食と生命より3 塩分について

4食塩をとりすぎないように

塩は一日一〇グラム以下を目標にして、できるだけ減らすようにという指示であ
るが、これは間違いである。
そもそも日本に塩を減らせという考え方が広まったのは、アメリカやヨーロッパ
の論文を鵜呑みにして伝えたことが発端である。アメリカや日ーロバの場合は、
減塩ということもそれなりに理由がある。それは肉がナトリウム性の食べ物であ
るため、肉食が多い欧米人が、同じナトリウムの塩を摂り過ぎるとダブル・ナト
リウムの状態で、“塩害”が起こってくるからである。

塩を摂ることによって大きな“塩害”が起こるという欧米人の立場で書かれた論
文に、日本の一部の学者がとびつき、「塩をひかえましよう」という運動に発展
した。いわば早トチリが生んだ勘違いの運動でありた。

日本人の食生活では、欧米人に比べると肉食はまだそれほど多いとはいえない。
どちらかというと菜食的な傾向が強いので、いまのところ塩をひかえる必要は全
くないといえる。

ミネラルのバランス理想的な食生活というのは、穀物や野菜が中心となる。この
ような食生活では、塩は不可欠である。何故なら、穀物や野菜はカリウム性の食
品であり、どうしてもカリウムにかたよりがちで、塩のナトリウムを損らないと
バランスがとれなくなるためである。

ナトリウムは男性的な“海”のミネラルであり、カリウムは女性的な“土”のミ
ネラルであるから、両々相まりて、つまり陰陽のバランスがとれて、はじめてう
まくいくことになる。
ナトリウムというのは、われわれの身体の中の自然治癒力と密接な関係があり、
ナトリウムが不足して、自然治癒力が低下すると、いろいろな病気にかかりやす
い。塩気がぬけた状態になると病気になるということである。

ト一バガンを始めとする慢性病の患者さんの血液を調べると、ほとんど例外なく
“脱塩状態”である。
夏バテというのも、“脱塩状態”の人に多く、カゼをひきやすい体質とか、女性
の場合の冷え症もみなナトリウム不足。

塩気をとらないと根治できない。「塩をひかえましよう一などという運動を下手
に展開すると日本人が一億“総説塩状態”になり、カゼひきと冷え症の人間だら
けになりかねない。


一部ナトリウムは精神的な問題とも関係がある。ヤル気を起こさせるのもナトリ
ウムである。
「今日ー日がんばってやろう」という意気込みは、ナトリウムが足りないと出て
こない。前向きの姿勢で、いろいろな障害物を乗り越えてやり抜くためには、塩
気が不可欠である。


    塩分と血圧
ナトリウムは血圧と関係があるといわれているが、これば間違いである。最近、
塩が血圧をあげるというデータが海外の雑誌などに発表されて誤解されている向
きもあるが、塩によって血圧を上げることば絶対に不可能である。

私共は昭和三十年頃、動物に塩をどんどん与えて血圧を上げる実験をやったが、
どうしても上がらなくて大変に苦労した経験がある。私共が実験を行なった範囲
においては、動物に塩を与えて高血圧症を起こさせた例は一つもない。ナトリウ
ムと血圧は別の問題である。

ただし、精製塩を摂ることによって腎臓が悪くなり、その結果、二次的に血氏に
影響を与えるという筋書きは考えることができる。
しかし、塩と血圧は直接的な関係を持つものではないから、安心して大いに塩を
とるべきである。指針の目標は一日に一0グラム以下となっているが、一五グラ
ム以上は、ぜひ摂る必要がある。



   楽しい食生活を
一家団らんをして食事をするというのは当然のことで、論評を加えるまでもない

 正しい食生活の原則正しい食生活とは、自然の生命の営みを保つでいる食物を
、できる限り自然のままの状態で口にする「自然食」であると同時に、それは民
族の伝統を受けついだ「民族食」であり、また郷土の香り豊かな「郷土食」でも
ある。

要するに、自然の恵みと、人間の生活の知恵との調和の中にこそ、真に正しい人
間の食生活のあり方がある、ということだ。
次にその原則について簡単に述べておく。


   一、身土不二の原則
その土地でとれた食物をなるべく食べること。その土地でとれた作物は、その土
地の気候・風土にもっとも遇した食物だからだ。また、季節季節にとれるものを
食べることも大切。季節はずれの食物はなるべく避けることを心がけるべきであ
る。仏法で言「※※※※」ということである。


   二、一物全体の原則
食物は、なるべく丸ごと食べること。生物は、全体としてバランスがとれている
からだ。
部分食は体のバランスが乱れるもととなる。牛でも豚でも丸ごと一頭平らげるな
ら恐らく害にはならないはずである。

   三、主食中心の原則
人間の食物は穀物が中心。穀物は禾本科植物の種子であり、種子には次代の生命
が結実しており、もっとも理想的な完全バランス食となるからである。

 四、葉・根薬食の原則
副食は、菜食が中心となるが、全体食となるように  肉と野菜バランスをよく
調和させる事。
葉菜は体を冷やし、根菜は体を温める食物。また、海藻、小魚類は大いに食べる
。しかし肉、卵、牛乳などの動物性食品はなるベく避けることが原則となる。

  五、調味料の原則
食塩は荒塩、砂糖は黒糖を原則とする。
みそ、醤油、納豆は日本人の体質に合った発酵食品であり、日本民族の傑作中の
傑作ともいえる調味料であるから大いに活用したい。
チーズ、ヨーグルトなどは西洋人に適した発酵食品で、日本人はみそ、醤油、納
豆、ぬか漬けなどが合う。ただし、保存料をつかっていない純正なものを。
油は植物油を原則とする。とくに、ゴマ油は酸化されにくく薬効もあるから貴重
である。石臼絞りの昔ながらのものを手に入れることがよい。精製油は不可。
酢は体質によって使いわけることが大切。(次項参照)


    食物と体質
次に、重要なことは体質に合った食物を選ぶこと。
陽性体質(西洋人や男性・筋肉質で固肥り体質)の人は、葉美類・果実・生水・
生野菜などの体を冷やす食物が適し、酢も大いによい。塩分はひかえ目とする。

陰性体質(東洋人や女性・やせぎすで、冷え性、ぶよぶよぶとり)では、根菜類
や火食などの温める食物が必要。塩分を充分にとり、生水・酢・果物などはひか
え目とする。
豆類なら黒豆や小豆は陰性体質に、大豆や青豆は陽性体質向き。板菜類でも大根
・カブなどは陽性体質向きだが、ニンジン・ゴボウ・レンコンなどは陰性体質向
きである。
このように、食物を選ぶ場合は、体質を考慮することが大切。今日の食生活は、
この点を無視していたためにむしろ逆効果をきたすことさえあるから気をつける
べきである。


   健康づくりのカギは“台所革命”から

次に調理の原則について簡単に述べておく。
料理とは、自然の恵み(素材)を、自然の原理に従って、人間の『健康と長寿』
に生かすための創意工夫であり、いわば芸術でもある。
自然の恵みを生かし、それらを組み合わせて、味覚的にも視覚的にも、そして健
康的にも、より優れたお科理として食生活を豊かにするための精進――つまり“
精進料理”こそ日本人の食生活の原点である。
世間でよく言うトリの餌ではないということだ。
この精進料理によって、一家中が自然との調和を保ち、心身共に健やかな生活を
営むことが保証されるのである。


つまり調理とは自然と調和するための理性的活動であり、また愛の結晶でもある

この原則を忘れた料理は、自然との調和を破壊する料理――つまり“壊理”にほ
かならない。一流料亭の懐石料理も、もし日本人の心の原点を忘れれば壊石料理
に早変わりするわけだ。
なお、調理すること自体が、すでに一一の消化過程(消化管外消化)でありて、
いわゆる生理的消化過程(消化管内消化)の延長線と考えるべきである。この点
が人間の食生活と動物のそれと決定的に違うところ。文明の原点は火食にはじま
る。


そこで、調理(消化管外消化)は、食物の選択(理性的消化)よ包丁(機械的消
化)よ煮焚き(加熱消化口火食)、調味・盛りつけ(感性的消化)といった一連
の手順と考えることもできよう。
そして、それらは個々の体質との関係を考慮し、自然との調和をいかに上手に演
出するか、というところに調理の“味”と“精進”があるというわけである。

