染症にかかったあと、けいれん、意識障害などの脳症状をおこして死にいたるという病気です。

この病気も、解熱剤として用いたアスピリンが原因だったのではないかと、今では考えられています;。





 いずれにしても、医療行為が原因であって、インフルエンザそのものによる死亡は報告されている数より、はるかに少ないと考えたほうがよさそうです。

つまりワクチン接種を受けるかどうかは、予防の効果だけでなく、副作用で損をする確率と比較して決めるべきものであることになります


……にもかかわらず、国も医療機関も、このような実態をまったくだれにも説明していないのです。



ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー





過ぎたことは忘れるに限るーーーーーという考え方は時と場合によりだ。

この医療問題については決して過去にあったことを忘れてはならないのだ。

でないと、何度もなんども繰り返し繰り返し薬害は起こるのだから。


こんどのC型肝炎訴訟にしても、まえにも同じ様な薬害が増幅した形で起こっていたという事だろう。
それに、最近というよりもずっと前からそれは行われていたのだから、それに気がつかないで不健康になっていた人もいたかも知れないのだ。

しかし、それが原因だとは知らないでいれば、まさか薬害だとは思ってもいなかったのが実情だろう。

それが、テレビや新聞でどこそこの病院で使っていたと知るや、たちまち自分の身にも降りかかっていたという事を知るということだ。

今日は他人の身、明日は我が身というのが薬害の恐ろしさとも言えるだろう。
たった、半月や一年くらいでは判らない薬害があるのだから、今後もっともっと詳細な追跡調査でも行った時にはあっとおどろくようなエベダンスが現れるやも知らないのだ。


げに恐ろしきは「無知からくる思いこみ」なのだ。
そのだれでもつい「思いこんでしまう」ようなデータとうまい言葉を巧み使って薬の売り込みを掛けられてはひとたまりもないのだ。

われらイッパンタイシュウ人は!


そして、国も医療機関も黙して語らず・・・では。


次ぎに起こるのは
D型肝炎だ!とかB−zuだとかいう ガセネタもあるらしい。


 

医療でエビダンス?うまそうだけど、じつはまずかった?

医療から命をまもる」より


 
 上の題名をググればよし。



最近医学用語でよくエビダンスなどと聞くけどね。 なんのこっちゃい??


え? エビがダンス踊るんとちゃう?


そうかあ、甘エビうまいしなあ・・・病院で喰わせるエビがあまり新鮮なのでダンスを踊るかのごとく・・・うまそうだなあ・・


え、また勘違い?


どうやらエビデンスとか言うらしいぜ。
なにか医学的な治療を行う証拠事実をいうらしいけど、医学が病気を治している証拠を提示する必要が出てきたんだろうかね。


でも、医学は科学で確実に進歩しているんだから、今更なんでそんな証拠が必要なんだろうねえ?


あれもこれも、それもどれも、医学の進歩でどんどん病気を治してきたんじゃなかったんかい?


そうそう、いまさらねえ。
医学はもう二一世紀にはいって進歩も進歩。もうこれ以上どうしようってんだい!


そうだそうに決まっている!!

治病成績を並べ立ててどうしようっての? ガンをはじめ、あらゆる難病重病をどんどん減らして来たし、インフルエンザなどの風邪も全然もう怖くなくなったしねえ〜〜


ああ〜ありがたし、ありがたし・・ パンパン!(手を叩いている)



そこで、医学的証拠を並べ立てて現代医学がいかに有効かつ人類に貢献してきたかという、いわゆる自慢話でもしたいって腹なんだろうか?

エビダンスねえ・・・


喰いてえなあ、甘エビ・・・



どうもイッパンタイシュウ人長屋のはっチャン、とらさんのオツムにはエビの踊り食いしか浮かばないらしいから、専門家におねがいすることにしました。


 
 
 
 
 
 ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
 
 
   はじめに

 「たいへん、治療がむずかしい状態です。」
 「先生、万に一つも助かる見込みがあるなら、お金に糸目はつけません。あらゆる治療をやってください。」
 「わかりました。全力を尽くしましょう」

 家族が深刻な病気になったとき、病院でよく交わされる会話です。


 でも、待ってください。
 ほんとうに助かる見込みが万に一つでもあるなら、この会話は納得できます。

しかし、その治療をむりに行なうことで、逆に不利益が生じたりはしないのでしょうか。


 最近、検査や治療の利益と不利益を比べてみるという調査が行なわれるようになり、意外に利益ばかりではないことがわかってきました




 わかりやすくいえば、かりに万に一つ、助かる見込みがあったとしても、千に一つくらい命を締めてしまう可能性も同時に潜んでいるということです。 

もしそうなら、検査や治療を安請け合いする病院は無責任です。




  (中略)


物事を公平に比べるのはむずかしいものです。


 人間は、とかく物事のよい面ばかりに心を奪われがちで、たとえばギャンブルで大もうけした人の話を聞いていると、つい自分もと思ってしまいます。


しかし冷静に聞いていると、勝ったときの自慢ばかりで、負けた話が語られていないのに気づくこともあります。



勝ち負けを正直に比べると結局、損をしていることのほうが多いのではないでしょうか。



 負けたときの話を意識的に隠すこともあるかもしれませんし、そうでないこともあります。人間は、都合の悪い話を記憶から消してしまうことができます。

 「あのときは、体調が悪かったから」「あれは練習だったから」「ちよっと手ちがいで」と、自分自身に言い訳をしているうちに、負けたときの記憶が薄れていきますが、これは人間に共通した心理です。


それで困るのは、都合のよい話、偏った話に誘われ、ついうっかりギャンブルに手を染めて大失敗をしてしまう人が、あとを絶たないことです。



 医療にも、同じ問題があったのです。

 本書では「比べる」をキーワ−ドに、現代医学における誤りの数々を指摘し、自分の健康を守るにはどうすればよいのかを考えてみることにします。

題して、『
医療から命をまもる』です。



ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー



う〜〜ん、お医者さんが調べるんだからオイラには何も異存はないけどね。

医学の世界にも「パチンコ常勝男」がいるんかいなあ?

負けた時は口をつぐんでいるけど、一度でも勝った日にはもう自慢ばかりいいふらしている奴がいるけどね。
でもあいついつも貧乏してるらしいぞ・・


あいつはいつもパチンコ勝っているんだとばかり思ってたよ〜
なるほどね。負けている日の方が多かったってわけか。


医療の方でもそういう事あったんだねえ〜〜
それにしても、「
医療から命をまもる」だって?


なんだか、「医療が危険で怖いもの」の様な言い方だねえ・・


でわ、とりあえずそのエビダンスとかいうものを専門家から聴いてみましょ。


つづく

海外のガン治療とは……「まったく治療しない」が基本


 


「ガンは治る ガンは治せる一生命の自然治癒力」


より


さて、いよいよ船瀬さんの本書での記事分は最終段階に入ります。


この本は三人の共著という形になっています。あの安保教授も別項で書かれていますし、対談集も含まれている本ですから、絶対買って読んでください。


ご自分の家族も含めて身の回り三人集まればその内の誰かがひとり、ガンで死んでいるそうですから、もう他人事ではありません。いまからよく読んでおけば、「あなたガンですよ!」と宣告されても「あ、そう〜ガンなの・・」と平気で答えられるかも知れません。

まあ、誰でもいつかは死ぬんです。それもその人がこの世に生まれる前にもう寿命さえも先刻承知だそうですから、早いか遅いかの死などあっても、どの死も順調なのかもね。


でも、わざわざ間違ったガン治療で苦しんで死ぬのも嫌ですね。いや、その「薬毒で苦しむ事も設定済みなんだよ」と言う人はどうぞ御勝手に。


「うっちゃっておく」のが悪だと思いこんできた人には簡単には転換できないでしょうか?


 


では、最後の転載です。


 


 


「ガンは治る ガンは治せる一生命の自然治癒力」

 安保徹・奇竣成・船瀬俊介 共著


2OO7年3月10日 初版第1刷発行

著者  安保徹・奇竣成・船瀬俊介


発行  .  花伝社


 


 


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー




海外のガン治療とは……「まったく治療しない」が基本
  
  
  
●日本の医者は平気でウソをつく
  
  
 現在の日本の病院では、医師たちは、おどろくようなウソを平気でいいます。
 まず、「現在の治療水準では、抗ガン剤、放射線、手術がベストです」といいます。


 そして、一〇〇%、医者は患者を抗ガン剤漬け、放射線漬け、手術漬けにしていきます。

 試みに聞いてごらんなさい。「センセイ、もしあなたがガンだつたら、自分に抗ガン剤打ちます?」。

顔面蒼白になって絶句するのは、まちがいないでしょう。



 じつは正解は「まったく治療しない」こと。
 
 
 スウェーデンでの報告です。
 
 早期前立腺ガンの患者二二三人を「まったく治療せず」一〇年間、経過を経過をみた。その間に一二四人が死亡しました。

しかし、ガン死だったのは、わずか一九人(八五%)。

よって、研究者たちは「手術による前立腺全摘は標準的治療とはいえない」と結論付けています。



 日本では男性諸兄は前立腺ガンで病院を訪ねると例外なく?切られる″。あるいは放射線を浴びせられる。

しかし、スウェーデンの医者たちは、これら治療を「必要ない」という。

だから、スウェーデンの前立腺ガン?治療″は「何もしない」で様子をみるだけ。



 この事実を知っていたら、だれが地獄のような苦しい痛い思いをして、日本の病院で?治療″を受けるでしょう。

しかし、このような国際的な?ガン治療の常識?は、医者はぜったい教えてくれません。メシの食い上げになるからだ。





  ●日本は抗ガン剤二〇倍、手術一七倍
  
  
 肺ガンも同じ。日本では、ほぼ一〇〇%抗ガン剤を盛られ、放射線を当てられ、手術で切られます。

ところが、カナダでは、もっとも多い治療法は「何もしない」なのだ。

なんと「無治療」二二%。



最近の研究では




「何もしない患者が、もっとも治りやすい」




ことが、わかってきたという。



何というパラドックス……。



「手術」は、たったの六%。(日本は一七倍)抗ガン剤はなんと五%(日本は二〇倍)。「抗ガン剤」と「手術」は一二%(日本は三三倍)……ー・。

 日本では、国際的レベルにくらべて、抗ガン剤は二〇倍、手術は一七倍も多い。メチャクチャに抗ガン剤を与え、メチャクチャに手術で切りまくっているのです。

 それが、どうして国際的標準といえるのでしょうか? 要は、根本から医者にだまされているのです。163



●〇・七%が二〇%に…五年生存寧


 日本のガン専門医は、治療効果を五年生存率でしめします。「この治療なら五年生存率は、これだけです」と説明されると、「ああ、それだけの確率で生きられるのか……」と、ガン患者も覚悟を決めます。


 ところが、この五年生存率なるものが、まるでデタラメ。



 
 たとえば、ある大学病院では二二年間に治療したすい臓ガン患者七一六人の五年生存率を二〇%として発表しています。

ところが、じっさいに五年生存した患者さんは、わずか五人しかいない。


五割る七一六で〇・〇〇七。つまり、ほんとうの五年生存率は〇・七%。

それが不正な数字操作で三〇倍近くも水増しているのだ。


 




一事が万事。だから、しめされた五年生存率は、操作された数値と思ってまちがいありません。それを信じたら、もう敵のワナにはまったも同然。



 またNPO法人「ガンの患者学研究所」代表の川竹文夫氏は、診断技術の発達による?錯覚″もある、という。

 昔は一センチ大のガンしか発見できなかった。今は一ミリでもOK。人は ?発見″ されて ?ガン患者″ となる。ガンが進行した一センチ大と、一ミリ大では、後者の方が五年生存率が長くなるのはあたりまえ。

医者は 「治療技術が向上したので、五年生存率が高くなりました」というが、まったくの嘘。

「診断技術が向上した」 ことによる錯覚(ペテン)である。




    
●ガンは全身病…?転移説″ は誤り


 さらに、医者のウソを、見抜こう。
 
 医者はつぎのような脅し文句で患者を引き止めようとする。
 
 「このまま、ほっておいたら?転移″ して、手遅れになりますよ!」



 
 この ?転移″ という言葉に、患者は青ざめる。
 
 「センセイ、何とかしてくださいー・」とその手にすがる。



 
 しかし、考えてもみてほしい。
 
 人間だれでも体内に、毎日、ガン細胞が三〇〇〇〜五〇〇〇個も生まれています。

つまり、人体には、全身にガン細胞は分散して、日々、生まれているのです。

ガンになるのは、中でも血行が悪く、新陳代謝が弱った組織です。

 たとえば、医者が手術で胃ガンを、切除したとする。その後、肝臓でもガンが発見された。すると、現在の医学常識だったら、だれもが 「肝臓に ?転移″ した」と判断します。



 
 しかし、もともと全身に何千、何万と存在するガン細胞が、わぎわざ遠い他の臓器まで移動することは、不自然だ。


栄養療法で国際的なマックス・ゲルソン博士は


「ガンは栄養と代謝の乱れで起こる?全身病″」と喝破しています。


165



現在、


世界の医学界は、これまでの臓器病説から・この全身病説に移行しています。



ピッツバーグ大学のバーナード・フィッシャーらによって提唱されています。

考えたら子どもでもわかる理屈だ。

?転移″より?再発?いったほうが、事実は正しく伝わると思う。

とにかく根本的には「ライフスタイル」「食事」「心の持ちかた」を変えないと、?再発?は永遠に繰り返されることになるのです。





あとがき

 先日、海外ニュースで、世界最大の製薬メーカー、ファイザー社が、一万人のリストラを行った……と報じられていました。本書でも触れた、あの抗ガン剤?プラトシン″ の輸入元です。

理由は医薬品の販売不振。わたしは 「抗ガン剤の売れ行きはで落ちている」と、直感しました。
「抗ガン剤で殺される……−・」。わたしたちの小さな呼びかけ、告発が、かすかだけれど、着実に、時代を、世界を動かしているようです。


