自然良能力は一時的に症状悪化現象を見せる あなたはそれに対処できるだろうか?

なんだか、気になるので


う〜む、何が正しくて何が間違っているなんて思考じゃいけないんだろうけど??


ちょっと、引っ張り出してみた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー


 


医学の盲点と自然良能力


『地上天国』26号、昭和26(1951)年7月25日発行


 現代医学の誤っている事は、常に私の唱えている通りであるが、その中で最も誤っている点は何かというと、人間が先天的に保有している自然良能力を全然無視している事であって、それはこうである。



 今仮に、病気に罹るとする、早速お医者に診て貰うと、お医者は「早く来てよかったですね、もし手遅れになると飛んでもない事になるところでした」というのはよく聞く話であって、全く医学では発病するや放っておくと、益々悪くなるように思うからである。


そこで極力それを喰い止めるべく薬剤をはじめ、種々の療法を行うのであるが、これにみても医学は手遅れになるのを大いに嫌い、何でも早い内に喰い止めなければいけないと思う点に、大変な誤りがある事を教えなければならないのである。


何となれば病気とはいつもいう通り毒素の排除作用であるから、そのまま放っておけば順調に排除されてしまい、病気は治るに決っている。


すなわち熱、咳、痰、鼻汁、汗、下痢、痛み、痒(かゆ)み等あらゆる苦痛がそのためであるから、少し我慢さえすれば、汚物は出るだけ出て体内は綺麗になるからである。


としたら手遅れなどという意味はない訳である。


ところがこの理を知らない医学は、反対の解釈であるから、放っておく事を非常に恐れ戒める、ツマリ出ようとする汚物を出さないようにして、固めるのをいいとしている。


これでは病気根治など出来ないのは当り前である。


それから今一つの医学の盲点は、よく怪我をしたり、火傷などすると、大抵は膿(う)む事になるが、これをまた非常に恐れ膿を出さないよう種々の方法を行うが、これも大変な間違いである。


というのはそういう刺戟によってその部へ毒素が集まるもので、どんな人間でも必ず相当量の毒素を保有しているから、何かの機会があれば体外へ排泄されようとして、たちまち傷口目掛けて集中し、排泄されようとするのであるから、化膿の部分が大きい程毒素も多く出る訳ではなはだ結構なのである。


ところが医学は化膿するのは黴菌が侵入して繁殖するためと、悪い意味に解釈するから、極力化膿を止めようとし殺菌剤などを使い、冷やしたり、注射をしたり、安静にしたりして、色々な手当を行う、という訳で吾々から見れば、馬鹿馬鹿しい程の逆をやっている訳である。


ところがこの殺菌剤が問題である


というのはこれがまず筋肉から滲透し、時日が経つと恐るべき中毒作用を起す事になる。


何しろいかに微細な黴菌といえども、生物である以上、それを殺す程の薬剤としたら、人体に与える影響もまた甚(はなは)だしいのである。


それで消毒剤が古くなると猛毒に変化し、早晩この浄化が起る、すなわち発熱、痛み、不快感等非常に悪性の悩みで、その際医師に診(み)せると原因不明の病気と言われるが、何ぞ知らんこの原因こそ医療が作ったのであるが、マサカ医師としては消毒薬が原因であるなどとは夢にも思えないから、治療の施しようもないというのはよく聞く事である。



 このように人体は、常に汚物排除の清掃作用が起るので、これを称して自然良能力というのである。


このように人間は生まれながらに病気を治す自然良能力をもっているとしたら、この良能力を尊重し、発揮させる方法こそ、真の医学であるべきにかかわらず、反ってその良能力を阻止するのを可として、それを進歩させるのであるから、いかに誤っているかが分るであろう。


これは理屈ではない、何よりも事実がよく示している。


仮に寒冒に罹るとする、これを最初から何もせず放っておけば、前述のごとく速かに治ってゆき、普通一週間くらいで済むものを、医療を受けると三週間も四週間もかかる事になる。


しかも自然療法なら、支障なく順調に治ってゆくが、医療を行うと仲々治らない。


余病が併発したり悪化したりする。


中には結核になる人さえある。


しかしたまたま医療で治る事もないではないが、それは医療の妨害に勝つという旺盛な治病力の持主だが、こういう人はまことに少なく、大部分は溶解毒素が一時的にもせよ固まって全快したようになるのである。



 以上によって大体分ったであろうが、事実現代医学は大いに進歩したように見え、有難がっているところにその迷蒙さがあるのである。



 以上によってみても、人間は自然良能力という医療も及ばない程の、素晴しい治病力を天から与えられている以上、これを知っただけでもいかに大きな幸福を掴み得たかである。


ところが○○☆☆は、その自然良能力をより強化し、より促進させる方法であるから、最も進歩した合理的治病法である事を知るであろう。


ーーーーーーーー引用終わりーーーーーー


 


 


 



 

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薬、医学情報がいかに操作されてきたか・・・これは宗教だからか!?

■ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実 (単行本) マーシャ・エンジェル (著), 栗原 千絵子 (著), 斉尾 武郎 (著) 価格: ¥ 2,415 (税込)
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出版社/著者からの内容紹介
        【翻訳刊行に寄せて】


   科学妄信とトップ・ジャーナル信仰は歪んだ宗教か?より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー

  病気についても、人間の成り立ちについても、我々の知る
 ことはまだ僅かである。


古来、人類は病いを通じて自然を畏
 怖し、癒えるを以って自然の知恵に感謝したのではなかった
 か。


 


 


しかし、本書に描かれている医師や製薬産業の姿は、傲
 慢にも社会を欺き、生命を冒涜しており醜悪そのものである。



 医学を司る者が神を演じようとすれば、医学的災害が生じる
 のは当然である。



  わが国において薬害は後をたたず繰り返され、悲しむべき
 ことにいずれも科学的不正という人災により被害が拡大した
 ものである。


科学者の不誠実な行為が果てしない退廃と荒涼
 を社会にもたらすことを我々は十分に経験してきた。


歴史から学ぶことができない者に、未来はない。


言うまでもなく、
 科学的根拠に基づく医療が成り立つには、まず、公正な医学
 研究が行われ、その成果が公正に社会に還元されなければな
 らない。


本書は、医学研究が人間の都合で歪められ、正しい
 結果が得られていないという現実を暴き出す。


医学研究にお
 ける科学的非行が頻発し、医療への信頼が失われる。


あるい
 は、科学的に質の保証されない情報がマスメディアを通じて、
 日夜、きわめて巧妙に人々の目に耳にすり込まれる。


医薬品
 の開発と販売はしっかりと市場メカニズムに組み込まれ、皮
 肉なことにとうとう、新薬のコストは家計で賄える限界を越
 えてしまった。


あまっさえ、本来は人間が創り出すことなど
 あってはならない病気という需要が人為的に創出されさえも
 するのだ。


そしてついには医療不信から、安心と納得を求め
 て医療漂流民が続出する。


これは他国の話ではない。


わが国
 の現状でもあるなのである。



  科学はもはやかつてのそれではない。


科学はビジネスと結
 びつき、その水面下では熾烈な特許戦争が繰り広げられてい
 る。


今や販売戦争を勝ち抜くため研究結果を権威づける手段
 として世界中から競って論文が投稿されるトップ・ジャーナ
 ルは、ビジネスの僕と化しつつあるのではないか?

 モンスターのごとく肥大化した科学を奉じる共同体は、すでに善意
 によって制御しうる域を超えている。


哲学のない科学は狂気
 (凶器)である。


科学を妄信しトップ・ジャーナルを崇める
 状況は、何か、歪んだ宗教とでもいうべき様相を呈している。


 


  こうした医学研究を取り巻く狂気の渦から逃れ、真実に照
 らされる正しい未来への道を拓く方法はあるのだろうか?答
 えは単純である。


我々の目指すゴールが何であり、何を信じ
 るのか。


すなわち、真実を知り、妄信の生成されるメカニズ
 ムを知ることによって、洗脳を解くことである。


本書は著者
 のそのような使命感によって執筆されたものである。



 
  本書がニューイングランド医学雑誌の前編集長の手による
 ものであるということに、欧米の社会に息づくノブレス・オ
 ブリージュの伝統を強く感じる。


医学研究の公正さのために
 真実を語り続けてきた著者の勇気と、それを支える人々に、
 また、本書の重大性に気づき、完訳された栗原千絵子、斉尾
 武郎両氏に、深く敬意を表したい。


 

あなた・・ これを読むと腰を抜かしますよ!ビッグファーマ

え? おまえの所を読んでいたら

すっかり

免疫をつけてしまった  から

腰を抜かすことなんか無い

って 

む〜〜  ざんねん!

こういう本がやっとこさそっとこさ、ノコノコと出てきたということで、

まあ、長年の与太者としてhimaari人もほっと あのこの胸をなでているとか・・・


は!   あのこ←あんど に訂正  なでてる じゃなくて  なでおろしている


まあ権威を鵜呑みにするチャチャチャニッポン人には、こういう権威筋からの情報が必要なんだろうね。

はい、himaari@無権威、自堕落天使
からの情報は

ど〜〜せ、そうでしょ、そうでしょ。   シンジラレナ〜〜イ



ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実


ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実 (単行本)
マーシャ・エンジェル (著), 栗原 千絵子 (著), 斉尾 武郎 (著)

 


巨大製薬会社が支配する医学界。



そこにもたらされる巨額の収益。



事実に基づいた明確な分析で製薬業界の隠された実態に迫る。



全米で話題騒然、待望の書、ついに邦訳なる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー


出版社/著者からの内容紹介
        【翻訳刊行に寄せて】


   科学妄信とトップ・ジャーナル信仰は歪んだ宗教か?