ともあれ、家庭の“健康革命”は、一家の主婦による“台所革命”にかかっている、と
いっても過言ではあるまい。

松本英聖著・医事評論集(全六巻)/第一巻−−−−食と生命
ーー病なき世界の実現を目指してーー/ISBN4-906255-17-5/3000<
1994年6月15日  第一刷発行  技術出版(株)発行 03(3707)3766
<BR>
松本英聖 氏 Matumoto Eisei 保健学博士、ユニオン大学保健科学研究
所教授を経て現在、保健科学研究所所長。自然科学の研究及び実践活
動を通じ、マクロ・ライフサイエンス(食と気の科学)による21世紀
医学革命論を提唱する。
著書に『松本英聖・医事評論集』全5巻刊行中。   ここでご紹介したのは第一巻です。
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食と生命より まちがいだらけの食情報

       食と生命より    その2
・・・・・・
の中毒であることを証明。それ以来、化学調味料の安全性について大論争が巻き
起こり、未だに決着をみていない。

それにつけても、昭和四十八年の石油ショックを契機に、某大手メーカーは石油
節減を理由として石油合成化学調味料――アメリカでは当初から輸入禁止してい
る――の製造を中止するに到った。

ことの真相は知るよしもないが、おそらく近い将来に、必ず安全問題が再燃し、
消費者パワーの槍玉に上げられることを知っての対策であろう。たとえ原料は天
然物でも、その実体は化学物質と考えるべきである。


余談になるが、この論争の最中、チクロ旋風(発ガン性が証明)が巻き起こり、
あっという間に市場から消えた。ズルチンが消えて僅か一年目、残る人工甘味料
サッカリンだけ。
この発ガン性をめぐりていまなお論争がくすぶりつづけている。

いずれにせよ、いまの食生活においては、単に食塩制限をすれば良いというよう
な短絡的思考では健康を保持することばできない。化学塩を自然塩に切りかえ、
化学調味料をやめ、肉食過剰と野菜不足を解消するといった食生活全般に亘って
改善をはかる必要があることを銘記すべきである。


  今後に残された課題

アメリカの「食事目標」が、肥満対策を第一目標にかかげ、その具体的指針とし
て、自然殻薬食を中心にした食事改善を国民に呼びかけたことば、アメリカの現
状からみて当然のことであり、それなりの評価はできる。
だが、この「食事目標」をガン対策という視点から検討すると、大きな問題点が
残されている。
アメリカの「食事目標」が殻薬食を奨励する一方で、動物食の問題にほおかぶり
して、現状のままで良い、と青(※途中不明ーーーー後は本書をお読みください)


している点だ。日本人の場合、国民死因の首位はガンであるから、この問題を見
過ごして通るわけにはいかない。

とにかく、現在のアメリカの食事目標は肉食問題について一言も触れていない。

まさに「ガン問題」と「肉食問題」は現代医学・栄養学の聖域であり、それに触
れることばタブーでもある。
アメリカの「食事目標」が、いまひとつ冴えない理由はここにあっ、両?点晴を
欠く所以でもある。

“仏つくって魂入れず”とはこのこと。折角の自然穀菓食も、これでは片手落ち
といわざるをえたい。
いったい、なぜこんなことになったのだろうか?なぜアメリカの妥事目標いは肉
食問題に深く立ち入らなかったのだろうか?
この問題は次章において詳細に述べるので、ここでは省略するが、少なくとも正
しい食生活とは何か?という問題を考える場合、肉食が重要なポイントになる―
―ということだけを念のためつけ加えておく。


  日本の食事事指針」について

最後に、われわれ日本人にとって、直接関係のある日本人の食事指針――厚生省
が発表した「健康づくりのための食生活指針」(昭印年5月)の全文を紹介して
おこう。
この「指針」は、一見すると大変に出来映えよく感じられるが、その内容にはか
なり問題点が多い。幸い森下敬一博士が各項目毎に問題点を指摘しておられるの
で、その全文(「自然医学に訓号・昭和?年9月号)を収録さでていただいた。

なお、同博士の指導される正しい食生活指針も文末に掲載したので是非参考にさ
れたい。


「健康づくりの食生活指針」(厚生省)を採点する
昭和六十年五月、厚生省から「健康づくりのための食生活指針」が発表されたの
はご承知のとおり。日本国民が健康増進と成人病予防のためには、このような食
生活が望ましいという五つの指針を打ち出したものである。
欧米では、政府によるこの種の食生活指針は珍しくないが、日本では今回が初め
て。外国で実施しているからわが国でもと、鋭意努力して発表に漕ぎつけたのは
大変結構なことである。

しかしその内容は、八年前のアメリカ食事目標の水準にも達しておらず、肉食中
心の従来の栄養学から一歩も出ていない。採点すれば、百点満点の三十点。期待
はずれの“答案”ということである。
次にその問題点について述べてみよう。


    多様な食品で栄養バランスを

まず第一、バランスをとるために一日三十種もの食品を拠る必要があると述べら
れているが、食生活を正しく改善するために一番大事なことは、主食中心主義の
食生活に変えることである。
アメリカの食食事目標がこの点に気づき、従来の栄養観を一紛して、主食中心主
義に一八O度方向転換したことは、高く評価できることである。

しかるに、今回発表された日本の要生活指針は、戦後一貫して指導して来た従来
の栄養学「主食はどうでもよい。副食を主食として、バランスのとれた食生活を
行なう必要がある」という、大変無茶な考え方を押しつけている。

これは完全な間違いである。
大体、食べ物のバランスをとると簡単にいうが、実際には、それは大変に難しい
ことである。
何故かというと、食べ物の栄養効果というのは、食べる人の精神的な状態、阻し
やく回数、消化液、腸内細菌などの要因によって変わってくるからである。

同じ食べ物を同じ量食べたとしても、同じ栄養効果が身体に与えられることは、
絶対にあり得ないということは明らかである。現代栄養学が教えているように、
栄養素通りの栄養効果がわれわれの身体にプラスされるということは、奇跡でも
ない限り起こり得ないということである。

   栄養価は人によって違う
分かりやすく説明するために、肉と野菜のバランスを考えることにしよう。
肉を食べた場合の栄養効果は、同じ一人の人間が同じ量をとったとしても、幼児
期、少年期、壮年期、老年期ではそれぞれ異なる。日によって効果が違うとも言
える。
また、徹夜の重労働でクタクタになって食べる場合と身体のコンデションの良い
時に食べる場合とでは、同じ量を食べても、効果がまるで違う。
したがってその栄養効果を測定することは簡単にはできない。まずは不可能とい
うべきである。

肉を食べると、身体の中に老廃物つまり肉の毒が残るが、その最も十人十色、人
によってそれぞれ違う。それをどのようにして測定するか、という問題もある。


一方、「肉の毒を消す野菜のアルカリにしても、どの程度身体の中に吸収される
かということは人によって千差万別で、これもまた測定することば非常に困難で
ある。

体内に残る肉の毒の量が未知数で、それを消す野菜のアルカリの吸収最も未知数
であるとするならば、そのバランスをどうやってとるというのだろう。未知数と
未知数では、バランスのとりようがないことは明白である。

食べ物のバランスをとるということは、便利でもっともらしい表現の仕方である
が、それは事実上不可能であベランスは主食で  る。つまり一日に三十食品も
の食品をもれなく組み合わせてバランスとるなどということは、初めから出来な
い相談。


それでは、食生活のバランスはどうやってとるのか。それは簡単明瞭。主食中心
主義の食生活にすることである。

どこの国でも、その上地でとれる作物の中で最もバランスのよくとれている作物
が主食となっている。したがって主食中心の食生活をしているとバランスがくず
れる心配がない。
逆に言うと、バランスのとれた食生活とは、主食をしっかりと摂り、副食のバラ
ンスなどを考えなくてもよい食生活の在り方を指すのである。


というわけで、第一項の「多様な食品で栄養バランスを」は、「主食中心の食生
活にして副食の数をなるべく少なくする」に改めるペきである。


今回の「食生活指針」は、活字にするともっともらしく見えるが、以上述べたよ
うに、アナだらけの指針であることは否めない。

日常の生活活動に見合ったエネルギー第二項にある日常の生活活動に見合ったエ
ネルギーは、二五OOカロリーを目標にしているようであるが、これは日本人の
一般的な生活活動からすると、いかにも多過ぎる。激しい肉体労働をする時には
、当然カロリーを多くとらなければならないが、普通の都会生活者の場合には、
二OOOカロリー未満で充分である。