 アメリカ医学界も急激に ?三大療法″から代替療法にナダレを打っています。

まさに九〇年のOTAリポートが、大転換点となったのです。

アメリカ政府の代替療法への予算は、一九九〇年以降の一〇年間で、三〇〇万ドルから二億ドルへと、六七倍にも激増。

 すでに六対四で、ガン治療の現場でも代替療法が優位に立っています。
 
 そのため
アメリカでのガン死者は年々約三〇〇〇人ずつ減り始めています。
 
 殺人療法の ?三大療法″ から解放され始めているのだから、とうぜんです。

?
毒″を打たなけりゃ、長生きするのもあたりまえです。
                           167
                           
                           
                           

二〇〇七年二月二日、「抗ガン剤?イレッサ?効果ナシ」という報道が流れました。

わたしは?イレッサ″を「悪魔の抗ガン剤」と呼んできました。

二〇〇二年、国内で承認されましたが、販売直後から副作用とみられる問質性肺炎が続出、判明しただけで六〇七人が犠牲となりました。

ガンを?治す″ために打った薬剤で悶絶死するのはあまりに悲しい。

?肺ガンの特効薬″と鳴り物で認可されたのに、患者は重大副作用でバタバタ?殺され″ていきました。



輸入販売元はアストラゼネカ社(大阪市)。同社は重大副作用死が続発しているのに、黙殺。販売パンフレットには「夢のような薬」と誇大広告を続けました。

二〇〇五年六月二四日・ついに遺族たちが、同社を薬事法で訴えました。「過大広告・宣伝のため死亡者が続出した」と東京地検等に告発状を提出したのです。

 そして告発されたアストラゼネカ社は?延命効果″がないという事実の公表に追い込まれました。

 アストラゼネカ社は「東洋人には延命効果が示唆された」と日本での販売を勝ち取りましたが、それは真赤な嘘でした。


従来品よりも劣っていたのです。


「……アストラゼネカ社は、〇三年九月以降、抗ガン剤治療歴のある肺ガン患者四九〇人を無作為に半数に分け、それぞれを?イレッサ?と?ドセタキシル?(従来品)で治療した。


?イレッサ″ で治療された患者の『一年生存率』は四八%で、?ドセタキシル″ の五四%を下回った。患者の半数が死亡するまでの期間も?イレッサ?は一二カ月で?ドセタキトル?の一四カ月に満たなかった」 (『毎日新聞』二〇〇七年二月二日)


 この ?人体実験″データには暗澹(あんたん)とします。
 
 まさに、二つの抗ガン剤は五十歩百歩。「一年生存率」が約五割ということは、これら抗ガン剤?治療″ の実験台とされた約五〇〇人の患者さんの半数は亡くなった (殺された) ことを意味します


 本書で述べたように、肺ガン治療のベスト方法として「何もしないこと」 (二二%) を選択したカナダと比較して欲しい。


同国では肺ガン治療に 「抗ガン剤を用いる」は、わずか五%。


日本の二〇分の一。


 


延命効果を上げるのは 「何もしないこと」という?常識″が


日本の医療現場では判っていない。


 


というより「何もしなかったら儲からない」がホンネでしょう。それでも、今回「悪魔の抗ガン剤」が実質、使用中止に追い込まれたのは、脱抗ガン剤に向けての一つのステップです。
                           ●
 
現代アメリカで「もっとも影響力を持つ二五人」 に選ばれたアンドリュー・ワイル博士。
彼は著書『自発的治癒』 (邦訳『癒す心、治る力』上野圭一‥訳 角川文庫) で、こう述べています。
169
 
 

「人には、治る力がそなわっている。その治癒力を活性化させることで、絶望的な病から奇跡的な生還した人は少なくない」。



 
この本は、いまや『医学の革命書』と絶賛され、全米ベストセラーとなっています。


ワイル博士のHP(ホームページ)には、月に最大三〇〇万件ものアクセスがあります。訳者の上野氏は、「医療革命は、大学以外でもすさまじい勢いで進行している」といいます。




 ワイル博士は「ガンの自然退縮」についても述べています。
 
 「……大きな腫瘍組織が、数時間、数日のうちに消えてしまうほどの激しさをみせることもある」


 生命は奇跡と神秘の可能性を秘めています。
 
 一方、
博士は、抗ガン剤の化学療法と放射線治療について
 
  − 「未熟かつ粗雑な方法であり、いずれは時代遅れになる治療法である」と断じています。

博士こそは、安保先生、奇先生……そして、わたしとの同志です。



 この温かく、希望に満ちたネットワークを広く広く……拡げていきたい。



  (了)

船瀬俊介


湯沢温泉で、安保、奇、両先生らと温泉につかり、歓談し、杯を交わした思い出に浸りながら



二〇〇七年二月三日、深更

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 






ガンは治る ガンは治せる一生命の自然治癒力

 安保徹・奇竣成・船瀬俊介 共著


2OO7年3月10日 初版第1刷発行

著者  安保徹・奇竣成・船瀬俊介


発行  .  花伝社
 


共栄書房

日本の医師さえ知らないアメリカの「ガン戦争敗北宣言」とは?

ガンは治るガンは治せる  より   その3


 



上記題名で検索してください。


船瀬さんの小気味よい名文は続きます。

三人に一人がガンで死亡と言われていますが、真実はガン治療で死亡していたとは!! もうびっくりです。

(ほんとは、ずっと前から知っていたんだけど、なんてったってその証拠を医学権威側から出して貰えなかったからね。最近になって急激にそういう証拠が出てきはじめたのでホント楽ちんになりました。楽ちんついでにまったくの転載ですみません。詳しくは書店で買って読んでくださいね。)


このガンについての事実が国民に分かるとその他の病気の治療についてもどんどん真実が暴露されてくるでしょう。

そして、一番初めの問題。風邪(インフルエンザを含む)が万病の元という大ウソについて責めてみようと思います。

もちろん、現代の医学者の説を用いてです。

なんたって!! 現代人は「権威」無しには信じようとしないですから。


やはり同じ土俵上から引っ張り出してこなくてはなりません。

いきなり、岡田茂吉論文の「医学の革命」書から引っ張り出してきても、付いて来れないんですよ。


まして、宗教とされて迷信で片付けられて来ましたからね。もっとも、最近の信者さんでさえ、その医学論はしんじられな〜いという人も居られるそうですから、イッパンタイシュウ人にはちょっと未だ無理なところでしょう。

と言っても、そろそろ同じ土俵上の話ではどうしても限界灘でしょうし、かと言っていかに宗教をとっぱらっての純粋な医学批判論に持って行かなければ、相手にされないでしょうし・・・・



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


ガンは治るガンは治せる  より


 



上記題名で検索してください。


 



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 



●末期ガン患者が代替療法で治っている


 そして、OTAリポートは驚くべきメッセージを送っています。
 
 
「通常療法で治らないとされた末期ガン患者が、非通常療法(代替療法)で、たくさん治っている。議会は、これらの療法を詳しく調べ、国民に知らせる義務がある」



 米政府は、それまで弾圧してきた代替療法の優位性を、はっきりと認めました。

このOTAリポートが発表された一九九〇年は、世界医療の歴史でも記念碑的な年といえます。



 なのに・…:このアメリカ政府による?ガン戦争″敗北宣言は、いっさい日本に報道されていません。これほどのビッグニュースがなぜ……!?


 それも、あたりまえ。マスメディアもガンマフィアの一員、報道できるわけがありません。だから、またもや一億二〇〇〇万人の日本国民は、真実の情報から遮断、排除されました。


皮肉なことに日本の医師たちも、ほとんど全てがこれら衝撃情報すら知りません

耳も目もふさがれてきたから。


ガン専門家ですら一九八五年のデヴュタ証言やADG遺伝子、八八年の抗ガン剤=発ガン報告、さらに九〇年、OTAリポートの存在を知りません。




  ●目隠しされ、手探りの日本のガン治療
  
  
 無知蒙昧、五里霧中……。そんな状況に日本のガン治療はあります。耳も目もふさがれた状態のお医者さんに、あなたは診てもらいたい、と思いますか?


 いっぽうで、医者は自らの体験で、抗ガン剤は 「まったく効かない」だけでなく、地獄の苦しみで患者を ?殺していく″ ことを、知っています。


 だから二七一人の医師に 「あなた自身には抗ガン剤をつかいますか?」と質問すると、二七〇人が断固拒否。

医者は、妻や娘など家族にも、絶対抗ガン剤は使いません。


 第二問。あなたの病院にガン患者が来たら‥…・?



  ほぼ一〇〇% 「抗ガン剤を打つ」。
  
  今の保健医療制度では、そうしないと 「食べていけない」 から。
  
  かくして良心的医師ですら、ガンマフィアの手の内に墜ちてゆく。
  
  
 その他、現在の政府(ガンマフィア) や病院は、様々なウソで患者を偏しています。155

 その、おどろくべきペテンに騙されてはいけません。あなたの命は、一つしかありません。それは、かけがえのないものなのだから。

自分で守るしかないのです。 





 156 
  受けてはいけない「ガン検診」……早期発見=早期殺害

●ガン利権の巧妙なマーケティング



 安保教授は「ガン検診は、受けてはいけない」と断言します。
 
 「エ…ッー‥!」と日本中から絶叫が聞こえてきそう。わたしも、そう思う。「ガン検診」はガン利権が、仕掛けた巧妙なワナなのだ。


 厚労省は?ガン撲滅″キャンペーンと称して、?早期発見・早期治療?を国策として進めている。わたしに言わせれば、その真実は?早期発見、早期殺害? ー。


 なぜ、?早期発見″がアブナイのか?……。まず、ガン専門家は「ふつう早期ガンが六〜七年は変化しないのは常識」という。

また「ーーー一五人の早期胃ガンの患者を、何もしないで放置しておいても、一センチのガンが二倍になるのに最短で一年半。最長で八年五カ月もかかっています。
本人(患者)が死ぬまでに八〇年はかかる」。

『ガン治療「常識」のウソ』(近藤誠著、朝日新聞社)で紹介された事例。



早期発見! と慌てる理由はどこにもありません。また、だれでも毎日、体内にガン細胞が三〇〇〇〜五〇〇〇個は生まれている、という現実があります。


老若男女……あなたも、わたしも、これだけのガン細胞が生まれていると聞くと、びっくりします。あなたも、わたしもガン患者! 慌てる必要はまったくありません。




  ●ガン無限増殖論?ウイルヒョウの呪い″
  
  
 まず、大学医学教育の現場で、まったくの嘘が、教えられています。
 
 現在の医学教科書には「 ー ガン細胞はひとたび生まれたら、無限に増殖を続け、宿主(患者)を殺すまで増殖を続ける」とあります。


 これは、いまから一五〇年前に、ドイツの血液生理学者のウイルヒョウが唱えた説。まず一五〇年も昔のカビの生えた?理論″が医学テキスト一行目に載っていることに、仰天します。

 そもそも、ガン細胞か、生まれたら、無限に増殖して、宿主まで殺す……とは、ありえません。


人間は、毎日、三〇〇〇〜五〇〇〇個ものガン細胞が体内に生まれています。それが、無限増殖するのなら…・‥人類は一〇〇万年以上も太古の昔に絶滅しています。


 ところが、その後、免疫細胞の存在が確認されました。


今から約三〇年前、東北大学医学部の千頭博士が、NK (ナチュラル・キラー)細胞を発見しました。

抗ガン剤を攻撃する免疫細胞の中でも主力部隊。その我らが兵士たちがガン細胞を攻撃する顕微鏡写真もあります。

『笑いの免疫学』 (拙著 花伝社) の口絵・カラー写真(ルイ・パストゥール医学研究センタ−提供) を見ていただきたい。


 ガン細胞を発見したNK細胞が上下からガン細胞を攻撃している。彼らはガン細胞の細胞膜を破り、中に三種類の毒性たんばく質を注入。ガン細胞は、あえなく即死する。


そして、死体は酵素が分解して、最後は尿中に排泄されていく。


これが、人間の免疫力によってガンが消滅していくメカニズム。


 


ガンが自然退縮するのもあたりまえ。奇跡でも何でもない。


 


NK細胞が元気なら、ガンなどまったく恐れることはないのです。


158




  ●まちがい理論が医学 ?狂育〃 の根幹に!




 ウイルヒョウはNK細胞の存在すら知らなかった。無知のきわみ。そんな、根本的に誤った一五〇年も昔の ?ウイルヒョウ学説″ がいまだ医学教育の根幹なのです。

 バカバカしくて声もでません。根本的に誤ったバカな理論をすべての医学生たちは、必死で学んでいる。日本全国、頭の狂ったバカな医者だらけになるのは、当然です。



 毎年、二五万人ものガン患者を平然と ?殺戮″ できるのも、初めから、頭の思考回路が狂っているからです。?ウイルヒョウの呪い?通りにガン細胞は、一直線に無限増殖はしません。


 なぜなら、NK細胞に代表されるリンパ球が、毎日・体内をパトロールして、発生したガン細胞を攻撃して消滅させているから。

 さて、このNK細胞‥…・その人の気分・感情、ストレスなどで、大きく上下します。たとえば、笑うだけで急増する。大阪”なんば花月?劇場に一九人のガン患者を連れて行き、大笑いさせた実験があります。なんと三時間笑っただけで、最大、六倍もNK細胞が急増していました(『笑いの免疫学』参照)。逆に過労ゃ精神的ショックなどのストレスを受けるとNK細胞は急減します。
 すると、それに反比例して体内のガン細胞は増えていく。
 
 4

 ●?ガン発見″ストレスが免疫力を激減
 つまり、本人の気分ゃ体調で、ガン細胞は増えたり、減ったりしています。強烈なストレスを受けると一日で大豆粒くらいガン細胞は増殖することもある、という。ぎゃくに心が解放されると、そのサイズでガンは退縮することもあるのです。
 だからガン検診を受けてはいけないのです ーーー

 ■ 理由その一は?ガン発見″のストレスが、免疫力を低下させ、いたずらにガン増殖させてしまうから。医者は?ウイルヒョウ学説″に基づき「ガンは治らない」と患者を脅しつつ告知します。ショックで、NK細胞は激減します。ガン細胞にとっては、医者は心強い援軍です。



 ■理由その二。最近はPET診断など?ミリ単位″でガンを発見する。さらに?細胞レベル?で発見できる「高性能」装置もある。すると誰でも体内にガン細胞があるのがあたりまえだから、ガン検診を受けると、全員が?ガン患者″と診断されてしまいます。
 すると、病院にとっては、その日から、大のお得意様です。まさに?いらっしゃいませ…!?。
 わたしがガン検診をガン産業のマーケテイング、市場開拓だ、と断じる理由もそこにある。



  ■理由その三。ガン患者のラベルを貼られて病院に引きずり込まれたら、まちがいなく
?抗ガン剤、?放射線、?手術の?三大療法″が、あなたを待っています。これで八割の確率で、あなたは?殺される″。アメリカ政府が一九九〇年、いまから一五年以上も前に?三大療法″は無力である……と断定したことなど、医者は知りません。知っていても無視します。
 それでも、あなたは、そんな病院で?まな板の上のコイ″になりますか?