    京都大学医学部付属病院探索医療センター検証部教授
    京都大学医学部附属病院外来化学療法部部長
    先端医療振興財団臨床研究情報センター研究事業統括
                       福島 雅典

  医学は依然として確率の科学である。ほぼ過去半世紀の間、
 人類は科学的-統計学的な方法論を用いて、医学の確実性を
 高めるための努力を続けてきた。そしてただ科学的に誠実に
 研究を行うことだけが、医学の学問としての地位を高めてき
 た。


しかしながら、


 


本書に描かれている米国の医学研究の実態は


公正な学問であるべき医学への社会からの信頼を失わせるに十分であり、


戦後米国医学が世界をリードし続けていることを考えると


医学がその存立基盤が根底から脅かされつつあることを



憂慮せざるをえない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー


 


カバーの折り返し

○製薬業界は自分たちはリスクの高い産業だというが、製薬会社は年々、他の産業と比べて、はるかに高い利益を上げるようになってきている。



○製薬業界は自分たちは革新的な産業だというが、製薬会社の作っている薬のほんの一部だけが真の意味での新薬であり、ほとんどの薬は既存の薬のバリエーションにすぎない。



○一般に信じられていることとは裏腹に、製薬会社が研究開発にかける金額は、マーケティングにかける金額よりも遥かに少ない。



○製薬業界は連邦議会やホワイトハウスの首根っこをしっかりと押さえている。


ワシントンには議員の数を凌駕する人数のロビイストを配置する最大の圧力団体であり、数々の選挙運動に資金を提供している。



○製薬会社は自社の薬に合う病気を宣伝している。


多くのアメリカ人が、自分が「全般性不安障害」「勃起障害」「月経前不快気分障害」「胃食道逆流性疾患」など、臨床単位としての存在が疑わしい「病気」、あるいは軽い不快感が誇張された「病気」にかかっているのではないかと思い込まされている。



○製薬会社は、医師の薬についての教育や、処方に大きな影響を及ぼしている。


製薬会社は自社の薬の臨床試験を実質的に支配している。


製薬会社が資金提供して行われた処方薬の臨床試験の多くは、結果が歪められていると考えるだけの根拠がある。

免疫革命を読んでみて 

音声読み上げ 免疫革命を読む その1

免疫革命を読む その2

wma録音ですーーーーwmpで読み上げます。 

  ↓ ↓ ここより
 免疫革命を読む  音声読み上げも有り
対症療法からの脱却  薬の見なおしへ

玉には与太話をーーと言う、いつも与太話をする人

酷民健康封建制度平成大改革案音頭》他雑文集暇人向暇有著術集


全般読み上げ与太話1.wma へのリンク


《酷民健康封建制度平成大改革案音頭》


       1999、9、12 himaari


《酷民健康封建制度平成大改革案音頭》
他雑文集暇人向暇有著術集》
 より

こんにちわ、ばい菌さん、ウイルスさん、こんやもありがとう

こんにちわ、ばい菌さん、ウイルスさん、こんやもありがとう


2003-12-



音声ファイルはここ  よ〜ん


うたた寝しながら聴いてね 奥さん  

あ、せんべい くちもとに落ちている・・・


http://homepage3.nifty.com/himaari/2saikin.htm#


 


ま、しょうもない内容だけど、50分は暇つぶしになるよ


 


 

昔の名前で出ています 空き見

ちょっと、ちょっと  あ〜^〜 君〜〜 


え、わたし?・・・・・・・あいかわらず   アキミと名乗っています・・・・






 昔の名前で出ています      あ君(アキミ)
というまたもおかしな題名を付けています。客寄せもたいへんなんですよぅぅ
これは私が所属していた会の会長のお話でした。昨日なつかしくなって覗いていたら、これなんか古くて新しいもののひとつかな・・なんて思いまして。






byoukikaisetu-1.wma へのリンク

病気の説明

古くても新しい医学論

今は信仰者として崇拝の対象にはしていません。

第三者になった目でみた場合、

今でも 岡田茂吉の論文の抄訳として

この論文は 生きている のでは?

ただし、

取捨選択を自分の直感でする必要があります。

すべてを鵜呑みにする必要もありません。

しかし、すべてを否定できるかどうかは 

じっくり、読んで

いや、聴いてみてください。


 


http://f46.aaa.livedoor.jp/~himaari/


奥さん、私の声も聞いてみたいでしょ?


・・・・・・

????


やっぱり、機械的な声だったのね・・・・・


付け足しわたしんちの見解  05.11


 現代医学の予防接種についてなど(内容忘れた苦爆!!)


 

まちがいだらけの予防接種ー音声版 

まちがいだらけの予防接種ー音声版 2005年5月19日


奥さんは

お茶わん洗いながら、聞いてみてみてちょうだい


おとうさんは 彼女を○きながら・・・・


ばかあ〜〜    


そんな気分になるか〜〜!!


元気ないのに(爆)

医学教という信仰への道







ワクチン神話             
@

 

http://members.at.infoseek.co.jp/akyonn/wakutin-sinwa-1.wma


  次は宗教と神話について
吾々はこれまでの人類が培ってきた宗教を掴んで幸福になろうとしてきました。しかしこの21世紀からはまったく新たな意識段階に上昇しようとしています。いちど掴んだものを離すとき、そこからまた一段階上昇できる時代です。これは宗教すべてに対する見直しとなるでしょう。それが世界最大の宗教・・・・・医学教でさえも
                     by himaari



証拠もないひとりよがりの主張を継続的、組織的に繰り返す。

手始めは子供のときから。信じようとしない者にはおどしをかける。やがて、信仰は深く根付いた確信、言いかえれば冷静な思考を一切受けつけない盲信となる。ものを理性的に考えないということが、いかなる信仰にとっても必要な条件である。

信仰がひとたび理性の助けなしに植え込まれたならば、それを理性的論拠によって消し去ることは至難のわざである。それは一種の迷信となったのである。
 『ブリタニカ』百科事典は、(迷信)を次のように定義している。

「非理性的な感情、とりわけ恐怖、感情に基づく信念で、容易に信じられやすいという特徴をもつ。
また、そうした信条に基づいて行なわれる儀式あるいは慣習。特に(宴以外の人々によって)合理的根拠に欠けると見なされる宗教的体系への信念。神秘的あるいは超自然的なものに関する容易な信じ込み、またはそうしたものに対する崇敬」。

 この〈迷信〉の定義は、宗教そのものと同じく、〈近代医学〉はすぐれているという信仰にも同じように適用できる。〈近代医学〉という宗教を語ることは、〈近代医学〉という迷信を語ることでもある。そして、この医学が演じる様々な儀式は、白衣の司祭たちの財政的収益および権力と密接に結びついている。さらに言えば、これらの収益のライオンの分け前にあずかるのは、実際の権力を構成する医薬産業の大物たちなのである(『世界医薬産業の犯罪』参照)。

 ワクチン神話は、近代医学が巧みに人々に押しつけた最も広範囲にわたる迷信であるが、同じ理由で、最も利益をあげているのもこのワクチンである。このワクチン神話は、それを支える科学的論拠など何一つないにもかかわらず、最もしぶとく生き延びる神話の一つでありつづけるだろう。

種々の伝染病はすべての国で、ワクチンやその他の療法が導入されたかどうかに関係なく、蔓延したかと思うと下火になり、やがて事実1消滅していった、といっても今や過言ではない。その結果として唯一明らかになったのは、種々のワクチンによって引き起こされた広範な薬害である。イタリアやフランスで我々が知っている医師の多くは、医師業を続ける組合免許を保持したいと思ったら、子供の患者に予防接種をすることを拒絶するわけにはいかない。

しかし彼らは、自分の子供にはワクチンを接種しない。西ドイツのゲルハルト・ブッフヴアルト医学博士は、自分の子供が天然痘の予防接種によって植物人間になってしまったことにショックを受け、世界親模の研究に着手した。その結果、天然痘で死亡した者はこの間一人もいないが、その代わり、予防接種により死亡した者は何百人もいることを証明し、西ドイツでの強制的接種を事実上廃止させた。

   アメリカ合衆国では、“合法的に予防接種を避ける方法″について親のためにガイドラインを発表した弁護士が何人かいる。また、予防接種で害を受けた患者を探し出して、そうした致死性薬物を製造した製薬会社を訴えている者もいる。これはかなり効果をあげており、今日、製薬全社の多くは、政府がワクチン接種を義務化し、訴訟による被害を補償しないかぎりワクチン製造を拒否する と迫っている。しかし、各国政府の多くはそれを拒否している。


   いわゆるワクチン接種は祝福すべきものだという鳴り物入りの信仰は、これからも(近代医学)の最後の死の儀式の一つとして留まり続けるだろうと予言してもよい。というのは、製薬会社にとってその収益はあまりに大きいからだ。恐らく接種廃止までには来世紀までかかるだろう。事実、それは(業界)にも(州)にもたいへんな儲けになるので、多くの場合、無料で奨励され押しつけられるのである。

   しかし本当のところ、誰がそのツケを払っているのだろうか? もちろん、納税者である。 (近代医学)が科学というよりは宗教であることを示すもっと適切な例が、次のエピソードである。

   チューリッヒ州立病院である聡明な若い患者がアキレス腱を切り縫合してもらったが、数日間、薬を飲むように言われた。「腱を縫ってもらってなぜ薬を飲まないといけないんです? 体全体に悪影響を与えるんじゃありませんか?」「いや、いや、その薬はあなたの腱だけに効くようになっているんだ!」、白衣の司祭はうれしそうにこう答えたものである。          

 スイスの先端を行く病院の医師が人に笑われることなくそんなことが言えるということは、(近代医学)がどれほど一つの宗教としてまかり通ることに成功しているかをよく示している。宗教ならば、信者は何も疑わずに盲信を求められ、科学のように、議論、討論および証拠を求められることはない。



TITLE:i医療の犯罪より1
DATE:2003/10/30 18:01

パスツールの遺言

 


http://homepage3.nifty.com/himaari/taiwa1.htm



古いやつほど 古いものを好むもので ございます


パスツールの遺言▼                               ひまあり異学 2002/03/13

現代西洋医学の中興の祖とでも言うのだろうか、フランスのパスツールが今の
医学に与え続けてきた影響は計り知れないだろう。そう、すべての病気は細菌
(ウイルスも含めて)が源にあるという「病原微生物説」が現代医学を支配し
ているからだ。彼はヒポクラテスの遺言を忘れてしまったのだろうか。

そのためにその一派は「魔法の弾丸」を唱えて、ひたすら微生物である細菌の
発見とそれを攻撃することに血道をあげてきたのである。
その時から人類は細菌との戦争に入ったのである。

そして時代を経て、その結果出現したのが超耐性菌スーパーバグの出現であった。
ここで人類は細菌との戦争に打つ手を失い始めたのである。
抗生物質が効かないのである。

さらに恐ろしいことに、「魔法の弾丸」そのものからスーパーバグが出現する
という事態が世界中で起こり始めているのだ。

「院内感染」とは言い換えれば「病院内の薬から湧いてくる細菌感染」という
ようなものである。医師達はまさか「薬から湧く」などとは思わないから違う
言い方をしているだろうが、実状は病院内で抗生物質を使うところにその強力
な耐候性物質細菌が出現しているのである。

パスツールとその一派は当時の医学界において論争を勝ち抜いた。そしてその
後の医学の思想を支配したのである。
「病気を引き起こすのは見えない微生物なのだ」と。
「微生物を発見せよ。そして皆殺しにせよ!」
「我々の敵は微生物なのだ。敵を攻撃する兵器を発明せよ!そして徹底的に叩くのだ。
この世界から病気を作り出す細菌を壊滅させるまで!」

まるで今の世界のテロ撲滅運動を叫んでいるかのように。

 そして、その檄を受けた信奉者たちは血道をあげて細菌対策に取り組んで行
った。そしてその成果が目に見えて上がっているかに見えたのだった。
人類は細菌との戦争に勝利したかのように見えた。
まずは天然痘撲滅宣言はまさに人類の科
学が今後の細菌との戦争を勝利したかと思わせるものだった。(実際は種痘が
天然痘を解決したという証拠は何もないのだが。その事実は「危ないぞ予防接
種」に克明に書いてある)

