再び太陽活動と浄化作用の活発化で病気症状が増えるか?

太陽活動の活発化と浄化作用の促進

インターネット上で検索すると太陽の黒点活動の活発化が分かるでしょう。
それもいままでのサイクルとはまったく異なって以上に強くなっているようです。

この太陽活動の活発化が異常に高まることによって、人体の浄化作用が活発化するということを前から聞いていたのですが、どうもそれが証明されてきたようなのです。

この詳しい内容は省くとして、結論だけをちょっとおさらいしてみたくなったのです。

実はこの太陽活動が人体ばかりでなく、精神作用や地球上の天候気象など、さらに地球自体の自浄作用を促進させるというものです。

その辺の事情はネットでも本でも紹介されているようですから、ごく一部として人体の浄化作用について書いてみたくなりました。

まあ、余計な事ですが、この僕自身も含めて、いままで平静であった身体に異変が起こってきた場合にちょっと思い出して欲しいことです。

それは身体の異常変化が現れてきた場合に、
まず、それは「浄化作用」だという認識です。
けっしてあわてることはありませんね。あわてると適正に処置を間違ってしまいますから。
まずは冷静になること、そして「だいじょうぶ」と自分によく言い聞かせること。
この「自分」はほとんど「エゴ的自己」なのですから、こいつは「あわてる」「不安になる」「おどろく」などと オタオタするのです。

真の自己はその奥に居るのですが、そんなオタオタする自己を見ているだけです。もっともオタオタする自己に通信を送ってもオタオタ自己には届きません。

そこで、まずは身体の異変が起きたとき、恐怖心が起きますから、これを予備知識をもって自分で自分をいさめるというものです。


浄化作用とは何か?
それは「良くなる自分」が現れる前の段階というか途中経過と思えば良いのです。
浄化作用にもいろいろあるということです。
よく民間治療などやる方が「好転反応」と呼んでいるかと思いますが、いま起きた症状が悪い状況に見えても、それは身体が良くなる前の段階だという説明だと思います。。


しかし、・・・・・
すべてがそうだとは断定はできません。
そのまま悪くなって死んでしまうということもあり得ます。
では、
そこでまた恐怖感となります。
やっぱり、薬や手術と早まってしまうかもしれません。

でも、僕の知り得る限り、薬や手術を選ばない方が、治る確率は確かに高いというのが本当だと思っています。
そのためのいろいろな情報を集めてきた訳です。

http://homepage3.nifty.com/himaari/b.htm

http://homepage3.nifty.com/himaari/yatyuutenkan.html
これだけ分かれば、後はまずはだいじょうぶ。

身体が浄化作用を起こしている状態、これを病気を一般に呼びますが、浄化が終わればもっと良い状態になれる」ということです。

では、寝ているだけで安心できるかどうか

これも不安でしょう。
ほとんど覚悟出来た人でも長引くと 大丈夫の精神も崩れてきます。

やはり適時適当な自然治癒力援助法を知っておくべきでしょう。

僕は今、二本立てです。
それは以前からやっていた浄霊法というハンドヒーリングのようなもの。
もうひとつは波動技術という、科学的とも言える量子論から導かれたある種の方法です。

本当はどちらも根源は同じところに到達するようですが。

とにかく21世紀の今、太陽活動の活発化は今までの、医学の治療法はとても不利な方法となってくるでしょう。

具体的には薬を使うと、いままであまり現れなかった「副作用」がハッキリと現れるかと思います。
だからこれはもう理屈ではなく、薬を使う医師も患者も「これではだめだ」と思わざるを得ない状況が多くなると思うのです。

単純に言うと「薬は固める」パワーです。
自然浄化作用は「溶かす」パワーです。

相反するパワー(というかリズムというか)では、相克するため長引いたりして体力が消耗するだけです。
そして太陽活動こそ「溶かす」パワーの根源ですから、薬の「固める」パワーにううち勝つとき、まったく薬の力は負けてしまうのですから、使えば使うほど薬の本質である「毒の作用」が即力を発揮してしまうようです。


なんだかおかしな話に思われるでしょうが、
今後、もしそういう状態に逢ったときに、ちょっと思い出してみたいものです。

病気
あ、嫌だ、 不安だ 恐怖だ
これも当たり前の反応です。
が、
本当は浄化作用なんだ。いままで間違って入れた薬の毒があるなら、それが出てくるんだ。
今までは薬で固められたがこれからは太陽活動の浄化が促進してくれるから、だいじょうぶ。自然が応援してくれている・・などと自分に安心を与えること。