 ■理由その四。自分の体調は、自分で管理するのが理想。自分の体が訴えてくる?声?
に耳をすまそう。たとえば朝、すっきり起きられない。なら原因を考える。ストレス、食生活、過労などなど……。それらを、改めれば体調不良は消えて行く。
                                            

  ●原因は?悩み?働き?クスリの三過ぎ
  
 安保徹先生は、ガンの原因は?悩み過ぎ、?働き過ぎ、?クスリの飲み過ぎ。という。まず、これらを改める。それが、最大の療法です。さらに、先生は、ガンの三大治療法として?笑うこと、?食事を改める。?お風呂に入る。なんと簡単で、なんと明解だろう。

 これで、NK細胞などが増え、ガンは自然消滅していく。



 もし、ガン検診を受けてしまって、ガンと診断されても、別におどろくことはありません。


だれでも、初めから体内にガン細胞をもっているのですから。



 交通事故で亡くなった方を解剖してみると、けっこうガンをあちこち、持っている人がいるそうです。それでも、まあ元気に生きて来たわけです。



 奇先生は、相談に来られたガン患者さんに 「あなたの体内に阿弥陀様がお入りになった。感謝をこめて拝みなさい」と指導されるという。ストレス説からも医学的にきわめて理にかなった指導だと思います。拝む心はストレスを沈め、交感神経優位の体質から副交感神経優位の体質にシフトさせてくれます。



ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


 

知らぬがほっとけのガン患者

ガンは治るガンは治せる  より


上記題名で検索してください。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー





●水俣病、アスベストの悲劇を見よ

 ウソだと思ったら水俣病をごらんなさい。厚労省の元幹部は「最初からチッソの有機水銀だとわかっていましたよ」とうそぶく。

「でも、発表するわけいかんでしよ。経済がかかってるんだから」。

つまり、クニは大企業の金儲けのためなら、国民の命など、いくら?殺しても?かまわん、と公言しているのです。

 たとえば、アスベスト(石綿)をごらんなさい。一九七一年には、すでに当時のWHO(世界保健機構)が「発ガンあり」と断定。「すみやかに禁止」を世界各国に勧告しています。

なのに、三五年たっても、いまだに日本政府は禁止しません。
(注、ようやく最近になって禁止に動いたーー管理人)


すでに一万人以上がアスベストによる中皮腫などで苦悶の死をとげています。
さらに一〇万人以上が呼吸困難で悶死することは確実。

抗ガン剤も同じ。副作用で、毎年二五万人のガン患者を虐殺していても、彼等はまったく平気なのです。


     ●
〇・一g七万円!?毒″が?お宝″に変身
     
     
 なぜなら、抗ガン剤と?ガンマフィア″たちに、膨大な利益をもたらすからです。
その価格は〇・一gがナント七万円。一CC注射すれば七〇万円。一〇CCで七〇〇万円。

    ただの変哲もない?猛毒物″が『抗ガン剤』のラベルを貼っただけで、目の眩む?お宝?に変身する。

?タダの毒″がラベル一枚で巨万の富に。

これは、やめられないビジネス。

?毒薬″を?ガン特効薬″ に化けさせるためには国の政府を巻き込む。


そこでガンマフィアたちは、厚労族と呼ばれる政治屋や官僚たちと手を組んで増殖していく。

おぞましいというか、背筋の震える闇の犯罪集団……。


二〇〇六年、ハリウッド映画『ナイロビの蜂』が日本で公開されました。

そこにはオフリカのひとびとを人体実験台にして肥え太る製薬マフィアの恐ろしさが措かれています。英国の秘密情報局までもが、その製薬マフィアの一員とは……。その事実を知った外交官の若妻は、純粋な正義感で実態を調べているうちに、辺地の砂漠で虐殺死体で発見されるのです。その死に疑問を抱いて現地に向かった夫も複数の銃弾を浴びて息絶える。発表された ?死因″ は自殺……。
 国際的製薬メジャーの裏面を暴いた勇気ある作品。妻役を演じたレイチェル・ワイズはアカデミー助演女優賞を受賞しています。ぜひ、DVDなどで見てください。


 抗ガン剤メーカーの実態もこれと全く同じ。かれらにとって、患者の命などムシ以下なのです。



  アメリカ政府の敗北宣言ー ?ガン三大療法″は無力だ


●反抗ガン剤遺伝子ADGで耐性を獲得「抗ガン剤は、ガンを治せない!」


 ショッキングな事実を最初に公表したのは米国立ガン研究所(NCI)デヴュタ所長です。

一九八五年、アメリカ下院議会で・「抗ガン剤による化学療法は無力だ」と衝撃証言を行いました。

「……なぜなら、一部、抗ガン剤でガンが縮小する例もあるが、ガン細胞はたちまち自らの遺伝子を変化させ、抗ガン剤の毒性を無力化してしまう。



これは、ちようど、害虫が遺伝子変化によって農薬に耐性を獲得するのと同じ」。

一〇人に一〜二人ていどの腫瘍縮小も、遺伝子変化で、すぐに無力化してしまいます。



 この遺伝子は反抗ガン剤遺伝子(アンチドラッグ・ジーン‥ADG)と命名されました。

 NCIは、世界最高レベルのガン研究機関。
 
 その所長が「抗ガン剤は無力」と議会証言したのです。
 
 
 しかし、このビッグニュースは。日本ではいっさい報道されませんでした。
 
 その理由は、マスコミも?ガンマフィア″の一員だから。
 スポンサーが困る?ほんとうのこと″ は 「報道できない」 のです。
 
 まさに、知らぬは国民、患者ばかりなりです。
 
 
 
●「?三大療法″ は無効」 (OTAリポ一ト)


 さらにNCIは一九八八年、衝撃リポートを発表。
 
 「抗ガン剤は、強い発ガン物質であり、投与すると、他の臓器に新たなガンをつくってしまう」。


アメリカの最高機関が、抗ガン剤が ?増加ガン剤″ であることも認めました。



そもそも、ガン患者に強烈発ガン物質を投与すること自体が信じがたいブラックジョーク。

このニュースも、日本国内では完壁に振りつぶされました。

日本のガン利権が、患者に ?本当のこと″が知られないように、必死で圧力をかけたのでしょう。

「日本に報道の自由はない」。このことを胸に刻んでください。


 さらに、アメリカ政府は一九九〇年、
 
 これまで推奨してきた 「?ガンの三大療法″ が無効であった」と断定する衝撃リポートを発表。

それがOTA報告です。

 OTAはアメリカ政府調査機関です。同機関は、詳細実験によって抗ガン剤の?有効性″を全面否定しました。

151




●抗ガン剤、複数投与は七〜一〇倍死ぬ


 その根拠となったのが「米国東海岸リポート」 (略称)。
 
 アメリカ東部、約二〇大学が参加した大がかりな実験。
 
 対象は肺ガン患者七四三人(全員、第?期)。
 
 これら患者を四グループに分けました。?‥三種類抗ガン剤を同時投与、?‥二種類を投与O?‥一種類抗ガン剤F、?‥一種類抗ガン剤G。

 ?〜?、四グループの (ガンが小さくなる)「腫瘍縮小率」は -----ー
 ?‥二〇%、?‥一三%、?‥六&、?‥九%……でした。
 
 少ないとはいえ複数投与したほうが ?効く″と思われがち。
 
 しかし、研究者たちは絶望のどん底に突き落とされました。
 
 副作用死を見ると?、?グループで投与後、数週間で死亡する例が続出。??グループ(複数投与) の犠牲者数は、??(単独投与) の七〜一〇倍にもたっしました。

抗ガン剤の複数投与ほどガン患者はバタバタ急死していく。

それが、アメリカの公式研究(人体実験…−・) でも証明されたのです。

152




抗ガン剤に延命効果はほとんどない

「少しでも長く生きたい」これが患者の願いです。

ガン治療の?治療効果″を最終決定するのも「生存期間」。では?〜?グループの患者たちは、どれだけ生きたでしよう?

 驚いたことに?グループが、もっとも「生存期間」が短かった。そして?グループが一番「生存期間」は長かった。「腫瘍縮小効果の高かったグループほど、早死に」という皮肉な結末。

つまり「強い毒を多く盛られた」はうが早く死ぬ。とうぜんの帰結です。


 この実験報告は、酷い。、……
 
 どの薬(抗ガン剤)も、患者を延命させる効果はいほとんどなかった……」。


猛毒だからあたりまえだ。
「延命効果がなかった」のは、縮小したと、みられたガン腫瘍が、再増殖(リバウンド)を始めたから。

つまり、ADG遺伝子が作動を始めたのです。



●再度増殖して五〜八カ月で元どおり


 :…・抗ガン剤で小さくなった……ガンが再び元のサイズまで大きくなる期間をしらべると。
?‥平均二二・七過(約五カ月)。?‥三一・七(約八カ月)。縮小効果がみられるのは、患者一〇人に一人から二人。

ところが、「抗ガン剤でガンが縮んだ!」と喜んでいるばあいではありません。それどころか、確実にリバウンド増殖する。それもたった五〜八カ月で、もとどおり。

恐ろしいのは、これから……。耐性遺伝子ADGで凶暴化したガン細胞を、もうだれにも止められません。ガン増殖は暴走し、患者はアッというまに死んで(いや…殺されて) いく。153



 OTAリポートは、他の?三大療法″(通常療法)、放射線治療や手術も無力と認めています。

「……抗腫瘍効果が、必ずしも患者のためになるものではない」と断定。


つまり、抗ガン剤や放射線で、(一部に縮むなどの)抗腫瘍効果がみられても「リバウンドで、結局患者は死んでいく」ことを公的に認めたのです。


さらに「ガン治療(通常療法)には、過去数十年来、ほとんど見るべき進歩がなかった」。


アメリカ政府は対ガン戦争に白旗を上げたのです。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

厚生省お墨付きの「抗ガン剤のインチキ性」とは?

先回のつづきです。

「ガンは治る治せる」より

この「題名」で検索すればたくさん見つかります。

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


●「抗ガン剤はガンを治せない」 (厚労省)

 わたしは『抗ガン剤で殺される』(花伝社) の取材で、厚労省の抗ガン剤担当の専門技官を直撃しました。

「抗ガン剤は、ガンを治すのですか?」と問うわたしの質問に、若い技官は、淡々と答えました。

「……抗ガン剤が、ガンを治せないのは周知の事実です」


 驚愕するとは、このこと。
 驚いて、さらに聞く。
 
 「抗ガン剤は、毒物だそうですが……」 
 
 「ハイ。大変な毒物です」、



 
 さらに「抗ガン剤は強い発ガン物質である」



  ことなどアッサリと認めた。
  



  そして、ガン細胞は、抗ガン剤を投与して四週間に一〇人に一人くらい縮めば?効いた″ と判断して薬事審議会はクスリに認可する、という。


 ところが、すぐにガン細胞遺伝子は、自らを変化させ、抗ガン剤の毒性に耐性を獲得し無力化する。

「そうです。耐性を獲得します」と認めた。



また「抗ガン剤の正体は猛烈な発ガン物質」で、ガン患者に投与すると


 


「他の部分に新たなガンを発生させる」?増ガン剤″であることも


認めた。


 つまり、厚労省の専門技官は、
 
 抗ガン剤が



 ?「猛毒物質」
 ?「ガンは治せない」
 ?「強い発ガン物質」
 ?「ガンは再増殖する」…
 
 などなど、すべて「そのとおり」と認めたのです。





●「いくら使っても効かない」 (医療課長)

 抗ガン剤の担当責任者、厚労省保健局の医療課長は、公の席で


「皆さんは、ご存じないでしょうが、抗ガン剤はいくら使っても効かないんです」


 


と驚愕発言をしている。さらに「効かないクスリなんですから、保険に適用するのは、おかしい」と主張。

 厚労省の幹部が平然と「抗ガン剤は猛毒物質」 であり「いくら使っても効かない」と公言していることに驚かれたでしょう。

猛毒物を衰弱したガン患者に投与する。患者は、その毒作用でアッという間もなく死んでしまう。
「そういう方もおられますね・…‥」と厚労省。


 これはまさに?毒殺″



 それでも医者は、遺族に「抗ガン剤の毒(副作用)で死にました」とは、絶対に言わない。
 そう言えば医者が ?殺した″ ことがばれてしまう。
 
 これは重大なる医療過誤事件。刑法二一一条、業務上重過失致死罪となります。「五年以下の懲役・禁固・五〇万円以下の罰金」という刑罰が課せられます。だから医者は「患者さんの体力がもたなかった」などと言い逃れするのです。



数十の副作用‥猛毒に全身の臓器が絶叫する

●ショック死から脳梗塞……なんでもあれ

 薬剤に添付が義務付けられているのが「医薬品添付文書」。


その抗ガン剤の副作用を一目見ただけで、わたしは戦慓…‥・。


それは、もう猛毒以外のなにものでもありません

 たとえば、世界最大の製薬メーカー、ファイザー社が発売している『プラトシン』。

その重大副作用は…・・・▼ショック死▼心臓停止▼心筋梗塞▼狭心症▼不整脈▼胸内苦悶▼心室細動▼脳梗塞▼血圧低下▼劇症肝炎▼急性腎不全▼血尿▼尿たんばく▼乏尿・無尿▼溶血性尿毒症▼造血障害▼貧血▼血小板減▼白血球減少▼消化管穿孔(胃腸に穴!)……などなど。その他にも、何十症状もあって書き切れません。


 これら「重大副作用」を見れば、これはもはや?副作用″というより?毒殺″そのものといっても過言ではありません。



製薬メーカーが確認しただけでも、これだけの ?猛毒性″の羅列。体内に毒を注入するのだから、体中の臓器が絶叫します。では、どれだけの頻度でこれら重大副作用は起こるのでしょうか?144p





●数十の重大副作用に?効能″はゼロ

「…・・・本剤は、副作用発現頻度が明確となる調査を実施していない」(「添付文章)

なんと、同社は、これら重大副作用が、どれだけ確率で起こるのか、把握もしていません。

あまりに副作用が激しいので怯えて「調査しなかった」のか。

さらに「医薬品添付文書」には「臨床成績」「有効データ」の記載が義務づけられています。

ところが、この『プラトシン』には「有効性」データは一切、記述がありません。

戦慓の「重大副作用」群は、四ページにわたってビッシリ埋め尽くしているいるのに、効能」はゼロ…。これが、抗ガン剤のあきれ果てた"正体"なのです。



抗ガン剤を投与すると心臓マヒや脳梗塞・劇症肝炎などで、アッという間に急死することがあります。これは、知っておくべきでしょう。

医者は「容体が急変した」としか患者の遺族には説明しません。

「抗ガン剤の重大副作用で急死した」と言ったら確実に遺族から裁判に訴えられます

医者には「重大副作用を回避する」義務があるのです。

だから「抗ガン剤打ったら死んじゃいました」など、口が避けても言えません。





●燃えてる家にガソリンをかける……!?