しかし、結果は(百歩譲って)天然痘撲滅以外に細菌との戦いに勝利をあげた
ものは何もない。それどころか敗戦が確実となった証拠ならいくらである。も
ちろん、大本営はそんな発表はしたくもないし、できるだけ隠そうとしている
。院内感染はその予兆であるのだが、いずれは世界の巷にも超細菌スーパーバ
グは出現することになるだろう。そのときにはもう「魔法の弾丸」は役に立た
ないのである。人類がやっきになって開発した抗生物質に耐性を持つ細菌は直
ぐに出現するからだ。
今の医学では超スピードで進化する細菌に立ち向かう能力はないのだから。も
し新しい抗生物質が出来ても、直ぐ細菌は進化するのだ。その薬剤に負けない
もっと強力な細菌となって出現してしまうのだ。しかも進化は超スピードであ
る。

ブラックジョークではあるが、ひとつだけ細菌に勝てる方法があるのだが。そ
れは一発で人間も殺ってしまうほど超強力な毒薬を用いることである。
笑い事ではないが、死んでしまえば細菌など怖くもない。とりつく身体がない
のだから。
抗生物質の最後の切り札と言われたバンコマイシンはその毒性の強さゆえ、余
程のことでなければ使われなかった強毒薬であった。超細菌はそれにさえも耐
え得る力を得たのであるから、まさに恐るべしスーパーバグなのだ。

もうこの後は敵(細菌)だけでなく、本体の味方(ヒト)もやっつけなくては
ならなくなったのが現実なのである。テロを撲滅しようとして味方も撲滅して
しまうという事態を招いてしまったのだ。きっと彼の世のパスツールもおちお
ち眠りについていられないだろう。それにはわけがあるのだ。
これほどパスツール神話はその後の世界に大きな影響を与えてしまっていた。
そしてそれは大失敗だと分かったのだ。しかし、それでもいちど信じてしまっ
た病原微生物論者の一派は止めることをできないでいる。
あくまでも「奴ら(細菌、微生物)を叩け!皆殺しにせよ!」と突っ走ってい
るのだ。
ここらで宗祖パスツールの遺言(死に際の言葉)に耳を傾けてもよいのだろう
が。

当時のヨーロッパにおいて論争を繰り広げた反パスツール一派があったのだ。

その代表的人物がフランス人生理学者、クロード・ベルナール教授であった。

彼は、「病気は外部から侵入することによってではなく、私たち自身の内部に
その原因がある」とした。すなわち外部環境主導でなく、内部環境主導だとい
うのある。
ヒトの体の内部環境のバランスがなにかの原因で崩れた結果が病気をなって現
れるのであって、感染症以外の病気ばかりでなく、感染症と言われる病気に対
しても
私たち自身を正常な環境に導くことで解決できるものであるという論であろう


しかも病気に対しては治療するというよりも、予防するということが最良であ
るというのである。今の医学が対症療法と言われ、予防よりも治療に主眼をお
いているのはパスツール一派の方が優性を占めた結果なのだろう。しかも治療
はあくまでも「攻撃」性を主としたものである。薬とはもちろん毒物だから有
害物が肉体臓器を攻撃し、手術は肉体を切り刻むという攻撃性をもち、放射線
も正常な細胞をも巻き込んで攻撃することだし、遺伝子を変成させるという。


 つまり、医療が成り立つのは予防よりも治療の方が利益になるのである。き
れいな空気や水。自然で質素な食事、自由な環境での生活など、いくら予防を
指導しても利益にならないのである。病気になってこそ医師達は出番があると
思っている。
また患者も病気の予防には関心がない。病気になってから他人の手に身を任せ
れば良いのだと思っている。それは病気の原因が外からのものだという考えか
ら来るのだ。つまり、自分は何も悪くないのに突然外から病原がやって来ると
いうのだ。

しかし、ベルナールは反対の見方をしていた。そして今日に至っては結局それ
が認められつつある事だ。この様な病気の見方を「地球論」と呼ぶそうだ。
しかし当時の論争はパスツール一派の勝利に終わったのは確かのようだった。
現代医学が未だに外部病原説が大勢をしめているのだから。


    パスツールの遺言

当初は勿論だが、晩年のパスツールはそれに満足していたのだろうか?
人は死に際に本当の事を知るという。パスツールの場合もその様だった。
彼は死に際の床で次のような言葉を語ったと言う。
 
   「病原体はなんでもない。すなわち、地球がすべてである」

地球=環境

ここで「地球」と訳されているフランス語の単語は teriain 。
これは「環境」という意味にもとることが出来るそうだ。
もしあなたの外部環境が健全であれば、そしてあなたの身体がよく耕された土
壌の様に十分に栄養をとっていれば、あなたの病気は十分抵抗できる  とい
うことなというのだ。ここで一つ付け加えると内部環境を狂わす有害物を摂取
していない事が大切な条件になるのであろうが。
(これは自分自身だけでなく、その親の代、そしてその祖先からの環境も含め
てではあるが)
このようにパスツール自身においては、死を迎えての床でその真実が分かった
ようである。しかし、すでにパスツール神話は一人歩きを始めてしまっていた
のだ。その後のコッホをはじめとして、病原菌は医学者により世界中で次々と
発見され行った。そしてその細菌に対しての「魔法の弾丸」と呼ばれる抗生物
質は人類の救世主の様に登場したのだった。一時は世界から病原菌を撲滅出来
るものと錯覚するほどの戦果を挙げたのだった。(ーーと、見えただけであっ
て事実は抗生物質の効果とは無関係にそれらの病気が自然に減少して行った事
実は「危ないぞ予防接種」を参照)

というのもつかの間、次々と登場したそれらの「魔法の弾丸」は効力を失い、
さらに新しい抗生物質の開発。そして耐性菌の出現、また新しい抗生物質の開
発・・・と続くのであった。
そして今、世界中で抗生物質の効かない超耐性菌が次々と登場して来ている。

抗生物質の開発は間に合わないのだ。というよりも、新しく出来る抗生物質に
は新しい耐性菌が直ぐ出現するのだ。まるでその薬剤を待ち受けているかの様
に実に素早く耐性菌は現れる。あたかも「薬から菌が湧く」ごとくである。

世界の細菌学者のトップの告白では、「もう人類は細菌との戦争に勝てない事
が分かった。これからは細菌との共生を考えないと人類は生き残れない」とい
う証言が出始めているのだ。
我々人類は今大変重要な岐路に立っているようだ。
このまま細菌との戦いを続け味方まで巻き込んで自滅するか。
それとも敵であった細菌を根本から見直し人類との共生を考えるか。
事実、細菌にとっても宿主がいるから存在し、宿主と共存共栄する細菌の方が
はるかに多いのだから。
病原菌と呼ばれる細菌にしても普段はおとなしいのであって、「何かの理由」
で突然繁殖して猛威をふるうと言われている。
原因が外にあるか、内にあるかという見方でヒト側が対処する方法や認識が百
八十度違ってくるのだ。
病原外部説にしがみついてしまう人は病気は治療するものだという考え方で、
自分の健康(生命)を他人である治療者(医師)に委ねてしまうことだろう。

「自分は悪くない。原因はすべて他から来る」というのだから、解決も他に任
せる。

しかし、病原内部説を主とする人は予防に心を向けるだろう。
故に自分の健康(生命)は自分で守る事に重点を置くことになる。治療といえ
ども他人任せにしない。そして病気と言うものの真実が見えだして来るだろう
。自分の身を他に委ねていた時に見えなかったものがゆっくりと見えだしてく
る。
そのとき見えない呪縛の様にまとわりついていたパスツールの亡霊から解き放
たれるのだ。

もともと病原細菌説には無理があったのだ。この世から細菌を一掃しようなど
という馬鹿げた考え方が始まりから間違いであったのだから。
この地球は細菌たち微生物で成り立っていたのだ。
土の中や海水の中には微生物でいっぱいなのだ。世界中微生物なくして植物動
物すべてのものが生存することなど不可能である。
もちろん、人間の体でさえも例外ではない。人間にとっても細菌たち微生物な
しでは存在などできないのだ。それを知らないで細菌を「バイ菌」と言って忌
み嫌っていたのだから身の程知らずなのはヒトの方なのだ。

自分自身は細菌なのだという事実。細菌が絡み合って細胞が生きている肉体な
のだから細菌によってヒトは生かされている。
「細菌をやっつける!」などと叫ぶのは「自分自身をやっつける!」と叫んで
いるのと同じことであったのだ。
この肉体を「無菌の存在でありたい」などという馬鹿げた願いは愚かを通り越
している。非文明人の思想を科学的思考と錯覚している野蛮人の思いでしかな
い。
抗菌グッズ思想で汚染された頭にはそれが分からないのだ。
菌が居ないのが清潔だと思いこんでいる。「あなたの身体のどこを覗いても細
菌だらけなのだ」と聞いて驚くことはない。それが正常な身体なのだから。
それでも、「すべての細菌を殺さないと気が済まない」のなら自らの命を絶つ
のが最良であろう。

そして細菌たちを有益菌と有害菌と分けていた愚かさにも気がつく時が来るだ
ろう。すべては内に有り。良いことばかりが内にあるのでなく、悪いと思われ
る事も内にあったのだ。細菌はそれに協力しただけのことである。細菌にその
責任を押し付けていただけのことである。
それぞれの細菌にはそれなりの存在理由があり役割があったのだ。ただ、医学
、生物学など人間の方でそれを認識できないでいただけのことである。
ゆえに「有用微生物」とか「有害微生物」とかで人間の都合で区別していたの
であろうが、まさか自分の方に責任があるなどとは考えたくもなかったのだ。


出発点が「細菌病原説」であったから以後の研究には見えない制限が出来てし
まっていた。
体内に常在する細菌が急に変身してヒトに悪さをするーーーという様に見方を
位置づけられてしまったのだから本当の事が見えてこない。確かに普段は何も
ない普通の細菌が急に変身して病原菌として働くーーーーかの様に見えるだけ
なのだ。
そこに「原因外部説」と「病原内部説」との反対の見方で違って見えるのだ。

(近年大発生しているアトピー皮膚炎、杉花粉症なども見方を変えて見ると真
相が見えてくるだろうが)

さらに進んで最終的には、「病気は悪いもの」と「病気は良いもの」というと
ころまで行き着くことだろう。
それはこういうことなのだが。

 病気とは外部からの攻撃(原因)で起こりそれに負けてはならない。攻撃す
るものの多くが微生物(でありウイルス)である。これがパスツール派の主張


 その正反対の論を言うとまったく逆のことになってしまうのだが。
それはクロード・ベルナール派の内部環境説の様になるだろう。

しかし、ベルナールさえも細菌の本性までは見つけられなかったのか、細菌味
方説まで説いたかどうかは不明である。
そこで一つの論を付け加えてみた。(この論はすでに今から半世紀以上も前に
出されていた)