ちなみに世界の“長寿郷”のカロリー摂取量を挙げると、東洋のカラコルム山脈
の南にあるフンザでは大体一二OOカロリー、南米エクアドルのビルカバンバで
は約一五OOカロリー、ソ連のコーカサス地方では一八00カロリー程度である
。平均すると大体一五OOカロリーということになる。この程度のカロリーで、
彼らは大変な長寿を保つている。


それに比べると、文明社会においては、総体的にカロリーをとり過ぎる傾向にあ
る。余計なカロリーをとり過ぎると長寿ばおぼつかない。日本は平均寿命が世界
一になったというが、文明社会という“短命国”の中においては、肉その他の動
物性たん白食品を食べる量が少ないから、比較的長命である、というだけのこと
であって、世界には、さらに上手の“長寿郷”がいくらでもある。


    脂肪は量と質を考えて
第三項では、動物性の脂肪を減らして植物性の脂肪を増やすように指導している
が、これはその限りにおいては正しいといえる。しかし、それ以上に大事なこと
ば、脂肪よりもたん白質を動物性のものから植物性のものに切りかえることであ
る。その点に触れていないのは片手落ちである。
肉の脂肪を見るとよくわかるように、動物性の脂肪は常温で固形化している飽和
脂肪酸で、これば身体にとってあまり良くない。常温において液体である植物性
の不飽和脂肪酸をとる必要があるということでる。

魚の脂には、マグロのトロのように白くかたまる飽和脂肪酸の部分もあるが、大
体において不飽和脂肪酸であり、肉の脂と違って安全である。

われわれの身体にとっては、脂肪よりもむしろたん白質の方が大きな問題である

たん白質の場合、植物性のものが動物性のものよりはるかにすぐれている。二年
前に、それを裏付けるデータが西ドイツのマックス・フランク栄養生理学研究所
から出されているので、それを紹介しておこう。


   修正されたたん白質所要量
このマックス・プランク栄養研はドルトムント大学の付属機関で、世界の栄養学
の“指令塔”でもある。
かつては、肉をどんどん食べるようにとの指令を出していたが、最近次のような
データを発表した。
われわれの身体では、毎日、たん白質が消耗している。何らかの形で補充しなけ
ればならないが、その場合にどんな種類のたん白質をとったらよいかということ
について、同研究所で長いあいだ調査研究と結果である。

それによ  、「体重一グラムに対して一グラムのたん白質が必要であって、体
重六Oグラムの人のたん白質を、肉のたん白質で補充しようとすると六Oグラム
必要である。
しかし、それを植物性のたん白質で補うと半分の三Oグラムですむ。さらに同じ
植物の中でも、発芽中の植物のたん白質で補うとすれば、それの半分の十五グラ
ムで充分である」というものである。

つまり、植物性のたん白質で補充する場合には、肉ほどたくさん食べる必要がな
い。肉よりも植物性のたん白質の方が質的にすぐれており、われわれの身体に対
して馴みを持っていて、はるかに有効に作用するということである。



われわれの身体に必要とする最も良質のたん白質は、モヤシ、カイワレ、ブロッ
コリといった目下成長しつつある活性化された植物のたん白質。
次いで穀物、豆類、野菜の中に含まれている植物性たん白質で、肉のたん白質は
この中では一番質が悪いということになる。

これは、われわれのたん白質に対する考え方を一八〇度転換させる重大な発表で
ある。今まで、肉や牛乳などの動物性たん白質が最も良質であり、ぜひとも必要
であると教えられていたが、世界の栄養学の“指令塔”マックス・プランク栄養
研はそれを完全に否定し、植物性のたん白質の方が動物性のそれよりもわれわれ
の身体に対して質的にすぐれていることを明確にしたのである。

このように具体的な数字こそ出さなかったが、植物性のたん白質が肉のたん白質
よりも  はもりとも   私どもは、三十年前から終始一貫主張してきた。
マックス・プランク栄養研はそれを実証してくれるかにすぐれていると、たこと
になる。


第三項の脂肪の問題についての指摘はそれなりに結構なことであるが、たん白質
についての正しい指針も出すベきではなかったろうか。
たん白質の問題を“逃げている”ところが気になる点である。



   

現代医学が癌を治せないわけとは?「食と生命」より

 食と生命より 1      
世界に魁(さきがけ)た日本の国会証言    森下敬一博士の国会証言   日本の食事事指針」について
    塩分と血圧   楽しい食生活を    健康づくりのカギは“台所革命”から    松本英聖著・医事評論集(全六巻)/第一巻−−−−食と生命




『食と生命』より その1
P44

アメリカの「ガン予防の食事指針」が発表されてからでも三年目、その前の「上
院レポート」発表から数えて実に八年目のことである。
遅まきとはいえ、国民の関心を高めたという意味で、ここまで漕ぎつけた努力を
多とし大いに敬意を表したい。
面白いことは、アメリカにおける心臓血管病対策の「食事目標」が七項目、ガン
対策『食事指針』は六項目。
そして日本のそれは、この両対策をひつくるめて五項目(小見出し共十項目)と
、その項目数が漸減していることは何かの因縁かも‥‥。
それはともかく、こうして“病なき社会"の実現を目指す新しい時代の波(食事
改善)は、遠く海の彼方から太平洋を越えて打ち寄せてきた。。
それは、かっての黒船ではなく、日本民族に“健康と幸せ"をもたらす青い鳥と
して――。


    世界に魁(さきがけ)た日本の国会証言

ところが世の中は皮肉なもので
実はいまアメリカがようやくにして手に入れたガン対策の新路線――そして日本
も遅ればせながら打ち出した新路線は、実は十七年前(昭和四十一年)、すでに
日本の国会で証言されていた、という事実を知る人は少ない。

この国会証言(第51・第58国会、料学技術振興対策特別委員会)をしたのは、当
時葛飾日赤血液センター所長であった森下敬一博士(現在お茶の水クリニック院
長・国際自然医学会長)。この時、博士は当時日本のガン学会を代表する三人の
最高権威者を前にこう言い切った。

「今のガン対策は間違っている。このままでは、日本のガン対策は早晩行き詰る
であろう」と。

この証言は、幸か不幸か見事に的中したのである。しかも、この時の証言内容は
、今後のガン対策――とくにガン死一位、十四年後にはガン倍増が予測されてい
るガン大国日本のガン対策を知るうえできわめて重要である。
そこで、やや長くなるがその証言議事録の抜粋を参考までに次に紹介しておく。
第58国会議事録は省略しました。本書を読まれてください



     森下敬一博士の国会証言

第51国会・科学技術振興対策特別委員会議事録第14号抜粋。(参考人=吉田富三
(癌研究所長)、東 昇(京都大学教授)、牛山篤夫(茅野病院長)の各氏およ
び森下博士、説明員=久留 勝氏(国立がんセンター総長)」


私は、ここに今日参考人としておいでになっている、たとえば古田先生(癌研究
所長)であるとか、あるいは久留先生(国立がんセンター総長)、東先生(京大
ウイルス研教授)といわれるような、いわゆるガンの専門家ではございません。
私は血液生理学を、いままで学んできました。その新しい血液生理学の立場から
、「ガン問題はいかに考えなければならないか?」というようなことを、ちよっ
と遠い距離からながめましで、(最近いろいろガン問題につきまして論議される
諸問題がございますけれども、それらは、私たちの新しい血液生理学の立場かて
らどう理解すベきであるかというようなことについて)たいヘん潜越であります
けれども、私なりの考え方を述ベさせていただきたい、と思うわけです。

我田引水になるかもわかりませんが、、このガン問題というのは、私たちが十年
ほど前から提唱しております新しい血液理論(千島・森下学説)というものを土
台にしなければ、ほんとうの対策は立てられないのではないか、という考え方を
もっております。