抗ガン剤の猛毒投与で急死しなくても、生命は急速に蝕まれます。145P

 よく抗ガン剤の副作用でいわれるのが脱毛、食欲不振あるいは吐血・…‥など。抗ガン剤は細胞分裂の早い細胞は、すべて?ガン細胞″とかんちがいして攻撃します。

 だから、毛根細胞、消化器の内皮細胞が、死滅して脱毛、吐血などが起きます。進行すると胃や腸にアナが開きます。さらに、怖いのは、増血機能の破壊。血球は分裂が盛んです。

そこに猛毒抗ガン剤が襲いかかります。

まず、赤血球が激減。悪性貧血で急死することも。血小板も激減。出血を止める作用も激減。内臓出血による多臓器不全で死亡。さらに白血球も急減。

そのなかでもNK (ナチュラル・キラー)細胞は、ガン細胞を攻撃する免疫細胞として有名。


ところが抗ガン剤は、このNK細胞を総攻撃して殲滅(せんめつ)します。


よりによってガンと戦う味方の兵士を攻撃するのだから……メチャクチャ。
「もっとやれ!」とよろこぶのはガン細胞だけ。


 このように抗ガン剤の実態をしらべると、ただただ茫然自失。燃えている家に、ガソリンをブッかけて消そうとしているようなもの。正気の沙汰ではありません。




メーカー、国…‥・?ガンマフィア″利権は約一五兆円!
  
   ●あなたの命は国家にとってムシケラ                  
  

 「なぜ、このような狂気が横行しているのか?」
 
 早くから日本のガン治療を告発してこられた慶応大学の近藤誠医師に質問すると、おどろくべき回答が……。

「世界には?ガン産業?というビジネスがあります」。


いわゆるガン利権集団。わたしは彼等を?ガンマフィア?と呼ぶ。


「数多くのひとびとを虐殺して膨大な利益を得ながら一切の法的責任を免れている」からだ。


わたしは日本のガン利権は、ほば二人に一人が?ガンで死んでいる?から・医療費三一兆円の半分約一五兆円と推測します。

これは、国防費五兆円の三倍。目の眩む巨万の利権です。彼等が、この驚倒するほどの金城湯池を手放すわけがありません。

近藤医師は言います。
「医者、病院・製薬メーカーも……その中枢は国なのです」。


クニが、ガンマフィアという犯罪集団の中枢にいる。この事実を・胸に刻むべきです。

「クニが、そんな悪いもの許可するわけ、ないじゃない?」


抗ガン剤の毒性を説明すると、純朴そうな奥さんから、こんな反論が返ってくる。


その羊のような感覚に天を仰ぎます。


国家を支配する集団にとって、国民の命などムシケラ以下なのです。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

以上ですが、国家を支配する集団とはいったい誰の事なのか?
と疑問がわきますが、だいたいは陰に隠れた存在ですから、そういう人たちをあぶり出そうとしても・・・

それよりも、真実を知ったらそういう嘘にだまされない自分を確立すればよいだけのこと。
危うきことには近寄らずの精神で、自らの健康と命は自ら守るしかないようです。

どうして?おおきな嘘は長い間つづくの?

もちろん、わたしとあなたのせいですよ!!

そう、真実をしろうとしない素人の集団が創りだした現実なんですよ。

だから、嘘を嘘と素直に認めたときに、そういう陰に隠れた存在も消滅するしかない宿命にあるんですから。

国家を支配できるなんて思い上がりを一部の人が思っていても、チャンチャラおかしいんです。
それは「嘘がまかり通っている期間」限定小品でしかないからです。

大嘘がばれてしまえば、たとえそういうものが存在していたとしても一挙に力を失ってしまうだけのことです。(大笑い)


抗ガン剤は猛毒

 「ガンは治る治せる」より


上記の名前でグーグル検索でたくさん出てきます




ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


ガンは治る治せるより四部


「ガンは治る治せる」より

ガン患者の八割が、抗ガン剤、放射線、手術で"殺されている"

毎年二五万人が、病院で?虐殺″されている
p140




●告発論文を破り捨てた医学部長

 今、日本でガン難民が六〇〜七〇万人もいるといわれています。
 かれらはガン検診を受け、ガンと診断され、それからいくつもの病院をさまよい歩いているのです。そして、厚労省の発表では、毎年、約三二万人ものガン患者が?ガンで″亡くなっているそうです。今や、日本人の死亡率のトップはガンです。

 しかし、これら公式発表に、すでに嘘があります。じつは?ガンで亡くなった″とされる患者さんたちの約八割は、ガンで死んでいない。


 



八割の方たちは、病院の抗ガン剤などのガン治療で ?殺された″ のです。



 かつて岡山大学医学部で ?死亡した″ガン患者のカルテを精査したところ、八〇%は、ガンでなく、抗ガン剤、放射線などのガン治療の副作用で亡くなっていたという。


この驚愕の真実を、ある若い医師が、博士論文にして医学部の学長に提出したところ、目の前で破り捨てられたという。この光景にこそ、日本のガン治療の悪魔的現実があります



●「大きなウソは絶対ばれない」

 あのヒットラーは、次のように言っています。「小さなウソはすぐばれる」、しかし 「大きなウソは絶対ばれない」 と。

さらに、こうも言っています。「ウソも、百回言えば、本当になる」。

 年間、毎年二五万人が ?ガン治療″ の名のもとで、殺されています。あなたは自分の耳を疑うでしょう。あまりに壮大な惨劇には、感覚的にひとびとは理解できないのです。しかし、その現実を直視してください。あなたの、そして、愛する人を ?虐殺″ の手から守るために。

一〇年で二五〇万人、戦後六〇年で一〇〇〇万人を超える人々が、ガン治療の名のもとに殺されたのです

ガン戦争の犠牲者は、太平洋戦争の犠牲者の四倍にたっするでしょう。


 思い出すあのひと、そして、かの方……。ガンでなくなったのではなく、?ガン治療″で殺されたのです。

これが、日本で今も行われているガン治療の戦慄の実態なのです。


 純朴な大衆にとって、かれらの想像を超えた壮大なウソは、あまりに巨大すぎて、とてもウソとは信じられないのです。

 具体的な殺人治療は ?ガンの三大療法″ です。



 ?抗ガン剤、?放射線、?手術……の目もくらむ嘘、落とし穴を、これから明らかにしましよう。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーーつづく


 



 

マムシにかまれたときどうしよう、血清は役に立たないと分かったけど

 マムシにかまれたとき血清療法が役に立たない!!

おお〜〜、そう来たか〜〜




野口晴哉先生の特筆するべきひとつに以下引用の記事のごとく「手当療法」ともいう「愉気」がありますね。


で、ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


野口整体式の手当て療法。


呼吸を深く保ちながら相手の悪そうなところに手を当てて、気を出す。


集中して行う。しかし相手を治そうなど邪気を持ってはいけない。


ポカンとしつつ集注する。


子どもの発熱時やら病気の時に行うと、何だか回復が早くなる。また、とんだことにならない。


野口晴哉岡島瑞徳の本に詳しく載っている。


野口の師匠であった松本道別の「輸気」に由来するもの。


気を輸る(送る)を、愉しい気に変えた。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


で、岡田茂吉先生(ここで先生と呼称するのは私的にはちょっとこだわるところですが、いや、これがやっぱり適正なのでしょうね。個人的な感情移入はいけません)の「浄霊法」とも一致しているとしまして、いわゆる見かけ上どこにもあるような「手かざし療法」は古来から伝わる人間本来誰でももっている能力なんでしょうね。


ここでおもしろい事には、邪気を入れないとありますが、「自我を入れない」ということでしょうね。岡田氏の「浄霊法」も「決して力を入れてはならない。治そうなんて考えてはいけない、力を抜くのは肉体的ばかりでなく想念でもそうである。ただ、自分は電柱のごとく仲介役でしかない。子供の方が効果があるのは邪念が入らないからで、大人はつい治そうなどという自我意識が入るからそれが返ってじゃまになるのである・・」と。


松本道別とは古神道の伝達者の様ですから、古来からこの日本で使われていたカンナガラの道だったのかも知れません。


ただ、それが途中で忘れ去られていたものだったのでしょうね?


で、ここで持ち出した理由は、蝮の毒についての現代の医学の実際から導き出されたものです。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


医療から命をまもる
2005年12月15日 第一版第一刷発行
著 者〉岡田正彦 より


 「マムシの抗血清に効果なし」
 
 マムシ、ハブなどの毒ヘビに噛まれた際の唯一の治療法は、抗血清と呼ばれるものを注射することといわれてきました。ヘビの毒に対する免疫(抗体)を動物の体内でつけさせ、その成分を注射することで、毒素が中和されるという理屈です。


 ずっと昔からあった治療法で、ご存知の方も多いと思います。最新医学に照らしても、その考え方にまちがいはありません。ところが実際には、使っても使わなくても結果が同じだったというのです。


抗血清の注射よりも、まず応急処置として心臓や肺の機能を回復させることの方がずっと重要だったということです。


ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


まず岡田茂吉論文集には


「蝮にかまれた場合に「浄霊」によればなんでもない・・・と書かれています。


さらに、野口晴哉関連書には 「愉気」
によれば蝮にかまれた場合も特効があったと記されているのをみました。
野口氏自身はそれを試したことはないそうですが、お弟子さん達の報告ではかなりそういう効果が抜群にあったという記述です。


両者がまったく別の「手かざし」と思えるようですが、蝮の毒に「手かざし療法」として同様な効果を上げているという話に共通点があります。それにしてもマムシの毒には「果たして本当にいざというときに手かざしで対処できるのだろうか?」という疑問と不安がありましたけれど、「現代医学ではマムシにかまれた場合に、血清が役に立たない」という新事実を知り、「浄霊法」が効こうが効くまいが、とにかく「抗血清」が役に立たないのだから、「いざというときには、試してみようかな」とも思った次第です。


といっても、その当時の浄霊法の力とは異なっているかも知れませんので、ダメだったらあきらめるしかないですね(苦笑)


とにかく、この日本は古くはこういうカンナガラの道を使って、病を癒すにはまず自らに備わっている治癒力とそれを助ける手かざし法を副として居たのかも知れません。


もちろん、これが日本だけに限るはずもなく、人類共通のカンナガラの癒しの道だったのかも。


 


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


愉気」=和式外気功



 


身体と身体の共鳴状態を作り出す伝統のわざ、愉気で未病を防ぐ。
「気を出すというのは、どういうことですか」
という質問をときどき受けます。もっともな疑問です。そして質問した人は、気を出すのに長い修行がいるのだろうか、自分にはそんなことはできないのだろうか、と考えているのでしょう。でも、そんなに難しいことだろうか。

愉気(ゆき)という癒し



野口晴哉(はるちか)さんの書物を読んだ人なら、「愉気」(ゆき)という言葉に親しんだことでしょう。これは野口整体のキーワードの一つといっていい重要な言葉です。簡単にいえば手かざしです。しかし野口学派の人たちは、こういう言い方に抵抗を覚えるでしょうね。あまり
「手かざし」 とは言いません、野口学派の人は。



じゃあ、「手当て」 にしましょうか。


「愉気」 のやり方は、どこか状態の変化 (必ずしもそこが悪いところとは限りません)
があるところに手の平をかざしているだけのことです。


これには、手を触れる場合と触れない場合とがあるといっておきましょうか。しかし、こう言ってしまうと野口学派の人たちに批判されそうだ。ともかく野口学派には難しい人が多いから。


私の記憶が正しければ、野口先生の弟子の一人が、これを 「手かざし」
として宗教活動に利用してしまった、という事情もからんでいたと思います。といっても、かすかにそんなことを読んだ記憶があるという程度の知識で、どこに書いてあったのかは覚えていません。その宗教活動がどのような宗派によるものだったかも忘れてしまいました。

要するに、からだのどこか悪いところに手をかざして気を送る。野口さんはもともと、これを、気を輸る(おくる)という意味で
「輸気」 と呼んでいたそうですが、送るのではなく、天然自然にある気を導くだけだと気がついて 「愉気」
という字に改めたそうです。こんな事情は、野口学派の人の本を読めば、たぶんどこかに書いてあるでしょう。


エネルギーがめぐる
中国式の気功をしている人は、気をめぐらすとか、気を送ると表現するでしょうし
(気功には二千の派があるそうですから、こんな表現をしない派もあるに違いない)、気は激しく長い修行のすえに操れるものだ、と考えられているふしがあります。でも、それはちょっと違うんじゃないだろうか。気を手のひらから出すと考えると、エネルギーが身体から出て行くわけで、他人に気を送る外気功をすると、たいへん疲れると書いてあったり、現に中国人の気功師がそのように語っているという記事があったりします。


京都・六角堂
(六角烏丸東入る)

でも、愉気をしたことのある人からすると、こんなのは変な考え方だというでしょう。私自身も施術に愉気を使いますけれど、それで疲れたというようなことはない。もちろん、施術をすると身体を使いますから、そういう意味での疲れはあります。しかし、気を送ってエネルギーを出したから激しく疲労した、という感じをもったことはありません。むしろ愉気をした後は、こちらも何かゆったりした充足感を味わうことができます。されている人は、とても気持ちがいい、といって下さるし、私自身も気持ちがいい。共鳴状態が生まれるのでしょうね。こんなに得なことはありません。詳しいやり方については、野口晴哉
『整体入門』(ちくま文庫)をお読みください。

気を導くとは
さて、肝心の 「気を導く」 とか 「気を送る」
とかいうのは、どういうことでしょうか。別の項目に 「活元」 という自律神経のエクササイズについて書いています。「活元」
を大勢でする時、なかなか動かない人がいるので、私はそういう人の後ろから 「愉気」 をして回ります。その人の後頭部と腰のあたりに手の平をかざして、じっと 「愉気」
をしていますと、やがてその人の頭が少し揺れてくる。後ろからやっていますから、その人には私が何をしているか見えません。でも、事実として揺れてきます。

何が起きているのか、私にはうまく説明することができません。ただ、それでは何が何だか分かりませんから、野口先生が使われた言葉を使えば
「気の感応」
が起きているのでしょう。私のからだも相手のからだも、確かに物質であることには違いがありません。そして今ではよく知られているように、物質も波動であることが分かっている。それぞれの原子や分子が固有の波動を持つように、私のからだも、その人のからだもそれぞれ固有の波動を持っています。その波動のあいだに共鳴状態が生じるのでしょう。それを野口先生は
「気の感応」
と呼んだ。一応、いまはそのように説明しておきます。この説明がほんとうに正しいかどうかは、後世、証明されていくことでしょう。


まとめますと、次のようになりますか。愉気をする人とされる人のあいだに気の感応、つまり波動の
協和(音でいえば協和音の状態)、あるいは共鳴が生じる。この状態が生じると気持ちのよい状態になる。逆に
不協和(音なら不協和音)、あるいは干渉が生じた場合は、あるものや人に対して気持ちの悪い、不快な状態になることもある。ある人のことを想像しただけで気分が悪くなるという人がありますけれど、こんな場合は不協和状態が生じているのでしょう。病気というのは、ですから、からだの部分と部分のあいだに生じた不協和、あるいはからだの一部分とからだの外側にあるものとの不協和でしょうね。

愉気は、誰にできて彼にできないというようなものではありません。


ところがこれを誤解している人が多いのではないだろうか。ある時、一人の女性が 「先生は気を通すこともできるのですか」
と質問された。「それは愉気という方法でやればだれでもできますよ」
と答えたのですが、その女性は、たいへん不満だったようで、そのまま来なくなってしまいました。特別な人だけができる技(わざ)だと、その人は思っていたのでしょうし、またそう思いたかったのでしょうね。


でも、だれでもできるような技はつまらないものでしょうか。
http://shugeitei.com/yuki.html



 ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 


いやいや、つまらない法こそ 本物の様な気がします。


ある特定の宗教とか団体に限られた方法では無いような気がしてきませんか。


世界万民が分け隔て無く、しかも無料で応用できるようになれば、いや、既にそれは有効なものであったのを途中で忘れ去れされていただけの事。それをいま思い出すだけでよいという時節に入ったのかも知れません。


後はその応用の実地をすることによって誰もが出来る時代になったという、実にこれこそが21世紀の医療革命。


それは「思い出す」事でしかないのかも。


ただし、病にはそれなりの意味がありますから、ただ治れば良いというものでなく、病を利用して深い気づきを得るきっかけを主題にすることを忘れては、ただの病気治しでは効果が半減するような気もしてきました。


う〜〜ん、そこんとこは個人個人が気づくしか無いでしょうけど。


むやみやたらに病気を治されたんでは自分の魂レベルでみると「余計なお節介」になるやも知れませんし。


じつに「病気」というのは不思議なもので、奥の奥が解ったとき日には「ありがとうございます病気様様」と自分に感謝できるかもね。


まあ、頭で解ってもこころではなかなかじゃ! (大笑い)





 

三上晃先生は語る、千島理論、松下自然医学論、医学の真実

続きです。



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



私が熱心に説明した著者は博士を訪ねに、その宅へ来ておられたのだ。
 「しかしみんな欲が強くてね。今の政治家だってそうだし、戦争だってそうだ。けっきょく欲からなんだな。ここへもいろんなことを言ってくる。埋蔵金を見つけたら半分よこすから力を貸してくれとか、はっきり断ったがね。他にもいろいろなことを言っているよ。」
 「Fさんが私のことを講演で言っているらしくて、よく申し込みが来るからわかるんだが、私は研究のためにやっているんだがね。いちおう応じてはいるがね。」
申し込みとは身体に合う薬草の判定のことで、
 「だれかご縁がつながるかも知れませんから。」
と依頼の方法をお聞きしておきました。宝石の鑑定もしていただけるそうです。ただし、本物・偽物の鑑定ではなく、宝石とは宇宙エネルギーを呼びよせる働きをもつ物質であり、それとの愛称を調べるとのことです。他の装置を使ったものよりはるかに安いし、博士も研究の消耗品の一助になるそうです。ただかなりの手間・時間がかかり、たいへんなことのようです。またこのことを売りものにするつもりはないから、全国のたくさんのひとから効果や礼状が来るそうですが、データーとして整理はしてないそうです。
 さらに宝石の中でもダイヤはそれ自体にパワーがあるのではなく、他の宝石を中心にしてグルリと囲んだときに、その宝石のもつ力を増大させる働きをもつとのことです。そんなことを言うと大きなダイヤが売れなくなるからとのことですが、これが博士の宝石の研究の結果だそうです。しかしながら宝石のもつエネルギーを利用しようというのではなくて、自分の所有欲を満足させたい、また他のひとに見せたいかたは大粒のダイヤをどんどん買っていただければよいでしょう。 「誕生石はエネルギー的に関係あるのでしょうか。」
 「あれはぜんぜん関係していない。」
とのことですが、これも恋人同志の愛情表現として使うかたはどうぞ、と私は言っておきます。
 MRAの話のなかで、東京での定例的な波動の講習会席で、エイトスターダイヤモンドの田村さん、奥様の音楽評論家湯川れい子さんにお会いになったということで、田村さんが推奨される酵素玄米の話をしました。実は私も田村さんがとてもいい、と勧めるのを直接お聞きしてから酵素玄米を毎日食べ始めました。特殊な二重の高圧釜に正確に計った米と小豆を入れ、自然塩を加えてよくかき混ぜ、中を電池の状態にして高圧放電を起こさせること、有機ゲルマニウムが元素転換でできることを話しました。私はこの玄米がすごく体調の維持に良いことを実感していましたが、元素転換がほんとうにできるのかな、と思っていました。博士はありうること、というふうにうなずきながら聞いておられました。
 「湯川 れい子さんは、わしが東京で講演をするとき、応援演説をしてくださったね。ほんとうにいろんなひと達が助けてくださる。」
しみじみと博士は口にされました。
 「しかし、それだけ食べるというのは良くないね。何でも食べなくては。よく噛んで唾液を混ぜて食べるんだ。梅干しをね、目の前に置いておくと唾液が湧いてくる。口いっぱいに出るひとほど健康なんだ。唾液を食物によく混ぜ合わせることによって原子転換が起き、ちゃんと悪いものは消え必要なものが造られるんだよ。」
 「はい。」
となると、現在の栄養学はいったいどのようなものでしょうか。外部から栄養素を取るのが現代栄養学の考えかたです。厚生省の栄養面からの推薦は毎日30種類の食物を取りなさいということです。もちろん白米を前提としたものと受けとめていますが、そんな多種類の食物を食べる動物がどこにいるでしょうか。みんな身体の中で必要なものを合成し、また博士の言われるように元素すら造り出しているとなれば、過食によってその能力を放棄してしまったのが現代人なのではないでしょうか。 現代に複雑な病気、難病がつぎつぎ出てくるのは、この基本的な能力が人間から衰えてきたからではないかと思います。発癌物質や多少の毒素が体内に侵入しようとしても、無害のものにしてしまう能力が元来備わっていたのに、誤った食事や電磁波、ストレスなどで自己防衛力がなくなって発病するのではないでしょうか。         

造血理論
 私の用件に話題をもどしてくださったのか
 「病気は血液が関係しているね。」
とおっしゃいました。そのとき私はなにげなく
 「はあ、そうですか。」
と返事をしましたが、これが後に私の歩む道に大きなきっかけをもたらすことになったひと言でした。
 「御茶ノ水クリニックの森下さんを知っていますか。」
 「いえ。」
御茶ノ水クリニックの先生が何か血液関係のことを書いておられるのを、書店で立ち読みしたことがありましたが、購入はせずうろ覚えでしたので、私は『いいえ』と答えました。
 「血液は骨髄で造られるのではなくて、消化器で造られるんだね。」
私にもその知識はありました。
 「骨髄で血液が造られるのは、つまり緊急の場合となのですね。」
 「そう。昔もそういうことを言うひとがいた。」
 「千島さんですか。」
博士はまた驚いた顔をされるので、それに表情に対して私も驚きました。
 「知ってなさるのか。千島博士を。九州大学におられた。千島博士を」
 「ええ。千島博士の理論によって断食でたくさんのガンのひとを治しているかたが大阪におられます。ご縁がつながればお訪ねしたいと思っていますが。」
 「そう。」
と三上博士は静かにうなずかれました。
 「千島さんはひじょうにきまじめなかたでね。もちろん亡くなったが。」
 「そうですね。本を探しますが近くの図書館にもなかなかありません。」
血液学の千島喜久男博士を知っているとのことで、私が少々は勉強しているらしいということを認めてくださったごようすでした。

心臓について
 お医者さんがずいぶん来る、ということを繰り返し博士は言われました。 
 「現代医学がいき詰まっているんだな。なにか解決点はないかと求めて来る。いろんなかたが来られるよ。」 
  「心臓の研究で権威のあるかたが来られてね。」  
 「で、心臓は何によって動くのか聞いてみた。」   
 「はい。」                    
 「明確な答えが返ってこない。」
 「はい。」
 「君はわかるかね。」
またまた私はびっくり。著名な医師にわからないものが、私に分かるはずがない。
 「本来備わっているリズムだとか。心臓はね、太陽が動かしているんだ。」 
 私も奇抜な考えでびっくりしたのですから、その心臓専門の医師はさぞかしびっくりしたことでしょう。        
 「太陽の光の波長がね。心臓を動かしているんだよ。」  
初めて聞く言葉でした。                 
 「太陽の光を見ていてごらん。どくどくどくと波打つのが自分の脈拍と合っているのがわかるはずだよ。」       
  「太陽の光による波動のリズムが植物を動かし、鉱物をも動かし、人間の心臓も動かしている。」           
そう言われれば、暑い太陽を仰ぐとき、じりじりとこちらの脈打つのに合わせて熱さが伝わるような気がしますが、それは自分の脈が創り出すものと感じていました。   
 「人間の考えた時計だって、みんな太陽のリズムで動くんだ。」 
こんどは私から話題を持ち出しました。         
 「私は超能力的なことのは特に関心はないのですが、最近こういう現象がありまして、雲を見ながら雲を消すイメージをしたのです。消えたあとの青空しか見えないようなイメージをするとほんとうに雲が消えるのです。時間を変えてやってみましたが、3回消えました。気功をいっしょにやっている女性も昨年やってみて消えた、と言っていました。」
 「それはありうるだろうね。」        
 「モンローさんに質問しましたら、『みんなつながっているのですよ』と、言われたあと他のひとが質問を入れてしましました。もっと聞きたかったのですが、それきりになってしまいました。原因として、念いを注ぎ込んだことによって、そこの温度が上昇して消えたのか、分散して薄くなり背景の青空の中に吸い込まれたのか、それともどこか別の世界へ行ってしまったのか、ということですけれど。」   
 博士はただうなずいておられました。            
 「もし水分に対して意識を注ぐことによって、そこの水分をなんとかできるのなら、ガン細胞に対して10%か20%の水分を無くしてしまえば細胞は死んでしまうと思うのです。イメージでガンを治す療法もありますけれど。」        
  「そう、治るだろうね。こうやって気を流し込めば治るだろうね。」と博士は右の手の平を左の肘の上に少し離し、手当てをするしぐさをされた。    
 「エネルギーを送れば病気だって治るんだよ。薬草がそうだ。みんなつながっているんだよ。」                   
 三上博士もモンローさんと同じくすべてのものはつながっている言葉を口にされました。今後精神免疫学も調べてゆきますが、ただ神様に『私の病気を治してください。』とお祈りするよりも、具体的に自分のガン細胞をイメージし、水分を干してしまったり、熱で焼いてしまうような念いを送り込むほうが良さそうです。さらに実際に私たちのように雲を消すことを練習し、確信を得てから細胞攻撃に入ると効果的かと思われます。またそこで、現在進行形よりも過去形で念じたほうが効くといくことです。『細胞がもう消えました。』ということになりますが、そのほうがエネルギーが強まるのでしょう。
 「さらに宇宙にはたくさんの生命体がある。私はその転生先を調べている。」 「その後のご研究でわかった新しいことはございますでしょうか。」
 「フロッピーの装置に写真を入れるだけで分析ができる。」 
 「コンピューターのフロッピーディスクにですか。」  
また私の頭は混乱を始めました。             
 「つぎにマイナス電子の不足がいろんな異常の原因とわかった。薬草で身体にエナルギーを巡らせてやるとその不均衡がとれる。」   
 「はい。」                      
 「しかし現在、科学と言われているなら、特別な言葉を使ってはいけない。今ある言葉で、今ある言葉を使って説明ができないと多くのひとを納得させることはできない。」     
私はなるほどとこの言葉が心の奥にしみ込むのを感じました。私は次元の違う世界・見えない世界については信じられる者だけで語り合い、嘲笑したり眉唾と首をかしげるものには、まだ気づきの時期がきていない、と避けて通っていました。しかし博士はそのような世界を現代科学で理解させることができるように研究をなさっておられるのでした。
 「気とは超微粒子だよ。」              
 「はい。」                      
 「小学校・中学校・高校さらに(大学)と、教え込まれてきた考えを変えるには、それ相応に納得のいく説明をしなければならない。例えば心。心とは何であるか。どこにあるか。」 
心についての説明はそれ以上なされませんでしたが、    
 「実験の結果を見せると、みんな納得するよ。」     
 「記憶はね。腹のあたりの空間にあり、そこから脳が呼び込んできて意識として再現される。こんな、ここから上の小さいところに記憶されるはずがない。」と博士はこめかみから上を両手で示されました。これも初めて聞く斬新な発想でした。しかしながら私はまた異なった考えをしています。果たして心や記憶は肉体にくっついているのだろうか、と思っています。脳はただの端末機であり、身体はセンサー、心も記憶も宇宙の意識体の中にあり、そこと肉体とが光のエネルギーケーブルでつながれているだけです。思ったり感じたりしているのはその意識体であり、私たちの身体はただ情報を送ったり受けたりしているだけなのではないか。ですから日頃忘れているぼうだいな記憶があり、ときには前生の記憶まで出てくるひとがあるのではないでしょうか。ちなみにエネルギーの糸は霊子線と呼ぶようです。            
 「瞑想はとてもよい。」               
 とのことです。                     
 「宇宙のエネルギーが入ってきて、不足電子も補充されて、癒すもとになる。」と博士は瞑想の効果を科学的に説明されるかと思えば、   
 「気(功)も、邪が入らないように気をつけねばならない。」
ということで、気功の現代的大家、中川先生のことについてもお話になりました。 「手当てで、歯痛あたりはとれますよ。ほんとうです。必ずとれますよ。」 とおっしゃいます。                   
 「私は患者が自分の力で気を高めて治療するほうがよい、と考えているのですが。」 
 「そうです。そのほうがよいですよ。」
 2時間半にわたって三上博士からはお話をいただきました。あと実験室を見せていただきましたが、普通の機械とは違って見たこともない装置が入り混ざって設置してあり、どれがなにかわかりにくいものでしたが、英語や障害児関係の先生だったかたですから、ここまで独自で研究をされてきたことにほんとうに頭が下がりました。
 帰りの列車の中で、私は三上博士との会話を忘れないうちに明確に紙に書き上げました。大きな衝撃が私の心を捕らえていました。血液は骨髄では造られていないとは。血液が造られるのは消化器官。それでは骨髄移植はいったい何なのだ。葉子が自分の子供に受けさせようとし、また懸命に骨髄バンクのドナー活動に走り回り、私もパンフレットを配った。力のある女性、政治の道に進み立候補した知人にも骨髄バンクの支援を頼んだ。たくさんの白血病患者が骨髄移植を受け、大半は拒絶反応で亡くなっていると聞く。莫大なお金をかけて無菌室を維持して行われる骨髄移植。
 千島博士とはいったいどういう方なのか。三上博士が言われるには
 「論文を提出したが、審査されずに10年間ほったらかしにされたそうだ。だれも反対をするものはいない。反対をするには同じ研究をして、間違っていることを証明しなければならない。だれもできない。だから無視というかたちで、10年後に論文は差し戻されたそうだ。」
そうとすれば医学界とは、なんていうところだろう。
 「なぜですか。」
 「権威の都合ということだった。」
 「権威ですか。」
それを認めれば世界の医学者や医者たちがそれまで教えてきたことが違うということになってしまう。反対証明は誰もできず、ただ無視ということだそうです。
        ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

三上晃先生は語る。宇宙と人体と健康と意識もろもろの秘密

すみません、まるごと掲載しました。
人類のためにご勘弁を。



ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
http://www1.fctv.ne.jp/~mizusima/syokubutu/bara-5.htm
より


 私は広島で会議がある際に博士をお訪ねしてみようとまで思うようになり、自己紹介の手紙を出しました。それまで本を書くようなかたは雲上のひとであり、ましてや理学博士に会ってみようなどと、それまで思ってもみないことでした。博士からは、
 『どうぞ、お越し下さい。』
と、なんとも簡単にご了解のご返事をいただいてしまいました。私はそこにどんな人生の展開が待ち受けているかも知らずに、引きずられるように三上博士を訪ねました。
 5月の晴れた気持ちの良い日、広島駅から電話をすると、タクシーの方が楽だがバスも出ているとのこと。安佐北区というので、東京の23区と同じ感覚で私は近いものと思いバスに乗りました。結果、お宅までは最後はタクシーに乗り、1時間以上を要しました。さらには予定より30分も遅れた私を、奥様は玄関の外に出て立って待っておられてのでした。お宅は山に囲まれ、田園豊かな風景の中に単独で立ている旧家の感じの大きな屋敷でした。
 奥座敷に通され、私はいったいどうなったのか、なぜ自分はこのようなところにいるのか、緊張の固まりでありながらも実感が’湧かないままに博士と対座しておりました。
 「先生のご著書を読ませていただいたのですが、かなり年数もたっており、さらに研究がその後進んでおられるのではないかと、楽しみにして参りました。」
 「特に進んでいることはないしね。私が死んだらどこの星に行くのか知りたくて研究しているだけで、あと他からいろんなことを言ってくる。」
私は古い著書2冊を読んでいて、その後かなり研究が進歩していることを知りませんでした。また訪問の前に著書を読み返したものの、忘れている部分もかなりありました。私は転生のことで博士と話題を合わせるべく、とっさにモンローさんのご主人の話をもち出しました。 
 「最近ご縁で知り合ったかたに、モンローさんといってマサチューセッツに住んでおられるひとがいるのですが、そのかたも亡くなったご主人とときどき話すそうです。まあテレパシーみたいなかたちで話をするそうですが、他の星に海外旅行のように行ったり、また地球に戻ったりしているそうです。」
三上博士はうなずきます。
 「モンローさんは、なんというか霊能力者というんでしょうが、普通のかたと違ってもっと高い次元の意識とか、また地球の意識とかと話ができるようです。宇宙の仕組みや歴史などもご存じで、講演の最初の話でこんなふうにおっしゃっておられました。
 『最初光の固まりがあった。高温の光の固まりで、それが意思をもっていたということです。しかし安定したそのままの状態ではなにかもの足りなくて、あるとき花火のように分かれて7つの宇宙になった。』」
そこでさえぎるように驚きの声をあげられたので、私のほうもびっくりしてしまいました。
 「ほお、宇宙は7つとおっしゃいましたか。」
 「はあ、7つですが。」
博士は感心したように首を縦に振られました。
 「へええ、他にも宇宙が7つだって言っているひとがいるんだな。私が最初じゃないんだな。」
なにか具合の悪いことを言ってしまったのかと、気になりました。
 「はあ。」
またなぜ7つというのが不思議なのだろうかと。
 「植物が宇宙は7つだと言っておる。」
 「なるほど。そうですか。」
私は急速に博士の不思議な世界に引き込まれていきました。
 「ただ最初古い宇宙ができて、そこから分かれたということですから。しかしモンローさんは、最初の宇宙から7つに分かれたとおっしゃっていましたから、そのかたの語るのは全部足して8つかも知れません。」 博士は植物のもつ力の偉大さを改めて感心しておられるごようすでした。
 「帰ってもういちど、録音テープを聞いて確かめてみます。7つなのか8つなのか。」
 「ううん。」
博士は感心されたままでした。植物のもつ偉大さに改めて感じ入っておられるご様子でした。
宇宙の数の話で急速に打ち解けた雰囲気となりました。
 博士はつぎにお聞きになりました。
 「ガンの研究をなさっているそうですね。」
これには私がびっくり仰天。あわててとりつくろいました。
 「研究だなんてとても。今たくさんの書物を読んでいろんな知識を吸収しているところです。」
 正直に答える私に、博士はにこやかな顔をされました。私は先に葉子とのいきさつ、植物のセンサーでなにか白血病の治療のヒントが見つかるのでないかといくことを手紙で書いておきました。
 「西洋医学にしても東洋医学にしてもそうですが、それぞれの分野のかたがみな自分の専門についてにいっしょう懸命になっておられます。しかしあるひと対して成功した方法が別のひとににも当てはまると限らないのに、それがわからないのです。自分がよいと思う方法を他のひとにも当てはめ、その結果あるひとにはプラスに出たことも別のひとには副作用とかマイナスになってしまいます。そのひとに合った治療方法というものがなんとかわからないものかと思うのです。」
 博士はうなずいておられました。
 「そう。薬はすべて毒です。そうなんだな。そのとおりだよ。」
 「先生の機械で、どのような治療法がそのひとに合っているとか、どのような薬が副作用がないとかおわかりになるのではないでしょうか。」
早いとは思いましたが、私は核心に触れたことを質問してしまいました。そこで返ってきた博士の返事は
 「そうだよ。そのとおりなんだよ。それでみんな苦労しているんだよ。ここへもお医者さんがよく訪ねてくるよ。みんな現代医学に行き詰まりを感じているんだ。」
私はたいへんなところへなにも知らずにやってきたものだと、恥かしくなりましたが、いまさらという気持ちでなんでも質問いたしました。
 「先生の機械でどの薬草がどのひとにあっているか判るということなんですが、成分を抽出された薬草についても判るのでしょうか。」 
 「薬は飲んじゃだめだ。」
 「はあ。」
意外な答えでした。
 「薬は飲めばあるところに効果があっても、他のところを同時に痛めてしまいます。薬を飲んでいても病気は治りません。たまたま自分のもつ力が回復してそれが治すこともありますけれど、薬は本来飲むものではないのです。」
 「それじゃ、どのように。」
 「薬は飲むのではなく、こうやって身体に付けるものなのです。」
三上博士はシャツを腹からたくし上げ、胸まで開いて私にお見せになりました。えんじ色の腹巻のようなものが胸に巻いてあります。その心臓の上辺りにポケットが作ってあって、そこから何かを取り出して、目の前に掲げられたのです。名刺より少し大きなビニール袋に葉っぱは何枚か入っています。
 「ほら、ここにも。」
右腕の袖をめくると、そこにも包帯のようにえんじ色のベルトが巻いてあって、ポケットが付いていました。同じものがやはり入っていました。
 「これは”雪のした”だがね。こうやって身体に薬草を身につけているだけでいいんだ。」
私は目をまるく見開いてのぞき込んでいたことでしょう。
 「そうするとこの薬草は実際に生えている植物とつながっていて、身体にエネルギーを回らせて来るんだ。」
と博士は胸から腹に大きく円を描いて見せました。
 「すべてのものは電気をもっておる。人間の身体にも電気がある。プラスとマイナスの電子のうちプラスだけが多くなり、マイナスが不足してくると、そこへ病気が発生することになる。」
私は電子はすべてマイナスと思っていました。学生のときはそう習ったからです。
 「そこへ薬草を通して自然界からエネルギーを送ってやれば病気は治るし健康にもなる。薬は飲むものではないんだ、飲めばどこかのは毒になる。」
 「すべてはひとつのものです。それがたまたま別のかたちをとっているだけで、全部つながっているのです。ひとつのものが分かれているだけなんです。」
これは私の予備知識で理解できました。
 「地球はオゾンやいろいろなものでおおわれている。そこへロケットを飛ばしたりして穴をあけるとプラスの電子が多くなる。火山の噴火はマイナスの電子をいっきょに送り込んで穴をふさぎ安定させるためのものです。
 地震もプラス電子が蓄まったところへマイナス電子が流れ込むことによって起きる。エネルギーをみれば地震が起きるかどうかがわかる。いま地面にパイプを立ててマイナス電子を送り込み安定させる方法が実際に行なわれている。4隅にパイプを立てりゃ豆腐だって安定するからね。」
博士は急に質問されました。
 「なら崎さんを知っていますか。」
 「陸軍(の研究所)で、石油の研究をされていたかたですか。」
博士はうなずかれました。楢崎こう月先生は石炭から石油を造る研究をされていたかたです。
 「静電3法を説かれた。」
 「彼があらゆることは電子が関係していると言っておられた。」
 「活性炭を埋めると電子が補充され、その場所が良くなったり健康になったりするそうですね。」
「そう。」
 「ある方が本に書いておられますが、岡山の普通の弁当屋さんです。夫婦でこじんまりとやっていたのですが、あるとき静電三法に基づいて床下に活性炭を埋め、壁にも天井にも入れたそうです。そしたら宣伝もしないのに弁当の注文があちこちから来るようになり、さらにそこの従業員の人達は健康で、風邪一つ引かないそうです。その著者のかたが著名な経営者を何人も連れて研修の一環として見学に行き、そこで2、000円の弁当をご馳走になりました。
 そして夜、ホテルで豪華な晩餐をするのですが、どうもうまくない。なぜかよく考えたら、昼食べた弁当の味が残っていて、それで一流の料理がおいしくないという訳なのです。」
懸命に説明する私の話を、博士は頷きながら聞いてくださいました。
 「ここへもいろんなひとが来てね。」
お聞きしてみると、なんと気とか波動・宇宙エネルギー他、解明されつつある見えない世界の研究で名だたるかたがほとんど訪ねておられるのでした。またいろんな商品などを試しにもって来られるが、たいていがっかりしてお帰りになるそうです。
 「商売の邪魔をしてはいけないから、あまり言わないけれどね。」
先生の装置によるお墨付きをもらおうと、みなさん来られるということでしょう。MRAのことも博士はよく知っておられました。
「経営者で気功をやるひとも来たね。水に気を入れるといって、エイッ・エイッとやっていたね。」

続く
ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー



医療機関がストライキをするとどうなる?