病気とは内部に原因がある。しかもそれは人間にとって必要なのだ。内部の環
境が崩れたのを修正する為の働きである。すると、病原とされる細菌というは
どう解釈するのだろうか。
まったく正反対の考え方になるのだ。
細菌はその手助けをしているーーーーーとてもパスツール党には信じ難い話に
なる。
なぜ強い毒性を持つ抗生物質に耐性を持つ菌が出現するのだろうか?
なぜ普段おとなしい常在菌たちが病原菌として働くのだろうか?
なぜ病原菌と言われている強い菌を飲んでも発症しないのだろうか?(コレラ
菌を飲んで実験した学者の例)
病原菌は何を餌にして繁殖するのだろうか?それも繁殖する時としない時があ
るのはなぜだろうか?
そして菌が見つからないのに同じ症状の病気として発症するのはなぜだろうか

繁殖する菌はどのようにして成長し死んで行くのだろうか?最後には死滅する
のはなぜだろう?いつまでも永久に増え続けていくのではないのだから。

これらの疑問に答え、驚くべきばい菌(微生物)有用説を唱えたのが岡田茂吉
であった。
それらの詳しい論は直接読んで貰いたいのだが、ここではパスツールが唱えた
病原微生物説(ウイルスも含む病原外部説)はこの二十一世紀においては成り
立たない論となった事と、すでにパスツール自身が死の床において「それが間
違いだった」と告白していた事実を紹介したのである。

この事を知って医学専門家達は一度原点に戻って見直しを始めるべきだろう。
そしていつかは一般の患者になり得る我々は、一人歩きしてしまった病原細菌
説に固執している医師達に身を任せても良いのだろうか考えて見る必要がある
だろう。なぜなら、その病原微生物説に従った医療のの“攻撃性”に遭遇する
のは「あなた自身」に他ならないからだ。

「飲む打つ切る曝す」この意味するところ。自分自身を攻撃される事に気がつ
かないのだろうか。現代医学は病原を外からの敵をみなすため、敵を攻撃する
という指向性を持つ。しかしその敵の内には「我が身」も加えら得ているとは
知らないのだろうか。


きっとパスツールはいまでも彼の世では楽々と眠りにつくことが出来ないでいる
だろう。かつて自分が主張した論がこの世界から破棄されるまで。
彼は大自然の偉大なる働き、微生物による「大調和」を見逃したのだから。



参考図書
超」細菌の報復−抗生物質がつくりだすスーパーバグ
一九九六年八月三〇日第一刷発行
ジェフリー・キヤノン 著
今西二郎 穂北久美子 訳
発行所  三田出版会


 

引き寄せの法則ーーナイチンゲールも知っていた

題名のごとく引き寄せのマジック


病気症状も 実は 波動の法則からいうと 引き寄せの法則なのだろうなあ。


ちょっと想像してごらん。


ウイルスは波動なんだ  とすると、何かに共振して振動している 、つまり、波動を媒体する役目だとしたら・・・・


ブ〜〜ンと超高振動している蜂の羽の様なものかも。


それが伝えるんだろうね。


なにを?


波動をだね。波動を伝える相手はそれを引き寄せる波動をはっしているからだろうなあ。


ウイルスは伝道師。いや、福音の使者だとしたら・・・


そう、その波動をもちいて、引き寄せ者の波動を解消するための添加剤役、媒質役のような・・


波動の法則とは、引き寄せが無いと成立しないんだろうなあ。


すると、世界の古今の感染症は 


全部!!


引き寄せの法則で、皆が自分で引き寄せたってわけか!!


その源は過去、現在ともども絡み合ってのものなんだろうが・・


それにしても、


すべての自分の、そして周りに起こる事はすべて自らの引き寄せの法則によって生じていたなんて!!


あきょ〜〜〜ん 


じゃないか!


ナイチンゲールはその現場をよく観察していたようですよ。


本質を知るものは偉大なり   嗚呼


 


 


細菌説の起源(ナイチンゲールの証言あり)転載

より


転載(笑い)   天才akyonnもとい  転載魔akyoon


 



 パスツールがかの悪名高い「細菌説」を最初に広める前の医学界や、時の最
先端の医者たちが唱えていた病気の原因に関する様々な説の歴史を振り返って
みると、パスツール自身が発見した説は何一つなく、他人の研究結果を横取り
し、それを曲解し別のものに造り替えてしまったという説得力のある証拠を見
つけることができるだろう。

 いわゆる「細菌説」と呼ばれる説はパスツールよりずっと以前からあったの
だが、それがあまりに古い説であったため、あたかも新説であるかのように発
表することが可能だった。彼はそれをまんまとやりおおせたのだ。

 カナダのケベック州にあるマクドナルド大学(マックギル大学の農学部)の
学長、細菌学の教授であるF.ハリソンは、『微生物学』という教科書の中で、
『微生物学における歴史の再考』という評論を書いている。以下はその抜粋で
ある。


 「ヴェローナのジロラモ・フラカストロ(イタリアの詩人・医者 一四八三
−一五三三)は一五四六年にベネチアで出版した本(De Contagionibus et Co
ntagiosis Morbis, et eorum Curatione)の冒頭部分で、接触伝染や感染症、
あるいは病原体の真の性質や、伝染病の伝わり方について書いている。彼は病
気を、その感染経路によって、接触感染するものと、媒介感染するもの、離れ
ていても空気感染するものの三つに分けた。そしてseminaria接触原と呼ばれ
る病気を引き起こす有機体は、現代の物理化学者が膠質と表現する状態に似た
ねばねばした粘着質の性質を持つと推測した。これらの目に見えない小さな粒
子は適当な媒介の中で増殖が可能で、動物熱の作用によって病原性となる。こ
のようにフラカストロは、一六世紀中期に、微生物学における病気のプロセス
の概要を示したのだ。」

 パスツールが「発見」した細菌説の三〇〇年以上も前に出されていたこの本
は、パスツールの説の驚異の予言書であるかのように思われる。ただフラカス
トロは──顕微鏡がなかったために──これらの有機体が個々の生命体である
可能性については気づいていなかったと見られている。

 ハリソンによると、H.ヤンセンによって最初の複合顕微鏡が作られたのは一
五九〇年だが、バクテリアを見ることができるほど高性能な顕微鏡は、一六八
三年頃までなかったという。さらに彼はこう書いている。


 「一六八三年、オランダの博物学者でありレンズ職人であったアントニウ
ス・ヴァン・レーウェンフックは、自作の一〇〇倍から一五〇倍の倍率を持つ
単レンズの顕微鏡により得た観察結果を、英国王立協会に報告した。唾液や歯
石の中に、彼が極微動物と名付けたものが見つかったのだ。彼が口頭と図解で
表したところによると、それらは棒状や螺旋状をしており、そのどちらもが運
動性を持っていたという。多分その二つの種は、今現在、bacillus buccalis
maximus(訳注:口内の最大級の桿菌?) とspirillum sputigenum(訳注:唾
液の中の螺旋菌?) と呼ばれているものであろう。

 レーウェンフックの観察記録は純粋に客観的で、1762年に伝染病の細菌説を
発表したウィーンの内科医M. A. Plencizの思索的な見解とは見事に対照的で
ある。M. A. Plencizは、伝染病の種類ごとにその原因となる固有の有機体が
存在しており、この極微な有機体は体外での増殖が可能で、大気によって様々
な場所へ運ばれるのではないかと主張した。」

 これはパスツールの偉大な思想そのもの──そっくりそのまま彼の細菌説─
─であり、この説はパスツールが思いつく(?)、つまりあたかも自分の考え
であるかのように発表する前から、一世紀にも渡って活字となって存在してい
たのだ。

 これがいかに簡潔にパスツールの細菌に関する説の一切合切を先取りしてい
るかに注目してほしい。Plencizが顕微鏡を持っていたという証拠も、レーウェ
ンフックの極微動物のことを知っていたという証拠もないと見られる一方、彼
のずば抜けた考察からすれば、そのどちらも十分あり得そうな話だ。もし細菌
説に何らかの価値があるのだとしたら、そこから得られるはずの名声は、パス
ツールではなくPlencizに贈られるべきである。接触伝染、感染症、疫病といっ
た奇妙な現象を、少なくとも当時の人たちにとって、たやすく完璧に説明した
に違いないこの説は、当時の医学界や科学界で物議を醸しだし、そのときの文
献をパスツールが利用したのだろう。

 この説が広く知れ渡っていたということは、世界的に有名なイギリスの看護
フローレンス・ナイチンゲールが、パスツールがこの説を取り上げ自分の考
えとして主張しはじめた一七年以上も前の一八六〇年に、これに対する異論を
唱えているという事実によって示される。

 彼女は「感染症」についてこう語った。


 「病気とは、犬や猫といったように種類分けできる個々の存在ではなく、
互いに起因し合って生じる状態のことをいいます。

 絶えず間違いがくり返されているのではないでしょうか?今現在、病気とい
うものは、
個々に分離した存在であり、犬や猫のように実体のあるものである
かのように思われていますが、実はそれは誤りで、本当は状態のこと、汚いと
かきれいとかいった状態のことであり、それはまさに自分の管理次第なのです。
もっと正確に言えば、
自分のおかれている状態に対する自然の恩恵とも言える
作用なのです。

 例えば天然痘について、わたしはこう教え込まされていました。かつてこの
世には、最初の犬(正確には最初の犬のつがい)がいたように、どんどん繁殖
をくり返し、子から孫へ果てしなく連鎖していくその元となる最初の個体が存
在していた。天然痘もその一つで、自ら発生することはない。そこに親犬がい
なければもうそれ以上新たな犬は生まれないのと同じように。

 それ以来ずっとわたしは、閉め切った部屋の中でもすし詰めの病室の中でも、
幾度となく天然痘が最初の個体として現れるのを、この目で見、この鼻で嗅ぎ
続けてきました。それはどうしても「移った」のではなく、発生したとしか思
えませんでした。

 わたしは病気が発生し、進行し、ほかの病気に変わっていくのを見てきまし
た。しかし、犬は猫に変わったりしません。

 例えば、やや混み合った中で熱病が進行していたのが、少し人が増えると腸
チフスになり、またさらに少し人が増えると今度は発疹チフスになるといった
ようなことが、同じ病室や小屋の中で起こっていたのです。

 病気というものを次のように捉えたほうがはるかに妥当で、より真実に近く
現実的なのではないでしょうか。(というのも、病気とは、すべての体験が物
語っているように、名詞ではなく形容詞なのです)

──真の看護とは、感染症に対して予防(※訳注) 以外は何もしないことで
す。清潔を保ち部屋の換気をし、常に患者にを配ることが唯一の防衛手段であ
り、真の看護婦に一にも二にも求められていることなのです。

──患者を思慮深く人道的に扱うことが、感染症から患者を守る最善の方法で
す。清潔さを保つことが、看護の大部分であると言ってもよいでしょう。

──現在の医学界のルールのような病名を特定する主義は、愚鈍で無教養で不
安定な精神の巨大な隠れ蓑となります。特定の病名などないのです。特定の病
状があるだけです。」



 ご覧のとおり、歴史上で最も有名な看護婦の一人であるフローレンス・ナイ
チンゲールは、その生涯に渡って感染症、接触伝染、疫病と向かい合った経験
から、パスツールが細菌説を自分の発見として押し進める一七年も前から、細
菌説に異論を唱えていたのだ。(第八章六一頁参照)

 一八七八年であれそれ以降であれ、パスツールが細菌説について把握してい
たこと以上に、ナイチンゲールは一八六〇年以前に、細菌説のことも、それが
完全なる過ちであることもはっきりと理解していた。

 それでは、パスツールがいかに人の研究ばかりに依存していたかを知るため
に、ちょっと寄り道して、細菌の研究は発酵の研究の所産だったという話まで
数年間戻って見ていくことにしよう。



※訳注:
ナイチンゲールの言う「予防」とは、「予防接種」のことではないですよん。
このときはまだワクチンは開発されてないし。ナイチンゲールの言に当てはめ
ると、予防接種も、「感染症に対して何か(余計なことを)する」ってことに
なり、彼女の言う「予防」には入らないと思います。また、「清潔」も、現代
の様々な薬剤を使った過度の清潔(毒のばらまき?)にはまったく当てはまら
ないと思います。当時の野戦病院の不潔さを想像してみてください。それに対
する清潔なので、現在とは座標軸が違います。また、ナイチンゲールは、90
歳という長寿でこの世を去りました。当時としては驚くほど長生きだったので
はないでしょうか。しかも長年「不潔」な野戦病院で働いていて「感染症の脅
威」に晒されていたにも関わらずです。彼女の論の正しさを、彼女の人生が証
明しているような気がします。

ナイチンゲールについては、以下のサイトに簡単な説明があります。子供向け
の伝記の本です。パスツールと同じ巻に納められているあたりが運命の皮肉と
いうかなんというか(^^;








せかい伝記図書館 ナイチンゲール

このページの文章は、 以下の本の翻訳です。

"Pasteur Plagiarist Imposter! The Germ Theory Exploded"
by R.B. Peason
『パスツール、この盗作者、詐欺師!細菌説は論破された 』
R.B.ピアソン著
以下のサイトで原文が読めます。
http://www.sumeria.net/dream.html



えっ!現代医学は宗教だったぁ〜〜!?

 









   あなた病院へ行くと病気なりますよ(本の帯より)
「医者が患者をだますとき」より
  第1刷発行1999年3月8日 第5刷発行
著 者 ロバート・メンデルソン  
訳 者 弓場 隆
発行所 株式会社草思社
 ISBN4−7942−0854−5











目次   と  音声読み上げ読み上げ

はじめに 私は告白する…・………………hajimeni-1.wma へのリンク


序 章 現代医学は宗教である………………………………joshyou-1.wma へのリンク

第1章 医者が患者を診察するとき…………………・………….wma へのリンク

   健康診断は儀式である/いいかげんな機器/レントゲンによる被曝
   の儀式/医療検査は神のお告げ/数字に振り回される医者/教材と
   しての患者たち/病気は医者が作り出す/医者は過激な治療が好き
   /健康診俄にまつわる幻想/医者の基準、患者の基準/とにかく医
   者に質問を/医者からわが身を守るには

第2章  医者が薬を処方するとき………………………・…2syou-1-1.wma へのリンク

   抗生物質のウソ/抗生物質が細菌を鍛える/医者と薬の危険な関係
   /副作用で死んだ人々/ステロイドの苦しみ/DES訴訟事件/ピ
   ルは病気を呼び寄せる/医者は降圧剤を飲むか?/新薬の怪しいカ2syou-2-1.wma へのリンク
   ラクリ/薬漬けにされる子供たち/医者と患者と製薬会社/医者が3syou-1.wma へのリンク
  薬にこだわるわけ/「毒性のない薬は薬ではない」/薬の作用、副
  作用/薬と仲よくつきあう前に/薬害からわが子を守るために/医者の倫理、世間の常識

3章  医者がメスを握るとき…………………………………………3syou-1.wma へのリンク
  意味のない手術/出産に医者がかかわる理由/出産は「九時から五
  時まで」?/「医学の進歩」という幻想/医者の都合と手術/儀式
   としての手術/手術からわが身を守るには

第4章 病院にいると病気になる………………………・……………4syou-1.wma へのリンク

  子供はなぜ病院が嫌いか/病原菌だらけの病院/清潔という落とし
  穴/院内感染を生み出すもの/取り違えられる患者たち/栄養失調
  の患者たち/病院にいると病気になる/患者の権利はどうなってい
  る/病院のほんとうの姿/病院からわが身を守るために/大学病院
  をめぐる迷信/わが子を入院させたとき/患者と付き添いの

第5章  医者が家庭にかかわるとき・…・……………・……

 家庭に攻撃をしかけるもの/出産に介入する産科医/母乳とミルク
  と小児科医/小児科式二重思考J育児ノイローゼになる母親たち/
  保育所と早すぎる独立/学校と子供と精神科医/われわれが失って
  きたもの/医者から家庭を守るにはJかけがえのない家族

第6章  死のための医学………・‥…………‥……6syou-1.wma へのリンク
  医者が仕事をしないと病人が減るJ現代医学は生命に関心がない/
  死を奨励する医者たち/老いは病ではない/慈悲による殺人/クオ
   リティー・オブエフイフとは

第7章医者というものの正体……………………・…………・7syou-1.wma へのリンク
  あきれた聖職者たち/いんちきな医学研究/自分を治せない医者た
  ち/恐るべき医学部教育/悲しき医学生/なぜ医者は不正を行うの
  か/医者がかかえる二つの病理/「医者は失敗を棺桶のなかに葬る」
  /「患者に何がわかるというのか」/自分の体は自分で守る

第8章予防医学が予防しているもの……………………………8syou-1.wma へのリンク
  病院の倒産を予防する医学J予防接種に警戒せよ/集団接種はひと
  つのバクチ/乳がんの集団検診の危険/医者は健康とは何かを考え
   ない/決まり文句は「手遅れ」/真の予防医学とは/いま望まれる
   医学

第9章私の考える新しい医学………………………・……9syou-1.wma へのリンク
   「生命」 の核心に向きあう/生命を祝福する医学/豊かな人生を送
   るために/すべては家族から始まる/まわりの人々とともに/新し
   い医学の手応え

おわりに 新しい医者を求めて…………………………………owarini-1.wma へのリンク

訳者あとがき…………………………………・……
解説−新田囲夫(新田クリニック院長)……………………yakusyaatogaki-1.wma へのリンク


私は本文中に引用した研究等については憎悪に深く言及するのを避けた。それは、情報源をいちいち明示すると読者の集中を妨げる恐れがあるからであり、また、本書が伝えたかったことは、そうしたデー夕の数値についての議論ではなく、読者ひとりひとりの感性に訴える種類のものだからである。
   ロバート・メンデルソン



  この本の原書は、初版が一九七九年にアメリカで刊行されたものです。基本的に当時のデータを元にしていますが、現在もなお現代医学の底流に存在し続けている根本的な問題の構図を指摘するもので、現在の日本においても示唆に富んだ内容となっています。日本語版については、原著作権者の了承のうえで、すでに状況が変わってしまっているもの、日米で事情が異なるものについては、割愛または訳注による最新情報の補足を行いました。

危ないぞ 予防接種








すべての親が知るべきこと
        【危ないぞ 予防接種】

イギリスからのメッセージ1992年9月30日   第1刷発行

著 者   レオン・チャイトー

 訳 者   藤井 俊介

   監修者   毛利 子来
発行所 社団法人 農山漁村文化協会

ISBN4−540−92068−5   定価  2,200円」

  機械音声読み上げ文字間違いと読み間違いがあるのはごめんね。  正しくは書店にてお求め下さい。
 ちょっと古いけど、いまもほとんどは通用するとおもうよ
目  次
予防接種‥QアンドA
謝  辞
syaji-1.wma へのリンク

この本を読まれる方々へ著者の論旨
日本語版監修者からひとこと(毛利子来)
kansyuusyakara-1.wma へのリンク

 第一章 予防接種に問題はないか?…………………………
 1syou-1.wma へのリンク
 第二章 予防接種の驚くべき歴史……………
 2syou-1.wma へのリンク
パスツールと彼の遺産栄養と健康維持の疎外
2syou-2-1.wma へのリンク
 第三章 免疫と免疫機能の検討
3syou-1.wma へのリンク
(BCG、ポリオ、ジフテリア、予防接種を例にして)
 結核に対するBCG
BCG-1.wma へのリンク
 毒素と抗毒素 −
 ポリオとジフテリアの免疫病気にかかりやすい人の要因
 3syou-2-1.wma へのリンク
 第四章 予防接種の「成功」に対する批判と反論…
4syou-1.wma へのリンク
病気の減少は予防接種の効果なのか
副反応の危険性
4syou-2-1.wma へのリンク

 第五章 予防接種による急性の害作用(SIDSと脳障害)‥
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幼児突然死症候群(SIDS)
予防接種の結果としての神経と脳の障害
免疫機能の障害と破傷風ワクチン
関節炎と風疹ワクチン
5syou-2-1.wma へのリンク
病気の発症原因
インフルエンザ予防接種の反応

 第六章 予防接種の長期にわたる危険
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 (白血病、ガン、多発性硬化症など)
ビーチャムの仮説……それを支持する最近の証拠
     現代の文献はビーチャムの命題を支持しているか? 
     
 第七章  エイズ‥予防接種が発生させたか?……………
〔監修者からのコメント〕
7syou-1.wma へのリンク
 第八章  免疫機能の増強と免疫獲得の他の方法
8syou-1.wma へのリンク
ホメオパシーによる免疫機能の強化
草木医学整骨療法による免疫機能の強化
鍼術による免疫機能の強化
栄養と免疫組織
8syou-2-1.wma へのリンク
 第九章  結論と疑問………………………………………
9syou-1.wma へのリンク
文中引用文献
推薦する参考文献
訳者注釈

日本での推薦参考図書
訳者あとがき
yakusya-atogaki-1.wma へのリンク
日本で用いられているワクチン名の索引

危ないぞ予防接種

himaari氏が音声読み上げまで作ってくれているので紹介(笑い)


・・・・ほんとはめんどくさいので前の記事を貼り付けているだけす(爆)

第一章 予防接種に問題はないか?
読み上げabunai1-2.wma へのリンク
  文章 危ないぞ予防接種より 1

     栄養と健康維持の疎外
読み上げ abunai2-1.wma へのリンク
    文章危ないぞ予防接種より 2
 左クリックで読み出し。右クリックで「保存する」を選択するとダウンロードできます。     windowsのメデアプレーヤー9で再生(最新リアルONEプレーヤでも再生出来ます。 「開く」から対象を選択します。)


http://homepage3.nifty.com/himaari/abunai2-1.wma


http://homepage3.nifty.com/himaari/abunai1-2.wma

あなた 病院に行くと病気になりますよ

























j1-1.wma へのリンク
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圧縮が少ないと良い音がするが・・・










医者が患者をだますとき(女性編)         前のページに戻る音声読み上げ機械音
目次

医者が患者をだますとき (女性篇) 目次
はじめに……‥………………………………………………


第1章 医者通いはなぜ危ないか…………………………………………

     現代のドン・キホーテ/だから、女性は気をつけなければならない/現代医学の致命的欠陥/「医学の進歩」という幻想

第2章 診察室ほど危ない場所はない…………

     昔は患者のためのものだった/病院経営に役立つ 「創造的診断」/人びとの不安をあおる/「薬をきちんと飲みなさい」 に要注意/「自覚症状がなくても治療を受けてください」/医療で生計を立てている人たち/とりあえず検査しましょう」

第3章 危ない医療信仰、危ない医学教育………………………

     医療信仰は幻想でしかない/「疑わしきは摘出せよ」/医師免許を持たない名医」/医者が受けている教育

第4章 医学界と女性差別…………………………………

    女性に対する医学界の差別/女性の医療従事者への差別/西洋医学における女性差別の歴史/婦人科医療は女性に対する報復?/今なおつづく壮大な人体実験/今なお残る医療被害/医学界に利用される女性たち/美容外科が生み出す悲劇/医者を畏敬の対象にしてはいけない

第5章 健康診断の落とし穴………………………………………
    健康診断は患者の?青田買い″/検査漬け医療の弊害/簡単な検査にも問題がある/検査漬け医療はなぜ危険なのか

第6章 医療被爆の本当の怖さ・………………………………………
    放射線を浴びすぎている現代人/ずさんなレントゲン検査による被害/レントゲン検査を受けるとき

第7章 医者からもらう薬…………………………………………
    「最近はいい薬がたくさん出ています」/「きちんと薬を飲んでもらわないと困ります」/副作用で死んでいく患者たち/見せかけだけの医薬分業/製薬会社の猛烈な売り込み/精神安定剤のいいかげんな処方/精神安定剤による依存症の蔓延/精神安定剤による深刻な被害/「新しい薬があるのですが、試してみませんか」/製薬業界の絶大な政治的影響力/投薬ミスはなぜ起こるのか/「患者さんの求めに応じただけです」

第8章多すぎる手術、危ない手術……………………………………
     「手術をしないと大変なことになります」/手術で非業の死をとげない
    ために/手術にともなう医療ミスの数々/医者を信頼する前に/医療ミ
     スで死んでいく患者たち/必要のない手術に感謝する必要はない/自然
    の摂理を無視した手術/医学教育の恐るべき成果/不要な手術から身を
     守るための質問/セカンド・オピニオン/科学的な裏づけがあるか?
第9章 子宮摘出手術の秘密……………………………………………
    子宮は使い捨ての臓器か?/十分な説明に基づかない同意/子宮摘出手術と結婚生活の破綻/金儲けのための子宮摘出手術/「更年期障害にはエストロゲンが有効です」

第10章 乳がん手術と生活の室………………………………………
     突然の乳がん手術/「乳がんは切らなければ危険です」/医原性乳がんの大発生/乳がん治療には要注意/乳がん患者をつくりだす医学界/乳がんと診断されたとき

終章 読者へのメッセージ……………………

巻末付録 医者がよく使う薬について…………………………………

訳者あとがき……………………………

医者が患者をだますとき〈女性篇〉

2001年4月24日 第1刷発行
著者
ロバート・メンデルソン

訳者
弓場 隆
本山舌晴
加瀬昌男


発行所
株式会社草思社

ISBN4−7942−1048−5



ロバート・メンデルソン
アメリカで「民衆のための医者」として親しま
れた医師。イリノイ大学医学部準教授(小児
科、予防医学、地域保健学)、イリノイ州医師
免許委員会委員長、ヘッドスタート計画(アメ
リカ政府教育事業)医療部会会長、ラ・レー
チェ・リーグ(国際母乳連盟)医学顧問、マイ
ケル・リース病院院長。すでに故人となって
いるが、r医者が患者をだますときJ
は全米ベストセラーとなった。本書はその続編である。

家政婦はそれを見た

 

  1919年のインフルエンザ大流行はワクチンによって引き起こされた。 ジョン・ラッポート記。

  2005年10月11日
  
http://www.savethemales.ca


 エリノア・マクビーンによって、ほぼ25年ほどまえになされたもうひとつの分析がある。以下の引用は彼女の著書「糾弾されたワクチン接種」(Vaccination Condemned)の第2章からのものだが、全く違った観察が示されている。


 私は1918年のインフルエンザ流行の現場をこの目で見た

 1918年のスペイン風邪の流行を体験した医者や人々のだれもが、あれは世界的にも前例の無い恐ろしい病気だったと言います。ある日心身ともに強健だった人が次の日には死んでいるかもしれませんでした。その病は、腸チフス、ジフテリア、肺炎、天然痘、小児麻痺といった、第一次世界大戦直後に人々がワクチンとして接種されることになった諸病に加えて、黒死病(ぺスト)の特徴をそなえていました。事実上全ての人が、1ダースかそれ以上の病気や毒性血清を「種としたもの」を注射されました。そのようにして医者が作った病気が一斉に発生しだしたとき、それは悲惨なものでした。

 流行は2年間続きましたが、その勢いは、症状を抑えようとして医師たちがさらに投与した薬の毒性によって保たれました。私が見いだしたかぎりでは、インフルエンザはワクチン接種を受けた人だけを襲いました。注射を拒絶した人たちはインフルエンザを免れました。私の家族はワクチン接種を全て拒絶していましたので、流行期間中も無事にすごすことができました。私たちは、グラハム、トレイル、チルデン、その他の人の健康法から、毒性のあるもので身体を汚染すればそれはかならずや病気につながっていくということを知っていたのです。

 インフルエンザの最盛期には、学校は勿論、全ての店が扉を閉ざしていましたし、ばかげたことに病院までもが、医師や看護婦もまたワクチン接種をうけていたのでインフルエンザで倒れて、閉鎖されるというありさまでした。そんな訳で、医者もいない中、私たちの両親は、少しでも病人の世話が出来ればと家々をまわっていました。もしも細菌、バクテリア、ヴィールスやバチルスといったものが病気の原因になることができるのなら、私たちの両親は一日に何時間も病人と同室していたのですから、感染する機会はいくらでも有ったわけです。しかし、彼らはインフルエンザに罹ることはありませんでしたし、また、病原菌を持ち込んで私たち子供にうつすということもなく、何も引き起こしはしませんでした。私たちの家族は、深い雪の積もるその冬の間中、誰一人としてインフルエンザはおろか鼻風邪にさえかかる者もありませんでした。

 1918年のインフルエンザ大流行は世界中で2,000万人もの人を殺したと言われています。しかし、実際には、医師たちがいいかげんで致死的な処置と薬によって殺したのです。これは厳しい告発ですがそれでも、薬品を用いない医者と、そうでない一般の医者と、どちらが成功したかという比較で判定すれば、それが真実なのです。

 「メディカルな」人々や病院が、診ていたインフルエンザ患者の33%を死なせていた一方で、BATTLE CREEK, KELLOGGそしてMACFADDEN'S HEALTH-RESTORIUM といった「メディカルでない」病院ではほとんど100%の治癒をえていたのですが、彼らが用いた治療法はといえば、注意深く計画された自然食の食事療法に続いて、水療法、水浴、浣腸、その他、そして、断食その他いくつかの単純な治療法を施すというものでした。ある「ヘルスドクター」は8年の間一人も患者を失いませんでした。このように一人の患者も失わなかった「薬を用いない医師」たちの一人による健康治療のめざましい成功例は、少し後で出版される、この本の他の部分(タイトルはVACCINATION CONDEMNED)で示されるでありましょう。

 もしも「メディカルな」医師たちが「薬を用いない医師」たちと同じくらい高度であったならば、そのような2千万もの「メディカルな」インフルエンザ治療による死は無かったことでしょう。

 ワクチン接種を受けた兵士たちの間には、それを受けなかった市民の間でよりも、7倍の病気がありました。しかもそれらの病気はその予防としてワクチン接種されたものだったのです。1912年に海外から引き上げてきたある兵士は私に、陸軍病院は小児麻痺患者でいっぱいで、大の大人がなんで子供の病気に罹らなくちゃならないんだと思った、と話してくれました。今では私たちは、麻痺はワクチンの毒性による後遺症であることを知っています。家にいる者たちが麻痺に罹ることは、1918年にワクチン接種の世界的なキャンペーンがおこなわれる前にはなかったことです。

引用終わり。

JON RAPPOPORT  www.nomorefakenews.com


TITLE:「スペイン風邪」の現場証言 縞
DATE:2007/04/15 21:14
URL:http://asyura2.com/0510/health11/msg/158.html

もうそろそろ夢から覚めたらどう?































タマには、もう一度聴いてみてくらはい。
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医療の犯罪    1000人の医師の証言  より




book picture ハンス・リューシュ編 太田龍訳
 医療の犯罪  1000人の医師の証言
 ISBN4-87919-135-3 C1036
 本体 2,700円(税別) 289頁
 
選定図書:日本図書館協会選定図書

  原書タイトル:
  1000 Doctors (and many more) Against Vivisection
  by Hans Ruesch

科学的/近代的な医療が、実は病気を作り出している!

科学的/近代的な医療が、実は病気を作り出している犯罪的現実を1930年代から現在まで、
マスコミが絶対取りあげない近代医療のタブー。大反響を呼んだ『世界医薬産業の犯罪』に続く第2段! 科学的装いをこらした近代医療こそが、実は病気を作り出している。―現場の良心的医師1000人の数々の証言で綴る真に“勇気ある書”

ネット書店
紀伊国屋
amazon  

参考サイト   動物実験について

ずいぶん長かった「近い将来」の預言

またまた、そのまんま磔です。


これも岡田茂吉論文、それも70年前もの預言。


予言ではありませんよ。


 










既に昭和11年の論文執筆に現代医学が近い将来突き当たるであろう鉄壁の壁を予測していたことになります。

しかし、その 近い将来  が

ずいぶんと長くかかったという事です。

それも必要あってのことでしょうが・・・

70年前もの古い論文を読んで、再び

近い将来

について考えてみましょう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー 


現代医療の大誤謬

昭和11(1936)年執筆

 現在進歩せりと誇称し、世人もまたそう信じている医療なるものは、恐るべき程の大誤謬に陥っている事である。



それが為に病が治癒される所ではない。


病は大いに悪化されていたら、それを治ると信じて行っているとは、何と恐るべき事ではないか。



 難症という程でない一寸した病気に罹っても、容易に治らないというのはそれが為であり、又一度病気に罹るや持病になったり、慢性になったりするのもそれが為である。


多額の費用を使い苦痛を堪え忍びつつ受くる医療が病気を良化するのでなくて悪化さしているという事は、何と恐るべき事ではないか。


忌憚なく言えば、医療に救われるよりか、医療に害(そこな)われる方が多いという事は事実である。


たとえて言えば、三人助けて七人殺すという様な訳である。



 この根本的大誤謬は、近き将来において必ず専門家は固より一般に知識さるべき事は、火を睹(み)るよりも瞭(あきら)かである。


何となれば、誤謬や錯覚は決して長く続くものではない。


しかしながら、暴露するとしても、一日早ければ一日だけ人類は救われるのである。


私はそれらの点について悉(くわ)しく述べてみよう。



 病気とは、人間自身の自然浄化作用の課程現象であるという事は、再三述べてある通りである。


故に、発病するや発熱する。


この発熱なるものは頗(すこぶ)る貴重なものであって、発熱によって半分は治病されるのである。


これについて実際の例を挙げてみよう。



 結核患者における発熱に対し、医学は病勢悪化の為と解釈しているが、これは大いなる謬りである。


医学における結核患者と見なすものは、そのほとんどが頸部付近の水膿溜結と胸部脊〔背〕部におけるある部分の肋骨膜及び、その付近の水膿溜結であり、又、肺より出ずると思う咳嗽は実はそうでなくて、喘息の為のそれである場合がほとんどである。


未だ医学では喘息の原因が判らないが、これは胃部及び肝臓部付近に滞溜せる水膿が喀痰となって排泄される為の咳嗽である。


故に、発熱によって各部に滞溜せる病原である水膿溜結が溶解されるのである。


溶解した膿結は喀痰となり、又は排便と共に出ずるのである。


故に、発熱が高ければ高い程それは水膿がより固結せる為である。


この理によって病気治療上、発熱程貴重なものはないのであるに係らず、それに盲目である医学は、発熱を非常に恐れて下降せしめんとするのである。


これが為に、折角膿結を溶解せんとする作用を妨害するのであるから治癒するはずがないのである。


この理によって、医療を加えず放置しておく方が治癒する可能性がある訳である。



 今一つの例を述べよう。


それは扁桃腺炎である。


本療法によって扁桃腺炎は一、二回で完全に全治するのであるが、これは発熱がよく溶解させるからである。


しかるに、小児の扁桃腺肥大は治癒するのに、本療法によるも十数回を要するのである。


何となれば、発熱がないからである。


発熱がないという事は、患者が弱性の為に浄化活力が欠乏しているからである。


浄化力旺盛が発熱をさせるのである。



 今一つの例を挙げてみる。


本療法によって驚く程速かに治癒する病種はまず、盲腸炎、肺炎、肋膜炎、腎盂炎、睾丸炎等の熱性病であるにみても明かな事実である。



 次に結核予防として、風邪に罹る事を非常に恐れるのであるが、これも非常な誤りである。


結核の原因となる各部に滞溜すべき水膿溜結を、少量の時代に簡単に排除する自然浄化が風邪なのである。


故に、風邪こそ結核予防上最大な効果があるものである。


故に、風邪に再三罹る程、その浄化によって結核を免れ得るのである。


これに盲目である医学は、反対に風邪に罹らせまいとするから、そうすればする程、結核に犯されるという結果になるのである。


これを以て今日叫ばれている結核防止の手段は、実は結核増加の手段を執っているのであるから、官民ともにいかに努力するといえども、益々激増するのは当然な訳である。


噫(ああ)、医学の誤謬やまことに恐るべきである。



 次に、薬剤による病気悪化は、黙視出来ないものがある。


就中(なかんずく)、最も恐るべきは消化薬、下剤、解熱薬、強心剤、沃度剤等である。


その一々を説明してみよう。


近来頗(すこぶ)る多数に上りつつある慢性胃病患者はその原因として尽く消化薬である事は一点の疑がないのである。


これは私が毎度言う通り、消化薬を服みつつ、消化のいいものを食する時は胃が退化する。


胃が退化するからそれを行うという循環作用に因ってついに重症となるのである。


これと同じ様に、下剤を服めば排便器能が退化するから便秘する、便秘するから下剤を服むという循環作用によって、頑固性便秘症になるのである。


そうして、薬剤はその成分はほとんどが毒素である。


毒素であるが故に、効果があるのである。


それは実際をみれば能く判るのである。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー


# by akyooon | 2007-04-09 09:22 | 岡田茂吉研究 |

岡田茂吉の医学的預言は昭和初期からあった






はは、そのまま転載

 

岡田茂吉論文よりです。

 


数多い論文中の
基本中の基本となるでしょうか?

病気の苦痛の緩和を病気を治す事と勘違いしていた医学

についてですね。

今でも充分検討するべき、現代医学の勉強すべき主題となりましょうか・・



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー

病気と苦痛



 人間一度病気に罹るとする。病気に罹ったと言う意識は苦痛である。言わば病気即苦痛である。しかし苦痛にも色々の種類がある。
これまでの医学は病気と苦痛を同じものにみていた。
それがため苦痛を緩和すればそれだけ病気も緩和すると思っていた。
この考え方が根本的に間違っている。
それを説明してみよう。
ここで最も多い感冒を取上げてみるが、まず熱が出るとする。
頭が痛いから氷で冷すや幾分楽にはなるが、それは病気が軽減したのではない、苦痛が軽減したのである。
これが根本的誤謬である。
それは病気と苦痛とは別々のものであって、実は苦痛を緩和すればする程病気は悪化するのである。
この説を見た現代人は余りの意外に唖然とするであろう。
しかし、これこそ絶対動かす事の出来ない真理であって、これを基本としなければ真の医学は生れないのである。
以下解くところによって何人(なんぴと)といえども衷心(ちゅうしん)から納得して一言の否(いな)を唱うる事も不可能であろう。
昔の人が自惚(うぬぼ)れと瘡気(かさけ)のない人はないと言ったが、誠に面白い比喩である。
実際どんな人間でも先天的毒素を保有していないものは一人もないと言っていい、しかも毒素保有量は予想外に多いものである。
この毒素とは薬剤の変化したもので吾らは薬毒と云う。
この薬と毒については別の項目に詳説するが、ともかく右の保有毒素は新陳代謝の活動によって、体内の各所に集溜する。
そうして時日の経過に従って漸次固まってしまう。
「毒素の集溜の個所としては神経を使う局所であるから、何と云っても上半身、特に首から上である。
」頭脳を始め、目、鼻、口、耳、咽喉部等々で、これは目の醒めている間ほとんど休む事はない。
特に最も神経を使うところは頭脳であろう。
従って、全身の毒素は頭脳に向って不断に集溜すべく動いており、首の周囲に最も集溜するのである。
それは、目、鼻、口、耳などの神経も実はその根原が頭脳にあるからである。
ほとんどの人間が首の周りにグリグリや塊りが出来たり肩が凝ったりするのは皆そのためである。
ところが右のごとく漸次固まった毒素が頂点に達するやどうしても健康に支障を及ぼすので、これの排除作用が始まる、これを浄化作用とも言う。
造物主は浄化作用に当って巧妙を極める。
それはまず最初発熱する(この熱については別の項目に詳説する)。
この熱で塊りが溶けるのである。
すなわち溶けて液体となった毒素は、一瞬にして肺臓内に入るや、間髪を容れず咽喉を通って外部へ排泄する。
これが喀痰である。
喀痰を排泄するポンプ作用が咳と思えばいい。
ただし後頭部から延髄部付近の毒素は鼻汁となって鼻口から出る。
そのポンプ作用が嚔(くさめ)である。
咳の後には痰が出、嚔の後には鼻汁が出るにみても明かである。
また、首から下の毒素は液体となって排泄される、それが盗汗(ねあせ)である。
また頭痛とは液体化した毒素がいずれかの口を求めて排泄されようとし、神経を刺戟する、それが痛みである。
その毒素は肺臓目がけて流入し、痰となって出るのである。
何よりも吾々が頭脳を浄霊するや、瞬時に咳と痰が出、頭痛は減るのである。
また節々の痛みとは、人間は常に手足を屈折するので、関節へ固まり、それの浄化が痛みである。

 右のごとく、人間の病気とは、溜った汚物の掃除である事を説いたのである。
従って、実は感冒程有難いものはない。
という事は、病気程有難いとも言えよう。
この理によって健康不良の原因は、汚物の溜ったためで、病気という清掃作用によって浄められ健康を回復するのである。
従って、病気の苦痛は、有難い苦痛なので、言わば清掃作用であるから、この苦痛を手をつけずにそのままにしておけば、はなはだしい苦痛はないのである。
ところが、医学は病気の苦痛を悪い意味に解釈し、止めようとする。
言い換えれば、自然に出るべきものを、出さないようにするため、自然と人力との衝突が起り、苦痛が増大する。
この自然抑圧法を治病の方法と錯覚し、進歩し来たったのが今日の医学であるから、いかに誤っていたかが知らるるであろう。
以上のごとく、毒素が局所に固まるや、浄化作用が起ると説明したが、これには条件を必要とする。
その条件とは、毒素を排泄する活動力、すなわち浄化力である。
この浄化力こそある程度の健康体、すなわち新陳代謝が旺盛でなくてはならない。
これを逆に解した医学は浄化発生を停止させようとする。
それには新陳代謝を弱らせなければならない。
それは健康を弱らせなければならない。
それは健康を弱らす事である。
その方法として唯一のものは薬剤である。
元来薬剤とは、実を言えば毒物である。
毒だから効くのである。
と云うとおかしいが、毒を服(の)めば身体が弱る。
弱っただけは浄化も弱るから、それだけは苦痛が減る。
それを錯覚して薬で病気が治るように思ったのが既成医学であった。
薬剤に限らず、あらゆる療法も同一で、熱があれば氷で冷し、氷で冷してせっかく溶けかかった毒素を元通り固めようとしたり、絶対安静とは運動を止めるから弱らすには何よりである。
病人でなくとも健康体でも数ケ月も絶対安静すれば胃は弱り、食欲は減退し、手肢は使わないから痩衰え、大病人になるのは必然である。
言わんや病人においてをやである。
また湿布であるがこれも弱体法である。
人体は口からの呼吸以外全身の皮膚面からも毛細管を通じて呼吸をしている。
それを止めてしまうのである。
何よりも湿布をすれば熱は減り、その部の苦痛は軽減するという事は湿布面だけは浄化が停止されるからである。

 以上のごとくであるから、医学が行うあらゆる方法は人体を弱らせ浄化を停止させ、以って苦痛を軽減させるだけのもので、今日に至ったのであるから、病気を治すと言う意味はいささかもないのである。
忌憚(きたん)なくいえば、医学とは苦痛を軽減させようとして、実は病気を重くしているのである

すなわち精神は治そうとするが行為は治さないようにしているのである。
嗚呼、何と怖るべき誤謬ではなかろうか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー





# by akyooon | 2007-04-09 08:50 | 岡田茂吉研究 |

免疫と抗体についての勘違い

免疫と抗体についての勘違い



とても専門的に解説されているので、ちょっと抜粋しました。


後は実際にこのサイトにて全文を読んでください


TITLE:よろず屋瓦版3
DATE:2007/04/08 12:39
URL:
http://homepage2.nifty.com/motoyama/my_bbs3.htm

いかに予防接種というものに人類が勘違いしてきたかという事をもっと詳しく知ることが大切です。

罪というものがあるとしたら、

真実をしろうとしない態度

なのでは


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー


前略


そして肝心な点は、抗体というのは、免疫の指標とはならないということだ。抗体がなくても免疫を持っている人もいれば、抗体があっても免疫のない人もたくさんいるわけです。抗体がないから危険だ、というプロパガンダは誇張であり真実ではないんですね。予防接種をして体が抗体を作ったとしても、抗体と異物が一緒になったものを押し出すことができなければ、それは、体にとどまり続けるんです。この異物を押し出す免疫力というものを獲得するには、数年かかる。だから、生後1年以内に予防接種をするなんて本当はとんでもないことなんですね。
 それから抗体というのは、体の非常事態に作られるもの、血液中まで侵入した毒物に対して取る手段なわけです。そうなると、通常の免疫、T細胞(ヘルパーT細胞)というのが大きな役割を果たしているんですが、抗体が作られるときというのは、そのT細胞の働きが抑圧されるんです。どうしてかというと、抗体を作る働きとT細胞の働きは役割が違うから。本来ならば、血液中に直接異物が侵入するなんてことはない、だけど予防接種では直接血液中に異物が侵入する、それに対して体が一生懸命抗体を作る、だけどT細胞は学習していない。免疫のすべてが抗体を作ることに力を注いで、T細胞の働きは抑えられるんです。それでもT細胞が学習していれば、T細胞が抗体とくっついた毒物を認識して排泄することができるんですね。
 だから、抗体は作られるけれど、免疫はないという状況になるし、抗体を作ることに免疫のエネルギーが注がれてしまっているから、外から侵入してくる異物に対して無防備になってしまう。いわゆる免疫力が低下した状態になる。だけど体の中では一生懸命闘っているわけです。闘っているけれど、それが毒物の排泄につながらない。こうして、やがて慢性疲労症侯群や免疫不全の問題になってくるんです。皆さん、エイズっていうのは、エイズウイルスがないんですよ。抗体だけがたくさんあってウイルスはないんだよ。だから何がエイズを引き起こしているかっていうと、ウイルスではなくて、抗体ばかりが作られることで、T細胞という本来の免疫機構がおろそかになっている病気なんですね。症状を抑圧するということは、毒物を体の中にとどめさせる勢いなわけです。これをどんどんやることによって、毒物がどんどん血液中に侵入してくるんですが、そうなると抗体ばかりが作られ、実際の免疫力はどんどん落ちて排泄できないという状態です。
後略



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー


TITLE:よろず屋瓦版3
DATE:2007/04/08 12:39
URL:http://homepage2.nifty.com/motoyama/my_bbs3.htm

70年前の風邪の原理がいま甦るか

わたしんちの医学革命と岡田茂吉研究

akyooon.exblog.jp

に嫌になるほどかいてあるぞ!!

え、嫌になるから読まないって??


↑の先生はだいぶ古い論文を持ち出してきたみたい


それにしても似た様な奴がいたもんじゃ・・・

タミフルで騒いでいるこの日本人ほど

薬迷信にかぶれている民族はいないんじゃないか?


とかんぐってしまう僕も  何かにかぶれている?(笑い)


拝啓、ばい菌様、ウイルス様、ごめんなさい

ほんとうにもうしわけありませんでした・

わたしたちはあなたたちを悪魔の様に忌み嫌い、攻撃してきました。

しかし、本当のテロ国家はあなたたちでなく、わたしたちだったと気づくことになるとは、いまようやく理解し始めています。

ばい菌、ウイルスによる病気という悪のレッテルを貼られてから、あなたたちはすべての悪の原因かの様にされてきました。


わたしたちはいま、それにようやく気づき始めたのです。

あなたたちこそ、真の救いの力だということを。

ながいあいだ、ほんとうにもうしわけありませんでした。

すみませんでした。

ありがと〜〜う!!

いまこそ、あなたたちの真価を認めます。

そして、あなたたちが働く必要がないようなわたしたちになります。

人類を代表して・・・・・・・・・・・・・himaari  爆爆爆・・笑


またもめんどくさがりやの引用、転載で、

ほんとうにもうしわけありません。




以下転載ーーーーーーーーーーーーー


自然農法の福岡正信さんは、松枯れ病を追求した結果、マツクイムシが原因とするのは間違っていると発表しました。福岡さんが研究した結果分かったのは、マツクイムシは原因ではなくて結果にすぎないという事実でした。すなわち、松の「生育環境」が悪化して松自体の生命力が極端に劣化したとき、「松の内側」から変化が生じてきて、もはや生きる力を失った松の木を処分するためにマツクイムシが発生してくるのだと、指摘しています。私は、今の日本で唯一ピュアな「種」を持っているのは福岡さんしか発見できていません。


  最後に「環境調和材(「剤」というクスリではない)」の実行者である、元・電力会社の技術者だった飯野恵さんの「拝啓、松食い虫様」より転載して、今後の「学問道場」へのメッセージとして贈りたいと思います。私の「農業経験」を基に、これを「是」として判断していますが、皆さんの理解に至らないようであればお許しください。


 


  (「拝啓、松食い虫様」より、転載貼り付け始め)


  拝啓、松食い虫さま、初めてお便りを差しあげます。
  十年以上の長きにわたり、あなたに抱いていた間違った認識をお詫びするために、この手紙を書いています。最大の間違いは『松枯れの原因は、あなたのせいだ。』と決めつけた事でした。


  最近ようやく、あなたのせいではなかった事に気がつきました。
 
  本当に、申し訳ありませんでした。心から、お詫び申し上げます。
 
  一本また一本と、松が枯れ始めたのは、日本人の関心が心から物へと移って行った30年以上前に、遡(さかのぼ)ります。


  それは。『松は日本の心だ。』と言われながら、一般建築用材として松の木が使われなくなった時期と一致しています。つまり、お金にならない木を育てても、仕方がない訳です。これは、竹も同様です。産業活動が活発になり、酸性雨の害が囁(ささや)かれ始め、降る雨のペーハーが5を割り4に近づきつつあったその頃でも、まだ松の木は私たち人間が気付くのを、待っていてくれました。


  酸性雨も松枯れの要因の一つだとは思いますが、それでもなお松枯れの進行は緩慢(かんまん)でした。これは、聞いた訳ではありませんから推測の域を出ませんが、土の中のバクテリアが死に物狂いで、イオンバランスを調え、松を生かそうとしていたようです。


枯れた松は、土に帰ることにより、ちょうど天然痘の種痘のように松林としての自己免疫力を高める機能を、果たしていたようです。



  植物は、土という生命と一体になって生きています。人間も、腸内フローラ(菌の花房)という一次臓器によって生かされています。


  この推論が正しかった事は法律によって『松枯れの原因は、松食い虫である。』と定められ、薬剤散布が始ってから証明される事になりました。


  それこそ、全山一斉といった勢いで松枯れが進みました。その時の松は、今では樹皮がはげ落ちて白い木肌を見せています。


  何百本、何千本と林立する白い木肌は墓標のように見え、本当に寒々とした光景です。それはまた、日本の心の墓標でもあったでしょう。
  牧師であった父を通して、小さい頃から悪魔という言葉を聞いて育ちました。気になって仕方がなく。


いろいろと考えた結果、悪魔には実態がない事に気付きました。


  誰でも何か結果が出ると、原因の追求をします。深く追求すればするほど、原因を内にではなく、外に求めたくなります。


  『こうなったのは、あいつのせいだ!』
 
  自分のせいだとは、出来ることなら思いたくないというのが、人間の悲しい性(さが)のようです。



  一つの結果の原因を追究するプロセスこそが、悪魔でした。
 
 
  原因を、法律で特定することはないでしょう。
  確かに、特定の分野への経済波及効果はあるでしょうが、松食い虫と命名されたあなた一人に、汚名を着せることは」ありませんでした。
  更に切り出された枯れ松は、山裾(すそ)に積まれシートをかぶせて、薬剤で燻蒸(くんじょう)されます。その後には、草も生えません。 草のない土の上で育つ木は、存在しません。さうがに、この方法は長続きしませんでした。


  ほんとうに、申し訳ないことをいたしました。
 
  何度お詫び申し上げても、あなたの無念さが晴れることはないでしょう。松が、次々に行われる人間の愚行に『ほとほと愛想が尽きた』と諦めの心境に至られたとしても、不思議ではありません。


  このことは同時に、日本人が松から見放されることでもありました。
 
  事の重大さに気付いたのは、竹炭(ちくたん)を焼き始めた、ほんの6・7年前からです。
  それからの私は仲間たちと一緒に、竹炭と竹酢を使い松の蘇生を図る作業を始めました。砕いた竹炭を根元に少し置き、薄めた竹酢を木や土にかけるだけで驚くほど短期間に蘇生します。
  あまり簡単すぎて、研究というのもはばかれるほどです。
  竹炭と、ほんの少しの愛があれば誰にでもやれますし、特に、松に語りかけるような心やさしい人の作業効果は絶大です。


(中略)


  あなたなら、こんな稚拙で小さな配慮こそが、改革の芽であることをお分かり頂けると存じます。何かが変だと気付いての、改革の兆しは確実に見えてきましたし、実践する仲間達も増えてきて、行動も着実な広がりを見せています。


  諦めるのはまだ、早いです。(略)可能性は残されています。勇気を持ってやり続けますから、どうかご安心ください。 


  21世紀になれば、あなたも自然界の調和のために、必要な存在であった事に気付くでしょうから、あなたに対する視点も変わり、汚名もそがれる事でしょう。


  そうなれば、一面的な見方によって命名された、松食い虫という名前も、もっと別の名前に変更されることでしょう。


  『誰も名前を付けてくれなどと、頼んでいない。』とおっしゃらずに、許して下さい。あなたが、枯れかけた松の木を土に還すために働いて おられた事を、私達はしらなかったのです。(略)


  日本人の義の感性は、まだ失われていません。(略)
  それは素人の中にこそ色濃く残っています。素人は、ひとの素です。
  素は、主(天)と糸でつながっています。
  素人は、学問的常識がありません。
  体験によって真理に到達しようとしますから、恐れを知らぬ行動をします。


  本当に、長い間誤解していました。
  心から、お詫び申し上げます。
  あなたのお家である松さんにも、あなたからよろしくお伝え下さい。
  『ごめんなさい。』何度言っても、この申し訳なさが消えることはないと思いますが、もう一度言わせて下さい。
  『ごめんな祭?』
                         敬具
  松食い虫さま
   1999年8月15日     


  (転載貼り付け終わり)


以上転載終わりーーーーーーーーーーーー



TITLE:気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板
DATE:2007/02/28 13:22
URL:http://www.snsi-j.jp/boards/bbs.cgi?room=sample1

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