私たちの新しい血液理論というのは、われわれのからだの中を流れている赤血球
という細胞でつくられ、腸でつくられましたこの赤血球がからだの中を循環いた
しまして、そしてからだの中のすべての組織細胞に変わっていくということであ
ります。
皮下脂肪組織も、それから肝臓の細胞も、あるいは骨髄の細胞も、全部赤血球か
らつくられております。この腸でつくられる赤血球の素材は食べものでありまし
て、簡単に俗っぽい表現のしかたをしますと、「食は血になり、血は肉になる」
という考え方であります。
この「食は血になり、血は肉になっていく」という考え方が、いまの医学理念の
中に存在しておらないということこそ、現代医学をして一つの壁にぶつからしめ
ている、非常に大きな原因であると、考えております。

と言いますのは、結論的なことを先に申し上げまずと、ガン細胞というものは、
からだの中では細胞分裂で増殖をいたしておらないのです。ガン細胞は分裂増殖
するというのが、いまのガン学者たちが信じておられる定説でございますけれど
も、しかし、われわれの体内のガン組織というものは、これは、決して分裂増殖
をしておりません。

この赤血球とからだの細胞との間には可逆的な関係がございまして、生理的な条
件下では、赤血球がからだの細胞に変わってまいりますが、病的な状態では、体
細胞から赤血球に逆戻りをするというような可逆的な変化が存在しております。
食べものが、われわれのからだの中を流れている血液に変わり、この血液がから
だの細胞に変わっていっている。しかもコンディションのいかんによっては、赤
血球と体細胞との間に可逆的な関係が存在している、というたいへん重大な事実
が、いまの医学の基礎知識の中に存在しておらないということが、実は、ガン問
題にも関係いたしているのです。



では、どのようにガン組織が増殖をし、大きくなっていくかといいますと、これ
はからだの中のすべての組織細胞が赤血球からつくられているのと全く同じよう
に、赤血球がガン細胞に変わっていっているからです。赤血球もしくは白血球が
ガン細胞に変化しま。して、そしてガンが増大していくのです。

こういうたいへん大事な基礎知識が、いまのガン研究の中に存在していないとい
うことが、ガン研究を本筋に乗っけることができないでいる真の理由である、と
いう考え方を持っているわけです。

私たちは、新しい血液理論をすでに十年ほど前から提唱しておりますが、ガン細
胞は赤血球からできるという理論は、私自身が五年前に書きました白血球の起原
」という本の中でも、はっきり明記しております。昨年の七月にフランスの一流
のガン研究者であるアルペルン教授が、これはオリジナルを読んだのではござい
ませんので、はっきり申し上げられませんが、「マッチ」というフランス第一流
の週刊雑誌で、「ガン細胞の増殖のしかたについては、どうも従来の考え方では
いけないらしい。

もっと小さな(血球様の)細胞がお互いに融合し合って、そうしてガン細胞に変
化しているのではないか?」というような、私たちの考え方にたいへん近い理論
を提唱しております。このオリジナルをぜひ私も検討したいと思っているわけで
すが、そういう考え方が出てきているように、ガン細胞というものは体内では決
して分裂増殖をしておらないということを、私は確信を持って言えます。


ぜひガン研究者には、この点を――既成概念にとらわれたいで――事実に忠実に
、ひとつ再検討を試みられるようお願い申し上げたいと思うのであります。

このようにガン細胞が分裂増殖しているのではないということになりますと、当
然治療対策は変わってまいります。

現在は、分裂増殖しているのだという、」とで治療対策が立てられているわけで
すが、私はそうでないという考え方でありまして、もしそうでないという事にな
りますと、当然、治療対策は、全面的に変えられなけれ方ばならぬということに
なってまいります。


ガンの治療対策としまして最も基本的なことば、先ほど申し上げましたように、
ガン細胞は赤血球からつくられているわけでありますから、「分裂増殖する細胞
を撲滅する」ということではいけない。
ガン細胞を撲滅しようという思想でつくられた治療法は、全部ダメであります。


ガンは、決してわれわれのからだの中で遊離しているのではございません。ほか
のからだの部分と完全に交通しているわけですから、ガン細胞をつぶそうという
考え方でつくられた化学薬品もしくは放射線というようなものは、必ず他の部分
にも同じような打撃を与える、ということを考えなければいけないわけです。


したがいまして、こういう考え方のもとでつくられた療法すべては、本筋ではな
いということになります。残念ながら、現在行なわれている療法の大部分がそれ
でありますが、そういうことではなくて、ガンをなおすためにはガン細胞を赤血
球に逆戻りさせればよろしい、ということになります。

赤血球と体細胞との間には、ガン細胞もそうでありますが、すべて可逆的な関係
がございます。体のコンディションいかんによって、赤血球が休細胞に変わって
いったり、あるいは体細脂が赤血球に逆戻りをしたりーーーという可逆的な関係
があるわけですから、ガン治療のためには、ガン細胞を赤血球に逆戻りさせる方
法を試みればよろしい、ということになります。

そのためには、一つの方法として、やはり絶食あるいは食事療法をなすべきです
。現在の栄養概念は、たいへん混乱をいたしております。先ほど申し上げました
ように、食べものが血になり、血がわれわれの体細胞に変わっていくわけですか
ら、われわれは何を食べてもよいということでは決してございません。

われわれの体質を決定するものは食物の質であるわけですから、食べものの質は
厳に吟味されなければならない。にもかかわらず、何を食べてもよろしいという
考え方が、現在一般に広げられているわけでございます。

そういうことではなくて、人間本来の食べものに切りかえるべきである。人間と
いう動物は、元来草食動物であり、草を食べる動物でありますから植物性のもの
に食べものを切りかえる必要がある。

それから絶食療法を試みるというようなことで、ガン細胞を赤血球に逆戻りさせ
ることは、理論的にも、そして実際的にも可能であります。

そのほか、理学的な療法といたしまして、たとえば静電気による療法であるとか
、あるいはオゾン療法などもあります。この静電気ならびにオゾン療法なども、
血をきれいにする浄血作用を持っておりまして、こういう方法が試みられたけれ
ばならないのではないか、と思います。


先ほどから申し上げておりますように、ガンという病気は決して局所病ではない
のでして、体質もしくは血液の質が悪くなったために起こる病気でございます。
全身病でありますから、局所を切りとったからそれでなおるというような考え方
には、私は賛成できません。
あくまでも全身病とみなして、血をきれいにしていくという立場にたって、ガン
対策というものを考えていかなければいけない。ガンだけではなく、現在、文明
病としまして、たくさんの病気が多発いたしておりますけれども、こういうもろ
もろの病気をなくすために、先ほどから再三申し上げておりますように、「食べ
ものが血になり、血が体細胞に変わっていく」、そういう考え方を土台にして、
血液を浄化していくということが非常に大事なことであります。これは、ガン対
策にも通ずる基本的なものの考え方であり、また、あらねばならないということ
であります。



まだ、ほかに申し上げたいこともございますが、あとで何か質疑応答などもござ
いますようで、その節また質問にお答えして、私なりの考え方を述べさせていた
だきたいと思います。



医者の本音より〜〜やはり医療はそうだったか

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー


2007年9月 8日 (土)




藤原事務所の「ロハスで愉快な仲間たち」 2007年9月8日 土橋重隆・藤原直哉 医者の本音・・・その1





医者の本音・・・その1 土橋重隆・藤原直哉  「lohas070908.mp3」をダウンロード


外科医の土橋重隆先生が、目からうろこの医者の本音を楽しく語ります。


土橋重隆先生の著作と、講演会の予定です。


ーーーーーーーー引用終わりーーーーーー


この本を読んでいままた思い出して貼り付けました。なにやらhimaariならぬhigawariなどという正体不明な奴が投稿していた記事ですが・・・(にが笑い)


 


【タイトル】地球の目覚め より「癒し」


【 名前 】higawari


【 日付 】2001/04/18 02:09:12


<O:P></O:P>


 今後しばらくの間、多くの人々が癒しを必要とするでしょう。その結果、医療科学(特に感情的・霊的・精神的幸福感と身体的癒しとの関連性についての理解)はめざましい進歩をとげることになります。


この章では、肉体的・感情的・霊的(精神的) ヒーリングについて、一つずつとり上げて見ていくことにしましょう…実際には身体と心とは切り離されるべきものではありませんが…。


今後数年間で身体と精神の関連性は明らかになり、「どうして自分達は以前、心と体を切り離して考えていたのだろう」と、あなた方は不思議に思うようになるはずです。


 