というわけで、あまりにもお医者さんばかり叩くというマスコミの報道を筆頭にイジメがひどすぎると患者さんは医療を受けられなくなるぞという話が出始めているようです。


たしかに、緊急医療の際にどこの病院もも受け付けてくれないという事が起こっているのは時たま報道されています。

そして、全部そういう事ではないんでしょうが、その間に患者さんが死亡してしまったという悲しい記事が目立つのです。

これだけ聞いたら、「飛んでもないことが起こっている、患者があまりにもお医者さん叩きをやり過ぎるから、お医者さんがみんな逃げてしまうぞ。医療崩壊したら困るのは多くの患者さんじゃないのか!」


なるほど、もっともなお話です。

ただ・・・・それが全部だという事かどうかはまた異なるような気がします。

事故で足がもがれたとか、裂傷で縫って貰わないととか、外傷ではお世話になる事はさすがに現代医療にお世話になるかと思います。

しかし、それ以外に内臓的手術や薬物療法などもあるでしょう。

それらがみんな必要なのかどうか?

どうやら、そうとうな部分は不必要であるという証拠が最近になって続々出てきてしまいました。それが最近紹介した本に書いてあるわけです。

もちろん、それを書いているのは歴とした医学専門家ですから、素人考えではありません。

そこで、サボタージュ的医療崩壊が進んでしまった場合、じつは思いがけない結果が起こってくるのではないか?と、ある意味明るい未来を想像しているのがわたしんちの独善的な判断です。

昔、イスラエルで医師のストライキがあった時、なんと、死亡数が減ったという変な話を読んだことがありますが、そのような変な話をしていたのが例のロバート・メンデルスン博士が書いていました。

さてどうなるのやら・・・・・まあ、僕はほとんど土俵から降りていますからあまり関係ないか。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

医者がストライキをするとどうなるか?
医者が患者をだますとき/Robert S. Mendelsohn
(原題:Confessions of a Medical
Heretic)/弓場隆 訳、草思社
から


(管理人コメント) 誰もが想像もしない結果であったに違いない。
医療事故死は年数万人”という推定と併せ考えると、
実に整合性のとれた”事実だ”。




医者がストライキをするとどうなるか?「医療による大量虐殺」という言葉がある。これはクエンティン・ヤング博士が唱えたもので、医者が組織的に大量の人間破壊を行っているという意味である。

現代医学教がいかに猛威を振るっているかは、医者の団体がストライキに入ったときにはっきりと現れる。医者が仕事をやめると世の中が平穏になるのだ。 

1976年、南米コロンビアの首都ボゴタ(現サンタフエデボゴタ)で、医者が52日間のストに突入し、救急医療以外はいっさいの治療を行わなかった。現地の新聞は、ストがおよぼした奇妙な「副作用」を報じた。ストの期間中、死亡率がなんと35%も低下したのである。国営葬儀協会は「この現象は偶然なのかもしれないが、事実は事実である」とコメントした。 

同じ年、ロサンゼルスでも医者がストライキを決行した。このときの死亡率の低下は18%だった。カリフォルニア大学ロサンゼルス校で医療行政を研究するミルトン・レーマ−教授が、17の主要病院を調査したところ、ストの期間中、手術の件数が60%も減少していたことが明らかになつた。そして、ストが終わって医療機器が再び稼働を始めると、死亡率はスト前と同じ水準に戻ったのである。 

1973年にはイスラエルでも似たようなことが起きている。ストが決行され、診察する患者の数が1日65000人から7000人に減らされた。ストは1か月間続いたが、エルサレム埋葬協会によると、イスラエルでもストの期間中、死亡率が半減したという。イスラエルでこれほど死亡率が減少したのは、二十年前にやはり医者がストをしたとき以来だったという。 この現象について説明を求められた医者たちはこう答えた。「救急患者に限って診察したので、労力を重症患者の治療に集中することができたからだ」 

この発言は、医者が不定愁訴程度の治療の必要のない軽症患者に対し、不要な治療をしなければ、人命救助に専念できるということを意味している。 医者が救急医療に専念して、不要な医療行為を慎むのは正しい選択だ。かねてから私は、医者は永遠にストを続ける必要があると主張してきた。医者が医療行為の九割をやめて救急医療にだけ取り組めば、人々の健康状態は間違いなく改善されるはずである。

TITLE:医者がストライキをすると
URL:
http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/ishagadamasu/185sutoraiki.htm
ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


薬の支配者

薬を支配するものは世界を支配できる




政財官教プラスメディア===世界医薬産業の支配構造

とまあ、ちょっと信じられないですけど実情のようですね。

これも本の題名どおりです。

これを読むとなぜ薬害が起こり、なんどもなんども再発しているかをおおよそ知ることができるでしょう。


異常なまでのこの日本の薬好き思考を築き上げた仕組みやらシステム。


タミフルの大量備蓄等、また医療崩壊を起こすまでに至った内幕等。


まあ、同じ土俵の上からの視点かも知れませんが、なんでも段階的に土俵際に導くためには、同じ土俵の上の人にとっては見逃せない内容でしょう。


 


 


 




ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

薬の支配者


儀俄壮一郎(国民医療研究所顧問)/著 


はしがき

第一章 保健・医療の歴史と薬の役割
  1 日本・中国の医薬品と「多国籍製薬企業」
  2 一九八〇年代以来の日本の保健・医療




第二章 米欧の「多国籍製薬企業」
  1 「多国籍製薬企業」と日本の保健・医療
  2 世界の医薬品市場と各国別市場の特徴
  3 一五の巨大「多国籍製薬企業」
  4 「多国籍製薬企業」の新しい独占的高利潤確保の方法
  5 「多国籍製薬企業」の企業合併・買収とリストラクチュアリング



第三章 「多国籍製薬企業」の研究開発、生産、流通支配
  1 資本輸出・「多国籍企業」の歴史と「多国籍製薬企業」
  2 「多国籍製薬企業」の新薬研究開発過程
  3 「多国籍製薬企業」の医薬品生産過程
  4 「多国籍製薬企業」の世界戦略と流通支配




第四章 「多国籍製薬企業」の諸矛盾
  1 資本輸出の歴史的特徴と「多国籍企業」の諸矛盾
  2 医薬品の安全確保ができない矛盾
  3 米欧「多国籍製薬企業」と日本製薬企業との矛盾
  4 日本における「多国籍製薬企業」の地位



第五章 日本の製薬企業の国際的特徴
  1 日本経済に占める医薬品産業の位置
  2 日本の製薬産業の国際的地位
  3 医薬品産業と日米経済関係
  4 薬価基準の問題点
  5 「多国籍製薬企業」の高利潤と高薬価問題
  6 医薬品の有効性と安全性
  7 医薬品産業の新局面
  8 国民のための医療のあり方



第六章 薬害多発の政治的・経済的構造
  1 薬害根絶のための歴史的原点
  2 日本の薬害の国際的特徴
  3 薬害エイズから見た財・政・官・学の癒着関係
  4 血液製剤輸入の問題点


第七章 「多国籍製薬企業」に対する民主的規制
  1 「多国籍製薬企業」による人権侵害に対する規制
  2 「多国籍製薬企業」に対する民主的規制
   資料? 医薬品と薬価に関する提言(第一次・一九九五年)
   資料? 医薬品と薬価に関する提言(第二次中間報告・一九九九年)
   略年表 日本の「長期不況」と医療・社会保障「構造改革」
   参考文献 (兼初出一覧)

 あとがき


  
   著  
者  儀俄壮一郎(ぎが そういちろう) (国民医療研究所 顧問) 
   発 行 所   (株)新日本出版社      発 行
者 小桜 勲
        2000年1月25日 初版       定価2,600円(税別)
              



URL:http://nhj.or.jp/html/syoseki/sihaisyamokuzi.htm




ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


あなたが病院で「殺される」しくみ

あなたが病院で「殺される」しくみ


およ〜〜〜


またまた過激な題名をつけおって!

いいかげんにせいよ〜〜


と、まあまあこれは本の題名ですよ〜〜

ネット検索で題名入れりゃわんさか出てくるはずですけど。


まあ、これも「同じ土俵上での批判論」なんでしょうが、それでも凄い内容だと思いますね。

いかに今までの医療がインチキ的にされてきたかが、一冊によくまとめられているのは、やはり同じ土俵上で真摯に真実の追究を重ねてきた著者の偉大なる功績なんでしょうね。


ここでインチキと書くと、やはり過大評価となりそうなので、重大な欺瞞とでも・・いや、大きな策術行為が存在していたとでも訂正しておきます。

いくらなんでもインチキよわばりされたんじゃ、現代医学がいくら迷信だと言っても言い過ぎなのです。


そして、それを創り上げてきたのが医薬産業、国の行政、学者、医師たちばかりであると錯覚してしまったら、これも偉い勘違いとなるからです。

なんども繰り返しますが、


今の非科学的な現代医学(あえて書きます。ロバートメンデルスン医学博士は現代医学は宗教であると書いていますから、科学ではないと言うことを医師自ら告白していたわけでしょう)を創り上げた共同制作者のひとりに「あなた」も加わってきたんですから。



そして、この「わたし」も同罪なんですよ。!!


それは今現在はさも解ったような事言っているけど、少し前まではまったく同じ土俵の上に居たんですから。

さらに、ひとの輪廻転生を信じるならば、他の人生では立派な医学関係者だったと思っています。

だからこそ、こういう医学問題に関心があるんでしょう。

よく、世界を陰謀であやつっている世界的金融資本を痛烈に非難したり、それを暴くことの仕事を一生懸命やっている、やりたがる人たちは、やはり他の人生ではむしろそういう側に居た人たちでしょうね。



ユダヤ民族として一生を送った人がこんどは別の人生で非ユダヤじんとして生まれ、迫害を一生懸命やっていたり、まったくこの逆の立場で生を送っていたりと。


今医学界でも相当異端児が現れてきているようですし、内部からの医学の迷信を破りつつあるようです。

そして、ごくごくキョクタン論ばかり発している、この土俵外の異端児の僕の様な存在もチロチロと動き回っている(爆)世界です。


こんな下らない日記をかいてご満悦にふけっている奴が誰だとか肩書きはとか、いろんな想像をしてもらっても意味ナインです。

どうせ下らない奴だってことはもう文面からあふれ出ているでしょ!?


だから全部を鵜呑みにしないでください。
そして、自分で調べてから判断なりしてください。
ここは取捨選択が絶対必要なある意味独善的な個人日記くらいに眺めてくださいね。

今日は本の題名だけを紹介しましたが、この本を読んでいま起こっている医療崩壊の本当は必然的であり、医師も患者ももう少し知るという事が必要なんだという意味で、医療崩壊は大きな気づきのチャンスなんでしょうね。


患者側、つまりあなたは「自分の生命と健康をまったく人任せ、丸投げにしてきたツケを受けなければ」【知る】事が出来ない状態だからでしょうね、医療崩壊はそこに大きなチャンスを与えてくれるんですよ。


よく知るってことは、医師側もそうなんです。
え、医師が知らない?って変に思われるでしょうけど、医師というのは一方的な情報しかほどんと与えられていないんです。
それは患者側もそうなんですけど、もし本当に知ることを知っていたら、こんな医療崩壊なんて事も起きるはずもなく、いろんな訴訟がどんどん増えるはずもなかったんです。


単に医師や病院の批判論で終わっていたんじゃ、まだまだこれから薬害を受ける人は増えるでしょうし、それがいつかあなたにも回ってくるツケみたいなもんじゃないでしょうか?


最終的には「患者側にも大きな責任がある」ってことです。

薬害肝炎の検証より

はい、じつはトラックバックなるものをよく知らないんです。


だから、このブログにトラックバックが付いていると知ってもどうすりゃいいんだべさ。

と、まあ知らないんだから放っておけってなるんですけど。

さきほど、薬害肝炎記事に付いているトラックバックのリンクへ飛んでいったら、なんと素晴らしく詳しく書いてあるようなので(失礼ながら箇条書きしか読んでないけど)ぜひとも皆様にご紹介したくて。



どうも当ミス日記帳は「薬は毒だ」「薬が病気を造る」などとあまりにもキョクタン過ぎてしまって付いてくる人がいないくらいですから、物事はほどほどにしとけよって事でしょうか?

いや、いやん、こういう極々キョクタン人間も必要な一つの駒の役目でしょうけど。


みんなが歯に衣を着せてお喋りしているのも穏やかでよいですけど、なんかこれだけでは目が覚めんこともありますし。

しかし、こういうキョクタン論は大体嫌われるか無視されますので、僕はよく他人様の引用をさせていただいているわけでして・・(ウソ付け、たいした文章掛けないから爆)


 


下のブログの作者が医療関係をまとめている所をリンクしました。


医療崩壊の真の意味が分かるまでもう少し時間が必要かと思いますが段階的に深層に迫ってくるかのごとく素晴らしい日記が見つかるもんでございます。


http://8910-1000.at.webry.info/theme/d327da80f8.html


と書いて後で少々読みました。

やっぱり、まだまだ同じ土俵の上での記事となりますね。


こちとらは土俵の外から見ている記事ですので、ちょっと、いや、大違いのところがありますね。


しかし、世間様にはあまり一度に解るはずもなく、ちくちくと土俵際に導いてゆくには土俵内からの記事も必要不可欠なんだと思いますよ。

土俵って?