これが大切なのだと思います。

しかし、しかし、寿命はだれもが避けることができません。
万が一、その浄化は最後の浄化作用でこのまま死を迎えることもあり得ます。

ここからは各自の覚悟でしかありません。

そうです。
死んでも良いから薬はもう要らない

決心出来ない人は、やはり、ご自由に薬でも手術でも選ばれることを。

薬に頼らない というのはとても勇気がいることです。
そして、
十分な情報や知識も必要です。

だから誰にもそれを強制できないことです。

僕の今の時点で選んでいる方法や心構えを書いてみました。
この先、どう転ぶかは自分の責任と決断です。
誰にも左右されない心というのは、けっこう 大変なのかも。

今日の日記おわり

だれか読んでくれたかな。
共感する人いるだろうか?

スポンサーサイト

医者が患者をだますとき(女性編)

先の本の女性版とも言えるでしょう。
これも 大分前に読んでいたのが今頃音声読み上げで聴いてみたのでが、まだまだ有効な内容が多いと思うのです。


http://homepage3.nifty.com/himaari/newpage2.htm

現役の医師(アメリカ)が書いた本の翻訳本ですが、あれから大分時間がすぎてしまい、もう古すぎるかと思ったら、どうも、この本も今の日本の医学界にもう少し読んで貰いたい本でしょう。

書店でもネット書店でも扱っているので、ぜひ買って欲しい本ですね、

医学という宗教にかぶれてしまうと、こういう本はとても読みたくないという代物かもしれないけど、勇気を持って目を通して貰いたいものです。

でも文字はどうも・・・
と思う僕と同じように、まずはちょっと耳で予備知識を入れてから読むとわかりやすいでしょう。

今の医学の90パーセントは必要ない

こう断言されたのは、ロバートメンデルスン医学博士でした。
もう故人となられ、その著作は「医者が患者をだますとき」と、その女性編に2冊になって日本語版が出ています。
ちょっと古いと思われるかも知れませんが、いまの日本ではむしろ適時な書籍だと思い、ちょっと機会読みで聴いてみました。

http://f46.aaa.livedoor.jp/~himaari/newpage4.htm

さて、その今の医学の不必要な9割とは、何と何を残しての9割なのか?
そこらへんが問題なのでしょうね。
ひとによっては、医学の否定も良いが、まったく否定するのはおかしい。医学以外と医学の融合がhつようだと言われます。

ごもっともなことでしょう。
では
その具体的な項目とか、必要な薬とか手術とか
もっとハッキリと出さないと、なんだか分からない表現でしかありません。

ロバートメンデルスン医学博士の言われた 不必要な9割とはいったい何をさすのか
そして残すべき医療の一割とは何なのか?
これをハッキリと出さない限り、漠然としていて素人には分からないから、相変わらず医者や医学の発する情報に頼り切ってしまい、どれを選んでどれを捨てるのか分かりようもないでしょう。

最後は人の話は参考でしかない、あとは自分で選ぶしかないというのがいつもの結論ですね。

医学を100パーセント否定しなくても、いくつかは否定している人が増えているのも現実でしょう。
貰った薬を100パーセント飲んでいる人はお年寄りに多いかと思いますが、想でないひとも多いことも事実のようです。全部飲まないで捨てているというから、これでは無駄な医療費を使い続け医療保険破綻へまっしぐらという構図が浮かびますが・・・・
それでも
僕は好きにすれば良いさ と居直っている時と それじゃあ 大変だ という想い
交錯しながら、指をくわえて見ているだけかも知れません。

自然治癒を考える

今回の転落騒動は自作自演であった。
もちろん、「やらせ」なかじゃなくて、落ちた箇所に伐採した丸太が置いてあったということでした。
その丸太をこのあいだ確認してきました。あの転落事故で残した仕事を片づけるために現場に出向いたからです。で、ようくその穴の確認をしてきました。
けっきょく、落ちたところは斜面に掘られている横穴の断面で落下差は約2メートルくらい、落ちたところには切り株直径40センチくらいの丸太。
これが実は前日にも作業に行った時、上で切った木の丸太と確認したのです。
と言うことは・・・