 意識しているか否かにかかわらず、医者は患者の肉体に接する際、患者の感情や霊にも治療上の影響を与えています。


身体・感情・霊的側面の関連性に気づかないため、医者はしばしば患者の感情や霊をおざなりに扱います。


いい加減な治療も治療と言えないことはありませんが…。医師が患者に「勇気を出しなさい」と声をかけるとき、その医師は患者に精神面でのアドバイスを与えています。そのときの声の調子によって、医師の言葉はきつく要求するように聞こえたり、あるいは患者を励まし元気づけるように聞こえたりするものです。


どのような言葉も、しぐさも、声の調子も患者に何かを伝えますし、患者に伝わる全てが治療に影響を与えます。


 今の病院設備は、癒しに必要な暖かい雰囲気に欠けています。患者は病院の世話になる度に、そうした雰囲気の冷たさに不満を訴えています。患者をいたわること、家庭のような暖かい環境を患者に提供することがヒーリングには重要なのだということを知るからです。


また、花を持って病院に見舞いに来る人々も、暖かい雰囲気が患者に活力を与えることを知っています。衛生的な環境を保つのと同じように、いたわりの気持ちに満ちた環境を患者に提僕することはそれほど難しいことなのでしょうか? 患者への接し方や病院内の環境を改善する必要があります。


 


 ノーマン・カズンズはその著書の中で、笑うことがどれほど癒しのパワ性を秘めているかについて述べています。


彼の洞察は意味深く、ヒーリングに関して重要な示唆に富むものです。


笑い自体には特別な力は含まれていませんが、その背後には非常に大きなパワーが潜んでいます。


笑うといぅ能力は、自分の生活や人生を客観的な目で見つめ、あまり深刻に考えすぎないだけの余裕を持つ力を裏づけるものです。


自分自身を離れたところから見つめてみることに、癒しの力が秘められているわけです。


.


【タイトル】地球の目覚め より「癒し」


【 名前 】higawari


【 日付 】2001/04/18 02:13:16


<O:P></O:P>


物質的肉体を超えたものとして自分自身を見つめることができれば、あなた方の病気・感情・思考は癒されていることを意味します。


行動する主体としてではなく、自分の経験を第三者の立場から見つめることがヒーリングにつながるのです。


このように考えれば勇気がわき、自分自身のことをさらによく理解できるはずです。


自分自身を客観的に見ることから生じるパワーは、「霊的な強さ」と呼ばれています。また、あなた方の自己を見つめる目については「神霊」と呼んでいます。


 


 自己の人間としての存在を超越する能力は、たとえほんの短い間にせよ全てのレベルに癒しをもたらします。


自己を見つめる日を開く瞑想が重要なのはこのためであり、これからの転換期を乗り越えるためにとりわけ瞑想が大切なのも、瞑想が癒しにつながるからです。瞑想はエンドルフィンの分泌を促し、エンドルフィンはあなた方を癒す有効な薬の役目を果たします。また、瞑想により自己のハイヤー‥ネイチャーへのコンタクトが可能となり、どのような病に冒されていたとしても、ハイヤー‥ネイチャーから霊的な導きを得ることができるようになります。さらには、瞑想の間、人間に本質的に備わったヒーリング・パワーが活動を始め、あなた方が霊的に必要としているものが授けられるでしょう。


<O:P></O:P>


<O:P></O:P>



コメントーーーー瞑想は危険だという話しもあります。


.


【タイトル】地球の目覚めより


【 名前 】akyonn


【 日付 】2001/04/21 07:43:28


<O:P></O:P>


 あなた方の魂に関していえば、病気というものは…少なくとも一時的には…本人にとって至上善といえるものかもしれません。


 


人間に自己の内部への目を開かせ、これまでの態度を改めさせ、ある種の教訓を与え、歩んでいる道を変えさせるために、魂は病気を創り出すのです。


 


あなた方の病は実に様々な霊的目的の成就を導く役目を果たします。


病気は、もしもその原因が霊的なものであれば、本人に課された霊的目的が成就されるまで癒されることはありません


 


自分自身の霊に調和することで病気が癒される理由はそこにあります。生命を脅かすような (たとえばガンのような)病気でさえ、その治療に求められるものは霊的調和だけであることがしばしばなのです。


.コメントーーーこの事を「内と外との自分が一致する、調和する」等と説明される方もいます。


 


【タイトル】癒しの意義(地球の目覚めより)


【 名前 】akyonn


【 日付 】2001/04/21 07:46:14


<O:P></O:P>


 ガンを克服する方法の一つは〈態度〉を変えることです。


喜び・希望・愛そして勇気を喚起するような生き方をすることは、ガン細胞を根絶やしにする方向へとあなた方を導きます。生活能産を変えることでガン細胞を殺すことができる理由が本当は何であるのかについては、最近になってよぅやくバーニー・S・シーガルなどの画期的研究によって明らかにされつつあります。


ポジティブな感情を抱くことと、身体内の腺に自然治癒力がわきあがることとの間に何かしらの因果関係があることを発見したのがバーニー・S・シーガルらでした。


ポジティブな感情を持つことでヒーリングを促す化学物質が体内で分泌され、体内の自然治癒への動きが本人の霊的使命と同調し、その他の条件も整えば、病は癒されるのです。


病気は次の四つの目的のいくつかを霊的に満たす意味を持つと言えるでしょう。


<O:P></O:P>


?本人の生き方や態度・主義・感情・行動について再評価させ、現在の、あるいはこの次のライフサイクルでそれらを変えるよう強制する。


? 物質的レベルを超越させる。


 ?現在あるいは未来における人生の使命を果たすのに必要な偶察やそのほかの感情の発展をうながす。


?一個の生命体としての限界を超えることを学ばせる。肉体がやせ衰え、苦痛に悩まされると、人はいっだん自分を失い、さらには神霊の力を借りて新たな自己を発見する…神霊による自己の再確認は肉体的抵抗力・活力の復活という形で表れるかもしれない。


その際には病気に冒されている本人だけでなく、本人と親しいか、側にいる人間をも変化させる力を持つ。生命を脅かすほどの病気はしばしば本人の霊的発展を速め、周りの人々に神霊の存在を知らせる効果を持つ。


<O:P></O:P>


 喜び・1愛・勇気・希望は、難病にかかることによって人々が学びとらなければならない必須のものであることが多くあります。怒りや憎しみ、非難、蓋恥心、恐怖、嫉妬心などは全て、生命・愛に相反するものです。これらのネガティブな感情は病気を生みだし、愛のない人生を送ることが肉体的にどのような結果を引き出すかを知らせることにより、人々に愛する方法を教えるのです。

愛について学ぶことが病気によってあなた方に課される課題であり、また病を癒す力となるのです。事実、あなた方に愛について学ばせるために、ポジティブな感情と健康…ネガティブな感情と病気との間に因果関係を持つ化学物質が、あなた方の体内にはプログラミングされています。


.


【タイトル】(無題)


【 名前 】akyonn


【 日付 】2001/04/21 07:47:58


<O:P></O:P>


 ポジティブな感情を抱くことは、神霊と調和していることを示すサインです。

しかし、ポジティブな感情を無理につくりあげても、神霊と調和することはできません。
つくり笑いをしたり、思ってもいないのに相手の気に入るようなことを言うことは、ポジティブな感情を持ち始める多少の助けにはなるかもしれませんが、ヒーリングをもたらす効果はありません。

喜び・愛・希望・勇気を感じることがあなた方にとって簡単なら、これほど多くの人々が病気にかかることもないでしょう。

ポジティブな感情は情緒的・霊的に健康であることから派生的に生まれるものです。

ですから、感情的・霊的に幸福であることが肉体的癒しにつながります。


 ガンやエイズのような病気に冒されている人々の多くは、先ほど私達が述べた四項目のどれかを学ぶことを転生前に選んだ人々です。


転生前の学習が不十分であったために転生後も病にかかる必要性があるときには、再び病気を経験することになります。


ガンのような重い病気はさまざまな霊的目的を果たす役に立つため、ガンが治るか否かも人によってさまざまです。
さらには、ガンのような病気の生物学的治療法もさまざまです。


 ガンという病気はこのように複雑ではありますが、生物学的見地からの基礎的事項の解明は間近であり、多くのガン患者の苦痛を和らげる方法、そしてその治療法もまもなく解明されることでしょう。

しかし、ガンが霊的目的の成就に役立ち、生物学的原因だけでなくその他の意味についても解明するよう研究者達を鼓舞する病気であることには、これから先も変わることはないでしょう。

ガンこそは、感情や神霊が治療にいかに重要であるかを医療従事者にも気づかせることのできる病気の一つであると言えます。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー


ということですが、このチャネリング?も、現代医学そのものを解明できていないのかな? 夜の時代の必要悪として。 緊急医療はべつですが、慢性的医療について判っていないのでは? 宇宙からのチャネリングなどと言ってもそれほど人間界と違わないのかも・・・


医療の限界

医療の限界
この本を書いている著者はどうやら医療のプロらしい。
前に「医療崩壊」という題名の本も出しているし。


医療が崩壊する・・・・医療は限界に来た・・・


と言っても、それは西洋医学を主体とした医療の事だとはハッキリしている。


単純明快に言えば、「攻撃」を主体とした医療そのものの自主崩壊というか、自然崩壊という、実に単純に起こる自然現象なのである。


などというと、いかにもエラソウに!!・・となる、


じつは、僕的にはこういう現象が起こる事は「少し遅すぎた」と思う位なのだ。というのは、1980年、あれからもう25年も過ぎ去ってしまったけど、あの時に「将来かならず今の医療は限界に突き当たって自然崩壊することが目に見えている・・」などと言う、なんとも怖ろしくもありがたい?お話しを聞いていたからである。



もっとも、そういう話しはもっともっと前からあったという事で、僕が聞いた時点でもそれからそうとう年月が過ぎ去っていたということなんだ。昭和初期の頃からそういう話しを出し始めていたんだ。
証拠提出じゃないけど、昭和10年には論文としても書かれていた事は「わたしんちの岡田茂吉研究ブログ」内で引用記事にしてある。


医療現場に居る人や医療関係者のプロ達には相当な現実感を持って医療崩壊とか限界を感じていられるらしい。


しかし、今でもほとんど大半の一般人(これをイッパンタイシュウと呼ぶ事にする)は、今の医療が崩壊するとか、限界に来た、とか言われても目を白黒したり、耳を引っ張ったり、鼻をほじったり、足の親指と人差し指を擦ったりして、なかなか信じられないだろうけどね。



そりゃそうだべ。
だって、「医学が進歩すれば病気はなくなる」と固く信じさせられて来たイッパンタイシュウ人民にしてみれば、進歩すればするほど医療が立派なものになるという様に、頑固一徹親父に仕込まれた☆ひゅうまじゃないけど、絶対にこの医学の進歩の先には「崩壊」とか「限界」とかの文字は辞書には無いはずだったからだ。


当たり前だよね。医学は立派な最先端科学なんだから。進歩するに比例して医療成績が良くなるという理屈なのだから。
また、政府も国民も一緒になってそれを信じてきたし、マスコミもそれそれと大きな団扇で煽ってきたわけだ。



ところが、である。


いつの間にか知らないうちに、そういう医療の方の専門家の方からそんな禁句が出て来たから、それはもうビックリしたなも〜〜である。


けど、まだまだそういう話しがイッパンタイシュウ側に届くまで時間がかかるだろうなあ・・・
もっともそんな話し聞く耳持たないだろうよ、きっと。長い間大本営発表の勝ち戦ばかり流してきた罪を、「ああそう・・」などと、あっさり受け答える訳ないじゃん!


もう半世紀どころかもっともっと前から「今の医学は将来鉄壁の壁にぶち当たって崩壊せざるを得ない」などという論を見せても聴かせても、屁のカッパじゃない。
「なに抜かしてるんじゃ〜、この迷信笛吹ヤロウが、バカも休み休み言えっつんじゃ〜〜あ!」


などと言われるのが関の山。はは、発表後ここまで来るのに半世紀どころか何十年もかかっちゃった・・・



さて、この愚かにも大本営発表的医学情報を鵜呑みにしてきたイッパンタイシュウ側にどうやったらうまくオツムを切り替えさせられるかだなあ・・・


社会保険庁が年金についてチョボチョボと小出しにして国民に少しづつ免疫を付けようとしているように・・・・なんたって、一度に「じつは・・・我が国の保険制度は限界に来ました。もう崩壊を待つばかりの状態であります・・云々・・」などと言ってしまったら、国民は腰抜かすぞ〜 おい!


いや、上記の話しが本当になるかどうかはあくまで僕の妄想であるから気にしないで。
さらに言えば社会保険の基金という国民から集めたお金はほとんど無くなってしまってさあ〜〜  などとは、口が裂けても言えない・・・・くちさき女にでも頼むしか無いのが本音だろうねえ・・・ これも妄想(爆) お金はチャンとあるよ(と思いたい)



しかし、どうやらこちらの医療の限界とか崩壊の話しの方は現実となって来るような確率が大きいと思うのだけど。


しかもこれは僕のような土素人が言い出した話しではないからだ。
専門的に、大局的に立って、これはどうしてもそうなるしかないという現実が見えてきたからだろう。



むしろ、現実が見えないのは現場で働いている医師達よりも、ずっといのが患者側になるイッパンタイシュウ側国民の方ではないだろうか?



なにしろ「教育」が素晴らしすぎた。「教育」が永すぎた。
いまさら「神国ニッポンが負ける寸前になっている」などと言っても、国民の方がなかなか信じないだろうし。
あくまでも「ヘ○な医師による医療ミスなんだ」として裁判に訴え出る人民が多いのでは?
そう・・・医学は正しいのに、それを行う医師に問題有りという個人的な攻撃を仕掛けてくるのだろう。


今の時代、医師になっている人達には同情したくなる。
やればやったで訴えられ、やらなければ診療拒否として訴えられ、立場の無いやるせなさを感じていらっしゃるのではないだろうか。


そういう、もうめちゃくちゃ信じ切ってしまっているコクミンにどう説明して医学の敗戦を説いて聞かせたら良いのだろうか?



竹槍で敵機を打ち落とすのだあ〜〜と、いっしょうけんめい訓練しているオバチャンやオジチャンたちにどう話すというのだ。
いまさら言うには相当な勇気がいる・・しかし・・敗戦はもう目の前に見えているのは確かだ・・・どうすれば大衆を納得させ、かつうまく敗戦処理をすれば良いんだ・・・


 


そうだ、敵を利用するしかない・・・
上も下も一度に納得できるにはこれしかない・・
そして後々になって「ショウガナイ発言」として誰もがみとめざるを得ないだろうという前提のもとで・・・あれを使って貰うしかない・・


などと物騒な話しでも相談されてしまったら、これは相当な悲劇である。とにかく社会保険庁を習って、ジワジワでも良い、チョボチョボづつでも良い、小出しをしつつ、これを国民にも納得させていかないと、ある日突然発表などという事は避けなければならないだろうなあ・・



とにかく、今の状況ではイッパンタイシュウ側の多くは今の医療をとことん信じ切って来たのだから。


それを教え込んだのは誰の責任?


誰という特定の人間などいないのさ。
「医学」という教典、タルムードの様なものだ。
もっと言うと、思考だな。それに全人類がひっかかってしまっただ。
これが善悪で判断したら開かん。
人類進化のための背景として必要悪だった。そして、いまは不必要悪になっただけの事。
すべては時の流れに身を任せて〜〜 人類の集合意識の選択かね〜?


そうは言っても外づらの顕在意識の私には、ソンナコト・カンケイネエ! 納得できない


その原典を見直さない限り、「なぜ、なぜ?」と誰もが原因を知らずして突然の敗戦を大きなショックで聞くことになるだろう。



しかし、そう心配するほどのことでもないかも知れないなあ。
先の日本国の敗戦では人民の多くは心の中では薄々気づいて居たかも知れないぞ。
周りのみんなが一斉にニッポン!チャチャチャをやっている最中には決して口に出せないでいたものが一挙にはき出せる時になるかもね。それを静かに待っていたのかも。


いままでは本当の事が言えなかった。
みんな怖いのさ。周りから村八分にあうのがね。
「薬は毒だ!」「薬が病気を造る」「現代医学は科学ではない、迷信だ」 などと言ってごらん。
昔なら、たちまち「御用だ!」と官憲が飛んできただろう。
今なら、「オマエのアタマオカシイ」と敬遠されるだけだけど。


でも、みんながこれを言ってしまったら、もうお仕舞いだなあ・・・・おいらの出番薄くなる・・・変人が普通仁になってしまう・・



さあ〜〜 言ってみよう〜〜


くすりはどくだあ〜〜〜〜 
くすりは病気をつくるぞ〜〜


きもちいいだろう。


本当のことを言うときもちがいいものだ。ははは。


さあもういちど!


オマエのかあさん、で〜べ〜そ〜〜 


ばかあ〜〜、おれのかあさんはおまえのかあさんでもあるんだど。


はっ、  うちらは兄弟だった・・・


 


あのう・・・・・書いている人が笑っているだけですけど・・・



そんなわけで、僕のオッパッピィーブログであってもそういう先駆的な役目があるという大儀名文を主張したかったわけ。


そう、ちょっとづつだけどほんのほんの一部の人たちに、そういう前情報となるようなヒントを持って貰えたのではないかなあ〜などと意味づけているのだけど。



このブログ、医学の革命 などとたいそうな名前を付けているけど、これはひと言で言えば、「薬という毒物」を使わないで死んで行こうじゃないかーーーという、生き方のひとつを提示してたわけ。



なに〜〜い〜〜「死んで行く〜」だと〜〜〜
「縁起でもない!」
と言われるだろうが、もちろん「死ぬまで生きて行こう」という事であって、無理に死んでしまえという事ではない。
ずっと長生きしたいのは人一倍だからね。


しかし生まれた途端に「死に向かって生きて行く」のが人間様の特権というか、そういう事を承知した上で、人間としてこの世に産まれて来たのだから、これはもう逆らえない「ショウガナイ発言」だな。


 


どんな素晴らしい療法であっても最後に人は死ぬ、としたら、どんんな療法も最後は治らない場面に出会うだろう。
それを寿命というが、だれも自分の寿命なんて知らない。
もちろん、他人様の寿命も知り得ない。


まあ、この事を今の人類ならだれでも了解できると思う。
だとしたら、現代医学であろうが民間療法であろうが、最後の最後は死を迎えるのは決まり事として、それを前提としてこれからの医療を考えなければならないだろうな。


人間誰しも最後は今の時代、特に日本国では現代医学のお世話になり最後を迎えるだろう。
(何と言っても死亡診断書を書いて貰わないと、不審死として取り調べられ、遺体解剖などもやられるんで、これは現法律上、医師にかからないと安心してあちらに逝くことが出来ない仕組みになっているのだ)


そして・・最期は・・・
薬を飲んでも死ぬし、飲まないでも死ぬ。


あとは寿命だと思われる死期を迎えるまで元気で健康に生きたいだけだ。


これはマチガイナイ!!
肉体レベルの話しだけど。



それを万般承知の上で、医療の本質に迫るべきだろうな。


治すとか治されるとか、いろいろ立場によって言葉が成り立っているけど、じつは治す治るは自主独立自分のものかも知れない。
変な言い方だけど。
自分以外の他に左右されるものではないのではないかも知れないのだ。(病気についてだけど)


ただその過程において大きな影響を受けるのだろうが、本質はやはり自分自身の範囲内なのだろう。
外側から左右するのはあっても、やっぱり本流は自分なのだろう。



その主体となるべき自分を他人様に預けてしまった所から医療という、何か上下の差みたいな、権威のあるなしのような、一種の宗教が生まれてしまったのかも知れない。



そういう所が見えてくると、医療崩壊とは他者依存からの自主独立という主権回復への一里塚(当てはまる言葉かな?)なのではないだろうか。


そういう風にみていると医療崩壊とは実にけっこう、医療の限界、じつにけっこう、先の見通しは明るいぞ、となるのだ。



現実に起こっているという医療崩壊なのだそうだ。
医療保険制度に乗っかっている西洋主流の現代医学の崩壊はじつに起こるべくして起こる自然現象としか思えない。それに自然崩壊と言っても決して未来が暗いというのでは無い。


そこから本当の医療、真実の医学というものが見えてくるのだろう。古い価値観が崩れて新しい価値観が自然と浮き上がってくると思えば、なにか心楽しい気持ちにもなる。


アメリカでオシッコという、マイケル・ムーアが最近また映画を出したそうだが、あの内容もやはり現代医学の土俵での話しの様だから、全然旧世紀の価値観で見ているのだろう。


たしかに事故とかの救急医療として現代医学の役割は大きいだろうけど、しかしそれは医療全体のホンの一部でしかない。
アメリカのロバートメンデルスン博士は今の医療の9割は必要ないしろものだと表現したが、将来は残りの1割さえももっと少なく減らされるかも知れない。


極論をもって100パーセント不必要だなどとは考えられないけど、相当な面で現代医学の治療方法は不必要になって行くと思う。
しかし、今すぐそうなるというものでも無いだろうし、そんな劇的な局面はイッパンタイシュウ側には混乱をまねくだけだろうから、徐々に事実を事実として明かして行く方法になるだろう。


その点は社保庁の今後のやり方をみて参考にしようではないか(笑い)



ここで僕のような度素人がなんのかんのとゴチャゴチャ言っていようがいまいが、現実には西洋現代医学の崩壊が始まっているのだろうから、これからも加速されて行くという状況は道筋としてハッキリ決まっているのだろう。


 


そうなると、いろんな他の医療方法が浮かんでくるだろうなあ。
また元の漢方が良いとかも言われるだろうが、本質を良く考えてみると、何か他のものが自分を治すという様な思考であるとなかなか行き先が混乱して行くのだろうなあ。
百花繚乱の後、多くのものが消え去りようやく少しの数の療法が医療の本筋に上がってくるとして、一時の混乱時期があるんだろうななあ・・


最終的な選択肢
簡単に言えば
対症療法と根本療法 かな。



 これは肉体面での対応。
しかし、今は
精神面での対応が非常に大切な癒しの柱になりそうだ。
内の心(俗に言う高次元の私)と外の心(俗に言う顕在意識)のギャップが深まると、その不調和を縮めようという働きが病気として起こる、気づきの添加剤のやくわりのように。


肉体的な原因としては薬や食品に混じった毒物群などなんだろうけど、遺伝毒素としての記録はDNAにありそうだ。
そして、その引き金になるのが人間の意識にありそうだ。


そんな話しもドンドン出てきているし。


エラソウな事言っているけど、みんな受け売り情報に過ぎない。
いや、すべては受け売り情報で僕のブログは出来上がっているのだけど。


そんな訳でいろいろな情報を持ってきては、それを貼り付けたり紹介する作業に徹しているわけだ。


そんなコトしているヒマがあったら、自分のところを解決しろよ!!とつっこみを入れられのは充分承知なんだけど、やっぱりやめられない止まらない・・・・エビセン



要は寂しいんだな・・
村八分はイヤなんだね・・・


まあ、ブログ書いているのもたいそうな意味も無いんだ。
自己満足。自分で書いたもの読んで自分で喜んで・・・・
もちろん、使命なんてのも幻想だ。
そういう風にたいそうな意味を自分に持たせないとやってられないってだけなんだ。



というところで、さて 寝るか・・・・


ここまで読んでくれた方  ありがとう〜〜 感謝!!


参考HP


http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50880661.html


追記


あ、やっぱり年金のストックは相当減っているみたいですね。


副島さんのBBSに記載されていました。なんでも半分どころか、3分の1近くになってしまったというらしいです。こんな事口が裂けても言えないですよね。


「みんなみんな、のんじまったあ〜〜〜〜」と、藤沢周平さんの小説でありましたね。一日稼いでもその晩にみんな飲んで使ってしまう貧乏職人のセリフですが、僕はいつもこれを口まねしているほど気に入っているんですね。


みんなみんなのんじまったあ〜〜  みんなの年金 


でも、少しは残っているらしいから よかった・・・


次は健康保険でしょうか。


医療の崩壊、医療の限界 という言葉はお医者さんが発したんですから、これは大事になっているんでしょうか?そのまえに、医療保険の崩壊やら、病院経営赤字やらも絡まって、相当厳しい所にきているようです。


しかし、負け戦と判っていても最期まで頑張るのもお役目なんでしょう。
年金問題なども行き着くところまで逝かないと、いきなり「ほとんどなくなってました・・」などと言えませんでしょ。


でもコクミンは怒っちゃイケマセン。 これが元でモット良い仕組みと想念が出てくるんですから、万事塞翁が馬だと静観しています。


医学の問題も必要あっての崩壊でしょうから、その後はもっとよくなる仕組みですか。



 

間違いだらけの医者たち

内容は下記を


http://www.asyura2.com/sora/bd16/msg/205.html


むかし、むかし、抜粋したものです。


なんと1986年発売の本だったかもしれませんが。


こんな昔と思いますが、ほとんどあれから基本は変わっていないと思います。


当たり前か。


医学は鉄壁の壁にぶち当たるまでぶっ飛ばすだけの車の様に、立ち止まって「後ろをhりかえる」事など出来ないほどスピードを上げてしまったのかも知れません。


できえるならば、途中でブレーキを踏んで、いまいちど確認作業をして欲しいものです。


これは医学者にでなく、イッパンタイシュウ側に求めるものですが・・・・


 


無理かなあ〜〜〜   一度信じたら、ぶち当たって砕け散るまでマッシグラ


というのは、自分自身の別の体験からでした。(苦笑)


 

薬で病気は治らない

共鳴広場のトップページ
























病気は薬で治らない1byoukiha-kusuride-naoranai-1.wma へのリンク
病気は薬で治らない2byoukiha-kusuride-naoranai-2.wma へのリンク



TITLE:病気は薬で治らない 音声で聞いてみよう

URL:http://kyoumei.gozaru.jp/newpage3.htm

世界を支配してきた国際金融資本は夜の世界の限定期間のみよ

http://video.google.com/videoplay?docid=-845461387975920288&hl=en


日本語文字が出ますよ。


画面右下の[CC]ボタンをクリック。


ダウンロードすると日本語文字は出ないそうです。 残念。


しかし、画像ソフトを使って、音声を入れることはできそう・・・自分か誰かに読み上げてもらって音声を映画にかぶせるんです。


どなたかやって欲しい。


文字ではアタマに入らない、映像音声は確かに影響力が各段に違いますね。


テレビでイッパンタイシュウを操作するというやり方をまねすればいいんです。


文字でクダクダ書いていたってオツムに入らないんですねえ。(え、読みもしない?)


 


こちらでも


http://9122.teacup.com/antirothschild/bbs?M=JU&JUR=http%3A%2F%2Fwww.asyura2.com%2F07%2Fwar96%2Fmsg%2F310.html


 追記


http://video.google.com/videoplay?docid=-446781510928242771


誰も知らなかった(一部だけ知っていただろうが)お金の仕組みを解いてみせるそうです。


 

対症療法≠逆症療法??

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー


http://plaza.rakuten.co.jp/kennkoukamukamu/diary/200705300001/


より


あらゆる病気の症状のすべてが、自然治癒力の表われであり、治癒過程にあること示しています。

例えば、下痢。
体の中に有害な異物が入ってきたので、急いで排出しています。

体温(熱)が上がる。
体の中に、有害な細菌が存在するので、熱を出して殺菌しょうとします。

血圧が上がる
血管内に血液の流れを阻害する状況が出来たため、血液を末端まで供給するために、心臓から血液を送り出す圧力を上げます。

このように、心身の異常事態を察知した私たちの生理が、正常な心身に戻るように自然治癒力(恒常性維持機能)が作動します。
私たちは、この症状に感謝しなければなりません。

しかし、近代西洋医学(アロパシー)は、対症療法と偽訳されて呼ばれていますが、正しく翻訳しますと、逆治逆症療法ですから、この症状に、逆らい、・・・(後は本文へどうぞ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー


http://plaza.rakuten.co.jp/kennkoukamukamu/diary/200705300001/


 この記事の後のコメントがおもしろいですね。


 

夜の時代の終わりから昼の世界への転換期はなんでも起こる?






引用


エコノミック ヒットマンの仕事についていたジョンパーキンス氏のインタビューです。
http://democracynow.jp/stream/070605-1/dn2007-0605-1a.ram
http://democracynow.jp/stream/070605-1/dn2007-0605-1b.ram
大変興味深い内容ですので、みなさんもご覧になってください。日本語字幕付きです


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<NOBR>先日の青山 東京ウィメンズプラザで行われた リチャード・コシミズ 東京講演会の映像です
講演会の一週間後に無料映像として配信してくれる事は評価しています

http://video.google.com/videoplay?docid=-3859363222910740882&hl=en




</NOBR>








<NOBR>  返信・引用 </NOBR>






 

先日の青山 東京ウィメンズプラザで行われた リチャード・コシミズ 東京講演会の映像です


ベンジャミンさんもきくちゆみさんもまた、地震の新説で有名になっている先生ーーー長岡北方面は要注意だという驚きの説ありです。




http://video.google.com/videoplay?docid=-22910740882&hl=en

風は万病の元は西洋医学の基本か

ちょっと、太田龍氏の箇条書き風にしようかと思って。

あの太田氏はすごい世界の情報通ですが、イエスさんが架空の人だったと言うのを聞いて、「ああどんな偉い御仁であっても、やはり、100パーセントという人は居ない」、いや、宇宙はそういうことを嫌うんじゃないかな?


しかし太田氏が翻訳してくれた「世界医薬産業の犯罪」ハンス・リーシュ著
は今でも素晴らしい教科書になっているから、陰謀論などよりもこちらの方が実質的な貢献度があると、僕だけ思っている。



昔、太田氏と組んで政党(みどりの党だったかな?)の主張の中にも現代医学の欺瞞性を書いてあったような気がする。お仲間であったマイナスの科学を書いていた○○氏は最期には頭部の手術をされて、以後お亡くなりになったと聞く。

という事は、やはり最期の最期はどんなひとでも西洋医学にたどり着くのかな。
だから、風邪の問題はひとの死の最期まで影響してくるのだろう。

風邪は万病にかかる元だと思っているうちは医学のトリックに乗せられているから、やっぱり最期は薬や手術を受けるのだろうか?




ああ、そうそう、また脇道に入ってしまって・・宇宙は完全無欠ではないという話しだった。本当にそうだかどうか、そんな事は僕の妄想でしかないけど。




100パーセント完全だとなると、動きが無くなる。
ということは、この宇宙も100パーセント完全としてでなくて、どこかに不完全なところが含まれているのだろう。
そして、それが原動力となって動きが出る。生成発展というにはどこかに不完全なものが混じっているから、いちおう完全とか完成に向かって動き出すのかもね。

だから、あんなに素晴らしい、最高の神様の様だ!と思う人でも、どこかに不完全なところが含まれていると見た方がよいのかも知れない。

え? おいら?  がはははあ・・・

ちょっとは完全さも含まれているね。   さてエロ画像でも眺めてくるかな・・・

おっと。


そのまえに、得意技を。

貼り付け引用師として、今回は表題のことを詳しく、しかもおいらよりもウマイ!!

当たり前だ。


風邪は難病だけど、それは西洋医学の土台に限りますね。


本当は浄化作用の基本中の基本。風邪にもかかれない弱い奴というのは、浄化もできない弱い生命力だとはお釈迦様でも気がつかなかった(かも?)

もっとも表面的にだけみると、風邪引きは弱いねえ〜と言われるし、風邪引かない頑強な身体と思われている。


だから、イッパンタイシュウ側には通じないんだろうけど。


後は下記で詳しく述べられているようだけど。もちろん、僕の知り合いでも何でのないひとですよ。

http://plaza.rakuten.co.jp/kennkoukamukamu/diary/200703200000/


 


追記、


医学では「自己の自然治癒力」というものを、ほとんど認めていないようだ。


だから、薬も手術もしないっていう事を非常に嫌う。何もしないでいると「殺人幇助」的な見方をすることが多々ある。


これは、イッパンタイシュウ側の方が強いかも知れない。


だから、治療しない医師や薬を出さない医師を非難したり、極端なのは告訴までしちゃうんだから、どっちもどっちというところだろう。


しかし、何もしないでいるってのは結構つらいこともあるし、不安になることも多い。
これを乗り越える勇気というか、一種のバカにならないとやれないねえ〜〜〜


 


 

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