現代医学教内の信仰者同士が取り組み合っている同じ土台上の話ってわけです。


豪雪の前触れか、中国餃子事件

中国餃子



で大騒ぎになっているけど、農薬に強く反応した人が出たから「ようやく」騒ぎ出しただようなもので、こちら雪国でもありますねえ、そういう傾向が。


まず雪が降るから雪国という、当たり前すぎて、それがあまり見につかないというか最近は降ったり降らないダリの年があるので、その対策もついついおろそかになってしまうという事がおこりますね。



つまり「今年は雪が降りそうもないから・・」というのと、「まあ・・降ってから準備すればいいさ〜」という軽い気持ちになって行くんですね。


それも長い間の余裕というものかも知れませんけど。



しかし、いざ突然大雪になったとき、「よし、やっと降ったか。どれスコップとスノーダンプを!」とホームセンターなどへ飛んで行きます。


そんな人が意外と多かったとき、あっという間に品物が店頭から消えてしまうのです。


そりゃあそうです。
急の間に合うほど準備してないですよ。
ある程度の保管ですからみんなの手に渡るほど用意してないわけですよ。



それに雪国なんだから普段から用意してあるのが普通だというもので、雪が降ってから用意するなんて事は少ないはず。少々足りないという見込み分だけ用意してある訳なんですから。



ああそれなのに、長い間タカを食っていたプラス思考の人たちはあまかったというわけです。
じっさいに昔そういう事がありました。店先から除雪道具がきえてしまった事が。



でも、ある程度は雪国だから手元にあるわけですね。
そういう道具は腐りませんから、どうにか出して使えるわけです。
とりあえず2,3ヶ月の雪の多い時期だけやり過ごせばどうにかなりますし。


それで品不足を経験した人はある程度は雪が降らなくても用意しておくのです。


大雪が降ってからでは遅いという事を身にしみて体験しましたから。


 


中国餃子の件がなんで? 雪国のスコップやダンプの話になるの?



いやあ、もうお分かりの通りですよ。



スコップやダンプくらいなら、少々無くてもお隣さんや知り合いからでも借りられます。他人様が使い終わるまで辛抱して待ってからですけど、それでもどうにかこの冬は乗り越せますね。



しかし、こと「食べ物」の場合はどうでしょう?



他人様が食べ終わるのをじっと耐えて待っていられますか?
そして、他人様が食べ残すかどうかも分かりませんし、残しても「私に」くれるかどうかも分かりません。



その他人様だって大事な食べ物ですから、冬の雪の様に春になれば消えるという様に決まっていて、この時期だけ乗り切れば大丈夫だという保証もないとしたら、誰も先々の不安がありますから、やっぱり自分の食べ物は自分のためにとっておこうとなるかも知れません。



もっとも日本人はそういう時は「大和魂」が自動的に発揮できるから助け合いが起こるだろうと考えてもいいんでしょうけど。



それにしても、日本の食糧事情は「急の豪雪」に耐えられないほど貧弱なんですから、平等に助け合ったとしても相当な覚悟が必要という現実らしいです。



餃子ひとつの事件をきっかけにして、いざ豪雪になったらどうする?って事を我ら日本人は胸に突きつけられたわけです。



餃子が止まったってどうってことないでしょ。
しかし、大豆が止まれば味噌しょうゆという日本人の土台となっている食が断たれるわけで、もうガソリンがなんだとかかんだとか言ってられない、メタノール燃料とかいうものに使われるトウモロコシでももっと高値で買って一時しのぎをしなければならないくらい、一度に食料をストップされた時の日本は悲惨でしょうね。



イモを食ってしのげ?って、イモを植えてからどれくらいかかりますか、食えるまで。特にサツマイモなど期間がかかります。


いざというとき、例えば夏ごろになって急に豪雪になったとしたら、豪雪とは「外国からの食料の大半がストップする」というハプニングの事ですけど、まあ、そんな事はあり得ないとしても、何分の一かストップしたらどうなるでしょう。



じゃあ、イモ食えったって、もう間に合わないでしょ。そんな時期に植えたってだめですよ。よほど南国でなければ間に合わない。それに急に畑を増やせと言って無理です。



米が余っているといっても、他の食料が無くなったら全然足りないわけですから、急に増産といっても数年はかかりますよ。もう田んぼ捨てちゃってから何年も経っているような所がいっぱいありますから。



それに夏をすぎてからいくら大騒ぎしたってもう来年の春までは植え付けも出来ないんです。そして来年の春に急に田んぼが増えるはずもないんです。
さらにその春植えた苗が育って米として食べられるのはもう半年先でしかない。


それまで、イモ喰えっていったって・・・先ほどの話に戻るだけで。



そりゃあ、日本は大金持ちだから外国の食料高値で買ってしまえと言うでしょうけど、他のものならいざ知らず自分たちの命が危うくなるほどよそ様に提供する国はないでしょうね。
そんな政府があったら国民の暴動で潰されるでしょう。


 


昨今世界的な異常気象でもうそろそろどこの国も自分たちの国のために備蓄したり、国外にまわさない方針を立て始めているでしょう。


おそらく中国でも国民が黙っていなくなるでしょうから、なんで日本人がたらふく食って、しかも大量に捨てているのに、我らが飢えていなければならないんだ!!と怒り出すでしょう。


 


そうなると、もう餃子どころの騒ぎではなくなりますね。あらゆる食料を日本人になどまわすな!自分たちが作った食料をなんで自分たちが食べられないんだ!とね。



しかも日本人は安く買いたたいて毎日大量に捨てているという事情を知られたときには中国国民は怒り大爆発というシナリオもあり得るわけです。



チミィ〜〜、それはちょっとネガティブ思考過ぎるよ。



とポジティブ思考派は笑ってたしなめるでしょう。


たしかに何も今後なければそれで良いですよ。心配しただけ損だなんていう人も居るでしょうが、しかし、雪国で十年も小雪が続いていたんですっかり安心仕切っていたら、突然豪雪が2年も続いてしまったなどという事が実際に起こるんですよ。



雪なら良いんです(実際には現地の人には大災難だけど)が、食べ物の豪雪が2年も続いて来たんじゃタマリマセンよ、これは。



こんな事は大昔から言われてきたことなんですけど。だから誰でも知っている事なんです。


しかし、だれもそれに対して準備してこなかった。それは事実です。


「知ってはいるがやりはしない」という状態がこの日本人には合っているんでしょうか?


こうして「雪が降ってから大あわてで雪かき道具を買いに行く愚か者」は店頭に行ってみて深いため息をはいて突っ立っている。
道具は全部売り切れちゃって何もなかったそうな。


チャンチャン


 


農薬の次は何が起こるんでしょうか?



それはもっとドエライ真実でしょうね。


 



「病気を治そうとして使ってきた薬が病気を造っていた」なんて。



これは口が裂けても言えやしない、イエヤシナイ・・・・



もしもこんな事が知れたら中国餃子事件なんてどこかへぶっ飛んでしまって、みんなが大口を開いてポカ〜ン立って、いやもう思考停止してドングリ眼の人ばかりになってしまうでしょうか?



いや、そんな事はないでしょう。
まだまだ、世界的薬信仰は続いて行くでしょうから、そんな衝撃的なことは起こりえないか。


それでもだいぶ薬に対する内部告発やらいろんな本が出ていますね。
いま僕は医療や薬にかんする本を10数冊借りてきて読み始めて居るんです。


その合間にこんな下らん事書いて鬱憤ばらしをしているわけ。(苦笑)



【あなたが「病院で殺される」しくみ】第三書館発行


題名でもちょっとおどろいたけど



ありゃりゃ、著者をみたらなんと「雪国」のひとだった。


そのうち要らぬおせっ解説をしたいと思います。


はい、例によって自己都合の良いところだけですけど。
もっともそんなことは医薬業界でも医学界でもずっと昔から堂々とやって来たことだから、あんでもない事だな。


 


 

タミフルも相当備蓄したようですし、後はもう

昔の掲示板から拝借。

新聞もお国のお役人も教育者も、もちろん医学甲斐も言うわけナイ情報。


だれがいったい、本当のコクミンのためになっているのか、ようく考えてみよう。


そこには利益が介在しているか?

地獄の沙汰も金次第と言っているのは、この現世世界だけのことなんだ。そして地獄というのもあの世には存在しない。

わざわざ目と耳をふさいで、口を閉ざして地獄的世界を楽しんでいるのは


あなた!

と言われる、いや、自分で将来思うことが来るだろう?


官民そろって タミフル合唱を繰り返している中で

蟷螂の斧を振り回している 痩せガエル 応援してくれるのはイチャか、はたまたリョウカンか?

いやいや、だれもおうえんなどせんわい!!

それじゃ仕方なく、ちくちくとやるかい〜あきずに(一番飽きっぽい性格なのに)


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

















日本人はあまいのう 投稿者:akyoon 投稿日:2005年11月26日(土)11時25分8秒 <NOBR>  返信・引用 </NOBR>








民古
いや、タミフルとかいうインフルエンザ予防薬、売れて売れてしようがないよ
うですね
一番の顧客は日本人とか
いやはや、素直な日本人、と言えば良い表現ですが

騙されやすい日本人と置き換えるととんでもない事になります。
この下記事のような事ばかり考えているヒトも日本人でしょうね〜〜

これじゃね〜〜〜  (たまにはいいけど) 常にこんな今年か興味ないんじゃ
自分の身体が侵されていても ちっとも気づくはずないわ

 


http://asyura2.com/0510/health11/msg/163.html


 

 

 

 






タフ見る 投稿者:akyoon 投稿日:2005年11月26日(土)11時50分0秒 <NOBR>  返信・引用 </NOBR>








他掲示板に投稿しようとしたら拒否されて
せっかく書いたのもったいないから

相変わらず、毎年予防接種の時期になって思うことがあります。



「病気を予防する」という大義名分の為にどれだけ長く吾々は騙され続けてきたのでしょうか?



これを○○の陰謀論とは言ってはもう根本を外れてしまうと思うのです。
なぜなら、騙す方と騙される方という分け方は単純過ぎる責任逃れの考え方だと思います。




今までの医学をまったく専門家だけの分野として、一般の吾々は「丸投げ」のごとく、任せきってきたからです。



医学専門家だけが真実を知っている。・・という思いこみが一番の源なのだと思います。素人はだまってろ、玄人に任せておけ。



こんな考え方が医学の誤りを助長して、いまやその誤りは極大化してしまったのでしょう。




最近話題になったインフルエンザ予防薬なども、そんな「知らない、知ろうとしない」一般人も無意識に協力してきたからでしょう。

一番の原因は「知ろうとしない」あなたにあります。


 



こう言われると怒りがわき上がると思いますが、その怒りを「知る」というエネルギーに向けて頂きたいと思うからです。




予防接種の無効性と危険性は昔から言われてきました。
そんな中で今でも参考になるのは「危ないぞ予防接種」というイギリスからのメッセージです。



今の時代になって薬もいろいろと名前を替えてしまうため古い話だと思うのは早計です。根本は同じなのです。
この先もいくら予防という美名で出てくる薬(ワクチンも)も根本は毒物です。



副作用が無いなどと言っている医師もいますが、彼らは最後には責任をとる意志があるのか分かりません。



薬害エイズ事件でその事がよく分かったでしょう。
責任は私たちひとりひとりにあります。決して他人は責任をとってくれません。国家賠償なども国民の税金です。

http://nigoron.hp.infoseek.co.jp/newpage1.htm

また薬とは一体なんだという事。
それは動物実験で作られる。しかしその動物実験も非常に誤りがあるということ、やはり、よく知る これを放棄している人が何かあった時にその責任を他人に向けるのは本当の無責任ではないかと思うのです。

そして、国家賠償を求めて裁判を起こすのは良いですが、その賠償金は国民の税金です。国民が国民を訴えて税金を受け取っても誰が反省する事があるでしょうか?
http://f46.aaa.livedoor.jp/~himaari/newpage3.htm


おまけ
タミフルはインフルエンザを治さない(科学ニュースあらかると)

で、結局の結論は
抗インフルエンザ薬「タミフル」
タミフルの
成分はリン酸オセルタミビル
インフルエンザを「予防する効果」は一切ありません。
インフルエンザ・ウイルスを「殺す能力」も一切持ちません。

ははのんきだね〜〜
知らないって事は!!


http://asyura2.com/0510/health11/msg/151.html


記  やっぱり、あれから出ましたね。 薬害肝炎訴訟


  追記 そして、薬害訴訟のたびに吾々国民の税金が使われて行く・・そして・・・国のお金はもうナイ!てt言われたらどうするの? ??   


 ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー


 

まいにち、まいにち、ぼくらは〜





予防接種の考察  投稿者:akyoon  投稿日:2005年11月28日(月)00時16分48秒 <NOBR>  </NOBR>







  として、ひまじんのhimaari氏が音声読み上げまで作ってくれているので紹介しておこう。

第一章 予防接種に問題はないか?
読み上げabunai1-2.wma へのリンク
  文章 危ないぞ予防接種より 1

     栄養と健康維持の疎外
読み上げ abunai2-1.wma へのリンク
    文章危ないぞ予防接種より 2
 左クリックで読み出し。右クリックで「保存する」を選択するとダウンロードできます。     windowsのメデアプレーヤー9で再生(最新リアルONEプレーヤでも再生出来ます。 「開く」から対象を選択します。)


http://homepage3.nifty.com/himaari/abunai2-1.wma

http://homepage3.nifty.com/himaari/abunai1-2.wma

 



<SCRIPT type=text/javascript>
</SCRIPT>

<SCRIPT src="http://pagead2.googlesyndication.com/pagead/show_ads.js" type=text/javascript>
</SCRIPT>

医療崩壊は自然の法則で順調に行っている

食と生命
食と生命1
食と生命その2
食と生命その3

食と生命1ー自動読み上げページ
食と生命その2ー自動読み上げページ
食と生命その3ー自動読み上げページ



松本英聖著・医事評論集(全六巻)/第一巻−−−−食と生命
ーー病なき世界の実現を目指してーー/ISBN4-906255-17-5/\3000
1994年6月15日  第一刷発行  技術出版(株)発行 03(3707)3766>

松本英聖 氏 Matumoto Eisei 保健学博士、ユニオン大学保健科学研究
所教授を経て現在、保健科学研究所所長。自然科学の研究及び実践活
動を通じ、マクロ・ライフサイエンス(食と気の科学)による21世紀
医学革命論を提唱する。著書に『松本英聖・医事評論集』全5巻刊行
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