前日に自分でその丸太を伐った、そして穴に落として置いた。
そして翌日、穴に落ちて、その丸太の角に腰を強打した。

ということで、どうもお粗末様でした  という、何とも、すべては事故責任、いや自己責任の転落騒動でした。

まあ、それも無意識での(よく言えば)準備から始まっていたようです。

で、今回はそれがはっきりと確認できたのですが、こいう事に限らず、人生のあらゆる面においての事象は実は「すべては自己責任で起こっている」という覚りに繋がっています。

無意識の領域で準備計画しておいて、それをまたこの世界で起こすのには「自己確認」が行われているということです。
それは良い悪いという結果によらずです。
良い結果と見える事象なら、それはおそらく皆が何となく認めることなのでしょう。
が、悪い結果と見える事象に対してはなかなかそれを自己の責任においてこの世に起こることを承知していた結果だとは たぶん 思いたくないでしょう。

大体は いやそれは 自然が、他人が、タイミングが、奴が・・・
自分ではそれを(起こることを)認めていない事なのに、上に書いたような他からの影響で起こったことだ。だから、それは運が悪かったとかあいつのせいだとか、あくまで自分にはその原因もないし、結果を受け入れてはいなかったものだ。・・・という解釈です。

ところが、どうもこれが違っているようです。
それは「死」でも「負傷」でも「病気」でも「被害」でも、起こった事象が総て、みな自分がその結果を受け入れているからこそ、この世界で起こり得るのだというのです。

そうすると、自分で自分の世界を創っているのは自身なのだ・・・・という話です。

今回は自然治癒で治りました。
レントゲンも撮らないから、骨折かヒビかは分かりませんが、打撲だけではこんな状態(これは自分がよく知っているが、その現場とその後の僕を見ていた者なら分かるはず)にならないでしょう。

まあそれを誰それに証明する必要もないのでしょう。
自分自身が分かれば良いのでしょうね。
そして、それを起こしたのも自分で治したのも自分。
もちろん、表面意識だけの自分ではありません。エゴ的な自分。そして、神的な自分。
これが分裂して存在しているのではなく、無段階にくっついてというか、側面が違いというか、その両極端だけを見ると、どうしても別物に見えるのでしょうが、本当はあれもこれも自分であり、原因であり、結果であるというもののようです。

自然治癒と言っても、最後には人は皆死んでいます。
死なずに生きているのはイエス様だけかな? 復活後に死んだという話は聞いていないので・・・・
(これ品川和尚さんの話から  なるほどと思って)

自然治癒で治らない場合は、それは、「治らない」という状態を自分で認めているからです。
「治る」結果が出たという事は、それを自分で認めているからです。

では、薬で「治った」と思う人は、もちろん薬で治る状態を認めているからでしょう。
それなら「自然治癒」でも「薬治癒」でもいいじゃないか  という話になりそうです。

これはどういうことだろう?
「薬」という「毒」を認めているなら、それが「毒」であっても「薬」
になるのだろうか?

ここがひとつの鍵になりそうです。
これからの人類の集合意識がやはり「薬」というものを認めている状態ならそうなるのだろう
(これはちょっと理屈ではおかしいが)し、
これからは「自然治癒」(自己治癒力)を認める人がそうなっていくのだろう。

と、なんだか理屈に合わない話にしてしまいましたが、けっきょくは最後にそれを選択している私とう私が居るのでしょう。それは無意識の私かそれとも意識にある私かは分かりませんが。

もし、無意識の私の方が主導権を握ってしまったときは、今あたまで考えているようなことでなく、逆のこともあり得るわけです。

え?この僕は?というと。
やはり20世紀までは頭の方が優先していたようで、薬で治る治療に軍配が上がっていた(かに見えていた)様ですが、どうも、今回のスムーズな自然治癒の状況を見ると、21世紀は自然治癒の方向に向かって(いやその世界に入っている)いるのだと、まあ自分だけ確認したようです。

そんなわけで、
今回の転落事故は「自然治癒」の確認作業だったと結論づけしたおわりと致しました。

読む人もいないだろうけど、まあ自己確認の作文だわね。
プロフィール

akyoon

Author:akyoon
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ようこそ
訪問者
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR